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第二章
片時雨の村《五》
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「りし、くる!」
「うたもきこえなくなった!」
「ぴゅ~、ぴゅ」
金角と銀角が李子の横にやって来ると、金角の肩に乗っていた玉龍が “うわぁ~、人間だ” と、こちらへ向かって来る沢山の足音を聞き呟いた。眠ったままの月亮を抱き上げ立ち上がった李子の耳にも、先程まで聞こえていた呪詛のような歌声は聞こえず、こちらに向かって来る沢山の足音だけが聞こえて来る。
「あれ、オレなにしてたっけ?」
「いつ部屋に戻ってきたんだ」
悟空と悟浄の意識は、夕食を食べていた所で終わっていた。だが歌声が消えたことで意識が上昇し、今の自分の状態に気が付き驚いたように呟く。
「夕食の途中から、記憶がはっきりしていないのですが…」
「沙麼蘿は、どこに行った」
八戒も辺りを見回し、いつの間にか部屋に戻って来ている状態を訝しんでいる。そして玄奘も、沙麼蘿が消えていることに声を上げた。
「公女は外へ、囲まれています」
「外へと言うことは、相手は一人ではないと言うことか」
「はい」
玄奘に答えたのは李子。敵が一人なら、沙麼蘿はこの場に留まっていただろう。それを出て行ったと言うことは、ここは自分達でなんとかしろと言うことかと玄奘は思った。
「そとにいるのは、あやつられたにんげん」
「メギツネは、ここにはいない」
「メギツネって何だ」
「相手は女狐なのか」
「ぴゅ!」
金角と銀角が今の状態を呟くように言えば、何が何やらわからない悟空と悟浄は辺りをみまわし、玉龍が “そうだよ!” と叫ぶ。
「相手が操られた人間とは始末が悪い」
「チッ」
相手が妖怪やら邪神なら、矢を放って射抜くなり戦って斬り捨てればいいと八戒は思う。だが操られた人間は、そう言うわけにはいかない。本気で戦うことはできず手加減し、傷つけないようにしなければならい。彼らはただ、操られているだけなのだから。その、いかにも面倒になりそうな様子に、思わず玄奘が舌打ちする。
「どうするんだよ玄奘」
「メギツネがすむほこらのつくりなら、じいちゃんからきいてしってる」
「たぶんとちゅうでぬけだせる、でられるとおもう」
「おっ、金角と銀角は役に立つな」
「もちろんだぞ」
「まかせろ」
扉の前に構えた悟空が玄奘を見た。そして金角と銀角が、女狐の所に連れて行かれても何とかできると思うと言うと、悟浄は二人を褒めるようにして頭を撫でる。金角と銀角は、妖怪の集まりで女狐の祠に入ったことがある千角大魔王から、内部の構造について詳しく教えられていたのだ。
「一応は抵抗してみますか、相手はただの人間ですが」
「李子、子供達は」
「お任せを。公女からも、子供達だけを守れと言われています」
「そうか、金角と銀角は自分達で戦える。並の大人より強い、だが月亮はほぼ無力だ」
「心得ています」
八戒と玄奘、李子の会話が終わる頃、部屋の扉が大きな音をたてて吹き飛ぶ。
「冗談だろう、如意金箍棒!」
悟空が右耳につけていた小さな棒状の耳墜を掴み取ると、それはちょうど悟空の手が握りやすい太さの長い棒へと変わる。
「これが人間の力だと」
悟浄も、自らの左上腕にある臂釧に触れ、刀を手に取った。
「操らているんです、馬鹿力も出るでしょう」
八戒が指環から弓を出現させれば、隣にいた玄奘も帯革の尾錠から双剣を引き抜く。
「相手はただの人間だ、傷はつけるな」
玄奘のその言葉と共に、操られるだけの人間との攻防が始まる。
「う…ん、李子」
「目が覚めてしまったかしら。月亮、今は緊急事態なの。このまま私にしがみついていてくれる」
「わか…った」
眠っていてくれた方が李子は動きやすかったが、扉が吹き飛んだ時にあれだけ大きな音がしたのだから仕方がない。月亮を抱え直した李子と、その両横にいた金角と銀角も双刀を構え人間達と対峙する態勢をとった。
さしもの玄奘一行も、ただの人間相手ではできることが限られている。相手を、傷一つつけずに排除することは難しい。その一番の原因は
「何でこんなに馬鹿力なんだよ!」
