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【-過去③- 揺動。始動。にしな、ナナナ】
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【│過去│ 揺動。始動。にしな、ナナナ】
イザベラさんが津木さんの後ろをもじもじしながら演劇部に入ってくる様子が可愛すぎてキュン死にしそうになったが何とか平静を保ち、普通に過ごせていたはずだ。俺に続いての急な訪問者にビックリしていた真珠たち演劇部員だったが、イザベラさんが留学期間中は演劇部として活動したいという事、ニュージーランドでも演劇部に入っていることを津木さんが説明すると、真珠は「ウェルカム!」と諸手を広げ喜んでイザベラさんの事を迎え入れた。
「ワタシノコト『イビー』ッテヨンデ」
と、片言の日本語で話すイビーにテンションが爆上がりした事は言うまでもない。
「りょ~かいっ! イビーね、よろしく! 私は真珠、黒木真珠。まじゅって呼んで」
「マジュ、ヨロシク」
「よろしく」と、真珠を含め部員みんなが微笑んだ。もちろん俺は内心でガッツポーズをした。
「それと……遅くなってごめんなさい。あなたは……?」
「あぁ……。挨拶が遅れてすいません。私はイビーのホームステイ先のクラスメイトで津木エリクソン佳花と言います。佳花って呼んでください。恋ヶ淵くんと同じくハーフで私たち三人ともクラスメイトです」
真珠は確認するかのように俺の方をちらっと見た。
「津木さんもイザベラさんも同じクラスだな」
ふ~ん。と言いたげな顔をする真珠。
「私は園芸部に入っているんだけど、園芸部って週に一回しか活動がないから今日みたいに休みの日は演劇部の見学に来てもいいですか? イビーがどんなことをやってるかもみたいし、お邪魔はしませんので」
「そうね~」と、考えている真珠。
津木さん……いや、津木さんは津木エリって感じがする。津木エリは自分の欲求を至極簡単に伝えてきた。今まで関わったことがなくて大人しそうに見える人だったけど、意外と自己主張が強そうな感じがする。っていうか……。イビーのホームステイ先って事はイビーと一緒に部活に来たら帰り道は絶対にイビーと津木エリは一緒になるんじゃ……。別に悪いことじゃないけど、イビーと二人で帰れるかもっていう期待がちょっと薄くなっちまうな。
「うん。見られている方が緊張感もあるしいいかもね。みんなはどう思う?」
その問いに一年生達は「恥ずかしいですよ~」「集中できないですよ~」等と言っていたが、おかっぱのさっちゃんが「真珠先輩が決めて下さい!」というと一年生たちは一様に真珠の顔を見た。どうやらおかっぱさっちゃんが一年生の仕切り役っぽい。そして皆、真珠の事を信用している様だ。「う~ん」と真珠は考えてから「それじゃあオッケーよ。見られていた方がみんなも張り合いがあるだろうし、イビーの事でも色々話せるかもしれないしね。ってことで佳花、見学に来るのはオッケーよ」
「ありがとう。よろしくね」と、津木エリは演劇部の皆を一瞥し、俺にも微笑みかけた。
「よし! なんか今日は色々とあったけどこれから新生演劇部として頑張って行きましょ~! それじゃあ今度こそ、一人一人自己紹介をしていこっか!」
☆★
それぞれが短い自己紹介をした後に『名前鬼』という演劇では定番の鬼ごっこをする事になった。名前鬼というのは鬼が誰かにタッチしようとした時、触られる前に別の人の名前を呼べば鬼になるのを免れ、名前を呼ばれた人が鬼になるというルールのゲーム。久し振りに演劇部に復帰して一年生とは初対面の俺も、演劇部として活動する事になったイビーも、普通だと打ち解けるのに時間が掛かる。しかし、こういったゲームでお互いの名前を覚えていき、楽しむことで手っ取り早く心の壁を取っ払って一体感を生むことができる。演劇はやっぱり楽しい。
ゲームをやっていくうちに「こんにちは。よろしく」くらいしか話していなかったそれぞれは必然的にコミュニケーションを取っていき、色々な話をするようになる。おかっぱのさっちゃんなんかは相変わらず俺と真珠の関係が気になっている様で、合間の休憩中に「真珠先輩とは本当に何もないんですか?」と、ひそひそ声で訊いてきた。「真珠とは……なんていうだろう、同士っていうか仲間っていうかそんな感じだよ」「それなのに半年以上部活休むのって結構ヒドイですね」とまたしてもさっちゃんはぶっ込んで来たが顔色を見る限り全く悪気がなさそうだった。そして……。ようやく俺はイビーとも会話をした。重くもなく、ごくごく普通に「クラスメイトのユーマ、ユーマって呼んで」「オーケーユーマ」と、『ユーマ』という自分の名前をイビーに呼ばれた時、あまりの嬉しさにニヤニヤしそうになったがそこは何とか抑えた。イビーの事は勿論だけど、短時間でこんなに打ち解けられる演劇、そしてこれから始めるであろう舞台づくり、真珠との台本の擦り合わせ……。やっぱり演劇は素晴らしい。
「ニュージーランドではこのゲームやったことある?」
「ナイ。ハジメテ」
「そうなんだ」
内心はデレデレのニヤニヤなんだが当然ながら芝居は芝居でしっかりとやっていた。台本を持ってセリフの掛け合いとかをやる頃には芝居にどんどん集中していって、気が付けば部室は茜色に染まっていた。
「よし! それじゃあちょっと早いけど今日はここまで! この台本は稽古用だけどセリフを覚えて身体に入れたら絶対に上手くなるよ! みんなそれぞれ割り振った役のセリフ入れるようにしてね!」
「はい!」と、一年生たちは返事をした。
「イビーはその台本を一応は読めるようにしておいて。佳花、教えてあげて。大丈夫よね?」
「大丈夫」
と、やってみたいと言い始め何だかんだ稽古に参加していた津木エリが言った。額に少し汗をかき、表情も真剣だ。もちろん他の皆と同じように運動着に着替えている。
