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ひとつめのはなし
登校したら教室の空気が最悪だったんだけど
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というわけで皆さんこんにちは。ただ今ご紹介に預かった佐藤茜です。
――誰に語りかけてるか、だって?
誰でもいいだろう。どうせ一人遊びみたいなものなんだから。
本日は平日、火曜日だった。
朝は自分で設定した目覚ましで起きて、起床後に母の作ってくれた朝食を父と共に平らげてから、いつもの時間に登校を始めていた。
私が通っている学校は週休二日制を律儀に守っている、学習要領にはきっちり従う高校だった。
あまりにも律儀に従うせいで、三年生の受験シーズンに勉強する量が莫大になっているという噂もあるくらいだったりするくらいだけれども。
……まぁ小耳に挟んだ程度の話で信憑性はないのよね。
その分――と言っていいのかわからないが――校風はすごく自由だから、通っていて疲れにくい場所だろうと、そう思っていた。
もっと素直に言えば、おそらく楽しいものになるだろうと期待をしているのだけど。
イベントも、突発的なものも含めて多いようだから、楽しもうと思えば楽しめる学校生活になることだろうと、そう思っていたわけだ。
私がこの高校に通い始めてから三ヶ月くらいなので、その実感はまだ得られていないけれど、それはさておき。
三ヶ月も経てば、いい加減クラスの人間関係にも慣れてくる頃合だ。
仲の良いグループ――直接的な表現をするなら派閥が近いかな、そういうものも出来てくる。
――私かい?
私はまぁ、誰かにびくつくこともなく、また、誰かと特別近しくなることもなかったよ。学校生活には慣れたけれど、慣れというより成れの果てというか。
「――は、うまく言えてはいないな」
小学校でもぼっち、中学校でもぼっち――女特有のネットワークから少し離れたところにいられただけよしとしてきたが、期せずしてこの高校でもそうなってしまったようだった。
まぁ、目立つのは好きじゃないからいいのだが。
さて、私の家から高校までは徒歩で約二十分の距離がある。
始業時間は八時四十分。
今現在の時刻は八時三十分。
既に視界に高校の姿は映っている。
余裕も余裕の、ぎりぎり到着になることだろう。
八時三十五分。
玄関――下駄箱に到着したら、ささっと内履きと外履きを履き替える。
八時三十八分。
階段を急ぎ足であがって三階に。
一年生は一番上の階の教室なのだ。
八時三十九分。
所属クラスは階段に一番近いので助かっている。
でなければ遅刻確定だ。
……もしもそうだったら、こんな時間には来ないけれどね。
そして、教室の後ろ側――教壇のない側にある扉から室内に入ると、入って正面、窓際の一番後ろに私の席が見えてくる。
いつも通りであれば、すぐさま自分の席に走っていって荷物を下ろしていたのだけれど。
今日は、そんないつも通りとはいかなかった。
教室に入ってすぐに、私の足はぴたりと止まってしまったのだ。
――なんだこれ。空気重っ。
「……っ」
いやはや、口に出さなかっただけマシだと思いたいところだ。
リアクション的にはアウトなのかもしれないけれど。
八時四十分。
教室前方にあるスピーカーが、ががっと鳴ってから鐘の音を流し始めたが、教室に入った直後から私の足は動かないままだった。
……そういえば教室内の活気というか気配が入る前から薄かった気がしないでもないな。入る前にきっちり気づいておけば別なリアクションもあったものを。
「おーはよ……う、諸君」
私が立ち往生してしばらくしてから、教室前方の扉からこのクラスの担任教師――鈴木氏が顔を出すと同時に、教室内の空気に気づいて挨拶の勢いをなくしてしまった。私と同様に、である。
鈴木氏の視線が、いまだ立ったままの私に移る。
しかし私も誰が中心か見当はついても、原因までは知らない。首を横に振って視線に応じた。
鈴木氏はそうかと頷くと、流石教師と言うべきか、少し無理のある感はあったが挨拶をやり直し、教室内の雰囲気を黙殺してから教壇の上に立った。
私は鈴木氏の視線に促されて、止めていた足を動かして、自分の席に急ぐ。
その際にちらりと視線を動かして、確認するのは三人の生徒だった。
一人は男子生徒。名前は確か黛だったはずだ。
クラスの中心とまでは言わないが、かなり活力のある人間だったように思う。
しかし、今はどこか窮屈そうというか居心地悪そうに背中を丸めていた。
一人は女子生徒。名前は赤神。女子の中でも明るく、このクラスのムードメーカーの一人だった。
まぁムードメーカーが超無表情で怒気を撒き散らしていれば、クラスの雰囲気も言いにくい何かに変質するのにも頷けようというものだ。
最後の一人も女子生徒で、名前は腰越。女子の中でも一番とっつきにくいと噂されている人物だった。態度が高飛車なのだとか、そういう話を耳にしている。
彼女もクラスの雰囲気への寄与は大きい人物である。
そんな彼女がとてつもなく悲しそうな雰囲気を背中から漂わせていれば、教室内が静かになることにも納得できよう。
「…………」
改めて教室の様子を観察すれば、どんなバカでもこの三人が教室内に漂っていた変な空気の原因だろうとわかるだろう。
もっとも、そうなった理由まではわからないが。
「えー、ではまず朝の挨拶からお願いしようかな」
鈴木氏が教室内の空気に折れずに、クラス委員にそう声をかける。
起立、気をつけ、礼、着席のワンセットを号令に従って行う。
それが良い合間、区切りとなったのか、教室内の空気は幾分緩和された。
鈴木氏もそれを感じたのか、言葉の勢いが元の調子に戻り――各種連絡事項等を説明し始める。
「…………」
――まぁ、私が気にすることでもないからいいけどね。
そう思いつつ、私は件の三人から視線を外して鈴木氏の連絡に耳を傾けるのだった。
――誰に語りかけてるか、だって?
