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第二章
片時雨の村《ニ》
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「此処は、雨がとっても多いんですよ」
「では水害なども多いのでは」
「いいえ、それがまったく。この村は大昔から御狐様に守られていますから」
「御狐様、に?」
「はい。村外れに御狐様の祠があって、毎日誰かがお供え物と祈りを捧げていますから、どんなに雨が降り続いても御狐様が守って下さるんです」
宿屋にて遅めの夕食を食べていた玄奘達は、料理を運んできた女と世間話を交わす。女と八戒の会話から、数日とどまることになるであろう村についての情報を集めていたのだか
「その御狐様とやらは、そんなにご利益があるのか」
「もちろんですよお客さん。どんなに大雨が続いても、この村には川の氾濫や水害なんて起こらないんですから」
「へぇ~、そりゃすごいな。俺達も一度行ってみるか」
その不思議な話に、悟浄も思わず女に語りかけ話を聞いた。料理を置いて厨房に戻って行く女の後ろ姿を見つめながら
「どう思いますか」
「何がだ」
「御狐様に決まってるだろう」
「御狐様なんて、本当にいるのかな」
八戒と悟浄が玄奘に語りかれば、悟空が料理を口に運びながら不思議そうに首を傾ける。
「メギツネかな」
「メギツネだな」
「メギ…ツネ?」
玄奘達の隣の席にいた金角と銀角は、まるで何かを知っているかのようにポツリと呟く。だがその言葉は、横にいる月亮にしか聞こえなかった。
「おかしな所だわ、ここはこんなに雨が降っていると言うのに」
女仙の李子には、窓の外の星さえ見えない夜空から降り続く雨粒が見えるのと同時に、その少し先に数多と輝く星空が見えている。星空の下には降りしきる雨粒は何処にもない。
「何事も、起こらなければいいけど」
人より長い生を持つ女仙であれば、片時雨の空など珍しいものではない。だが、この雨にはねっとりとした気味悪さが付きまとっているように李子には感じられる。それは女仙独特の感性かもしれないが、何か事が起きれば子供達を守りながら戦わなくてはならないのだから、どんな小さなことにも警戒は必要だろう。
李子がそう思った時、沙麼蘿の足元で伏せていた琉格泉の耳が何かを捉えたようにピクリと動く。
「ぴゅ、ぴゅ」
“あぁ、なんか聞こえる” その何かは、確かに玉龍の小さな耳にも一つの音になって聞こえてきた。その音を聞いた沙麼蘿の双眸が弧を描く様に細められ、口元がニヤリと動く。人ならざる者の気配が何処からともなく現れ、濃く宿屋の周りに纏わりつくように蠢いていた。
この村は、そう大きくはない。山道から村に入ると、まず宿屋や商店が並んだ大通りと言えそうな道があり、玄奘一行が入った宿屋もその大通り沿いの奥で森に近い場所にある。大通り沿いは、商人やこの村を通って次の場所に向かう旅人などが利用する宿屋と村人の生活を支える商店などが主に並んでおり、その道沿いから先に行くと木々だけが生い茂った場所に辿り着く。
この村は、ちょうど中央部分が小さな森のようになっていて、その先にまた村人が住む集落の様な場所があった。そしてその先の先、村外れの小さな滝の横に御狐様の祠はある。
「人間や妖怪の心など、この手にかかれば天候のように思いのまま。人間も妖怪も、ワタクシにはただの遊び道具、暇つぶしに過ぎない。ねぇ、そう思わない美后」
真っ暗な森の中で、一人の女が不敵に呟く。白い肌に赤く化粧を施した目元と口元が、闇夜からのぞく。
「はい白骨夫人、この美后にお任せを。あの男達を思いのままに操り、三蔵を白骨夫人の前に差し出してご覧にいれます」