しかしまぁ、やっぱり演劇は楽しかった。ぶっちゃけたところ、そろそろ芝居をやりたいとは思っていたけれど、そのきっかけはイビーが演劇部に入るという事を聞いたからだ。動機は不純だったかもしれないが、やっていくうちに本当に楽しくなったし、真珠の言うように本気で取り組みたいという気持ちも俄然強くなってきた。イビーとも仲良くなるだろうし、とりあえず今は目の前の事に集中して一つ一つやっていくとするか。
「ちょっとあんた、話聴いてんの?」
部活の締めの挨拶で立ったまま円形になっていたんだが、考えに集中しすぎていたようだった。
「すまん。聞いてなかった」
「芝居に関する事考えてたの?」
と、慣れた感じで真珠が訊いてくると皆の視線が俺に集まってきた。
「う~ん芝居の事も考えてたけど」
「こともぉ~? だったらちゃんと聴いてなさいよ。これから大事な話をするんだから」
中学校の時からのやり取りで、芝居の事を考えていた場合だと真珠は良しとする基準が出来ている。
「すまん。んで、なんだっけ?」
「これから話すんだっての。えーまず一つ。一年生のみんなは初めてだから分からないと思うけど、毎年私たちは十二月の第二日曜に尚高と合同演劇発表会をやっています」
お~。と反応しお互いに顔を合わせる一年生。イビーは興味深そうに話を聴いているが、日本語が分からないのか津木エリに話掛けている。俺はその様子を目ざとく見ながら「そういえば去年もやったな」と言った。
「そう、去年もやりました」
「去年は何をやったんですか?」とおかっぱさっちゃん。
「去年はユーマと私で三十分の二人芝居」
すげー! と声を漏らす一年生。
「台本は何だったんですか?」と、きむらっちが言った。
こほん。と顔が少し綻んでいた真珠は咳払いをして「ユーマが書いた台本をやったわ」と言った。
「どんな台本ですか?」
「ユーマ、説明して」
「いや別に昔の台本なんだから説明しなくてもいいじゃん」
「いいから」
真珠が演劇関係での話で自分を曲げないところは変わっていなかった。
「えーと……。いやあれ話すと長くなるだろ?」
「いいから」
「わかったよ」と俺は、続けた。「簡単に話すと……。『十億年先の未来の夫婦の話と見せかけた最初の人類の話』。あと十億年で太陽が膨張して地球の水が全部蒸発するらしいんだけど、それによって地球上の生命は死滅するんだって。そこに至るまでに人類はどうなってんのかなぁって考えたとこから着想を得て……。」
話したところで一年生は興味深く聴いてくれていたが、イビーは言葉が分かっていないようだった。見かねて津木エリが通訳をしている。毎回テストでは上位に名を連ねているしハーフだし、これくらい話せて当たり前か。と、津木エリの通訳が終わるのを待ってから続けた。
「その人類に見せかけた人達は不老不死になってて食べ物とかを今みたいな形で摂らなくて良い様になってて、他の星に移住していたり、国という単位から外れて宇宙を漂流する小惑星に住んでたり。まぁ色々なライフスタイルがあってね。勝手に作った言葉とかを使って導入部分はコメディタッチに書いてる。んで、次第にそういった超未来の人類の夫婦っぽい話って分かっていって……。んで、一番最後は宇宙船にトラブルが起こってその二人の夫婦が不時着した星に住むって話になって。イヴがリンゴを食べて……。って話」
「えっと……。それってどういう話になるんですか?」
「あぁ~ごめん。え~っと……。超未来の人類に見せかけた話なんだけど。オチとしては地球外生命体が人類の祖先なんですよ~って話。その人たちが移住して地球に合わせた生活をしていたら退化しちゃって今の人類はあるんですよ~みたいな。地球外生命体だったからリンゴを知らなくて……」
と、話したところで俺は気付いた。
「津木さんっ!」
「佳花でいいよ? どうしたの?」
「ちょっと言えないんだけど……!」と、俺は目で訴えた。すると津木エリは分かってくれたようで、「あぁ~大丈夫。心配しなくてもいいよ」と、返してくれた。さすがハーフ、と思いながらひとまず安堵した。
「どうしたのよ?」と真珠。一年生も同様に状況が読み込めていないようだ。
「いや、何でもない。また後で話す」
「そう」と、真珠は一応は納得してくれたような素振りを見せた。
「あの~その台本って読むこと出来ますか?」とさっちゃんが言って返事をしようとしたところで気付いた。「ってかなんであの台本みんな読んでないの? 二人芝居だし稽古にはちょうどいいんじゃね?」
真珠は苦い顔をした。
「……だって癪じゃない。アンタが戻ってきた時には使おうと思ってたけど、勝手に出て行って戻ってくる当てもなかった人が書いた台本よ?」
「ごめん」
「別に戻って来たから良いわよ。……まっ、その台本はまた今度持ってくるとして」
「なんて名前ですか?」と、短髪メガネ男子の坂井くん。
「十億年」
「も~その話はとりあえず終わりっ! もうちょっとで下校時間だし」
と、時計の針は十八時十五分を指していた。多少甘いところもあるが一応は十八時半に完全下校になっているので実質十分くらいしか時間がない。
「とにかく! 来たる十二月の合同公演で私たち桜丘高校はにっくき尚高をビビらせるくらいの素晴らしい舞台を作らなければいけません! 今後はそこを目標にした部活になっていきます! で、今日見た感じ全然大丈夫だし、せっかくだからイビーにも参加してもらおうと思っています。イビー、一緒に舞台に出るのは大丈夫?」と、ニュースで見る政治家みたいな身振り手振りをした真珠が言うと「ヤル! タノシミ!」とイビーは満面の笑顔で返した。
イビーが出るとなればなおさら頑張らなきゃならないな! と内なる闘志を燃やすのに一秒も掛からなかった。
「オッケー。よろしく! で、ユーマ」
「ん?」
「最高の新作を書いて」
「わかった」
恋愛的覚悟故秒速回答。
