恋ヶ淵

yukoji

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【-現在④- 後会して後悔した航海を公開して更改したい】

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【│現在│ 後会して後悔した航海を公開して更改したい】

 道山みちやまの突然のカミングアウトに俺は若干キレてしまった。イビーの性格が悪い? そう思っていてもそれを好きだって言ってる人間に伝えるか普通? と。それ故に、自然と「あぁ?」と怒りのこもった口調で俺は返してしまっていた。
 道山は少しの戸惑いを見せたが、「ユーマごめん。言い方が悪かったかもしれねーけど、俺は割とガチで思ってる。だから親友のお前に話した。今は時間ないからまた後で話す」と続け、それでも納得のできない俺を恵乃えのがなだめ、俺たちは教室に向かった。
 一年生の恵乃は最上階の教室で、普通に歩けば三階の二年生の教室までは一緒なのだが、トイレに行くと言って俺たちと別れた。二人になった俺と道山だが、俺は当然納得出来ていなかったので、恵乃がいなくなるとすぐに「さっきのはどういう意味だ」と問い正した。
 「ユーマ、言い方悪かったことは謝るけど、俺はガチでイビーちゃん性格悪くねーかなーって思うんよね」
 「なんで?」と、階段を登りながら俺は答えた。
 「いやさ、いくらユーマのプロポーズの仕方が気に入らなかったって言っても激ギレしてその場所から帰って、それであんなあからさまに無視しなくてもよくね?」
 「……確かにイビーは激ギレしてたとは思うけど、それはイビーの感情を動かす何かがあったわけだろ」
 「そりゃそうかもしんね~けど」 
 「んで、今日だって視線が合いそうになったりした時に何か別のものを無理矢理見てはぐらかそうとはしてた。けどそれも、それだけと言えばそれだけだ。俺の事を無視してるって言えば確かにそうなるだろうけどさ」
 「いやだからさ~、あんな風にするの絶対におかしいって分かるじゃん? いっつも休み時間の時にイビーちゃんと話してた感じだったのにいきなりあんなんになったら俺以外の人間でも気付くって」
 と、道山が言ったところで三階に着いた。
 「それだって俺と話すのが気まずいとかそういうのだろうから別に性格が悪いって事にはならないだろ」
 「ま~そういえばそうなんだけどさ~なんっつーか俺すげー引っかかるわけよ、う~ん。なんて言えばいいかわっかんね~けどさ~」
 と、二年七組の教室に着く。 
 「まぁまた五時間目の後に話すわ。とりあえず、言い方悪くてゴメンな」と、道山は両手を合わせて俺に謝ると、自分の机に向かって行った。「あぁ」と生返事をした俺はそのまま足を進める。そこでふと、西菜さんと視線があった。西菜さんは何を言うでもなく、ただ俺の事を見ていたが、すぐに手元の教科書に視線を落とした。あぁ、次は世界史の授業か。