また一人、何処からともなく現れた女が囁いた。白骨夫人と呼ばれた女がいる場所は頭上に星が瞬いているが、少しだけ離れた木々の合間から顔を見せた美后には雨が降り注いでいる。
この村では、中央の森を挟んで左右によって天候が違うことが多い。この辺りの天候は全て白骨夫人が操っており、晴れにするのも雨を降らせるのも思いのまま。
「あの男達はお前達の好きなようにすればいい。ただし、必ず命は取ってちょうだい。後々でワタクシの邪魔になっては困るのよ、わかっているわね百花羞」
「は…い。全ては、白骨夫人のお望みのままに」
また一人、星空の下木々に隠れるように現れた女が白骨夫人に頭を下げる。
「ワタクシが欲しいのは三蔵だけ、その他のクズなんてどうでもいいの。三蔵さえ手に入れば、ワタクシはあの尊き三蔵法師を喰らって上仙になるのよ。そうすれば、お前達も一緒に連れて行ってあげるわ、皆で天上界へ行きましょう。ワタクシ達は狩られる側から狩る側、天上人になるのよ。オホホホ」
異様な色香を漂わせた女は、余りにも長い間をこの村で生きてきた。美しさが欲しければ美しい人間を喰らい、力が欲しければ珍しい力を持つ妖怪を喰らい、知識が欲しければ儒者を喰らい、そうして天候を操り村人を自由に操る力を得た。
欲しいものを手に入れるため数多を喰らい尽くした女は、ただの狐の妖怪以上の力を得て妖魔になった。そして次に女が狙うのは、生きとし生けるものの頂点に立つ天上人。そのためには、徳の高い僧侶である三蔵法師を喰らはなければならない。
長い間欲していた三蔵法師、それが今自分の庭であるこの村にいる。白骨夫人はさっそく天候を操り三蔵一行を村の宿屋に足止めすると、意のままに動く妖怪の美后を使って玄奘一行に襲いかかった。
********
祠→神様を祀る小さな社のこと
双眸→両方のひとみ
儒者→儒学を修めた人
次回投稿は26日27日が目標です。
(猛暑対策でゆっくり投稿になっています)
「では水害なども多いのでは」
「いいえ、それがまったく。この村は大昔から御狐様に守られていますから」
「御狐様、に?」
「はい。村外れに御狐様の祠があって、毎日誰かがお供え物と祈りを捧げていますから、どんなに雨が降り続いても御狐様が守って下さるんです」
宿屋にて遅めの夕食を食べていた玄奘達は、料理を運んできた女と世間話を交わす。女と八戒の会話から、数日とどまることになるであろう村についての情報を集めていたのだか
「その御狐様とやらは、そんなにご利益があるのか」
「もちろんですよお客さん。どんなに大雨が続いても、この村には川の氾濫や水害なんて起こらないんですから」
「へぇ~、そりゃすごいな。俺達も一度行ってみるか」
その不思議な話に、悟浄も思わず女に語りかけ話を聞いた。料理を置いて厨房に戻って行く女の後ろ姿を見つめながら
「どう思いますか」
「何がだ」
「御狐様に決まってるだろう」
「御狐様なんて、本当にいるのかな」
八戒と悟浄が玄奘に語りかれば、悟空が料理を口に運びながら不思議そうに首を傾ける。
「メギツネかな」
「メギツネだな」
「メギ…ツネ?」
玄奘達の隣の席にいた金角と銀角は、まるで何かを知っているかのようにポツリと呟く。だがその言葉は、横にいる月亮にしか聞こえなかった。
「おかしな所だわ、ここはこんなに雨が降っていると言うのに」
女仙の李子には、窓の外の星さえ見えない夜空から降り続く雨粒が見えるのと同時に、その少し先に数多と輝く星空が見えている。星空の下には降りしきる雨粒は何処にもない。
「何事も、起こらなければいいけど」