「そして、今回の合同公演は尚校で行われますが無料で一般の方々にも公開されます。せっかく舞台を作るなら沢山の人に観て貰いたいわよね? ですので集客も頑張っていこうと思います。むしろ集客でも尚高に負けたくありません」
「えぇ~」と一年生たちは渋い顔をした。
「はいそこうるさい! 学校関係者は勿論の事、それ以外のお客さんも呼び込みたいのでネットも活用していきます! 演劇部のインスタとツイッターでの投稿を増やしていって」
「え? 今そんな事もやってんの?」
「あんたがいない間に何とかして頑張りたくて始めたの! ってかあんたツイッターもインスタも全然更新してないでしょ」
「別にあんま興味ないから」
「わかってないな~。みんなSNSやってんだからそれを活用して告知した方が良いに決まってんでしょ?」
「はぁーめんどくせぇよ」
真珠はあぁん? と表情を変えた。
「大体あんたが休部とかしてなかったらこんなことにはなんなかったのにあんたマジ何言ってんの私が頑張って色々やろうとして」「真珠さんごめんなさいわかりました。私もやらせて頂きますマジですいません」
「ったく……。で、演劇部の投稿も増やしていこうと思ってるからみんないいアイデアがあったら教えてね。イビーはインスタとツイッターはやってるの?」
イビーの頭には疑問符が浮かんでいた。
「あーInstagram」と津木エリ。
「Oh yeah,Instagram.InstagramモTwitterモアル!」
英語の部分だけ発音がやたら良くて日本語がたどたどしい姿が可愛い。
「イビーはしょっちゅうアップしてるし好きだよね」
「イエス」
「それなら話が早いわね。イビーもよろしくね」
「OK」
イビーのアカウント……見るべし。否、見なければならない。
「ユーマも後で演劇部のアカウントフォローしておきなさいよ。そういうのも大切なんだから。よし! 今日はここまで。イビーが参加する事になったし写真を撮っておこうか」
☆★
帰り道にみんなと別れ一人になった後、かなり久し振りにSNSを確認したんだが、イビーのアカウントを発見する事は出来なかった。これから訊く機会は何度でもあるとは思いつつ、訊いておけば良かったと微妙に後悔しながら家に帰る。
家について制服を脱ぎ、部屋着に着替えてひと段落したところで『ibeeie』というアカウントがフォローしてくれているという通知を確認した……! 「うぉぉぉぉ!」と吠えながら高まった気持ちでインスタのアイコンを開く……! 「イビーきたぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ! うぉぉぉぉぁぉぉああぉぉぁわぁぁぁ!」と飛び跳ねているところに「兄やんうるさい! なんで呼んでも来ないのよご飯できたって!」「ちょっと待て恵乃! 俺は後で行く!」「だーめ、もうみんな待ってるから」「待ってすぐ終わる! すぐ終わるから!」と、俺は高速でイビーをフォロバした。「みんな待ってるって言ってるでしょ~!」と、恵乃は俺の腕を掴み力づくで連れ出そうとする「ちょっと待って、ちょっと待って恵乃!」と俺はイビーの投稿を見ようとしたが「だーめ。ハイ、けいたいもおいて~そのままご飯へ向かいますッ!」と、恵乃は俺の手から携帯をもぎ取ってベットに投げ捨てた。
「ユーマオソイヨ~! トンカツさめルでショ~!」
「ごめん母さん、ちょっとやることやってて」
「ゴハンよりダイジなコト?」
「ごめんなさい」
「お前さっき叫んでただろ? なんかあったのか?」と親父が顎の髭を触りながら言った。
「いや別になんでもねー」
「うそだ~! 兄やん絶対なんかあったでしょ!? あんな風に飛び跳ねるなんて絶対おかしいもん!」
「それより早く食べようよ。ごはん冷めちゃうじゃない」と、姉貴の言葉に合わせて
「「「「「いただきます」」」」」と家族は食事を始めた。
俺は誰よりも早く好物のトンカツを頬張った。うまい。
「カアサンのリョウリはオイシイ?」
「美味しいに決まってるだろアビタ~イル! ハニーの料理は世界一さっ!」と、子供の前でもお構いなしに親父が母さんにちょっかいを出し、母さんは何事もなかったかのようにマッシュポテトを口に運んだ。
「今日のトンカツも最高に美味いです。ありがとうございます」
「You're welcome」
「で、あんた何があったのよ?」
「なにが?」
「ハハッ、わっかんないの?」
「だから何がだって?」
「さっきからあんたの顔がニヤケまくってんだよw ねぇ恵乃?」
「うんww お兄ちゃん絶対なんか良いことあったでしょ?」
「母さんのトンカツ滅茶苦茶おいしいじゃん」
「ユーマモットかあさんをホメテ」
「Fooo! アビタイルは世界一だよ~!」
と、母さんはマッシュポテトにトンカツを乗っけて更にそれをごはんに乗っけた。
「ユーマ話しなさい、お姉ちゃんが聞いてあげるから」
「やだよ気持わりぃ」
「って事はやっぱなんかあったな」
「兄やんの大好きな妹ちゃんも話を聞くよ」
「だからなんなんだお前ら」
「「女だろ」「女でしょ」」
一瞬ピクリと箸が止まり、俺はロボットのようにカク、カク~ンと首を二段階に動かして姉妹を見た。そしてそのまま勢いよく食事を続ける。
「なにその顔ww あんたホントあれだね顔に出るねw」
「兄やんマジめっちゃウケるんだけどw」
その場しのぎで愛想笑いをする俺。
「そんな嬉しそうな愛想笑いがあるかよw」
「兄やんバカ正直だよね~マジウケるwww」
「おうユーマ、お前彼女が出来たのか!? 今度家に連れて来いそしてお父さんに紹介しろ!」
「なんでだよw トンカツが美味しすぎるから自然と笑顔になるんだろ。ね、母さん」
「ゴマカスタメにイッテルナラシバク」
「そんなことありません」と秒で答えた。
「ナライイ」
