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第18 いま出来ること
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次にあの邸を訪れたのは、あれから1週間後のことだった。
「すみません、苗がまだ全て揃わず、あと少しお時間を頂けますか?」
苗を運んできたクゥルーバは、そう言ってリュシェラへ軽く頭を下げた。
1週間、何の音沙汰もなく待たせた上に、決して高位の者へ向けるような振る舞いではない。意地悪くリュシェラを試すために、あえて遅らせたつもりはないが、せっかくの機会だ。リュシェラがどう言葉を返すのか、クゥルーバはこっそり様子を伺った。
─── 噂通りの種族なら、癇癪でも起こすだろう……。
だが、前回のリュシェラの対応を見る限りは、クゥルーバにはそんな風に思えなかったのだ。
「分かりました。お仕事を増やしてしまって、すみません。よろしくお願いします」
そして、思った通り。リュシェラは同じ人型でさえない魔族のクゥルーバへも、躊躇う事なく頭を下げてきた。申し訳なさそうに眉尻を下げて、深々とお辞儀をする姿から、その人柄が垣間見えてくる。
─── あぁ、やっぱり。
クゥルーバは内心で独り言ち、リュシェラへ気付かれないよう息を詰めた。
─── この方のどこが強欲で、傲慢だと言うんだ。
そして、魔族を見下しているようにも思えなかった。
それなのに、ただ人間だというだけで、死んでしまっても構わない。そう思われて、扱われているのだ。それが正しい訳がない。
嫁いできた妃が16歳だとは聞いている。先日の対応を見る限り、もうそれなりの大人ではあるのだろう。
だが、種族的に幼く見える妃だと知りつつも、受け取った苗や種を嬉しそうに確認している姿は、下手をすれば自分の息子と同じように見えていた。
─── こんな子どもが、どうして大人の都合で孤独に生きなければいけないのか。
子を持つ親として、リュシェラの状況を思えばクゥルーバの胸が痛くなる。
「残りの苗は3日後には、お持ちします」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「あと……」
「はい?」
「これは息子のアラルトです。今後、遊んでいる最中に、こちらに紛れ込むかもしれません」
「はぁ」
「その時には、ご容赦頂けたらと思います。もし本人が何か忘れ物などした時は、そのままご処分頂いて、構いませんので」
「忘れ物ですか?」
「はい、生もの等は痛んでしまいますし。きっと中にはリュシェラ様のお役に立つ物もあるでしょう」
そこまで言葉を重ねれば、クゥルーバの意図が伝わったのだろう。頭を上げたリュシェラは、だいぶ戸惑った表情を浮かべていた。
「ですが、私に関わってしまうと、ご迷惑になるのでは……」
「なに、子どものする事です。リュシェラ様が邪魔でなければ、宜しくお願いします」
こうやって、回りくどい方法でリュシェラへ何かを差し入れる事が、いまのクゥルーバが出来る精一杯の事だった。
突然のクゥルーバの言葉に、戸惑った表情だけを浮かべていたリュシェラの頬が、ほんのりと色付いていく
「……ありがとうございます」
小さなお礼の声は、少し震えているようだった。
大ぴらには喜べない。でも、嬉しいのだと、口元を緩ませるリュシェラの姿は、噂と異なり、素直で愛らしかった。
─── やはり何か誤解が生じている、としか思えない。
民から見たイヴァシグスは、こんな人間の妃を、残忍に殺すようには思えなかった。
─── どうにかして、イヴァシグス様へ確認ができれば良いが。
思わず吐きそうになった溜息を飲み込んで、クルゥーバはリュシェラへ微笑んだ。
肝心の第2側近のディファラートがリュシェラを好ましく思っていない以上、今のクルゥーバには打つ手がない。手をこまねくしかない状況だが、少しでもこの王妃の力になりたかった。
「お礼を言われる程ではございません」
クルゥーバは、リュシェラへ高位の者への礼をとった。
「すみません、苗がまだ全て揃わず、あと少しお時間を頂けますか?」
苗を運んできたクゥルーバは、そう言ってリュシェラへ軽く頭を下げた。
1週間、何の音沙汰もなく待たせた上に、決して高位の者へ向けるような振る舞いではない。意地悪くリュシェラを試すために、あえて遅らせたつもりはないが、せっかくの機会だ。リュシェラがどう言葉を返すのか、クゥルーバはこっそり様子を伺った。
─── 噂通りの種族なら、癇癪でも起こすだろう……。
だが、前回のリュシェラの対応を見る限りは、クゥルーバにはそんな風に思えなかったのだ。
「分かりました。お仕事を増やしてしまって、すみません。よろしくお願いします」
そして、思った通り。リュシェラは同じ人型でさえない魔族のクゥルーバへも、躊躇う事なく頭を下げてきた。申し訳なさそうに眉尻を下げて、深々とお辞儀をする姿から、その人柄が垣間見えてくる。
─── あぁ、やっぱり。
クゥルーバは内心で独り言ち、リュシェラへ気付かれないよう息を詰めた。
─── この方のどこが強欲で、傲慢だと言うんだ。
そして、魔族を見下しているようにも思えなかった。
それなのに、ただ人間だというだけで、死んでしまっても構わない。そう思われて、扱われているのだ。それが正しい訳がない。
嫁いできた妃が16歳だとは聞いている。先日の対応を見る限り、もうそれなりの大人ではあるのだろう。
だが、種族的に幼く見える妃だと知りつつも、受け取った苗や種を嬉しそうに確認している姿は、下手をすれば自分の息子と同じように見えていた。
─── こんな子どもが、どうして大人の都合で孤独に生きなければいけないのか。
子を持つ親として、リュシェラの状況を思えばクゥルーバの胸が痛くなる。
「残りの苗は3日後には、お持ちします」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「あと……」
「はい?」
「これは息子のアラルトです。今後、遊んでいる最中に、こちらに紛れ込むかもしれません」
「はぁ」
「その時には、ご容赦頂けたらと思います。もし本人が何か忘れ物などした時は、そのままご処分頂いて、構いませんので」
「忘れ物ですか?」
「はい、生もの等は痛んでしまいますし。きっと中にはリュシェラ様のお役に立つ物もあるでしょう」
そこまで言葉を重ねれば、クゥルーバの意図が伝わったのだろう。頭を上げたリュシェラは、だいぶ戸惑った表情を浮かべていた。
「ですが、私に関わってしまうと、ご迷惑になるのでは……」
「なに、子どものする事です。リュシェラ様が邪魔でなければ、宜しくお願いします」
こうやって、回りくどい方法でリュシェラへ何かを差し入れる事が、いまのクゥルーバが出来る精一杯の事だった。
突然のクゥルーバの言葉に、戸惑った表情だけを浮かべていたリュシェラの頬が、ほんのりと色付いていく
「……ありがとうございます」
小さなお礼の声は、少し震えているようだった。
大ぴらには喜べない。でも、嬉しいのだと、口元を緩ませるリュシェラの姿は、噂と異なり、素直で愛らしかった。
─── やはり何か誤解が生じている、としか思えない。
民から見たイヴァシグスは、こんな人間の妃を、残忍に殺すようには思えなかった。
─── どうにかして、イヴァシグス様へ確認ができれば良いが。
思わず吐きそうになった溜息を飲み込んで、クルゥーバはリュシェラへ微笑んだ。
肝心の第2側近のディファラートがリュシェラを好ましく思っていない以上、今のクルゥーバには打つ手がない。手をこまねくしかない状況だが、少しでもこの王妃の力になりたかった。
「お礼を言われる程ではございません」
クルゥーバは、リュシェラへ高位の者への礼をとった。
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