  ☆★

 ナポレオンが何をしたとかいう話が今日の授業の中心だったんだが、授業に集中出来るはずもなく、俺は道山の真意やらこの後の部活の事やらとにかく色々な事を考えていた。そして、気が付けば授業が終わっていて、道山が嬉々とした顔で「ユーマ、俺わかった!」と言って隣の空き教室に俺を連れ出した。
 「で、なんなんだよ道山」
 「だから俺は俺の言いたい事が分かった!」
 「だから俺はそれを訊いてるんだって」
 「あのさ、ユーマは今回の事についてこ~なんだ、自分でここが悪かったんじゃねーかとか、こうした方がよかったんじゃねーかって色々考えてるわけじゃん」
 「まあ、な。それにこうなった以上、俺が悪かったって思うのが自然だろ」
 「ってかさ、ユーマ別に悪く無くね?」
 「は?」
 予想外の答えだった。
 「いや~だからさ~」と、道山は腕組みをして右手の親指と人差し指で顎の下をさすっている。
 「だから~その~」
 「なんだよ?」
 「だからさ、別にユーマは悪くないと俺は思うんよね」
 言葉の意味がいまいちピンとこない。
 「さっきも話したけど、ユーマがイビーちゃんにプロポーズした事って俺からすればカッケー事だと思ったしすげーって思ったんよ。けど、イビーちゃんはそうは思ってくれなかったわけじゃん?」
 「だからそこは俺がイビーの事をちゃんと理解していなくって、色々と悪かったって言ってるだろ」
 「それはそうかも知んねーんだけど、イビーちゃんじゃない人にユーマが同じようにプロポーズしたとしたらそれでオッケーくれる人もいるかもしれないじゃん」
 俺は黙って話しを聴くことにした。
 「結局さ、イビーちゃんがどう思うかってだけでそこにユーマは別に悪い事をしてるわけじゃないと思うんよね。ユーマだってイビーちゃんの事を、まぁダメだったって言ってるけどよ、それでもちゃんと思いを伝えようとしてるんだから、それはそれでしょうがねーと思うんよ。それに、その伝え方が悪いとか、相手の気持ちがって言ってんのもそこからちゃんと反省しようとしてて、良い方に動いてんだからユーマ全然悪くねーだろって思うんだよ。マジで」
 「……、そうか。なんかありがとな」
 「マジでそう思うんよ」と、道山は真剣な顔で続けた。
 「だからさ、それでまーユーマから結局プロポーズしたんだし、男だからとか、そーいうのも色々と分かるんだけどさ、それにしたってイビーちゃんもめっちゃくちゃ分かり易くユーマの事を避けてるし、なんつーんだろ、もうちょっとユーマの気持ちを考えても良いんじゃねーかなとは思うんよね」
 「え? イビーが?」
 「だってそうじゃね? ユーマは悪気があって言ってるわけじゃねーんだからさ、イビーちゃんだってなんでユーマがそう思ったのかとか、なんでプロポーズしてきたのかとか、そういうの考えてもよくね?」
 道山が言っている事が何となくわかってきたような気がした。
 「イビーだって俺の気持ちとかそういうのを考えて動いてくれても良いんじゃねーかって話か?」
 「そうそれ! 俺が言うのもなんだけどさ、イビーちゃん絶対ユーマのこと好きだったとは思うんよね」
 「…………。本気で言ってんのか?」