晩御飯の時はテレビ無し、ケイタイ無しの我が家の食卓は、ボスの一言で静まりかえった。箸が食器に当たる音がカチカチと響き、近所の犬の鳴き声が聞こえた。
「あ~、ところで玲乃最近大学はどうなんだ?」
「んーまぁ楽しくやってるけどなんで?」
「それはほら、ユーマのせいでおかしくなったこの雰囲気を取り戻すためにだな」
「ちょっと待ってよ俺何にも悪いことしてねーって」
「え~ホントのことを言ってくれないのは悪いことだと思いますぅぅぅ」
「なんだよそれ~、別に俺の事なんだからなんだっていいだろ」
「パパに相談してくれてもいいんだぞ」
「何で親父に相談するんだよ」
「それは俺がパパだからだ」
「ってか自分でパパとか言うなって。母さんもなんか言ってよ~」
「チャントヒニンするンダヨ」
俺と姉貴と恵乃は思わず吹き出しそうになった。
「だからそんなんじゃないって」
「女なのは間違いないでしょ?w」
「それはわたしもそう思う~」
「今度家に連れて来いよ」
「あ~も~、なんだよみんなして」と、俺は残っていたご飯を平らげ「ごちそうさま」と食器を洗い、急ぎ足で自分の部屋に戻った。
部屋に戻ってベットにダイブして飛び込みざまに携帯を取る。速攻でホーム画面に入るとインスタの通知が二つ。イビーかぁぁぁぁ!と思いドキドキしながら見ると……。津木エリからのフォロー通知とメッセージが届いていた。『園芸部と兼部して演劇部に入ることになると思います! 今後は演劇部員としてもお願いします☺』との事だ。津木エリかよっ! ってか演劇部と兼部って展開早いな! と、思わず突っ込んでしまったが、今日のイビーへの通訳でも助けて貰ったのですぐにフォローバックをして返事をした。『そうなんだ! こちらこそよろしく☺今日はイビーにアダムとイヴの話をしないでくれてありがとう。本当に助かりました😄』するとすぐに返事が返ってきた。『キリスト教の事はうちのパパがそうだし良く分かってるから。それにイビーはちゃんと説明したら日本のそういう宗教の事とかも分かってくれるはず:)』『とにかくありがとう。これからもよろしく☺』とポンポン返して津木エリとの連絡は終わらせた。
俺が去年書いた台本は、キリスト教のアダムとイヴの話をもじって作ったものなので海外の人に話してしまうと激怒される危険性があった。イビーが敬虔なキリスト教信者かどうかは分からないけれど、そこのリスクは避けたかった。マジで津木エリサンキュー。そして入部をするくらい今日の芝居が楽しかったんだろうなーと思うと少し嬉しくなった。
そして……!!!
本当にありがとう津木エリ。
お風呂上り感満載のイビー。空港のロビーで津木エリと写真を撮っているイビー。津木エリの制服を借りて着ているイビー……。
かわいい。かわいいよイビー。
津木エリのインスタでホクホクになった俺だったが三枚しか写真がなかったので……イビー本人のアカウントにとんだ。イビーのページを見る……。
あぁ……かわいい。かわいいイビー本当にかわいい。
和室で正座しているイビー。恐らくニュジーランドの家族と撮ったであろう空港のイビー。あっちの友達と芝生で寝転んでいるイビー。イビー祭りじゃねぇかこれは……! 当たり前だがイビーしかいない! あぁ…………。マジで俺色々頑張ろ。芝居も絶対成功させよう。と、夢見心地でいるとピロリンという音がして真珠から『RTしろって言ったでしょ!』とラインの通知が着た。五十人くらいしかフォロワーのいない俺がリツイートなんかして意味あるか? とは思いつつも、ツイッターを開く。演劇部アカウントには今日撮った集合写真と一緒に十二月の舞台の告知がしてあった。やっぱ良い写真だな~などと思いつつ、リツイートを実行。そこからラインを開いて『拡散完了致しました』と真珠に返し『よろしい。じゃあ台本もよろしく』と即レス。
任務も完了させたしイビーのツイッターでも探そうかと演劇部のフォロワーを見ようとしたその時『にしなさんがあなたをフォローしました』と通知が着て、その後すぐ『ナナナ。さんがあなたをフォローしました』と続いた。
『にしな』……。
あぁ……部活やイビーの事で頭がいっぱいになっていたけれど、そうだ、西菜さんだ。西菜さんとの朝の出来事を思い出した。これ、絶対に西菜さんだよな。
通知を確認しそのまま『にしな』のアカウントへいく。一番上のツイートは、しっかりと練習しなければ描けなさそうな絵の上手さで、正面を向いてへたりこみ、両腕を突っ張るように手のひらを地面に着けて女の子座りをしながら泣いているセーラー服の女の子の写真があった。タップして絵だけを見る。集中して描いたであろうことは伺えるものの、陰鬱な印象しか残らない悲しい絵だ。投稿は二〇××年十二月十六日。それを最後に『にしな』のツイートは止まっていた。これ以外のツイートも見てみる。『「夜庭の夢」読み終えた。良かった』『これからお絵かき。今日はボールペンだけ』等々、自分で描いたであろう絵や写真を投稿していた。しかし、その絵に俺はびっくりした。身体の臓器がはみ出しているものや、泣き顔の女性の絵。そういったものがそこには多くあった。マジかよ……と思いつつ、画面をスクロールして観察を続ける。一週間か二週間に一回くらいはツイートをしていたようだった。それが一番上のものを最後に止まっているんだからそのあたりで何かあったんじゃないか? という想像は容易についた。
西菜さんに何があったのか……。それを知るためにも俺は『ナナナ』のアカウントを見ようとした。ページを移動している時、何故だか見たくないものを見るような変な気持ちになった。アカウントを開くと、ツイートが目に飛び込んできた。
『心配してるって言葉の嬉しいとこもすこしある』
『だけどなんとなくリスカどうしようか悩んでる』
『今日リスカしようとしたけど邪魔された。むかつく』
『どうせあの男も口だけ』
『死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい』