人より長い生を持つ女仙であれば、片時雨の空など珍しいものではない。だが、この雨にはねっとりとした気味悪さが付きまとっているように李子には感じられる。それは女仙独特の感性かもしれないが、何か事が起きれば子供達を守りながら戦わなくてはならないのだから、どんな小さなことにも警戒は必要だろう。
李子がそう思った時、沙麼蘿の足元で伏せていた琉格泉の耳が何かを捉えたようにピクリと動く。
「ぴゅ、ぴゅ」
“あぁ、なんか聞こえる” その何かは、確かに玉龍の小さな耳にも一つの音になって聞こえてきた。その音を聞いた沙麼蘿の双眸が弧を描く様に細められ、口元がニヤリと動く。人ならざる者の気配が何処からともなく現れ、濃く宿屋の周りに纏わりつくように蠢いていた。
この村は、そう大きくはない。山道から村に入ると、まず宿屋や商店が並んだ大通りと言えそうな道があり、玄奘一行が入った宿屋もその大通り沿いの奥で森に近い場所にある。大通り沿いは、商人やこの村を通って次の場所に向かう旅人などが利用する宿屋と村人の生活を支える商店などが主に並んでおり、その道沿いから先に行くと木々だけが生い茂った場所に辿り着く。
この村は、ちょうど中央部分が小さな森のようになっていて、その先にまた村人が住む集落の様な場所があった。そしてその先の先、村外れの小さな滝の横に御狐様の祠はある。
「人間や妖怪の心など、この手にかかれば天候のように思いのまま。人間も妖怪も、ワタクシにはただの遊び道具、暇つぶしに過ぎない。ねぇ、そう思わない美后」
真っ暗な森の中で、一人の女が不敵に呟く。白い肌に赤く化粧を施した目元と口元が、闇夜からのぞく。
「はい白骨夫人、この美后にお任せを。あの男達を思いのままに操り、三蔵を白骨夫人の前に差し出してご覧にいれます」
また一人、何処からともなく現れた女が囁いた。白骨夫人と呼ばれた女がいる場所は頭上に星が瞬いているが、少しだけ離れた木々の合間から顔を見せた美后には雨が降り注いでいる。
この村では、中央の森を挟んで左右によって天候が違うことが多い。この辺りの天候は全て白骨夫人が操っており、晴れにするのも雨を降らせるのも思いのまま。
「あの男達はお前達の好きなようにすればいい。ただし、必ず命は取ってちょうだい。後々でワタクシの邪魔になっては困るのよ、わかっているわね百花羞」
「は…い。全ては、白骨夫人のお望みのままに」
また一人、星空の下木々に隠れるように現れた女が白骨夫人に頭を下げる。
「ワタクシが欲しいのは三蔵だけ、その他のクズなんてどうでもいいの。三蔵さえ手に入れば、ワタクシはあの尊き三蔵法師を喰らって上仙になるのよ。そうすれば、お前達も一緒に連れて行ってあげるわ、皆で天上界へ行きましょう。ワタクシ達は狩られる側から狩る側、天上人になるのよ。オホホホ」
異様な色香を漂わせた女は、余りにも長い間をこの村で生きてきた。美しさが欲しければ美しい人間を喰らい、力が欲しければ珍しい力を持つ妖怪を喰らい、知識が欲しければ儒者を喰らい、そうして天候を操り村人を自由に操る力を得た。
欲しいものを手に入れるため数多を喰らい尽くした女は、ただの狐の妖怪以上の力を得て妖魔になった。そして次に女が狙うのは、生きとし生けるものの頂点に立つ天上人。そのためには、徳の高い僧侶である三蔵法師を喰らはなければならない。
長い間欲していた三蔵法師、それが今自分の庭であるこの村にいる。白骨夫人はさっそく天候を操り三蔵一行を村の宿屋に足止めすると、意のままに動く妖怪の美后を使って玄奘一行に襲いかかった。
********
祠→神様を祀る小さな社のこと
双眸→両方のひとみ
儒者→儒学を修めた人
次回投稿は26日27日が目標です。
(猛暑対策でゆっくり投稿になっています)
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