天上の桜

乃平 悠鼓

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第二章

蝦夷菊《三》

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 地面を掘って作られたようなごみ捨て場には、様々なものが捨てられていた。穴のあいた鍋や割れた食器、破れた衣に壊れた武器、そして使い捨ての研究道具。その中に、廃棄処分になったまだら亡骸ながらきも沢山あった。

白苑びゃくえん、白苑、ど…こ…!」

 紫苑しおんは泣きながら、ごみ捨て場の中で手を動かした。割れた食器で切れた指先、られてボロボロになった身体。それでも、大量のごみの中から白苑を探そうと必死だった。
 このままここにいれば、えさを求めやって来る妖魔や魔獣に食べられてしまう。今日まで紫苑が生きてこられたのは白苑のおかげ、だから今度は紫苑が白苑を守るのだ。





「いたか!」
「いいえ。ですが、ごみ捨て場にボロボロの子供が入って行くのを見たと言う者がいました」

 研究所から紫苑を探して此処ここまでやって来ていた部下達に、望月ぼうげつが声を掛ける。

「だが、気配はないようだが。どうだ、連翹れんぎょう
「あぁ、確かに気配はないな」

 辺りを見回し連翹が気配を探るが、この先のごみ捨て場からは生きた者の気配は感じられない。だが…

「いや、そうでもない」

 白い髪の男、鬼神の蜃景しんきが右手の人差し指を口元にあて静かにするように言うと、耳を澄ます。かすかに、かすかにだが子供の声がする。

「いる」
「生き物の気配はないのに、いったいどうなってるんだ」

 蜃景と望月は顔を見合わせ、連翹を見た。

「行くぞ」

 連翹は、上級神ならば決して来ることはない場所であろうごみ捨て場の中へと足を進めた。





「白苑! あぁ…いた、白苑」

 紫苑は辺りのごみをかき分け、白苑の身体を抱き上げる。

「私が守るから…、絶対守るからね。白苑だけは、私が必ず輪廻りんねの輪に入れてみせるから」

 それは、以前からずっと紫苑が心に決めていたこと。人も神も斑も、一生を終えれば魂は輪廻の輪の中に入ると決まっている。だがそれには、例外がある。
 魂魄こんぱくは生が終わると身体から離れ、魂は天に返り輪廻の輪の中で次の生を待ち、魄は地に返り崩れ去る。だが、魂魄が身体から離れるのはすぐではない。
 例えば人なら、葬儀の中でとなえられる僧侶の念仏によって魂魄は身体から離れる。それは斑もそう変わりは無い。だが、闘うための武器の一つでしかない斑は、生を終えればごみと一緒だ。誰も念仏など唱えてはくれない。
 その場合、ある一定の期間は魂魄が身体に留まっていることになる。この一定期間の間に身体を傷つけられることがあれば、身体の中にある魂魄もまた傷つく。その傷が深ければ深いほど、輪廻の輪には入ることができなくなるのだ。
 このままごみ捨て場に白苑の身体を置いておけば、間違いなく妖魔や魔獣にわれ魂は輪廻の輪には入れない。そうなれば、次の生もなくなる。だから紫苑が白苑をここから連れ出し、少しでも妖魔や魔獣が来ない場所の地の奥深くに白苑を埋めなければならない。
 辛いばかりの今世だった白苑が、次こそは幸せな一生を送れるように。今までは守られるだけだった紫苑が、今度は白苑を守るのだ。素手の紫苑が硬い大地を深く掘るのは大変だろう。それでも紫苑は、白苑の身体を守ると決めた。例え、自分の身体を犠牲にしたとしても。
 きっと穴を掘り終えた紫苑には、動く力など何も残ってはいないだろう。だから紫苑はその場所で息絶えようとも地面に覆いかぶさって、妖魔や魔獣から白苑の亡骸を守ると決めていた。自分が、妖魔や魔獣に喰われる覚悟で。