俺は思わずツイッターのアプリを閉じた。
イザベラさんが津木さんの後ろをもじもじしながら演劇部に入ってくる様子が可愛すぎてキュン死にしそうになったが何とか平静を保ち、普通に過ごせていたはずだ。俺に続いての急な訪問者にビックリしていた真珠たち演劇部員だったが、イザベラさんが留学期間中は演劇部として活動したいという事、ニュージーランドでも演劇部に入っていることを津木さんが説明すると、真珠は「ウェルカム!」と諸手を広げ喜んでイザベラさんの事を迎え入れた。
「ワタシノコト『イビー』ッテヨンデ」
と、片言の日本語で話すイビーにテンションが爆上がりした事は言うまでもない。
「りょ~かいっ! イビーね、よろしく! 私は真珠、黒木真珠。まじゅって呼んで」
「マジュ、ヨロシク」
「よろしく」と、真珠を含め部員みんなが微笑んだ。もちろん俺は内心でガッツポーズをした。
「それと……遅くなってごめんなさい。あなたは……?」
「あぁ……。挨拶が遅れてすいません。私はイビーのホームステイ先のクラスメイトで津木エリクソン佳花と言います。佳花って呼んでください。恋ヶ淵くんと同じくハーフで私たち三人ともクラスメイトです」
真珠は確認するかのように俺の方をちらっと見た。
「津木さんもイザベラさんも同じクラスだな」
ふ~ん。と言いたげな顔をする真珠。
「私は園芸部に入っているんだけど、園芸部って週に一回しか活動がないから今日みたいに休みの日は演劇部の見学に来てもいいですか? イビーがどんなことをやってるかもみたいし、お邪魔はしませんので」
「そうね~」と、考えている真珠。
津木さん……いや、津木さんは津木エリって感じがする。津木エリは自分の欲求を至極簡単に伝えてきた。今まで関わったことがなくて大人しそうに見える人だったけど、意外と自己主張が強そうな感じがする。っていうか……。イビーのホームステイ先って事はイビーと一緒に部活に来たら帰り道は絶対にイビーと津木エリは一緒になるんじゃ……。別に悪いことじゃないけど、イビーと二人で帰れるかもっていう期待がちょっと薄くなっちまうな。
「うん。見られている方が緊張感もあるしいいかもね。みんなはどう思う?」
その問いに一年生達は「恥ずかしいですよ~」「集中できないですよ~」等と言っていたが、おかっぱのさっちゃんが「真珠先輩が決めて下さい!」というと一年生たちは一様に真珠の顔を見た。どうやらおかっぱさっちゃんが一年生の仕切り役っぽい。そして皆、真珠の事を信用している様だ。「う~ん」と真珠は考えてから「それじゃあオッケーよ。見られていた方がみんなも張り合いがあるだろうし、イビーの事でも色々話せるかもしれないしね。ってことで佳花、見学に来るのはオッケーよ」
「ありがとう。よろしくね」と、津木エリは演劇部の皆を一瞥し、俺にも微笑みかけた。
「よし! なんか今日は色々とあったけどこれから新生演劇部として頑張って行きましょ~! それじゃあ今度こそ、一人一人自己紹介をしていこっか!」
☆★
それぞれが短い自己紹介をした後に『名前鬼』という演劇では定番の鬼ごっこをする事になった。名前鬼というのは鬼が誰かにタッチしようとした時、触られる前に別の人の名前を呼べば鬼になるのを免れ、名前を呼ばれた人が鬼になるというルールのゲーム。久し振りに演劇部に復帰して一年生とは初対面の俺も、演劇部として活動する事になったイビーも、普通だと打ち解けるのに時間が掛かる。しかし、こういったゲームでお互いの名前を覚えていき、楽しむことで手っ取り早く心の壁を取っ払って一体感を生むことができる。演劇はやっぱり楽しい。
ゲームをやっていくうちに「こんにちは。よろしく」くらいしか話していなかったそれぞれは必然的にコミュニケーションを取っていき、色々な話をするようになる。おかっぱのさっちゃんなんかは相変わらず俺と真珠の関係が気になっている様で、合間の休憩中に「真珠先輩とは本当に何もないんですか?」と、ひそひそ声で訊いてきた。「真珠とは……なんていうだろう、同士っていうか仲間っていうかそんな感じだよ」「それなのに半年以上部活休むのって結構ヒドイですね」とまたしてもさっちゃんはぶっ込んで来たが顔色を見る限り全く悪気がなさそうだった。そして……。ようやく俺はイビーとも会話をした。重くもなく、ごくごく普通に「クラスメイトのユーマ、ユーマって呼んで」「オーケーユーマ」と、『ユーマ』という自分の名前をイビーに呼ばれた時、あまりの嬉しさにニヤニヤしそうになったがそこは何とか抑えた。イビーの事は勿論だけど、短時間でこんなに打ち解けられる演劇、そしてこれから始めるであろう舞台づくり、真珠との台本の擦り合わせ……。やっぱり演劇は素晴らしい。
「ニュージーランドではこのゲームやったことある?」
「ナイ。ハジメテ」
「そうなんだ」
内心はデレデレのニヤニヤなんだが当然ながら芝居は芝居でしっかりとやっていた。台本を持ってセリフの掛け合いとかをやる頃には芝居にどんどん集中していって、気が付けば部室は茜色に染まっていた。
「よし! それじゃあちょっと早いけど今日はここまで! この台本は稽古用だけどセリフを覚えて身体に入れたら絶対に上手くなるよ! みんなそれぞれ割り振った役のセリフ入れるようにしてね!」
「はい!」と、一年生たちは返事をした。
「イビーはその台本を一応は読めるようにしておいて。佳花、教えてあげて。大丈夫よね?」
「大丈夫」
と、やってみたいと言い始め何だかんだ稽古に参加していた津木エリが言った。額に少し汗をかき、表情も真剣だ。もちろん他の皆と同じように運動着に着替えている。
