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第二章
徒の催花雨《六》
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その子供は村の子供達と比べても、決して幼子と言う歳の子ではなかった。だが僧侶として、天上の桜の鍵を持つに相応しい子かと言われれば、三蔵の名をつけるにはあまりにも子供で幼子と言われても仕方がなかった。
元々、天上の桜の西の護り手である白黄桜の鍵を持つ三蔵法師は、街中の大きな寺院で沢山の僧侶と一緒に暮らしていたが、総本山から天上の桜の鍵を狙って様々な勢力が動き出していると話を聞き、人気の少ない場所に移ると決めた。自分が街中にいればいざ戦いになった時に、寺院にいる他の僧侶や街に住む人々が被害を受けることがわかっていたからだ。
この三蔵法師の持つ鍵は他の三蔵法師の鍵とは少し違い守り特化型で、自らが戦うと言うよりは戦う三蔵法師を助け守るものに近いと言っていい。初老の頃に差し掛かろうかと言う三蔵法師は、このまま何事もなければ、次の三蔵に鍵を引き継ぎ自分は田舎の寺に引きこもるつもりでいた。
田舎の寺もなかった山奥の村の更に奥に、小さな寺を建て三蔵法師は住み着いた。今まで寺に参拝に行くのにも苦労していた村人達は、少し離れた場所にある寺に足繁く通い寺の建設にも携わった。何事も起こらなければ、両者共に幸せな一生が送れただろう。
長い間つづいたこの平安の時代が崩れ去ったのは、ある日突然のこと。数度しか会ったことはなかったが、自分より若い天上の桜の東の護り手、龍水桜の鍵を持つ壽慶三蔵法師が敵の襲撃を受け亡くなったと知らせが来た。それからは、身を隠すような生活だっただろう。
そして更に月日は過ぎたある寒い夜のこと、辺りには何も無いはずの寺に赤子の泣き声が響き渡る。泣き声を頼りに寺の門を出て歩みを進めてみれば、そこには布に巻かれただけの赤子が捨てられていた。これが何の運命か、白黄桜の鍵を持つことになる幼子との出会いだった。
初老の三蔵法師と赤子の生活は、村人達の助けもあって何とか形になっている。裕福な村とは言い難いその村では、自分達の生活で手一杯で赤子を引き取るようなことはできなかったが、村の近くに唯一ある寺として慕われていた三蔵法師は、沢山の村人の力添えで子供を育てて行った。
だがそれでも、三蔵法師にはその子供に天上の桜の鍵を譲る考えなどは全くなかった。総本山が決めた後継者が来ればその者に鍵を渡し、自分は最後までこの寺で村人達と共に過ごそうと決めていた。しかし、中々後継者が決まらぬまま時だけが過ぎ、子供がもうすぐ十歳になろうかと言うある日、邪神達からの襲撃を受けた。
街中の寺院にいれば他の僧侶や街の住人に被害が出るかも知れないと、できる限り人気の少ないこの地を選び住み着いたと言うのに、今この小さな寺の前は深緋色に染めあげられている。一番近い村の住人達を邪神達が無理やり連れて来て、その命をまるで玩具のようにして壊し奪いとって行ったからだ。
「お前はこれを持って隠れていなさい。いいかい、決して外に出てはならない」
「御師匠様…」
「これは、私の命よりも大切な物だ。お前の肌身から決して離してはならない。これはね、この世界を唯一救えるものなのだ。守り抜いて欲しい。そしてすまない、許して欲しい。お前を、こんな地獄の如き世界に巻き込んだことを」
まだ小さな子供の手に、年老いた三蔵法師の手が曹灰長石の数珠を一巻一巻と巻いていき、最後にその手を握りしめた。僧侶にするつもりなど、もうとうなかった。ただ礼儀作法と学問だけを教え、ある程度の年齢になれば街へやり、自分のやりたいことをして、ただの普通の街に暮らす住人達と同じように生きてくれればいいと、そう思っていた。
