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ひとつめの話
8:ひとつめの話、エピローグ
しおりを挟む『もしも次があったのならば、まずは会話から始める努力をしてみることだ。
――その為には力が必要であるがな』
そう言い残して、私の前から竜は去っていった。
――竜をこの場から立ち去らせることができたのなら、それで十分ではないか。
見上げるほど大きな体躯を備えた竜を、人間の小さな身で追い返す。
そんなことが出来たのならば、誰にだって自慢できることであろうと思う気持ちはあった。全くないとは、言えなかった。
――しかし、その実態はどうか。
互いに命を懸けた戦いと呼べたものは、最初の何回かだけだ。
私の攻撃は当たらず、あの竜の攻撃だけがこちらに当たるようになるまでの戦闘回数は両手で数えられる程度であったし。
あの人形だけで私を打倒できるようになるまでにも、そう時間はかからなかった。
……完敗だ。
勝っていない。
殺されなかっただけだ。
相手にされていなかっただけだ。
最初から。
「…………」
否、最初だけはかろうじて、あの竜にとっての脅威に見えたのだろうと思う部分もあるのだが。
私が脅威で在れたのはその一回だけなのだろうとも思う。
……ああ、本当に。
これ以上ないほどに、私は敗者だ。
ならば、あの竜が望んだ通りに伝えるとしよう。
あの竜は知性のない獣ではない。
望むのなら人間の作る社会に馴染むこともできるのに、竜であるからこそ――人間とは異なる生き物であるからこそ、人間の側に寄らない選択をした強者なのだ。
だから、いたずらに関わるなと。
――ただ、私が思った以上に人間という生き物は度し難いほどに愚かなものであったらしい。
事実は、多くの人間に伝わる過程で捻じ曲がる。
竜がその場を立ち去っただけだという事実は、竜が度重なる人間からの攻撃に耐えかねて逃げ出したのだという願望にどこかで書き換わったが。
変容した内容が多くの人間にとって都合のいいものだったから、それが真実となって事実を上書きした。
ゆえに、上書きした真実を肯定するために竜を退治した誰かが必要になった。
……そのおかげで、私は竜退治の英雄に仕立て上げられたというわけだ。
本当に愚かな在り方だと思ったが、私にはこの流れを嗤う資格などなかった。
単なる噂を本当のものだと信じた。
見つけ出した竜を疑うことなく敵だと決め付けた。
そして使命感によって何度あしらわれようとも挑みかかった――この件における最も愚かな人間である私には、誰かを嗤う権利などあるはずもない。
……少なくとも私は、それらの情報を否定しているのだがな。
誰も耳を貸しはしない。
都合の悪いことに耳を傾けて受け入れる寛容さは、多くの人間に備わっていない美徳なのだということがよくわかった。
だからこそ。
――会話を望むのなら力が必要だ。
竜の残した言葉の意味が理解できた。
「敗者は勝者を称えるものだ。逆はない」
一息。くっと笑って、
「誰も私の言葉を信じないと言うのなら、否でも応でも私の言葉を聞けるようにしてやろうじゃあないか。
……そう考えれば、名声が得られたのは都合もいいさ」
現状に対する折り合いをつけた後で、私は新たに抱いた決意を現実のものとするべく、行動を開始した。
●
・――たった一人の人間から逃げ出した竜がいるという風説が流れ始めました。
・――臆病者というあだ名が追加されました。
・――一人の信者を獲得しました。
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