 「そりゃそーっしょ~じゃなかったらあんなにユーマに話し掛けに行かないって」 
 「そうか?」「そーだろ!」
 現状は違うかもしれないが、自分でそう思われているかもしれないと思うより、道山にそういう風に言われることが嬉しかった。
 「ユーマお前顔に出過ぎなw」
 「うるせー」
 と、道山は一呼吸置いた。
 「まぁ……さ。だからまー、イビーちゃんだってユーマの事を好きだったと思うから、なんつーんだろ、ああいう風になっちゃうのもわかるんだけど、そこまでしなくても良いとは思うんよ。もちろんユーマみたいに色々考えてて、んで無視するみたいな事になってるかもしれねーんだけどさ」
 道山は俺にない見解を色々と引き出してくれていた。
 「んで、それを考えたらイビーちゃんちょっと性格よくないんじゃね? みたいに感じたんよ。そりゃ~気まずいとか分かるけどさ~。今までのユーマとの事見てたらそれどうなんかなぁ~とか思ったりしてさ」
 そして道山は少し照れくさそうに笑いながら「まぁ、結局俺はユーマの味方だからそう思ってるだけかもしんねーけどな」と言った。
 俺を庇ってくれている道山の意見と、純粋に『味方になってくれている』という言葉が嬉しかった。
 道山は、その後に続けて話すでもなかった。
 「本当にありがとう道山。んで、さっきは怒ってゴメン」
 「いや俺も言い方悪かったって」
 「いいよ。とにかくありがとう」
 「そうか? ならよかったぜ」
 道山は鼻の下をかきながら爽やかに笑った。
 「道山の言いたい事は何となく伝わった。あんまり俺一人で抱え込まなくて良いって事だろ?」
 「んー。そうなのか? 自分でもよくわかんねーけど」
 「俺がそう感じたんだから、きっとそれで良いんだよ。んで、話しを聴いてて思ったけど、道山がイビーに対してそう思うのは、多分お前が野球部のキャプテンだからだと思う」
 「どゆ事?」
 「お前は野球部のキャプテンで、部員の気持ちを考えながら動くことに慣れてんだろ? だからそうやってイビーも俺の気持ちを汲んでみるのもありなんじゃねーか? って感じたんだと思う」
 「あぁ! そうかも!」
 道山は、握った右手を開いた左手でポンッと叩いた。
 「俺も演出を付ける時に相手の気持ちをなるべく考えてから話そうとは心掛けてる。けど、なかなかそれは伝わらねぇし、俺がその人に対して思ってる事ってのが本当にその人の思っている事なのかってのはわからない」
 俺が言うと、道山は、ん? と目と口を細めた。
 「だから……確かに道山が言ってる事も分かるんだけど、イビーが今、俺を避けてる事ってのは事実なんだけど、だからってイビーが何を考えているかってのは分からない。考えにくい事かもしれないけれど、もしかしたらプラスの方向で考えてくれているのかもしれないし。だからまぁなんだ。とにかく話してくれてありがとうよ」
 「ん??? 俺は良く分かってねーんだけど」
 「あぁ、とにかく分かったことはお前が良いやつで俺の事を考えてくれてたって事だ。んで、俺はお前のお蔭でまた考えが変わった。ありがとな道山」
 「はぁ?」
 「もうチャイム鳴るから教室に戻ろうぜ」
 「あぁ~? ユーマお前なんか気持ちわりぃぞ」

