羊飼いとグリモワールの鍵

むらうた

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第1部

8 | グリモワール - セルシウス②

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「王宮の陰謀にも貴方の私情にも興味はないが、これだけ巻き込んでくれたんだから聞いてあげますよ。グリモワールの鍵とやらについて話してもらいましょうか」

 うつろな目でマクスウェルは語りはじめる。グリモワールの鍵について。


    ◇◇◇


 その魔導書グリモワールの存在をルーメン教授が口にしはじめたのは、シュルッセルを王宮から追放して半年ほど経った頃だった。

 教授はしきりに「シュルッセルを呼べ」とわめきはじめた。死んだと伝えても納得することはなかった。なぜシュルッセルなのか。僕ではだめなのか。事実、どこかで生きているのだろうが、仮にも死んだことになっている人間にすら勝てないのか。

 そんな日々が過ぎ、教授の記憶は混濁する日が多くなっていった。死期が近づいているのだ。

 僕のことをシュルッセルと呼ぶことも珍しくなくなってきた。そして、「開けておくれ」と教授は言う。「シュルッセル、お前は鍵だ。グリモワールの鍵。お前にしか開けることはできない」

 「グリモワールの鍵」と教授は呼び続ける。「約束のグリモワールを開け、王国を我が物に」

 教授のうわ言は国王の知るところになった。王国を手に入れることができるようなグリモワールの存在は危険であるし対策をしなければならない。かくして、グリモワールの実態を確かめよと命令が下されることになる。

 幸いなことに企みは過去のもので、企てた二人にその機会はない、と誰もが思っていた。シュルッセルは死に、ルーメン教授の命は尽きようとしている、と。

 僕は憎きシュルッセルに姿を変え教授と対話をはじめた。

 教授の蔵書の中からそのグリモワールを見つけ出したところまでは順調だった。それは古い書物で、確かに封印の魔術が施されている。とても古い時代の魔術だ。

 「お前はグリモワールの鍵だ」と教授が言う。「さあ、開けてくれ」

 しかし、僕には封印の魔術を解くことができなかった。たとえできなくても、「できません」では済まされない。済ましたくない。ルーメン教授の一番弟子であり、王宮魔術師としてのプライドが許さない。

「古い時代の術式のため解読に時間がかかります」

 僕は国王にそう説明をした。

 術式の解読を続けるのと同時に、シュルッセルがいまどうしているのかが気にかかった。二年前、殺し損ねたと知っているのは僕だけなのだ。いつか目の前に現れて、見せびらかすように国王の前でグリモワールの封印を解いてしまうんじゃないか。

 王国がシュルッセルの手に落ちるのなんてどうてもいい。それよりも、僕に解けない魔術をいとも簡単に解いてしまう姿、それを見て失望する周囲の視線が僕にとっての恐怖だった。悪夢に何度もうなされた。

 シュルッセルの気配を察知しようとしても、魔力を感じることはできなかった。ラザフォード家へリリスを偵察に向かわせたが、なんの情報も得られない。

 まさか本当に死んでしまったのか。確証を得られないまま、術式の解読に繋がるのではないかとシュルッセルの蔵書を調べる。なぜなら、グリモワールの表紙にラザフォード家の紋章が型押しされていたからである。

 この件については、実態のわかっていないグリモワールをラザフォード家の所有物だと主張されては都合が悪いため緘口令が敷かれていた。

 死んだとされたあと、奴の蔵書はすべて書庫に移されていた。書き込みがあるものも多く、一冊一冊手に取りページをめくる。調べていくうち、封印の魔術が施されているものを見つけた。それは手記用の帳面のようだった。

 悔しいことに、その手記の封印すら僕に解くことはできなくて…。


    ◇◇◇


「…古い時代に封印されたグリモワールと、私の手記?」

 どちらも身に覚えはないが、どちらにも興味はある。

「貴方の話では二冊とも私の物のようだから、持ってきてもらえますか」

 マクスウェルはうつろな目のまま頷き、ソファから立ち上がった。

「持って帰るとまずいか…代わりになりそうなものを作っておけば問題ないかな…」

 書庫を物色する。

「グリモワールの代わり…なんだろうな。適当に古そうなものでいいか。あと手記は、手書きのそれらしいものがあれば…」

 適当なところで封印は解けるようにしておけばいいかもしれない。マクスウェルも肩の荷がおりるだろうし、国王も諦めがつくだろう。

 物音がしたからマクスウェルが戻って来たのだと思った。

「こっちにいます」

 書架から顔を出そうとしたところで怖気がはしる。反射的に防御の魔術を施した。

 間一髪だった。魔術にはじかれたいかづちが鼻先でバチッと閃光を放つ。

「勘がいいのにな…なぜ二年前はマクスウェルなぞにやられたんだ」

「買いかぶりすぎですよ、教授」

 どうしてマクスウェルの魔力が落ちているのか分かった。命令なのか自ら望んだのかは分からないが、自分の魔力をルーメン教授に与えているのだ。

「久方ぶりの再会だ。シュルッセル、顔を見せてくれ」

 粘着質な声に耳をふさぎたくなる。

「お断りします。私はただの亡霊ですから」

「お前はいつも拒む…なぜお前に掌握の魔術が効かないのかふしぎだったが、ようやく積年の謎が解けたよ」

「なにを言っているんです?」

「自分ですら欺いているんだから気づけるわけがない。グリモワールの封印は解けずとも、幼いお前が施した魔術など容易く破れる。これでお前は私の意のままだ」

 手記の封印を解かれる、と気づいたときには辺りはまばゆい光に包まれていた。そして教授の苦しそうなうめき声が聞こえてくる。

 術が発動し役目を終えたことで、私はようやく手記の存在とそこへ封印したものを思い出した。

 それは幼い頃の記憶そのものだった。教授に支配されないように、自分の根幹をなすものを封印した。そしてその封印を解く者には攻撃の術を施していたのだ。

「…二年前、マクスウェル様の攻撃を避けれなかったのは、私が彼を信用していたからです。しかしね、教授。貴方に対しては警戒心しかないんですよ」
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