我輩は竜である。名前などつけてもらえるはずもない。

どらぽんず

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ふたつめの話

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 姿かたちが似通っているからといって、同じ反応を示すとは限らない。

 たとえば、物語に敵役としてよく出てくるような怪物の中にも、他のものを襲うことなどせずに生きてゆこうとする者もいるように。

 障害を取り除く英雄としてよく描かれる人間の中にも、障害を乗り越えることではなくやり過ごすことを選ぶものがいる。

 ……というか、どう考えても後者はそうするものの方が多かろう。

 怪物が生理として当然のように他者に犠牲を強いるのと同様に、それは自然な流れである。

 強さとは目に見えて、誰にでも理解できる偏りだ。
 どこにでもあるものを偏りとは認識しないように、強さというものは誰にでも備わっているものではない。

 ……思えば、前の場所で襲い掛かってきた人間も稀な資質の持ち主だったのであろうなぁ。

 魔術というズルを使っていたとはいえ、自分などよりも遥かに大きな体躯の相手を打ち負かすことができる力というのは凄まじいものである。

 ……もっとも、わざわざ命の危険に身を投じるという精神が生来のものかは疑わしいが。

「そもそも何で私がここに来なくちゃいけないのよ。
 いつもは女の癖にとかどうこう言ってるくせにこういうときだけいい女だからとか――」

『…………』

 少なくとも、今目の前にいる女が自己犠牲の精神を発揮し自らの意思でこの場に立っているというわけではない、ということが今の言葉から理解できた。

 ……どう扱ったものかと悩んでいたらこのありさまである。

 人間たちが逃げていった後に発生した沈黙に耐えかねたのか、生贄としてここに残された女は震えながら口を開いて言葉を作り始めていた。

 最初のうちは、他者のことを健気に尊重する聖女のように、自分の犠牲をもって街の平和を願う言葉を吐き出していたが。

 我輩が反応しないまま放置していたら、その口から出てくる内容は自分に犠牲を強いた者達への不満や呪詛へと切り替わっていったのだ。

 ……流石に、これ以上は聞くに堪えぬ。

 だから仕方ないと、自分に言い聞かせるように言葉を思ってからヒトガタを女の前に出現させた。

「……っ」

 女はヒトガタが現れるやいなや、ここにいない誰かに向けた罵詈雑言を出力するべく滑らかに動いていた口をつぐんだ。息を呑んだ。

 その目には恐怖と憎悪の色が入り交じって浮かんでいる。

 ……我輩にそんな目を向けられても困るのだがなぁ。

 そう思いながら、しかしそれも致し方ないのだろうと思い直して言葉を作った。

『まず始めに言っておこう。我輩はおまえを食うつもりなどないぞ』

「え……?」

 こちらの宣言に対して、女が寄越したのは疑問符だった。

 女からしてみれば、我輩は人間を食らう化物であり、自身はそんな化物を満足させるための供物だという認識なのだから、疑問符を返すしかなかったのだろうとは思う。

 ただ、女の視線がヒトガタと我輩の間を行き来していて落ち着かないから、

『声はヒトガタから出しているが、言葉を作っているのは竜たる我輩の方である。
 ……まぁ視線をあてがう先は好きにすればよいがな』

 そう言って視線が我輩に向かって固まったのを見届けてから話を続けた。

『我輩は食事というものが必須ではないのでな。
 加えて、あえてヒトを選んで食べるといった味の好みも持ち合わせてはおらん』

「……それじゃあなんで飛び回っていたんですか?」

 女がおそるおそるといった様子で問いかけてきたから答える。

『ただの日光浴だ。
 洞穴の中に長く居れば、陽の光が恋しくなるのは自然な反応であろう』

「……獲物を探していたんじゃないんですか?」

『それはおまえたちが勝手にそう誤解しただけだ。
 ……我輩がそういう生き物であれば、差し出されるのを待つ理由もあるまいに』

 そもそも、巨体を維持するために必要な食事の量を考えれば、たった一人を差し出した程度で済むわけもないと気付くものだとも思うのだが。

 ……なにゆえ、人間というものはそのときに都合のよい解釈ばかりを採用するのだろうな。

 口から大きなため息が漏れてしまうのを止められないほど切実に、そう思う。

「…………」

 視界の中で黙ったまま立ち尽くす女の姿を認めて、我輩は言葉を足した。

『ああ、だから、帰りたいというのであれば我輩はそれを止めぬ』

「……あなたはこれからどうするんですか?」

 女から投げかけられた問いかけは意外なものだったから、即答は出来なかった。

 ……どうするか、とはまた広い意味を持つ問いかけであるな。

 人間らしい曖昧な問いかけだ、とも思う。

 ただ、この問題に対してどう対処するつもりであるのかという意味であれば、答えはもう決まっていた。 

『不本意だが、この場からは立ち去るつもりでおるよ』

 前回の出来事から学んだ教訓は、逃げることは恥じゃないということだ。

 ……面倒事からは遠ざかるに限る。

 そう考えてから、視線を女から外した。

「私はどうすればいいんですか」

 視界の外から、女の言葉が聞こえてくる。

 視線を向ける必要もなかろうと、そのまま応じた。

『元いた場所に戻ればよかろう』

「……できるわけないじゃないですか。
 私は生贄としてこの場に寄越されたんです。
 あなたが人を殺さないと言ったから戻ってみたって、居場所なんてあるわけないじゃないですか!
 そもそも信じてもらえるはずもない!」

『……そんなことを我輩に喚いたところで何も解決はせぬと思うが』

 一息。何か解決策があるのだろうかと、考えるための間をおいて、

『我輩は明日にでもここから出て行くつもりだ。次の居所を探しにな。
 その道中にある街に下ろすくらいのことはしてもいい』

 そこまで深く考える必要もないだろうと、すぐに思いついた案を言葉として出力した。

「……っ」

 告げられた内容に、女が息を呑んだ。

『時間は一晩もある。よく考えて決めることだ』

 追い討ちをかけるようにそう言葉を継ぎ足してから、我輩は女から意識を外した。

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