我輩は竜である。名前などつけてもらえるはずもない。

どらぽんず

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ひとつめの話

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 生きるということは、自分以外の何かと場所を共有するということである。

 幸いにして、我輩は他の――少なくとも動植物の類を積極的に摂取せずとも己の生命を維持することが可能であるから、でかい図体が空間の容量を食うだけで済む。

 ……まあ、場所の文句が多少出てしまうくらいの好みはあるのだが。

 湿気が多くじめじめとした暗い場所は不快に思い。肌が焼けるように日射しが強い、眩いだけの場所にいることを辛いと感じる心があるのだから、それは当然のことであった。

 とは言え、その巨躯こそが邪魔だと言われてしまえば仕方がない。

 ……我輩はそこまで頑固者でもない。
 
 気に入って腰を落ち着けた場所と似通った、快適に過ごすことができる新天地を教えてくれさえすれば、移動することを考えるくらいのことはする。

 ……しかし代替案もなく、ただ出て行けと言われてはたまったものじゃあない。

 そういう場合は、可能な限り隅っこでじっとしているので見逃して欲しいと切に思う。

 ――ただ、現実というものは厳しいものである。

 穏やかに日々を過ごしたいという願いは、自分以外の誰かがいるから叶わないのだ。

「貴様が件の化物か!」

 特に人間という輩は積極的に面倒事を作りに来る。

 半端に知恵が回るから手を出さないということを選ぶことができない、本当に面倒くさい生き物である。





 我輩が誕生してから幾らか時間が経った。

 当初は、生を得た事実に不安を感じないわけでもなかったけれど、素晴らしいものが周囲にあるということを実感できたことに感謝を覚える毎日であった。

 ……自我が生じてしまったのだから仕方ないという諦めも、なかったとは言わないが。

 ――いま在ることが無くなるという事実を選ぶことが出来なかった、と表現することもできただろうが。

 いずれにしても、現在においては否定的でもないし悲観的になっているわけでもない。なかった。

「何かが居るとは確信していたが、それがまさか竜だとは思わなかった」

 少なくとも、こうして目の前に一人の人間が現れるまでは、生きていることを面倒だと思うことはまったく無かったと言っていいだろう。

 それが現れたのは、生まれた場所からそれほど離れていない自然豊かな場所で、最も居心地が良いだろうと目をつけて腰を下ろして数日が経ち、まどろんでいたときのことであった。

 勝手にやってきて大声を出されたことに、我輩が驚きと戸惑いを覚えている間に、その人間は一人で勝手に盛り上がって喋り始めたのだ。

「いくらか前に、恐ろしい声が聞こえてきたという報告があった。
 それは最初に、まるで世界を憎んでいるかのような、凄まじい怒気を孕んだ産声をあげたという」 

 たぶん、生まれたときに出してしまった大声のことなのだろう。
 周囲に殆ど生き物はいなかったと思ったのだが、随分と遠くまで響き渡ったのだなぁと感心した。

 でもその感想はまったくの勘違いだった。
 憤っていたのは確かだが。
 それは世界を憎んでいたがゆえではなく、目が痛くてたまらなかっただけのことである。

「しかし、少しの間を置いてすぐに、その声は歓喜の響きに変わったということだ。
 そこにはまるで何かを決意するかのようなものも感じられたという」 

 まぁ最初の声が聞こえていたのだから、その後の叫びも聞こえたのは不思議なことではなかったが。

 ……誤解も甚だしいであるな。

 生まれた直後に初めて目にする世界が綺麗だと感じられる機能があれば、喜んで声をあげるくらいのことはやってしまうものだろうと思うのだが。

「――世界でも滅ぼす気になったか、竜よ」

 いったいどんな飛躍をすればそうなるのだろうか。

「だが、貴様がどれほど強くあろうとも、人間は負けん。負けるわけにはいかない」

 挑むつもりなど毛頭ないのだが。
 そもそも、そんな考えがあればこんなところには居ないだろうことは、ほんの少しでも道理を弁えて考える頭があれば想像できる結論だろうに。

「世界のために、脅威は取り除かなくてはならない」

 そう言って、その人間は武器らしきものを構えた。
 次の瞬間には、その体の周囲をいくつもの光がきらきらと輝いて、空間に複雑な軌跡を描き始める。

 ――それは魔術と呼ばれるものだった。
   強者を倒すために弱者が極めた、魔法という奇跡に近付こうとして築き上げられた技術の塊だ。

 それさえあれば体躯に蟻と山ほどの差があろうとも勝ち得るという、左道にして外道の業でもある。

 ……そんなものを得てしまったからこそ、人間という生き物はこうも無謀になれるのだろうか。

 そんな感想を思い浮かべている間に、人間の周囲に舞い散る光は臨界を迎えると、ぱっと散って消えていった。

「行くぞ!」

 そしてそう言って、勝手に盛り上がって準備を終えた一人の人間がこちらに飛び掛ってきた。 

 ……問答無用とはまさにこのことか。

 人間という生き物と敵対するつもりは全くない。が、だからと言って、今こうして目の前に迫る危険を――命を失うという事実を受け入れるということも出来はしない。

 ……戦闘というものは初体験になるな。

 精々死なないように頑張るとしようと、そう考えながら全身に力を込める。

 抵抗を開始した。

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