だが今この自分が育てて来た子供は、自らの意思とは何の関係なく世界を背負わされ、その鍵を託された。何も知らぬただの子供が、戦い血にまみれ人々を導く立場へと否応なく駆り立てられる。この数珠を手にした瞬間から行動を制限され自由を奪われ、『護り手』と言う世界を背負った鳥籠の中に閉じ込められる、一生。
僧侶になるために修行をし小坊主として過ごして来た者ならいざしらず、仏の道の入口にすら足を踏み入れてはいないただの子供。その子供に世界を背負わせる自分の、何と罪深いことか。だが今この場所には、この子しかいないのだ。
「許しておくれ、すまない」
そう言って出て行ったその後ろ姿が、子供が見た三蔵法師の最後の姿だった。
現れた男は、今まで出会ったどんな僧侶とも違っていた。教えられる理想的な僧侶、三蔵法師と言う地位に立つ理想の高僧とは全く違うと思った。真っ黒な唐装長袖の上下を着て、出で立ちからして僧侶とは信じがたい。
上着の裾に見える真っ赤な曼珠沙華の花は生々しい血の色、そしてその手に持つ双剣もまた血塗られていると言うのに、その双眸には自分以外の何も映ってはいなかった。戦いの中だと言うのに、落ち着き払った声が響き、見つめる睛眸は酷く冷たく感じる。
だが、その身に纏う雰囲気は光り輝く太陽の様に力強い。これが戦う三蔵法師の本当の姿なのだと思った。これが、天上の桜を護る本当の三蔵法師の姿なのだと。
この後、玄奘三蔵に月亮三蔵法師と名付けられた幼子は、玄奘三蔵と力を二分する高僧として君臨して行くことになる。玄奘三蔵は太陽の如き力強さで人々を導き、月亮三蔵は月の如き優しい光で人々を導くと言われ、常に二人は太陽と月に例えられた。また月亮三蔵法師が危機に直面すると、必ず双子の妖怪が現れると言われている。月亮三蔵法師は何時も言っていたと言う
『あの二人は私の兄弟であり、親友ですよ』
と。
********
総本山→本山の上位にあって、一宗·一派を統轄する寺。その分野全体の中心とみなされるところ
特化→ある特定の部分に重点を置くこと
足繁く→たびたび行くさま。頻繁に
次回投稿は5月10日か11日が目標です。
元々、天上の桜の西の護り手である白黄桜の鍵を持つ三蔵法師は、街中の大きな寺院で沢山の僧侶と一緒に暮らしていたが、総本山から天上の桜の鍵を狙って様々な勢力が動き出していると話を聞き、人気の少ない場所に移ると決めた。自分が街中にいればいざ戦いになった時に、寺院にいる他の僧侶や街に住む人々が被害を受けることがわかっていたからだ。
この三蔵法師の持つ鍵は他の三蔵法師の鍵とは少し違い守り特化型で、自らが戦うと言うよりは戦う三蔵法師を助け守るものに近いと言っていい。初老の頃に差し掛かろうかと言う三蔵法師は、このまま何事もなければ、次の三蔵に鍵を引き継ぎ自分は田舎の寺に引きこもるつもりでいた。
田舎の寺もなかった山奥の村の更に奥に、小さな寺を建て三蔵法師は住み着いた。今まで寺に参拝に行くのにも苦労していた村人達は、少し離れた場所にある寺に足繁く通い寺の建設にも携わった。何事も起こらなければ、両者共に幸せな一生が送れただろう。
長い間つづいたこの平安の時代が崩れ去ったのは、ある日突然のこと。数度しか会ったことはなかったが、自分より若い天上の桜の東の護り手、龍水桜の鍵を持つ壽慶三蔵法師が敵の襲撃を受け亡くなったと知らせが来た。それからは、身を隠すような生活だっただろう。
そして更に月日は過ぎたある寒い夜のこと、辺りには何も無いはずの寺に赤子の泣き声が響き渡る。泣き声を頼りに寺の門を出て歩みを進めてみれば、そこには布に巻かれただけの赤子が捨てられていた。これが何の運命か、白黄桜の鍵を持つことになる幼子との出会いだった。
