羊飼いとグリモワールの鍵

むらうた

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第2部

16 | 魔物来たりて - ベルスタ②

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 まずい気がする。

「セルシウス、できるだけ穏便な方法で助けられるか」

 鷹は「やれやれ」と言って翼をひろげると肩から飛び立った。リリスと男たちの上を旋回し、狙いを定めて急下降する。狙いはリリスの抱えていた籠だったようで、籠を掴むとそのまま風をきって上空へ逃げていった。

「なんだ?!」

「鳥?」

 混乱する男たちの隙をついて、リリスは俺のほうへ駆けてくる。

「行きましょう」

 腕を引っ張られるようにして走る。

「魔力は使わないんだな」

「一度に複数人は無理なの」

「なるほど」

 魔物も万能ではないのか。

「ワンちゃんはどこまで飛んだのかしら」

「さあ…視力がいいから俺たちが安全な場所にいたら見つけておりてくるだろう」

「…勘違いかと思ったんだけど、やっぱり羊飼いさんから魔力を感じるわ」

「ええっと、まあ、いろいろあって」

「ふうん…あのグリモワールの鍵がね」

 げほっと咳き込んでしまう。

「なにが?」

「一度しか会ってないけど、グリモワールの鍵の魔力を羊飼いさんから感じるわ。あのときでしょ、アタシが楽しむはずだったのになぁ…もったいないことしたわ…あら、でも随分前よね?」

「え?!」

「ああ、あの魔術師はまだパウンダル領にいるのね。そうだわ、あの時の隊長さんお元気? アタシのすっごく好みのタイプだったんだけど」

「隊長はどうだろう、俺もあの時以来会ってないが、きっとあの方のことだからお元気だろう。それよりも…リリスはまだシュルッセル様を探しているのか?」

「グリモワールの鍵を? もう探して見つけたじゃない。それであの時言われたとおりキュリー様を通してってマクスウェルに伝えたわよ」

 マクスウェルというのは、たしか山小屋にも来た王宮魔術師だよな。

「それで? マクスウェルとやらはシュルッセル様に会ったのだろうか」

「さあ? とくに次の指示もないからアタシは変わらずキュリー様のお屋敷にいるだけ。ねえ、あの赤髪の隊長さんを紹介してくれない?」

「いや、それは…」

「なによぉ、自分だけ楽しいことして」

「そういう問題じゃなくてだな、魔物だとばれたら退治されるかもしれないぞ」

「ええっ、ばれるかしら」

「俺の右目がおかしかったことは気づいていたな」

「ああぁ世の中間違ってるわぁ、アタシは愛の伝道師よ! 王様が復活したら魔物の地位も向上するかしら」

 そうだ、その話が聞きたかったのだ。

「ノクトは王様なのか?」

「当たり前じゃない。まさか知らずに召喚したの」

「ドラゴンの王?」

「魔物の王よ」

「魔物の…」

「もう追ってこないみたい」

 リリスに腕を引っ張られるままに走り、気付けば王都の中心部まで来ていた。空を見上げると高いところで旋回する鳥の姿がある。

「リリスは王都に詳しいのか?」

「まあね、パウンダル領にとばされるまではずっと暮らしてたし」

「人が少ない場所のほうがセルシウスもおりてきやすいと思うんだがどこか良い場所はないだろうか」

「じゃあもうちょっと王宮に近づきましょ」

 夕刻にはキュリー様と合流する予定だから俺としてもそのほうが都合がいい。警備隊はまけたようなので走るのはやめて並んで歩いた。
 
 中央広場を抜けてから路地に逸れ、城庭を横目に王宮をめぐる壁が迫る水堀の手前に着く。丘陵地のうえに建つ王宮は存在そのものが威圧的で見上げるたびに支配されているという実感がわく。

「ここまでくれば平気でしょ」

 立ち止まって空へ手を振ると、セルシウスはピュイと甲高く鳴いた。

「アイツは何者なの?」

 となりで空を見上げていたリリスがつぶやく。

「ははっ、犬だろ」

「それ本気で言ってる?」

 あきれたように言われる意味がわからない。

「…いまは鳥だけど」

 「そうでしょうね。羊飼いさんって」に続くリリスの言葉も気になったが、殺気がしてぱっと周囲を見渡した。光る矢尻が見えて、間に合うだろうかと考える前に剣を抜いていた。

 城庭の木製の壁の影、弓は空を向いている。狙いはセルシウスか。矢が空まで届くのかという疑念はすぐに打ち消された。普通の弓矢ではないのだ。

 一矢目が放たれ、すぐさまニ矢目が構えられる。先の矢の行方を確認する暇はない。二矢目が放たれた先に飛び込んで叩き落とし、そのままの勢いで剣先を見覚えのある白いケープへ突きつけた。

 白いケープは王宮魔術師である証。顔はフードに隠れて見えないが、他人の魔力を感じる能力がなくてもシュルッセル様でないことだけはわかった。

「無礼な真似をして申し訳ないが、あの鳥は俺の連れだ。それ以上の攻撃はやめてもらいたい」

「…その魔力、どこかで」

 フードの隙間から銀色の髪がのぞく。

「マクスウェル、様?」

「パウンダル領の護衛に知り合いはいないはずだが。それにあれは魔物ではないのか」

 ノクトの気配がわかるのだろうか。動揺してはならない。

「魔力を感じるならそれはキュリー様のものかと」

「…まあいい、確認すればいいだけだ。剣をおろしてくれ」

 俺が剣を鞘に戻すと、マクスウェルはもごもごと呪文を唱えた。なにか魔術をかけられるのかと身構える前にリリスが召喚された。

「ここでなにをしている」

「アンタこそなんでこんなとこにいるのよ! 今日は大事な話し合いがあるんじゃないの!」

「質問の答えになってない」

「休日になにをしようと勝手でしょう」

「ふうん…ああ、そうか」

 マクスウェルはフードを上げると俺のほうを向いた。感情が読めない表情だった。

「君は山小屋の羊飼いか」

 隠しようもないが身元がばれるとまずいだろうか。

「ラザフォード家との相性は最悪でね、僕としても下手に恨みをかいたくはない。君の鳥は捕まえてしまったから、一緒に来ればいい」

 俺にはうなずく以外に選択肢はなかった。
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