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第2部
16 | 魔物来たりて - ベルスタ①
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キュリー様の護衛として王都へ入ったが実際のところ立派な護衛がほかに控えていた。俺が連れてこられたのはほんの戯れなのだろう。大人しくしていることだけが務めかとおもったが、キュリー様からシュルッセル様の魔術の師であるルーメン教授の見舞いを仰せつかった。
久しぶりの王都は、すべてがめまぐるしく落ち着かなかった。辺境の地でのゆったりした暮らしに慣れてしまったのだ。セルシウスが鷹として同行してくれているのがせめてもの救いだった。
「お見舞いがおわったら好きに過ごしていいわ、王都に知り合いがいるなら会ってきたらどうかしら」とキュリー様は提案してくださったが、シュルッセル様宛の手紙を預かった身で厄介ごとに巻き込まれたくない。
しかしルーメン教授の見舞いを終えたあと、夕刻まで大人しく時間を潰そうと川沿いの道を歩いていると、厄介ごとは微笑みながら近づいてきた。
「アラ、羊飼いさん。ごきげんよう」
いつものお仕着せ姿ではなく商家の娘のような格好をしたリリスだった。つまり王都で出歩くのに不自然ではない見た目であるということだ。
「屋敷の仕事はどうした」
「失礼しちゃう、さぼってなんかいないわよ。今日はお休みなの」
清廉そうに小首をかしげる。うまく化けているものだと感心しているとリリスが大事そうに抱えている籠にかかった布が動く。嫌な予感がする。
「王様に人間の暮らしを見てもらおうとおもって」
王様? 籠と布の隙間から赤錆色の鼻先がのぞいた。それだけで十分だった。
「まさか、連れてきたのか!」と耳元でセルシウスが叫んだ。叫ばなければ俺が叫んでいただろう。
「なにコイツ、鳥のくせに偉そうね!」
「この鳥はセルシウスだ。キュリー様の魔術で姿を変えられている。そんなことよりリリス…こんなところにノクトを連れてくるなんて、今すぐ山小屋へ戻ってくれないか」
「嫌よ」
そうだよな、俺の言うことを聞くわけがない。肩のセルシウスが苛立ちを抑えるように羽根をひろげ一度羽ばたく。
「王だと言うが、そのドラゴンの覚醒は完全ではないだろう」
「ワンちゃんになにがわかるのよ」
「王の記憶のないドラゴンは王になれるのか」
待ってくれ、ノクトが王ってどういうことだ。会話についていけないがセルシウスは知っていたのだろうか。
「記憶なんかなくったって王様は王様よ」
「いまの姿でほかの人間に見つかったらどうするのだ、たとえばマクスウェルとかな。それでもお前は守れるのか」
セルシウスの言葉にリリスは籠をいっそう抱きしめた。
「キュイ」
「…王様、すみません」
「キュ、キュウ」
「わかりました」
ノクトとリリスの会話は成り立つらしい。魔物同士だからだろうか。
「王様が帰るっておっしゃるから帰るんだから、ワンちゃんに言われたからじゃないんだから」
「待て、ノクトの言ってることがわかるのか…」
セルシウスにとっても驚くべきことだったらしい。
「気安く呼ばないでよ! そうだわ、文句言いたかったのよ、勝手に名前つけて非常識だわ!」
「面倒だな、落ち着けよ。言葉がわかるなら王はどうすれば覚醒するのか聞いてくれ」
「なんでアンタの言うこと聞かなきゃなんないのよ」
「私のためではなくお前たちの王のためだ」
むくれ顔のリリスが「ほんと偉そうよね、何様なのよ」と言ったときだった。
「なにを騒いでいる」
男の険しい声がした。声のする後ろを振り向くと俺より体格のしっかりした男がこちらへ走ってくるのが見えた。
