羊飼いとグリモワールの鍵

むらうた

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第2部

10 | 幕間

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 王宮植物園に棲む鳥は、歌う。

「ツァーラ、レ、トゥラ…」

 紡がれる言葉を幼い王女が聴いている。しかし王女は歌の意味を理解することができない。幼さのためではなく、人間とは異なる言語だからだ。

「姫様、こちらにいらっしゃいましたか。珍しい花でも咲いていましたか?」

「いいえ、お歌をきいていたの」

「歌? ああ、鳥がさえずっているのですね」

「きれいな声、きっと羽の色もすてきよ。姿を見てみたいわ」

「それは難しいですね、植物園の鳥の姿はだれも見たことがないのです」

「まあ!」

「見ることが叶えば王宮中に自慢できますよ」

 瞳を輝かせる王女に侍女は優しく微笑む。

「ただしお食事が先です。午後にまた時間をとりましょう」

「絶対よ、約束だからね」


   ◇◇◇


 ディオプトリ王国の建国の説話には、一匹のドラゴンが登場する。

 その昔、ディオプトリの豊かな土地には凶暴なドラゴンがいた。ドラゴンの前ではいかなる魔物も人間もなす術がなかった。

 人々は畑を耕すことも家畜を放牧することもできず、ただひっそりと暮らしていた。

 魔物もドラゴンの前では消し炭になるしかなかったが、人間とは違い魔力を扱う能力があった。

 ある日、人々の暮らす集落に美しい娘が現れる。旅の途中だが同行していた者たちとはぐれてしまったと言う。集落の長が娘に旅の理由を尋ねると、凶暴なドラゴンを倒すためだと答えた。

 にわかには信じられない答えに人々は困惑した。娘はさらに魔術を教えるから共に戦ってくれないかと提案する。

 長は集まった集落の人々を見まわし、一番勇敢な青年と一番聡明な青年を呼んだ。

「お前たちは、この娘の話をどう聞く」

 まず答えたのは聡明な青年だった。

「美しい娘ですが、魔物が化けているに違いありません。人間をそそのかすつもりなのです。耳を貸してはいけません」

 すかさず勇敢な青年が声をあげる。

「ちょっと待ってください、もし娘が魔物だったとしてもドラゴンを倒す方法があるなら知りたい」

 娘は自らが魔物であることを認めたが、自分は善良な魔物だと主張した。

 話し合いの末、勇敢な青年と聡明な青年が娘の旅に同行することになった。

 目的地はドラゴンが棲むとされているファラド山脈。旅をしながら青年二人は娘から魔術を学んだ。

 パウンダルの地に入ったところで、三人は小さな集落に立ち寄った。気さくな人々で、旅をしているというと食事に招かれる。

 しばしの歓談のあとでドラゴン退治にいくのだと打ち明けると急に人々が口をつぐんだ。「どうかしたのか」と勇敢な青年が尋ねると老婆が近寄ってきて口を開く。

「ドラゴンを殺してはならぬ」

 聞けばドラゴンを殺すと災いが起こるという。その話に聡明な青年はすっかり怖気付いてしまう。しかし、勇敢な青年は違っていた。

「ドラゴンを殺した者が過去にいたというのか? 殺したこともないのに、なぜ災いが起こると知っているんだ」

 集落の若者たちは勇敢な青年の意見に賛同した。畏怖の念はあるが、ドラゴンに怯えて暮らす生活に誰もが辟易としていた。

「今こそ立ち上がるべきだ! 力を貸してくれないか!」

 勇敢な青年が声をあげると集落の若者たちも拳をあげて応えた。

 かくして勇敢な青年の優れた統率力により、集落の若者たちと力を合わせてドラゴンを退治することができた。

 こうしてようやく、ディオプトリの大地に平和がもたらされたのだった。

 ドラゴン退治で活躍した勇敢な青年はその後、散り散りに暮らしていた集落をまとめあげディオプトリ王国の建国に至る、めでたしめでたし、という建国の説話は、王国の子どもたちにとって寝る前に聞かされるお話で、幼い王女にとってもそれは同じだった。

 だから勇敢な青年が王国を建国したのは知っている。幼い王女のおじいさんのおじいさんの、そのまたずっと昔のおじいさんだ。

 それなら、聡明な青年はどうしたのか。善良な魔物の娘はどうしたのか。

 話す侍女によってドラゴン退治の場面が白熱したり、登場人物が増えたり、ロマンスがあったり、話の筋はいろいろだった。でも、いつの間にか物語の舞台から聡明な青年と善良な魔物の娘が消えてしまうのは同じだった。

 そのことを幼い王女が口にすると、誰もが不思議な顔をした。「臆病者と魔物がどうしたか知りたがるなんて、王女様は変わっていますね」と、そういう顔だ。

 誰に聞いても同じだから、幼い王女も聞くことをやめてしまった。

 人々にとって重要なのは、凶悪なドラゴンを退治し人々をまとめあげ王国を建国したのが勇敢な青年であり、その末裔が王家であるという事実なのだ。


   ◇◇◇
 

「…ラ、ツァーラ、レ、トゥ」

 王宮植物園にいつから鳥が棲みついたのか誰も知らない。美しい声だから追い出すこともせずにそのままにしている。

 鳥は歌う。昔むかしの出来事を忘れないように。いつか誰かに届くように。
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