しかしまぁ、やっぱり演劇は楽しかった。ぶっちゃけたところ、そろそろ芝居をやりたいとは思っていたけれど、そのきっかけはイビーが演劇部に入るという事を聞いたからだ。動機は不純だったかもしれないが、やっていくうちに本当に楽しくなったし、真珠の言うように本気で取り組みたいという気持ちも俄然強くなってきた。イビーとも仲良くなるだろうし、とりあえず今は目の前の事に集中して一つ一つやっていくとするか。
「ちょっとあんた、話聴いてんの?」
部活の締めの挨拶で立ったまま円形になっていたんだが、考えに集中しすぎていたようだった。
「すまん。聞いてなかった」
「芝居に関する事考えてたの?」
と、慣れた感じで真珠が訊いてくると皆の視線が俺に集まってきた。
「う~ん芝居の事も考えてたけど」
「こともぉ~? だったらちゃんと聴いてなさいよ。これから大事な話をするんだから」
中学校の時からのやり取りで、芝居の事を考えていた場合だと真珠は良しとする基準が出来ている。
「すまん。んで、なんだっけ?」
「これから話すんだっての。えーまず一つ。一年生のみんなは初めてだから分からないと思うけど、毎年私たちは十二月の第二日曜に尚高と合同演劇発表会をやっています」
お~。と反応しお互いに顔を合わせる一年生。イビーは興味深そうに話を聴いているが、日本語が分からないのか津木エリに話掛けている。俺はその様子を目ざとく見ながら「そういえば去年もやったな」と言った。
「そう、去年もやりました」
「去年は何をやったんですか?」とおかっぱさっちゃん。
「去年はユーマと私で三十分の二人芝居」
すげー! と声を漏らす一年生。
「台本は何だったんですか?」と、きむらっちが言った。
こほん。と顔が少し綻んでいた真珠は咳払いをして「ユーマが書いた台本をやったわ」と言った。
「どんな台本ですか?」
「ユーマ、説明して」
「いや別に昔の台本なんだから説明しなくてもいいじゃん」
「いいから」
真珠が演劇関係での話で自分を曲げないところは変わっていなかった。
「えーと……。いやあれ話すと長くなるだろ?」
「いいから」
「わかったよ」と俺は、続けた。「簡単に話すと……。『十億年先の未来の夫婦の話と見せかけた最初の人類の話』。あと十億年で太陽が膨張して地球の水が全部蒸発するらしいんだけど、それによって地球上の生命は死滅するんだって。そこに至るまでに人類はどうなってんのかなぁって考えたとこから着想を得て……。」
話したところで一年生は興味深く聴いてくれていたが、イビーは言葉が分かっていないようだった。見かねて津木エリが通訳をしている。毎回テストでは上位に名を連ねているしハーフだし、これくらい話せて当たり前か。と、津木エリの通訳が終わるのを待ってから続けた。
「その人類に見せかけた人達は不老不死になってて食べ物とかを今みたいな形で摂らなくて良い様になってて、他の星に移住していたり、国という単位から外れて宇宙を漂流する小惑星に住んでたり。まぁ色々なライフスタイルがあってね。勝手に作った言葉とかを使って導入部分はコメディタッチに書いてる。んで、次第にそういった超未来の人類の夫婦っぽい話って分かっていって……。んで、一番最後は宇宙船にトラブルが起こってその二人の夫婦が不時着した星に住むって話になって。イヴがリンゴを食べて……。って話」
「えっと……。それってどういう話になるんですか?」
「あぁ~ごめん。え~っと……。超未来の人類に見せかけた話なんだけど。オチとしては地球外生命体が人類の祖先なんですよ~って話。その人たちが移住して地球に合わせた生活をしていたら退化しちゃって今の人類はあるんですよ~みたいな。地球外生命体だったからリンゴを知らなくて……」
と、話したところで俺は気付いた。
「津木さんっ!」
「佳花でいいよ? どうしたの?」
「ちょっと言えないんだけど……!」と、俺は目で訴えた。すると津木エリは分かってくれたようで、「あぁ~大丈夫。心配しなくてもいいよ」と、返してくれた。さすがハーフ、と思いながらひとまず安堵した。
「どうしたのよ?」と真珠。一年生も同様に状況が読み込めていないようだ。
「いや、何でもない。また後で話す」
「そう」と、真珠は一応は納得してくれたような素振りを見せた。
「あの~その台本って読むこと出来ますか?」とさっちゃんが言って返事をしようとしたところで気付いた。「ってかなんであの台本みんな読んでないの? 二人芝居だし稽古にはちょうどいいんじゃね?」
真珠は苦い顔をした。
「……だって癪じゃない。アンタが戻ってきた時には使おうと思ってたけど、勝手に出て行って戻ってくる当てもなかった人が書いた台本よ?」
「ごめん」
「別に戻って来たから良いわよ。……まっ、その台本はまた今度持ってくるとして」
「なんて名前ですか?」と、短髪メガネ男子の坂井くん。
「十億年」
「も~その話はとりあえず終わりっ! もうちょっとで下校時間だし」
と、時計の針は十八時十五分を指していた。多少甘いところもあるが一応は十八時半に完全下校になっているので実質十分くらいしか時間がない。
「とにかく! 来たる十二月の合同公演で私たち桜丘高校はにっくき尚高をビビらせるくらいの素晴らしい舞台を作らなければいけません! 今後はそこを目標にした部活になっていきます! で、今日見た感じ全然大丈夫だし、せっかくだからイビーにも参加してもらおうと思っています。イビー、一緒に舞台に出るのは大丈夫?」と、ニュースで見る政治家みたいな身振り手振りをした真珠が言うと「ヤル! タノシミ!」とイビーは満面の笑顔で返した。
イビーが出るとなればなおさら頑張らなきゃならないな! と内なる闘志を燃やすのに一秒も掛からなかった。
「オッケー。よろしく! で、ユーマ」
「ん?」
「最高の新作を書いて」
「わかった」
恋愛的覚悟故秒速回答。
「そして、今回の合同公演は尚校で行われますが無料で一般の方々にも公開されます。せっかく舞台を作るなら沢山の人に観て貰いたいわよね? ですので集客も頑張っていこうと思います。むしろ集客でも尚高に負けたくありません」