「知るか!!」
操られた人間は体力までも変わるのかと言う程、蹴散らすたびに倍の力で押し返してくるのだ。思わず悟空や悟浄が叫んでしまうのも、仕方がないことだろう。力を出せない玄奘一行が、部屋の中で一進一退の攻防を繰り返す中
「三蔵のくせに徒人を攻撃するだなんて、鬼畜の所業ね。これが尊き三蔵法師とは笑わせるわ」
と、一人の女の声がどこからともなく響き渡った。
「これ以上は時間の無駄ね、白骨夫人はお待ちかねなのよ。玄奘三蔵、これより一歩でも動けば、この女子供の命はない」
そんな言葉と共に、宿屋に泊まっていたらしい女と子供数人が、男達に連れて来られた。男達の手には刃物が握られており、それは連れて来られた女や子供達の喉元に向けられている。
「そちらこそ、意識を奪い取った上で関係のない女子供を人質にとるなど、鬼畜の所業だ」
「まぁ、三蔵のお供のくせに生意気ね。いいわよ、動いても。辺り一面が血の海に染まるのも悪くはないわ」
八戒の反論に、女の馬鹿にしたような声が響き渡る。
「関係のない人間には手を出すな」
「さすがは尊き三蔵法師、話が早いわ。玄奘一行を連れて行きなさい!」
美后の声に従たって、集まっていた男達が玄奘一行を一人ずつ縄で縛って行く。
「こちらの女と子供にも手をだすな」
「それは無理な話と言うものよ、玄奘三蔵」
「逃げたりはしない」
「信じられないわよ」
声だけで、姿を現す様子のない女の居場所を探るように玄奘が声をかけるが、その居場所はわからない。
「眠っている子供もいます、何処にも逃げられません。皆さんについて行くと約束します、縄だけは御容赦を」
「はぁ…、仕方がないわね。いいわ、取り囲んで連れて行きなさい!」
李子の言葉に美后は妥協をみせ、玄奘一行は外へと連れ去れて行った。
********
訝しむ→不審に思う
徒人→普通の人
鬼畜の所業→人間らしさの感じられない振る舞い、ひとでなしと非難されるべき行いなどを意味する表現
容赦→ゆるすこと。大目に見ること。手加減すること
妥協→対立した事柄について、双方が譲り合って一致点を見いだし、おだやかに解決すること
次回投稿は13日か14日が目標です。
「うたもきこえなくなった!」
「ぴゅ~、ぴゅ」
金角と銀角が李子の横にやって来ると、金角の肩に乗っていた玉龍が “うわぁ~、人間だ” と、こちらへ向かって来る沢山の足音を聞き呟いた。眠ったままの月亮を抱き上げ立ち上がった李子の耳にも、先程まで聞こえていた呪詛のような歌声は聞こえず、こちらに向かって来る沢山の足音だけが聞こえて来る。
「あれ、オレなにしてたっけ?」
「いつ部屋に戻ってきたんだ」
悟空と悟浄の意識は、夕食を食べていた所で終わっていた。だが歌声が消えたことで意識が上昇し、今の自分の状態に気が付き驚いたように呟く。
「夕食の途中から、記憶がはっきりしていないのですが…」
「沙麼蘿は、どこに行った」
八戒も辺りを見回し、いつの間にか部屋に戻って来ている状態を訝しんでいる。そして玄奘も、沙麼蘿が消えていることに声を上げた。
「公女は外へ、囲まれています」
「外へと言うことは、相手は一人ではないと言うことか」
「はい」
玄奘に答えたのは李子。敵が一人なら、沙麼蘿はこの場に留まっていただろう。それを出て行ったと言うことは、ここは自分達でなんとかしろと言うことかと玄奘は思った。
「そとにいるのは、あやつられたにんげん」
「メギツネは、ここにはいない」
「メギツネって何だ」
「相手は女狐なのか」
「ぴゅ!」
金角と銀角が今の状態を呟くように言えば、何が何やらわからない悟空と悟浄は辺りをみまわし、玉龍が “そうだよ!” と叫ぶ。
「相手が操られた人間とは始末が悪い」
「チッ」
相手が妖怪やら邪神なら、矢を放って射抜くなり戦って斬り捨てればいいと八戒は思う。だが操られた人間は、そう言うわけにはいかない。本気で戦うことはできず手加減し、傷つけないようにしなければならい。彼らはただ、操られているだけなのだから。その、いかにも面倒になりそうな様子に、思わず玄奘が舌打ちする。
「どうするんだよ玄奘」
「メギツネがすむほこらのつくりなら、じいちゃんからきいてしってる」