「どう言うことだ。あの子供は確かにごみ捨て場にいると言うのに、あそこには生きている者の気配がまるでない」
「おそらくそれが、あの子供の斑としての能力だろう」

 望月の言葉に連翹は答えながら、ごみ捨て場から弟の身体を抱え上がってくる子供を見つめる。そして

「わかるか。こちらにあの子供が近づいて来るにしたがい、この場には我ら五人しかいないのに、別の力がどこからか湧いて出るように増えている」

 と、呟く。間違いなく、あの見た目には斑とはわからない子供には、何らかの力がある。それも、めったにお目にかかることはないであろう特殊能力。
 ごみ捨て場から白苑の身体を抱きかかえ上がって来た紫苑は、目の前に現れた上級神達に身体を震わせ、白苑の身体をぎゅっと抱きしめた。

「覚えているか」
「はい。昨日は氷を、ありがとうございました」

 連翹の言葉に、紫苑は震える手で白苑の身体を隣に置くと、頭を下げて平伏へいふくした。紫苑のような力もない子供は、時と場合によっては力がある者達のさ晴らしとして暴力を振るわれることがある。
 これから先紫苑には、白苑の亡骸を埋葬すると言う大切なつとめがあるのだ。これ以上の怪我はできるならしたくない。
 だが、地面に頭をこすり付けるように平伏する紫苑に連翹がかけた言葉は、思ってもみないものだった。

「この手を取り身を粉にして私に仕える気があるなら、お前に生きる場所と弟に安らかに眠れる場所をやる」

 その言葉に紫苑は驚きに双眸そうぼうを見開き顔を上げ、涙をながした。








「うるさいね! あっちへお行き!!」

 厨房ちゅうぼうで働く女の足が、子供をり上げる。その勢いで身体を壁に打ち付けた子供を見て、紫苑は厨房に入ると氷をつかみ取り、さらに足で蹴り上げようとする女と倒れる子供の間に割って入った。
 弱く白苑に守られていた昔と違い、連翹の直属の部下でまれな特殊能力を持つ紫苑のことは、多くの者が知っている。それは、厨房にいる料理人や女達も一緒。突然現れた紫苑に周りが動きをとめる中、紫苑は目の前に転がる子供の顔を見た。
 見た目は自分と同じ、何の力もなさそうに見える子供。だがそんな自分と同じような子供だからこそ、紫苑は気がついた。この子供の左眼の奥深に薄っすらと見える、小さな小さな斑に。
 子供はじっと紫苑の顔を見つめていたが、起き上がるとその場に平伏した。弱い者が身を守るため強い者に平伏するのは当たり前のこと、だがこの厨房の中にあって力の無い者達に混ざっている紫苑は、今は厨房の女達と同じような力の無い者にしか見えないはずだ。
 だが、目の前の子供は平伏した。それはものを頼み乞うための平伏ではない、弱者が強者に対して行うもの。もしかしたらこの子供には、人の能力や本質を見極める力があるのかも知れない。ただ、それがあまりにも瞳の奥深にあり、見極めるのに時間がかかるだけ。
 だとすれば、それ相応の訓練や、子供が動きやすいようにしてやれば、力の使い道はいくらでもあるのではないか。だから紫苑は、自分がかつて連翹に言われたように子供に言った。

「お前が、私の為に身を粉にして働くつもりがあるのなら、この氷をやろう。いや、氷だけではない。お前と兄が、一緒に安心して暮らせる場所をやる。牢獄などではない、普通の人として暮らせる場所だ」

 その紫苑の言葉に子供は顔を上げ、泣きながら差し出された手を取った。くして、同じような生い立ちの子供が連翹達の周りに集まり、この捨てられていた力は間違いなく連翹の戦力を上げて行くことになる。








********

魂魄→魂は、人の精神をつかさどる気。魄は、人の肉体をつかさどる気
身を粉にする→労力を惜しまず一心に仕事をする
稀→めずらしい。すくない
それ相応→それにふさわしいこと。それにつりあうこと。また、そのさま
斯くして→こうして。このようにして


次回投稿は5月5日か6日が目標です。


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