誰でもいいだろう。どうせ一人遊びみたいなものなんだから。
本日は平日、火曜日だった。
朝は自分で設定した目覚ましで起きて、起床後に母の作ってくれた朝食を父と共に平らげてから、いつもの時間に登校を始めていた。
私が通っている学校は週休二日制を律儀に守っている、学習要領にはきっちり従う高校だった。
あまりにも律儀に従うせいで、三年生の受験シーズンに勉強する量が莫大になっているという噂もあるくらいだったりするくらいだけれども。
……まぁ小耳に挟んだ程度の話で信憑性はないのよね。
その分――と言っていいのかわからないが――校風はすごく自由だから、通っていて疲れにくい場所だろうと、そう思っていた。
もっと素直に言えば、おそらく楽しいものになるだろうと期待をしているのだけど。
イベントも、突発的なものも含めて多いようだから、楽しもうと思えば楽しめる学校生活になることだろうと、そう思っていたわけだ。
私がこの高校に通い始めてから三ヶ月くらいなので、その実感はまだ得られていないけれど、それはさておき。
三ヶ月も経てば、いい加減クラスの人間関係にも慣れてくる頃合だ。
仲の良いグループ――直接的な表現をするなら派閥が近いかな、そういうものも出来てくる。
――私かい?
私はまぁ、誰かにびくつくこともなく、また、誰かと特別近しくなることもなかったよ。学校生活には慣れたけれど、慣れというより成れの果てというか。
「――は、うまく言えてはいないな」
小学校でもぼっち、中学校でもぼっち――女特有のネットワークから少し離れたところにいられただけよしとしてきたが、期せずしてこの高校でもそうなってしまったようだった。
まぁ、目立つのは好きじゃないからいいのだが。
さて、私の家から高校までは徒歩で約二十分の距離がある。
始業時間は八時四十分。
今現在の時刻は八時三十分。
既に視界に高校の姿は映っている。
余裕も余裕の、ぎりぎり到着になることだろう。
八時三十五分。
玄関――下駄箱に到着したら、ささっと内履きと外履きを履き替える。
八時三十八分。
階段を急ぎ足であがって三階に。
一年生は一番上の階の教室なのだ。
八時三十九分。
所属クラスは階段に一番近いので助かっている。
でなければ遅刻確定だ。
……もしもそうだったら、こんな時間には来ないけれどね。
そして、教室の後ろ側――教壇のない側にある扉から室内に入ると、入って正面、窓際の一番後ろに私の席が見えてくる。
いつも通りであれば、すぐさま自分の席に走っていって荷物を下ろしていたのだけれど。
今日は、そんないつも通りとはいかなかった。
教室に入ってすぐに、私の足はぴたりと止まってしまったのだ。
――なんだこれ。空気重っ。
「……っ」
いやはや、口に出さなかっただけマシだと思いたいところだ。
リアクション的にはアウトなのかもしれないけれど。
八時四十分。
教室前方にあるスピーカーが、ががっと鳴ってから鐘の音を流し始めたが、教室に入った直後から私の足は動かないままだった。
……そういえば教室内の活気というか気配が入る前から薄かった気がしないでもないな。入る前にきっちり気づいておけば別なリアクションもあったものを。
「おーはよ……う、諸君」
私が立ち往生してしばらくしてから、教室前方の扉からこのクラスの担任教師――鈴木氏が顔を出すと同時に、教室内の空気に気づいて挨拶の勢いをなくしてしまった。私と同様に、である。
鈴木氏の視線が、いまだ立ったままの私に移る。
しかし私も誰が中心か見当はついても、原因までは知らない。首を横に振って視線に応じた。
鈴木氏はそうかと頷くと、流石教師と言うべきか、少し無理のある感はあったが挨拶をやり直し、教室内の雰囲気を黙殺してから教壇の上に立った。
私は鈴木氏の視線に促されて、止めていた足を動かして、自分の席に急ぐ。
その際にちらりと視線を動かして、確認するのは三人の生徒だった。
一人は男子生徒。名前は確か黛だったはずだ。
クラスの中心とまでは言わないが、かなり活力のある人間だったように思う。
しかし、今はどこか窮屈そうというか居心地悪そうに背中を丸めていた。
一人は女子生徒。名前は赤神。女子の中でも明るく、このクラスのムードメーカーの一人だった。
まぁムードメーカーが超無表情で怒気を撒き散らしていれば、クラスの雰囲気も言いにくい何かに変質するのにも頷けようというものだ。
最後の一人も女子生徒で、名前は腰越。女子の中でも一番とっつきにくいと噂されている人物だった。態度が高飛車なのだとか、そういう話を耳にしている。
彼女もクラスの雰囲気への寄与は大きい人物である。
そんな彼女がとてつもなく悲しそうな雰囲気を背中から漂わせていれば、教室内が静かになることにも納得できよう。
「…………」
改めて教室の様子を観察すれば、どんなバカでもこの三人が教室内に漂っていた変な空気の原因だろうとわかるだろう。
もっとも、そうなった理由まではわからないが。
「えー、ではまず朝の挨拶からお願いしようかな」
鈴木氏が教室内の空気に折れずに、クラス委員にそう声をかける。
起立、気をつけ、礼、着席のワンセットを号令に従って行う。
それが良い合間、区切りとなったのか、教室内の空気は幾分緩和された。
鈴木氏もそれを感じたのか、言葉の勢いが元の調子に戻り――各種連絡事項等を説明し始める。
「…………」
――まぁ、私が気にすることでもないからいいけどね。
そう思いつつ、私は件の三人から視線を外して鈴木氏の連絡に耳を傾けるのだった。
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