我輩は竜である。名前などつけてもらえるはずもない。

どらぽんず

文字の大きさ
1 / 21
ひとつめの話

しおりを挟む

 我輩は竜である。
 名前などつけてもらえるはずもない。

 我輩からしてみれば不本意な悪名や風評が、これから先において、広まることはあるかもしれないが。





 生を実感するということは、自我の覚醒を意味する。

 他がある。自分がある。
 その両者を感覚することが生の始まりであると思うわけだが、そういう意味で言うのなら、我輩が生まれたのは今この瞬間ということになるだろう。

 まず初めに感じたものは光の眩しさだった。
 薄いまぶたを通して目に入ってきた白い陽光の強い刺激が、覚醒直後にぼんやりとしていた意識を直撃したのである。

 痛みすら伴ったその目覚ましには、意識が生じた直後で何がなにやらわかっていなかったということもあり、憤りすら覚えて、つい大声をあげてしまったわけなのだけれども。

 産声とは世界に生まれたことを他に示す行為であるとするならば、これ以上ない産声をあげられたことだろうと思うことにしておいた。

 正直なところを言えば、この程度のことで声を荒げてしまうなどということは、竜という生き物にしては情けないことこの上ないので、そういうことにしておかなければ精神衛生上よろしくないというだけのことであるのだが。

 ……誰にも言わなければバレないことだ。

 そういうことである。

 さて、体感上は永遠にも思われるほどの長い間、強い光によって視界を焼かれて痛みに悶え苦しんだ後で、ようやく機能を回復した視界に映ったのは広く澄んだ青空であった。

 ……どうやら自分は声をあげている間に顔をあげていたらしい。

 視線の先にある空は快晴だった。
 慣れれば陽光も心地のよい塩梅の暖かさがあり、空気もからっとしていて、大変過ごしやすい日和であることがわかった。

 そうなると、先ほどまで感じていた痛みも何もかもを記憶の片隅へと追いやって、

 ……こんないい日に生まれることが出来たとは、なんとめでたいことだろうか。

 と考えを直したりするのだから、我が事ながら、まったくいい加減で現金なものであると強く思う。

 そして、そんな思考に心の中で笑みを浮かべながら顔を下げると、自分がどのような場所に居るのかが理解できた。

 視線が上から下へと移動する最中に、空の青に別の色が混ざっていく。
 周囲に乱立する木々と下草が地面を覆う緑と、下草の間からわずかに覗く土の色だ。

 ……森か、林か。

 この場所をどう呼ぶことが適当であるのかは判然としないけれども、そういう場所に自分はいるのだという事実を認識する。

 ……もっと情報が欲しいところであるな。

 そう考えて己の背中に意識を向ければ、たたまれていた翼がはばたきを始める。

 翼の動きに押しやられた空気が風を生む。
 生まれた風が木々の間を走り抜けて葉が擦れる音を生じさせる。

 ざわざわと鳴るその音を楽しいものだと感じながら、翼をさらに強く動かした。

 翼をうつ音が葉鳴りを掻き消した瞬間に飛ぶ。

 飛んだ。

 ……体が浮くとはこういう感覚か。

 全身が浮くという不安定さを感じることに悦びを覚えながら、さらに広く見えるようになった世界へと意識を移す。

 目の前には青い空がある。
 眼下には木々の緑が広がっている。

 ただ、緑の密度はそれほど高くなかったらしい。

 遠くから眺めてみれば、緑の下にある色もよく見えた。
 緑の隙間から覗いているのは、土と岩の色だった。

 視線を巡らせて周囲を見れば、岩肌が多く見える山もあった。 

 ……山間地帯というやつであろうか。

 そう思い、もっと注意深く観察をしてみれば、様々な場所に色々な生き物の姿も見えた。

「…………」

 どれがどういう生き物かまではわからない。
 知っている気もするが名前は出てこないという感覚だけがある。

 それは、この場所に対する情報においてもそうだった。

 それは、己自身への認識でもそうだった。

 ――自分は竜である。

 納得できる事実はそれだけだった。

 他の物事については、情報はあっても認識が認識が追いついていない。
 
 ――わかっているのにわかっていない、という感覚が全身にまとわりついて離れてくれない。
 
 この感覚が不快というものかと、そう考えて。
 これからもこの感覚は消えてなくならないのだろうかという不安や焦燥も頭の片隅を過ぎったけれど。

 ……素晴らしい眺めだ。

 この景色を認めることが出来たことは悪いことではないだろうと、自分の中でひとつの結論を出してから、生じてしまった負の感情を払い飛ばすように大声をあげた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...