騒いでいたのは俺ではない。ただ、状況的に俺がいたいけな娘と言い争っているように見えたのだろう。俺は両手をあげて無抵抗であることを示した。
体格では負けているが、素人だろう都市の警備隊に実戦なら負けない自信はある。でも今の俺はパウンダル領の紋章を付けているのだ。ここで争ってはキュリー様に迷惑をかけるかもしれない。
というわけで俺は観念したのだが、リリスはぱっと踵を返した。が、反対側からも男が走ってきていた。警備は二人一組、逃げられないように挟み込むのは基本だろう。
「お嬢さん、もう安心です」
リリスは逃げることを諦め、まるで非がこちらにあるように俺の肩にとまった鷹をぎろりと睨んだ。その視線を無視して鷹はくちばしで毛づくろいをはじめる。
「心配ありません、知り合いですので」
つんとすましてリリスが言う。
俺の背後の男が「ここ最近、暴行が増えているんだ、本当に大丈夫か」と言っていきなり俺の腕を捻りあげた。ばさりとセルシウスが肩から離れる。
「っ」
「無抵抗な相手に乱暴はよくないわ」
自分は散々好き勝手したくせに殊勝なことを、と思うと気が抜けた。帯剣している相手の自由を奪っておくことは、まあ、やり方として間違ってはいないだろう。
「ふん、どこの田舎者か知らんが命拾いしたな」
腕を解放され、どんっと突き飛ばされる。セルシウスが肩に戻ってきて「目玉をつついてやろうか」とつぶやいた。「やめてくれ」とぼそりと返す。
警備隊の一人が「送っていきましょう」とリリスの肩に腕をまわしていた。ノクトについてリリスと話したいが今日は無理そうだ。
「結構です」
「助けてやったんじゃないか」
「頼んでないわ、さっさと向こうへ行ってちょうだい」
血の気の多そうな男にその態度は逆効果だと知らないのだろうか。それともわざと怒らせようとしているのだろうか。
あやしい雲行きにこの場を離れたいが、リリスの籠にノクトがいると思うと離れることはできない。
「偉そうな口ききやがって、どこの娘だ?」
「そういや見ない顔だな。ん、籠の中が動いたぞ」
「猫よ」
「見せてみろよ」
久しぶりの王都は、すべてがめまぐるしく落ち着かなかった。辺境の地でのゆったりした暮らしに慣れてしまったのだ。セルシウスが鷹として同行してくれているのがせめてもの救いだった。
「お見舞いがおわったら好きに過ごしていいわ、王都に知り合いがいるなら会ってきたらどうかしら」とキュリー様は提案してくださったが、シュルッセル様宛の手紙を預かった身で厄介ごとに巻き込まれたくない。
しかしルーメン教授の見舞いを終えたあと、夕刻まで大人しく時間を潰そうと川沿いの道を歩いていると、厄介ごとは微笑みながら近づいてきた。
「アラ、羊飼いさん。ごきげんよう」
いつものお仕着せ姿ではなく商家の娘のような格好をしたリリスだった。つまり王都で出歩くのに不自然ではない見た目であるということだ。
「屋敷の仕事はどうした」
「失礼しちゃう、さぼってなんかいないわよ。今日はお休みなの」
清廉そうに小首をかしげる。うまく化けているものだと感心しているとリリスが大事そうに抱えている籠にかかった布が動く。嫌な予感がする。
「王様に人間の暮らしを見てもらおうとおもって」
王様? 籠と布の隙間から赤錆色の鼻先がのぞいた。それだけで十分だった。
「まさか、連れてきたのか!」と耳元でセルシウスが叫んだ。叫ばなければ俺が叫んでいただろう。
「なにコイツ、鳥のくせに偉そうね!」
「この鳥はセルシウスだ。キュリー様の魔術で姿を変えられている。そんなことよりリリス…こんなところにノクトを連れてくるなんて、今すぐ山小屋へ戻ってくれないか」
「嫌よ」