初老の三蔵法師と赤子の生活は、村人達の助けもあって何とか形になっている。裕福な村とは言い難いその村では、自分達の生活で手一杯で赤子を引き取るようなことはできなかったが、村の近くに唯一ある寺として慕われていた三蔵法師は、沢山の村人の力添えで子供を育てて行った。
だがそれでも、三蔵法師にはその子供に天上の桜の鍵を譲る考えなどは全くなかった。総本山が決めた後継者が来ればその者に鍵を渡し、自分は最後までこの寺で村人達と共に過ごそうと決めていた。しかし、中々後継者が決まらぬまま時だけが過ぎ、子供がもうすぐ十歳になろうかと言うある日、邪神達からの襲撃を受けた。
街中の寺院にいれば他の僧侶や街の住人に被害が出るかも知れないと、できる限り人気の少ないこの地を選び住み着いたと言うのに、今この小さな寺の前は深緋色に染めあげられている。一番近い村の住人達を邪神達が無理やり連れて来て、その命をまるで玩具のようにして壊し奪いとって行ったからだ。
「お前はこれを持って隠れていなさい。いいかい、決して外に出てはならない」
「御師匠様…」
「これは、私の命よりも大切な物だ。お前の肌身から決して離してはならない。これはね、この世界を唯一救えるものなのだ。守り抜いて欲しい。そしてすまない、許して欲しい。お前を、こんな地獄の如き世界に巻き込んだことを」
まだ小さな子供の手に、年老いた三蔵法師の手が曹灰長石の数珠を一巻一巻と巻いていき、最後にその手を握りしめた。僧侶にするつもりなど、もうとうなかった。ただ礼儀作法と学問だけを教え、ある程度の年齢になれば街へやり、自分のやりたいことをして、ただの普通の街に暮らす住人達と同じように生きてくれればいいと、そう思っていた。
だが今この自分が育てて来た子供は、自らの意思とは何の関係なく世界を背負わされ、その鍵を託された。何も知らぬただの子供が、戦い血にまみれ人々を導く立場へと否応なく駆り立てられる。この数珠を手にした瞬間から行動を制限され自由を奪われ、『護り手』と言う世界を背負った鳥籠の中に閉じ込められる、一生。
僧侶になるために修行をし小坊主として過ごして来た者ならいざしらず、仏の道の入口にすら足を踏み入れてはいないただの子供。その子供に世界を背負わせる自分の、何と罪深いことか。だが今この場所には、この子しかいないのだ。
「許しておくれ、すまない」
そう言って出て行ったその後ろ姿が、子供が見た三蔵法師の最後の姿だった。
現れた男は、今まで出会ったどんな僧侶とも違っていた。教えられる理想的な僧侶、三蔵法師と言う地位に立つ理想の高僧とは全く違うと思った。真っ黒な唐装長袖の上下を着て、出で立ちからして僧侶とは信じがたい。
上着の裾に見える真っ赤な曼珠沙華の花は生々しい血の色、そしてその手に持つ双剣もまた血塗られていると言うのに、その双眸には自分以外の何も映ってはいなかった。戦いの中だと言うのに、落ち着き払った声が響き、見つめる睛眸は酷く冷たく感じる。
だが、その身に纏う雰囲気は光り輝く太陽の様に力強い。これが戦う三蔵法師の本当の姿なのだと思った。これが、天上の桜を護る本当の三蔵法師の姿なのだと。
この後、玄奘三蔵に月亮三蔵法師と名付けられた幼子は、玄奘三蔵と力を二分する高僧として君臨して行くことになる。玄奘三蔵は太陽の如き力強さで人々を導き、月亮三蔵は月の如き優しい光で人々を導くと言われ、常に二人は太陽と月に例えられた。また月亮三蔵法師が危機に直面すると、必ず双子の妖怪が現れると言われている。月亮三蔵法師は何時も言っていたと言う
『あの二人は私の兄弟であり、親友ですよ』
と。
********
総本山→本山の上位にあって、一宗·一派を統轄する寺。その分野全体の中心とみなされるところ
特化→ある特定の部分に重点を置くこと
足繁く→たびたび行くさま。頻繁に
次回投稿は5月10日か11日が目標です。
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