「えぇ~」と一年生たちは渋い顔をした。
「はいそこうるさい! 学校関係者は勿論の事、それ以外のお客さんも呼び込みたいのでネットも活用していきます! 演劇部のインスタとツイッターでの投稿を増やしていって」
「え? 今そんな事もやってんの?」
「あんたがいない間に何とかして頑張りたくて始めたの! ってかあんたツイッターもインスタも全然更新してないでしょ」
「別にあんま興味ないから」
「わかってないな~。みんなSNSやってんだからそれを活用して告知した方が良いに決まってんでしょ?」
「はぁーめんどくせぇよ」
真珠はあぁん? と表情を変えた。
「大体あんたが休部とかしてなかったらこんなことにはなんなかったのにあんたマジ何言ってんの私が頑張って色々やろうとして」「真珠さんごめんなさいわかりました。私もやらせて頂きますマジですいません」
「ったく……。で、演劇部の投稿も増やしていこうと思ってるからみんないいアイデアがあったら教えてね。イビーはインスタとツイッターはやってるの?」
イビーの頭には疑問符が浮かんでいた。
「あーInstagram」と津木エリ。
「Oh yeah,Instagram.InstagramモTwitterモアル!」
英語の部分だけ発音がやたら良くて日本語がたどたどしい姿が可愛い。
「イビーはしょっちゅうアップしてるし好きだよね」
「イエス」
「それなら話が早いわね。イビーもよろしくね」
「OK」
イビーのアカウント……見るべし。否、見なければならない。
「ユーマも後で演劇部のアカウントフォローしておきなさいよ。そういうのも大切なんだから。よし! 今日はここまで。イビーが参加する事になったし写真を撮っておこうか」
☆★
帰り道にみんなと別れ一人になった後、かなり久し振りにSNSを確認したんだが、イビーのアカウントを発見する事は出来なかった。これから訊く機会は何度でもあるとは思いつつ、訊いておけば良かったと微妙に後悔しながら家に帰る。
家について制服を脱ぎ、部屋着に着替えてひと段落したところで『ibeeie』というアカウントがフォローしてくれているという通知を確認した……! 「うぉぉぉぉ!」と吠えながら高まった気持ちでインスタのアイコンを開く……! 「イビーきたぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ! うぉぉぉぉぁぉぉああぉぉぁわぁぁぁ!」と飛び跳ねているところに「兄やんうるさい! なんで呼んでも来ないのよご飯できたって!」「ちょっと待て恵乃! 俺は後で行く!」「だーめ、もうみんな待ってるから」「待ってすぐ終わる! すぐ終わるから!」と、俺は高速でイビーをフォロバした。「みんな待ってるって言ってるでしょ~!」と、恵乃は俺の腕を掴み力づくで連れ出そうとする「ちょっと待って、ちょっと待って恵乃!」と俺はイビーの投稿を見ようとしたが「だーめ。ハイ、けいたいもおいて~そのままご飯へ向かいますッ!」と、恵乃は俺の手から携帯をもぎ取ってベットに投げ捨てた。
「ユーマオソイヨ~! トンカツさめルでショ~!」
「ごめん母さん、ちょっとやることやってて」
「ゴハンよりダイジなコト?」
「ごめんなさい」
「お前さっき叫んでただろ? なんかあったのか?」と親父が顎の髭を触りながら言った。
「いや別になんでもねー」
「うそだ~! 兄やん絶対なんかあったでしょ!? あんな風に飛び跳ねるなんて絶対おかしいもん!」
「それより早く食べようよ。ごはん冷めちゃうじゃない」と、姉貴の言葉に合わせて
「「「「「いただきます」」」」」と家族は食事を始めた。
俺は誰よりも早く好物のトンカツを頬張った。うまい。
「カアサンのリョウリはオイシイ?」
「美味しいに決まってるだろアビタ~イル! ハニーの料理は世界一さっ!」と、子供の前でもお構いなしに親父が母さんにちょっかいを出し、母さんは何事もなかったかのようにマッシュポテトを口に運んだ。
「今日のトンカツも最高に美味いです。ありがとうございます」
「You're welcome」
「で、あんた何があったのよ?」
「なにが?」
「ハハッ、わっかんないの?」
「だから何がだって?」
「さっきからあんたの顔がニヤケまくってんだよw ねぇ恵乃?」
「うんww お兄ちゃん絶対なんか良いことあったでしょ?」
「母さんのトンカツ滅茶苦茶おいしいじゃん」
「ユーマモットかあさんをホメテ」
「Fooo! アビタイルは世界一だよ~!」
と、母さんはマッシュポテトにトンカツを乗っけて更にそれをごはんに乗っけた。
「ユーマ話しなさい、お姉ちゃんが聞いてあげるから」
「やだよ気持わりぃ」
「って事はやっぱなんかあったな」
「兄やんの大好きな妹ちゃんも話を聞くよ」
「だからなんなんだお前ら」
「「女だろ」「女でしょ」」
一瞬ピクリと箸が止まり、俺はロボットのようにカク、カク~ンと首を二段階に動かして姉妹を見た。そしてそのまま勢いよく食事を続ける。
「なにその顔ww あんたホントあれだね顔に出るねw」
「兄やんマジめっちゃウケるんだけどw」
その場しのぎで愛想笑いをする俺。
「そんな嬉しそうな愛想笑いがあるかよw」
「兄やんバカ正直だよね~マジウケるwww」
「おうユーマ、お前彼女が出来たのか!? 今度家に連れて来いそしてお父さんに紹介しろ!」
「なんでだよw トンカツが美味しすぎるから自然と笑顔になるんだろ。ね、母さん」
「ゴマカスタメにイッテルナラシバク」
「そんなことありません」と秒で答えた。
「ナライイ」
晩御飯の時はテレビ無し、ケイタイ無しの我が家の食卓は、ボスの一言で静まりかえった。箸が食器に当たる音がカチカチと響き、近所の犬の鳴き声が聞こえた。
「あ~、ところで玲乃最近大学はどうなんだ?」
「んーまぁ楽しくやってるけどなんで?」
