天上の桜

乃平 悠鼓

文字の大きさ
181 / 205
第二章

片時雨の村《ニ》

しおりを挟む
此処ここは、雨がとっても多いんですよ」
「では水害なども多いのでは」
「いいえ、それがまったく。この村は大昔から御狐様おきつねさまに守られていますから」
「御狐様、に?」
「はい。村外れに御狐様のほこらがあって、毎日誰かがお供え物と祈りをささげていますから、どんなに雨が降り続いても御狐様が守って下さるんです」

 宿屋にて遅めの夕食を食べていた玄奘達は、料理を運んできた女と世間話を交わす。女と八戒の会話から、数日とどまることになるであろう村についての情報を集めていたのだか

「その御狐様とやらは、そんなにご利益があるのか」
「もちろんですよお客さん。どんなに大雨が続いても、この村には川の氾濫はんらんや水害なんて起こらないんですから」
「へぇ~、そりゃすごいな。俺達も一度行ってみるか」

 その不思議な話に、悟浄も思わず女に語りかけ話を聞いた。料理を置いて厨房ちゅうぼうに戻って行く女の後ろ姿を見つめながら

「どう思いますか」
「何がだ」
「御狐様に決まってるだろう」
「御狐様なんて、本当にいるのかな」

 八戒と悟浄が玄奘に語りかれば、悟空が料理を口に運びながら不思議そうに首を傾ける。

「メギツネかな」
「メギツネだな」
「メギ…ツネ?」

 玄奘達の隣の席にいた金角と銀角は、まるで何かを知っているかのようにポツリとつぶやく。だがその言葉は、横にいる月亮げつりょうにしか聞こえなかった。

「おかしな所だわ、ここはこんなに雨が降っていると言うのに」

 女仙の李子りしには、窓の外の星さえ見えない夜空から降り続く雨粒が見えるのと同時に、その少し先に数多あまたと輝く星空が見えている。星空の下には降りしきる雨粒は何処どこにもない。

「何事も、起こらなければいいけど」

 人より長い生を持つ女仙であれば、片時雨かたしぐれの空など珍しいものではない。だが、この雨にはねっとりとした気味悪さが付きまとっているように李子には感じられる。それは女仙独特の感性かもしれないが、何か事が起きれば子供達を守りながら戦わなくてはならないのだから、どんな小さなことにも警戒は必要だろう。
 李子がそう思った時、沙麼蘿さばらの足元で伏せていた琉格泉るうのの耳が何かをとらえたようにピクリと動く。

「ぴゅ、ぴゅ」

 “あぁ、なんか聞こえる” その何かは、確かに玉龍の小さな耳にも一つの音になって聞こえてきた。その音を聞いた沙麼蘿の双眸そうぼうが弧を描く様に細められ、口元がニヤリと動く。人ならざる者の気配が何処からともなく現れ、濃く宿屋の周りにまとわりつくようにうごめいていた。







 この村は、そう大きくはない。山道から村に入ると、まず宿屋や商店が並んだ大通りと言えそうな道があり、玄奘一行が入った宿屋もその大通り沿いの奥で森に近い場所にある。大通り沿いは、商人やこの村を通って次の場所に向かう旅人などが利用する宿屋と村人の生活を支える商店などが主に並んでおり、その道沿いから先に行くと木々だけが生い茂った場所に辿り着く。
 この村は、ちょうど中央部分が小さな森のようになっていて、その先にまた村人が住む集落の様な場所があった。そしてその先の先、村外れの小さな滝の横に御狐様の祠はある。

「人間や妖怪の心など、この手にかかれば天候のように思いのまま。人間も妖怪も、ワタクシにはただの遊び道具、ひまつぶしに過ぎない。ねぇ、そう思わない美后びこう

 真っ暗な森の中で、一人の女が不敵に呟く。白い肌に赤く化粧を施した目元と口元が、闇夜からのぞく。

「はい白骨夫人はっこつふじん、この美后にお任せを。あの男達を思いのままに操り、三蔵を白骨夫人の前に差し出してご覧にいれます」

 また一人、何処からともなく現れた女がささやいた。白骨夫人と呼ばれた女がいる場所は頭上に星がまたたいているが、少しだけ離れた木々の合間から顔を見せた美后には雨が降り注いでいる。 
 この村では、中央の森を挟んで左右によって天候が違うことが多い。この辺りの天候は全て白骨夫人が操っており、晴れにするのも雨を降らせるのも思いのまま。

「あの男達はお前達の好きなようにすればいい。ただし、必ず命は取ってちょうだい。後々でワタクシの邪魔じゃまになっては困るのよ、わかっているわね百花羞ひゃっかしゅう
「は…い。全ては、白骨夫人のお望みのままに」

 また一人、星空の下木々に隠れるように現れた女が白骨夫人に頭を下げる。

「ワタクシが欲しいのは三蔵だけ、その他のクズなんてどうでもいいの。三蔵さえ手に入れば、ワタクシはあのとうとき三蔵法師をらって上仙じょうせんになるのよ。そうすれば、お前達も一緒に連れて行ってあげるわ、皆で天上界へ行きましょう。ワタクシ達は狩られる側から狩る側、天上人になるのよ。オホホホ」

 異様な色香をただよわせた女は、余りにも長い間をこの村で生きてきた。美しさが欲しければ美しい人間を喰らい、力が欲しければ珍しい力を持つ妖怪を喰らい、知識が欲しければ儒者じゅしゃを喰らい、そうして天候を操り村人を自由に操る力を得た。
 欲しいものを手に入れるため数多あまたを喰らい尽くした女は、ただの狐の妖怪以上の力を得て妖魔になった。そして次に女が狙うのは、生きとし生けるものの頂点に立つ天上人。そのためには、徳の高い僧侶である三蔵法師を喰らはなければならない。
 長い間欲していた三蔵法師、それが今自分の庭であるこの村にいる。白骨夫人はさっそく天候を操り三蔵一行を村の宿屋に足止めすると、意のままに動く妖怪の美后を使って玄奘一行に襲いかかった。









********


祠→神様を祀る小さな社のこと
双眸→両方のひとみ
儒者→儒学を修めた人


次回投稿は26日27日が目標です。
(猛暑対策でゆっくり投稿になっています)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

Another World-The origin

ファンファン
SF
現実に飽きた世界を、本物の「業」が震撼させる。 九十二歳、一之進。かつて国宝を打ち上げ、戦場を駆けた「生ける伝説」。 隠居した彼が手にしたのは、息子から贈られた最新のVRギアだった。 ステータス? スキル? そんなものは関係ない。 「本物」が振るう一撃は、物理演算さえも置き去りにする。 これは、役目を終えたはずの老兵たちが、電脳世界で再び「魂の火」を灯すまでの物語。

処理中です...