  ☆★

 道山のエールを受け取った俺だったが、かといってその後の六時間目の授業中もドンドンと考えが変わっていった。確かに俺一人が悪くないのかもしれないし、イビーが俺を避けているだけで実は良い方に考えてくれているのかもしれない。でもそんなことは俺には分からないし、もしかしたらイビーだって自分の気持ちが分かっていないのかもしれない。俺が考えている事っていうのはただの仮定の話で、その仮定の話を成り立たせる俺の判断材料─今のイビーの態度やこれまでのイビーの態度、イビーから感じ取った全て─だってそれをどう判断して良いのかが良く分からない。道山がイビーは俺の事を好きだと思うと言ってくれて、実際に俺もそれは感じていた。だからこそデートに誘ったんだし、あの時の直感でプロポーズもしたんだと思う。姉妹から言われた事も、自分で考えていた事も頭の中にあって、色々なものがありすぎて結局向かうべき方向は定まってはくれなかった。
 結果、俺は六時間目が終わってから部活にすぐに向かう事が出来ず、考え事をする時にいつも行く屋上前の踊り場で、考えを巡らせている。だけど流石に『部活に行かない』っていう事が出来ないことは分かっていた。学校に来ているのにも関わらず部活をサボることを真珠が許してくれるはずがない。つまり、俺は何としても部活に行かなければならないんだが、どうやってイビーに接していいかも分かっていない。とりあえず、行くしかないのか……。
 「恋ヶ淵くん」
 声がして、俺の思考はそこで止まった。
 「もう部活始まってるよ」
 俺の正面に立っていたのは津木エリだった。
 「え? マジで?」と言って俺は携帯の画面を見る。ロック画面には十六時十三分と表示されていた。急いでエアラインモードを切る。すると『ぶかつはじまってんだけど』『いまどこにいる』という真珠のラインがポンポンッと入ってきた。
 「やっべ、急がないと、ありがとう」
 俺は言い素早く立ち上がった。立ち上がり、津木エリの隣を通り過ぎ、階段を二つ降りたところで「今日はイビー部活休むって」と話し掛けられた。
 「そうなんだ」と返したものの、内心ほっとしてしまっていた。
 「うん。それで恋ヶ淵くん」
 と、俺は階段を降りようと自然に下された足を止め、右足を一段上に置く格好を取り津木エリを見上げた。
 「どうしたの?」
 津木エリは俺の言葉に返事をするでもなく、おへその辺りで手を握っていた。そして一つの間を置いて唾を飲み込んだ。どうしたんだ? と思ったところでもう一つの疑問が浮かんできた。
 「そう言えば、どうしてこの場所が分かったの?」
 屋上に続く階段の一番上の踊り場。ここで屋上への扉に向かって階段がある方の壁にもたれると、周りの空気から断絶された感じになる。学校の中で一番集中できる俺の秘密基地。
 「わたしもここで……。わたしも一人になりたいときはここに来ることが多いいの」
 「そうなんだ」
 自分だけの場所ではなかったようだ。
 「それで……、一年生の時に勉強で上手くいかない事があってここに来ることがあって」
 勉強が上手くいかなくて凹むのか。
 「その時に恋ヶ淵くんが、さっきと同じように座って考えている事があった」
 「え?」
 「私は恋ヶ淵くんが見える位置まで行って、あっ! って思って止まったんだけど、恋ヶ淵くんは全然気づかなくてね」
 「うそ? 流石に気付くでしょ? 階段を登る足音とか」
 「さっきも気付いてなかったでしょ?」
 津木エリは微笑んでいた。
 「そう言えば気付かなかった」どんだけだ俺。
 「その時も気付かなかったからそのままちょっと見てたんだよね」
 「うそぉ!?」
 「はは、本当だよ。恋ヶ淵くん目をつぶったままず~っと考えてた」
 「マジかよ」
 「うん。それがあった後、演劇部は関東大会に行ったよね? それできっとあの時はお芝居の事を考えてたんだろうなぁって思って」
 「あぁ……そしたらその時は演出について考えてたんだと思う。実際ここに来るときは芝居の事ばっか考えてたし」
 「今は?」
 「え?」
 津木エリの空気感が変わった気がした。
 「今は何を考えてたの?」
 「いや、普通に芝居の事考えてたけど?」
 咄嗟に嘘をついてしまった。
 「『いや』って言うのは何を打ち消してるの?」
 「ただ言っただけだよ。色々と考える事があって」
 「部活に行くのも忘れて?」
 津木エリを見上げているこの状況も相まってか、何故か責められているような感じがした。
 「部活始まってるんだから早く行こう」と、俺は再び階段を降り始めるが「イビーと」と言われ足が止まってしまった。
 「イビーと、何かあったんだよね」
 今度は振り返らなかった。そのまま「真珠に怒られる。早くいかないと」と階段を進み、下り切ったところで津木エリを見上げた。
 「早く行こう」
 津木エリは何か言いたげな顔をしていたが「わかった」と小さく答え階段を下りてきた。確認して、俺は早足で演劇部に向かった。イビーもいないんだからとりあえず早く向かわないと。 俺はずんずん歩き、その間に「ごめん。今向かってる」と真珠に返信をした。後ろを見ると、津木エリは俺の後方五メートルくらいのところにいた。そして進行方向を向き直した時にやらかしてしまった。と、俺は直感した。
 やらかしてしまっている。
 なんで俺は気付かなかった。
 イビーという言葉に反応しすぎてしまった。っていういか津木エリは……。そうだ、津木エリはイビーと一緒に住んでいて、見た感じ一番仲が良いはずだ。イビーが俺との事を津木エリに話している可能性があるじゃないか。