そうだよな、俺の言うことを聞くわけがない。肩のセルシウスが苛立ちを抑えるように羽根をひろげ一度羽ばたく。
「王だと言うが、そのドラゴンの覚醒は完全ではないだろう」
「ワンちゃんになにがわかるのよ」
「王の記憶のないドラゴンは王になれるのか」
待ってくれ、ノクトが王ってどういうことだ。会話についていけないがセルシウスは知っていたのだろうか。
「記憶なんかなくったって王様は王様よ」
「いまの姿でほかの人間に見つかったらどうするのだ、たとえばマクスウェルとかな。それでもお前は守れるのか」
セルシウスの言葉にリリスは籠をいっそう抱きしめた。
「キュイ」
「…王様、すみません」
「キュ、キュウ」
「わかりました」
ノクトとリリスの会話は成り立つらしい。魔物同士だからだろうか。
「王様が帰るっておっしゃるから帰るんだから、ワンちゃんに言われたからじゃないんだから」
「待て、ノクトの言ってることがわかるのか…」
セルシウスにとっても驚くべきことだったらしい。
「気安く呼ばないでよ! そうだわ、文句言いたかったのよ、勝手に名前つけて非常識だわ!」
「面倒だな、落ち着けよ。言葉がわかるなら王はどうすれば覚醒するのか聞いてくれ」
「なんでアンタの言うこと聞かなきゃなんないのよ」
「私のためではなくお前たちの王のためだ」
むくれ顔のリリスが「ほんと偉そうよね、何様なのよ」と言ったときだった。
「なにを騒いでいる」
男の険しい声がした。声のする後ろを振り向くと俺より体格のしっかりした男がこちらへ走ってくるのが見えた。
騒いでいたのは俺ではない。ただ、状況的に俺がいたいけな娘と言い争っているように見えたのだろう。俺は両手をあげて無抵抗であることを示した。
体格では負けているが、素人だろう都市の警備隊に実戦なら負けない自信はある。でも今の俺はパウンダル領の紋章を付けているのだ。ここで争ってはキュリー様に迷惑をかけるかもしれない。
というわけで俺は観念したのだが、リリスはぱっと踵を返した。が、反対側からも男が走ってきていた。警備は二人一組、逃げられないように挟み込むのは基本だろう。
「お嬢さん、もう安心です」
リリスは逃げることを諦め、まるで非がこちらにあるように俺の肩にとまった鷹をぎろりと睨んだ。その視線を無視して鷹はくちばしで毛づくろいをはじめる。
「心配ありません、知り合いですので」
つんとすましてリリスが言う。
俺の背後の男が「ここ最近、暴行が増えているんだ、本当に大丈夫か」と言っていきなり俺の腕を捻りあげた。ばさりとセルシウスが肩から離れる。
「っ」
「無抵抗な相手に乱暴はよくないわ」
自分は散々好き勝手したくせに殊勝なことを、と思うと気が抜けた。帯剣している相手の自由を奪っておくことは、まあ、やり方として間違ってはいないだろう。
「ふん、どこの田舎者か知らんが命拾いしたな」
腕を解放され、どんっと突き飛ばされる。セルシウスが肩に戻ってきて「目玉をつついてやろうか」とつぶやいた。「やめてくれ」とぼそりと返す。
警備隊の一人が「送っていきましょう」とリリスの肩に腕をまわしていた。ノクトについてリリスと話したいが今日は無理そうだ。
「結構です」
「助けてやったんじゃないか」
「頼んでないわ、さっさと向こうへ行ってちょうだい」
血の気の多そうな男にその態度は逆効果だと知らないのだろうか。それともわざと怒らせようとしているのだろうか。
あやしい雲行きにこの場を離れたいが、リリスの籠にノクトがいると思うと離れることはできない。
「偉そうな口ききやがって、どこの娘だ?」
「そういや見ない顔だな。ん、籠の中が動いたぞ」
「猫よ」
「見せてみろよ」
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