「それはほら、ユーマのせいでおかしくなったこの雰囲気を取り戻すためにだな」
「ちょっと待ってよ俺何にも悪いことしてねーって」
「え~ホントのことを言ってくれないのは悪いことだと思いますぅぅぅ」
「なんだよそれ~、別に俺の事なんだからなんだっていいだろ」
「パパに相談してくれてもいいんだぞ」
「何で親父に相談するんだよ」
「それは俺がパパだからだ」
「ってか自分でパパとか言うなって。母さんもなんか言ってよ~」
「チャントヒニンするンダヨ」
俺と姉貴と恵乃は思わず吹き出しそうになった。
「だからそんなんじゃないって」
「女なのは間違いないでしょ?w」
「それはわたしもそう思う~」
「今度家に連れて来いよ」
「あ~も~、なんだよみんなして」と、俺は残っていたご飯を平らげ「ごちそうさま」と食器を洗い、急ぎ足で自分の部屋に戻った。
部屋に戻ってベットにダイブして飛び込みざまに携帯を取る。速攻でホーム画面に入るとインスタの通知が二つ。イビーかぁぁぁぁ!と思いドキドキしながら見ると……。津木エリからのフォロー通知とメッセージが届いていた。『園芸部と兼部して演劇部に入ることになると思います! 今後は演劇部員としてもお願いします☺』との事だ。津木エリかよっ! ってか演劇部と兼部って展開早いな! と、思わず突っ込んでしまったが、今日のイビーへの通訳でも助けて貰ったのですぐにフォローバックをして返事をした。『そうなんだ! こちらこそよろしく☺今日はイビーにアダムとイヴの話をしないでくれてありがとう。本当に助かりました😄』するとすぐに返事が返ってきた。『キリスト教の事はうちのパパがそうだし良く分かってるから。それにイビーはちゃんと説明したら日本のそういう宗教の事とかも分かってくれるはず:)』『とにかくありがとう。これからもよろしく☺』とポンポン返して津木エリとの連絡は終わらせた。
俺が去年書いた台本は、キリスト教のアダムとイヴの話をもじって作ったものなので海外の人に話してしまうと激怒される危険性があった。イビーが敬虔なキリスト教信者かどうかは分からないけれど、そこのリスクは避けたかった。マジで津木エリサンキュー。そして入部をするくらい今日の芝居が楽しかったんだろうなーと思うと少し嬉しくなった。
そして……!!!
本当にありがとう津木エリ。
お風呂上り感満載のイビー。空港のロビーで津木エリと写真を撮っているイビー。津木エリの制服を借りて着ているイビー……。
かわいい。かわいいよイビー。
津木エリのインスタでホクホクになった俺だったが三枚しか写真がなかったので……イビー本人のアカウントにとんだ。イビーのページを見る……。
あぁ……かわいい。かわいいイビー本当にかわいい。
和室で正座しているイビー。恐らくニュジーランドの家族と撮ったであろう空港のイビー。あっちの友達と芝生で寝転んでいるイビー。イビー祭りじゃねぇかこれは……! 当たり前だがイビーしかいない! あぁ…………。マジで俺色々頑張ろ。芝居も絶対成功させよう。と、夢見心地でいるとピロリンという音がして真珠から『RTしろって言ったでしょ!』とラインの通知が着た。五十人くらいしかフォロワーのいない俺がリツイートなんかして意味あるか? とは思いつつも、ツイッターを開く。演劇部アカウントには今日撮った集合写真と一緒に十二月の舞台の告知がしてあった。やっぱ良い写真だな~などと思いつつ、リツイートを実行。そこからラインを開いて『拡散完了致しました』と真珠に返し『よろしい。じゃあ台本もよろしく』と即レス。
任務も完了させたしイビーのツイッターでも探そうかと演劇部のフォロワーを見ようとしたその時『にしなさんがあなたをフォローしました』と通知が着て、その後すぐ『ナナナ。さんがあなたをフォローしました』と続いた。
『にしな』……。
あぁ……部活やイビーの事で頭がいっぱいになっていたけれど、そうだ、西菜さんだ。西菜さんとの朝の出来事を思い出した。これ、絶対に西菜さんだよな。
通知を確認しそのまま『にしな』のアカウントへいく。一番上のツイートは、しっかりと練習しなければ描けなさそうな絵の上手さで、正面を向いてへたりこみ、両腕を突っ張るように手のひらを地面に着けて女の子座りをしながら泣いているセーラー服の女の子の写真があった。タップして絵だけを見る。集中して描いたであろうことは伺えるものの、陰鬱な印象しか残らない悲しい絵だ。投稿は二〇××年十二月十六日。それを最後に『にしな』のツイートは止まっていた。これ以外のツイートも見てみる。『「夜庭の夢」読み終えた。良かった』『これからお絵かき。今日はボールペンだけ』等々、自分で描いたであろう絵や写真を投稿していた。しかし、その絵に俺はびっくりした。身体の臓器がはみ出しているものや、泣き顔の女性の絵。そういったものがそこには多くあった。マジかよ……と思いつつ、画面をスクロールして観察を続ける。一週間か二週間に一回くらいはツイートをしていたようだった。それが一番上のものを最後に止まっているんだからそのあたりで何かあったんじゃないか? という想像は容易についた。
西菜さんに何があったのか……。それを知るためにも俺は『ナナナ』のアカウントを見ようとした。ページを移動している時、何故だか見たくないものを見るような変な気持ちになった。アカウントを開くと、ツイートが目に飛び込んできた。
『心配してるって言葉の嬉しいとこもすこしある』
『だけどなんとなくリスカどうしようか悩んでる』
『今日リスカしようとしたけど邪魔された。むかつく』
『どうせあの男も口だけ』
『死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい』
俺は思わずツイッターのアプリを閉じた。
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