 何でそこに気付かなかった。

 同じ家に住んでいるんだから、俺が道山に話したようにイビーが津木エリに話すことも十分考えられる。何でそこに気付かないんだ俺は。どうするべきだ。
 津木エリにイビーの事を打ち明けて、何かしらの協力をして貰うべきなのか。いや、けど実はイビーは津木エリに話していなくて、津木エリが俺とイビーの事を知りたくてかまを掛けてきたのかもしれない。だけど、いずれにせよ、イビーが俺に全く話し掛けに来なくなっていることは津木エリだってわかっているだろうし……。
 それにあぁ……。今ここで津木エリに話をする事、津木エリの状況も分からずに俺から話す事をイビーは望んでいるんだろうか? プロポーズされたんなんてことはやっぱり大きい事のはずだし、他の人が知る由もない事を津木エリに話していいのか? わからない。全くわからない。どれが正解なんだ。
 とにかく。俺はこれからいつも通り部活をしないといけない。とりあえずイビーの事はいったん忘れて、部活は部活でちゃんと集中しないと。と、目まぐるしく変わる思考に振り回されていると、気が付けば部室棟に続く渡り廊下まで来ていた。カキーン。と、子気味の良い軽快な音が聞こえ、グラウンドを見ると野球部がバッチコーイ!と威勢のいい声を出している。
 思わず俺は立ち止まり、ホームベース付近を見詰めた。キッチャーである道山がいるかどうか確認をした。いた。キャッチャーポジション辺りに立って、大きな声で指示を飛ばしている。アイツの声はやっぱでかいな。
 何故だか分からないが俺は道山に向けて頑張れ道山、俺も頑張る。と謎の語り掛けをしていた。ふと自分の身体に意識を向ける。早足で歩いてきた俺の身体には汗がにじみ出ていて、ワイシャツがぴったりと身体にくっついていた。「暑いな」と無意識に声が漏れた。
 とにかく、もうすぐ部室に着く。気分も大分落ち着いてきたし何とかなるだろう。真珠には本当に悪いけれど、芝居の事を考えていたと伝えよう。と、「恋ヶ淵く~ん」と津木エリが小走りでやってきた。
 「よかった。私が迎えに行ったのに二人で戻らなかったらちょっとおかしいかなぁって思って」
 「それは……。津木さんはトイレに行ってるって伝えれば大丈夫じゃないかな?」
 「……恋ヶ淵くん今日色々とおかしいよね」
 「そうかな?」
 「恋ヶ淵くん今日絶対におかしいよね」
 語気が強くなっていた。
 「別になんでもないよ」
 「いっつもそんな反応しないじゃん。ねぇ、イビーと何かあったんでしょ? それに今日は道山くんとずっと話してたよね」
 「いや、だからそんなんじゃないって」
 俺は再び歩き出した。そして、それ以上の言葉を発しないことにした。
 これ以上気持ちを乱されたくなかった。
 黙って歩き、ようやく文芸棟の前に着いた。
 文芸棟二階の一番奥。演劇部の部室から「あ・い・う・え・お」と発声練習の声が聞こえる。早くいかなければと足取りがより早くなる。部室棟の玄関をくぐり、そのまま階段を登る。踊り場のみどりに気持ちを移せるような心持ちではなかった。津木エリは俺のすぐ後ろをついてきていたが、話し掛けてくるような気配は無かった。階段を登り切り、発声練習の音が近くなる。部室が近づくにつれて、平常心、平常心と俺は何回も心の中で自分に語り掛けていた。
 「恋ヶ淵くん」
 部室まであと教室一つ分のところに来たところで津木エリは言い、俺の前に出て振り返った。
 「私は……いきなりでも、伝え方がちょっと雑だったとしても、恋ヶ淵くんにプロポーズされたら本当に嬉しいと思う」
 すぐそこの演劇部から聞こえていた発声練習の声が止まった。俺の歩みも止まった。
 津木エリの一言はいとも簡単に俺の心をパニックに持っていった。
 そうして考える間もなく津木エリは部室の前に着き、引き戸を開いて中に入っていった。
 「遅くなってごめ~ん! やっぱり恋ヶ淵くんは屋上の入り口にいたよ。台本の事考えてたんだって~」
 「ありがとう佳花、で、ユーマは?」
 「そこにいるよ」と、津木エリは俺の方に顔を向けた。
 その後すぐ、ポニーテールにした真珠がひょこっと部室から顔を出し、口をひん曲げたしかめっ面で「ユ~マ~」とのろく言って続けた。
 「台本の事を考えてたんならまだいいけどね、部活は部活、団体行動なんだから約束の時間にはちゃんと来なさいよね。それか連絡くらいよこしなさい」
 「ごめん」
 「あんた今は先輩なんだし……って、ユーマなんかあったの?」
 「いや、なんもねーよ。遅れちゃって本当にごめん。結構深くまで話が出来上がってて色々と考えてた」
 真珠と話してはいるものの、話の内容には実感が伴っていなかった。
 「ラストの案が出来上がってきたってこと?」
 「ボチボチって感じかな」
 「ボチボチじゃなくてちゃんとやってよね~、ラストが出来上がってる方が稽古が捗ることは分かってるでしょ?」
 「もちろん」
 そういって、俺と真珠は部室に入っていった。
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