「たぶんとちゅうでぬけだせる、でられるとおもう」
「おっ、金角と銀角は役に立つな」
「もちろんだぞ」
「まかせろ」
扉の前に構えた悟空が玄奘を見た。そして金角と銀角が、女狐の所に連れて行かれても何とかできると思うと言うと、悟浄は二人を褒めるようにして頭を撫でる。金角と銀角は、妖怪の集まりで女狐の祠に入ったことがある千角大魔王から、内部の構造について詳しく教えられていたのだ。
「一応は抵抗してみますか、相手はただの人間ですが」
「李子、子供達は」
「お任せを。公女からも、子供達だけを守れと言われています」
「そうか、金角と銀角は自分達で戦える。並の大人より強い、だが月亮はほぼ無力だ」
「心得ています」
八戒と玄奘、李子の会話が終わる頃、部屋の扉が大きな音をたてて吹き飛ぶ。
「冗談だろう、如意金箍棒!」
悟空が右耳につけていた小さな棒状の耳墜を掴み取ると、それはちょうど悟空の手が握りやすい太さの長い棒へと変わる。
「これが人間の力だと」
悟浄も、自らの左上腕にある臂釧に触れ、刀を手に取った。
「操らているんです、馬鹿力も出るでしょう」
八戒が指環から弓を出現させれば、隣にいた玄奘も帯革の尾錠から双剣を引き抜く。
「相手はただの人間だ、傷はつけるな」
玄奘のその言葉と共に、操られるだけの人間との攻防が始まる。
「う…ん、李子」
「目が覚めてしまったかしら。月亮、今は緊急事態なの。このまま私にしがみついていてくれる」
「わか…った」
眠っていてくれた方が李子は動きやすかったが、扉が吹き飛んだ時にあれだけ大きな音がしたのだから仕方がない。月亮を抱え直した李子と、その両横にいた金角と銀角も双刀を構え人間達と対峙する態勢をとった。
さしもの玄奘一行も、ただの人間相手ではできることが限られている。相手を、傷一つつけずに排除することは難しい。その一番の原因は
「何でこんなに馬鹿力なんだよ!」
「知るか!!」
操られた人間は体力までも変わるのかと言う程、蹴散らすたびに倍の力で押し返してくるのだ。思わず悟空や悟浄が叫んでしまうのも、仕方がないことだろう。力を出せない玄奘一行が、部屋の中で一進一退の攻防を繰り返す中
「三蔵のくせに徒人を攻撃するだなんて、鬼畜の所業ね。これが尊き三蔵法師とは笑わせるわ」
と、一人の女の声がどこからともなく響き渡った。
「これ以上は時間の無駄ね、白骨夫人はお待ちかねなのよ。玄奘三蔵、これより一歩でも動けば、この女子供の命はない」
そんな言葉と共に、宿屋に泊まっていたらしい女と子供数人が、男達に連れて来られた。男達の手には刃物が握られており、それは連れて来られた女や子供達の喉元に向けられている。
「そちらこそ、意識を奪い取った上で関係のない女子供を人質にとるなど、鬼畜の所業だ」
「まぁ、三蔵のお供のくせに生意気ね。いいわよ、動いても。辺り一面が血の海に染まるのも悪くはないわ」
八戒の反論に、女の馬鹿にしたような声が響き渡る。
「関係のない人間には手を出すな」
「さすがは尊き三蔵法師、話が早いわ。玄奘一行を連れて行きなさい!」
美后の声に従たって、集まっていた男達が玄奘一行を一人ずつ縄で縛って行く。
「こちらの女と子供にも手をだすな」
「それは無理な話と言うものよ、玄奘三蔵」
「逃げたりはしない」
「信じられないわよ」
声だけで、姿を現す様子のない女の居場所を探るように玄奘が声をかけるが、その居場所はわからない。
「眠っている子供もいます、何処にも逃げられません。皆さんについて行くと約束します、縄だけは御容赦を」
「はぁ…、仕方がないわね。いいわ、取り囲んで連れて行きなさい!」
李子の言葉に美后は妥協をみせ、玄奘一行は外へと連れ去れて行った。
********
訝しむ→不審に思う
徒人→普通の人
鬼畜の所業→人間らしさの感じられない振る舞い、ひとでなしと非難されるべき行いなどを意味する表現
容赦→ゆるすこと。大目に見ること。手加減すること
妥協→対立した事柄について、双方が譲り合って一致点を見いだし、おだやかに解決すること
次回投稿は13日か14日が目標です。
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