31 / 38
第2部
16 | 魔物来たりて - ベルスタ②
しおりを挟む
まずい気がする。
「セルシウス、できるだけ穏便な方法で助けられるか」
鷹は「やれやれ」と言って翼をひろげると肩から飛び立った。リリスと男たちの上を旋回し、狙いを定めて急下降する。狙いはリリスの抱えていた籠だったようで、籠を掴むとそのまま風をきって上空へ逃げていった。
「なんだ?!」
「鳥?」
混乱する男たちの隙をついて、リリスは俺のほうへ駆けてくる。
「行きましょう」
腕を引っ張られるようにして走る。
「魔力は使わないんだな」
「一度に複数人は無理なの」
「なるほど」
魔物も万能ではないのか。
「ワンちゃんはどこまで飛んだのかしら」
「さあ…視力がいいから俺たちが安全な場所にいたら見つけておりてくるだろう」
「…勘違いかと思ったんだけど、やっぱり羊飼いさんから魔力を感じるわ」
「ええっと、まあ、いろいろあって」
「ふうん…あのグリモワールの鍵がね」
げほっと咳き込んでしまう。
「なにが?」
「一度しか会ってないけど、グリモワールの鍵の魔力を羊飼いさんから感じるわ。あのときでしょ、アタシが楽しむはずだったのになぁ…もったいないことしたわ…あら、でも随分前よね?」
「え?!」
「ああ、あの魔術師はまだパウンダル領にいるのね。そうだわ、あの時の隊長さんお元気? アタシのすっごく好みのタイプだったんだけど」
「隊長はどうだろう、俺もあの時以来会ってないが、きっとあの方のことだからお元気だろう。それよりも…リリスはまだシュルッセル様を探しているのか?」
「グリモワールの鍵を? もう探して見つけたじゃない。それであの時言われたとおりキュリー様を通してってマクスウェルに伝えたわよ」
マクスウェルというのは、たしか山小屋にも来た王宮魔術師だよな。
「それで? マクスウェルとやらはシュルッセル様に会ったのだろうか」
「さあ? とくに次の指示もないからアタシは変わらずキュリー様のお屋敷にいるだけ。ねえ、あの赤髪の隊長さんを紹介してくれない?」
「いや、それは…」
「なによぉ、自分だけ楽しいことして」
「そういう問題じゃなくてだな、魔物だとばれたら退治されるかもしれないぞ」
「ええっ、ばれるかしら」
「俺の右目がおかしかったことは気づいていたな」
「ああぁ世の中間違ってるわぁ、アタシは愛の伝道師よ! 王様が復活したら魔物の地位も向上するかしら」
そうだ、その話が聞きたかったのだ。
「ノクトは王様なのか?」
「当たり前じゃない。まさか知らずに召喚したの」
「ドラゴンの王?」
「魔物の王よ」
「魔物の…」
「もう追ってこないみたい」
リリスに腕を引っ張られるままに走り、気付けば王都の中心部まで来ていた。空を見上げると高いところで旋回する鳥の姿がある。
「リリスは王都に詳しいのか?」
「まあね、パウンダル領にとばされるまではずっと暮らしてたし」
「人が少ない場所のほうがセルシウスもおりてきやすいと思うんだがどこか良い場所はないだろうか」
「じゃあもうちょっと王宮に近づきましょ」
夕刻にはキュリー様と合流する予定だから俺としてもそのほうが都合がいい。警備隊はまけたようなので走るのはやめて並んで歩いた。
中央広場を抜けてから路地に逸れ、城庭を横目に王宮をめぐる壁が迫る水堀の手前に着く。丘陵地のうえに建つ王宮は存在そのものが威圧的で見上げるたびに支配されているという実感がわく。
「ここまでくれば平気でしょ」
立ち止まって空へ手を振ると、セルシウスはピュイと甲高く鳴いた。
「アイツは何者なの?」
となりで空を見上げていたリリスがつぶやく。
「ははっ、犬だろ」
「それ本気で言ってる?」
あきれたように言われる意味がわからない。
「…いまは鳥だけど」
「そうでしょうね。羊飼いさんって」に続くリリスの言葉も気になったが、殺気がしてぱっと周囲を見渡した。光る矢尻が見えて、間に合うだろうかと考える前に剣を抜いていた。
城庭の木製の壁の影、弓は空を向いている。狙いはセルシウスか。矢が空まで届くのかという疑念はすぐに打ち消された。普通の弓矢ではないのだ。
一矢目が放たれ、すぐさまニ矢目が構えられる。先の矢の行方を確認する暇はない。二矢目が放たれた先に飛び込んで叩き落とし、そのままの勢いで剣先を見覚えのある白いケープへ突きつけた。
白いケープは王宮魔術師である証。顔はフードに隠れて見えないが、他人の魔力を感じる能力がなくてもシュルッセル様でないことだけはわかった。
「無礼な真似をして申し訳ないが、あの鳥は俺の連れだ。それ以上の攻撃はやめてもらいたい」
「…その魔力、どこかで」
フードの隙間から銀色の髪がのぞく。
「マクスウェル、様?」
「パウンダル領の護衛に知り合いはいないはずだが。それにあれは魔物ではないのか」
ノクトの気配がわかるのだろうか。動揺してはならない。
「魔力を感じるならそれはキュリー様のものかと」
「…まあいい、確認すればいいだけだ。剣をおろしてくれ」
俺が剣を鞘に戻すと、マクスウェルはもごもごと呪文を唱えた。なにか魔術をかけられるのかと身構える前にリリスが召喚された。
「ここでなにをしている」
「アンタこそなんでこんなとこにいるのよ! 今日は大事な話し合いがあるんじゃないの!」
「質問の答えになってない」
「休日になにをしようと勝手でしょう」
「ふうん…ああ、そうか」
マクスウェルはフードを上げると俺のほうを向いた。感情が読めない表情だった。
「君は山小屋の羊飼いか」
隠しようもないが身元がばれるとまずいだろうか。
「ラザフォード家との相性は最悪でね、僕としても下手に恨みをかいたくはない。君の鳥は捕まえてしまったから、一緒に来ればいい」
俺にはうなずく以外に選択肢はなかった。
「セルシウス、できるだけ穏便な方法で助けられるか」
鷹は「やれやれ」と言って翼をひろげると肩から飛び立った。リリスと男たちの上を旋回し、狙いを定めて急下降する。狙いはリリスの抱えていた籠だったようで、籠を掴むとそのまま風をきって上空へ逃げていった。
「なんだ?!」
「鳥?」
混乱する男たちの隙をついて、リリスは俺のほうへ駆けてくる。
「行きましょう」
腕を引っ張られるようにして走る。
「魔力は使わないんだな」
「一度に複数人は無理なの」
「なるほど」
魔物も万能ではないのか。
「ワンちゃんはどこまで飛んだのかしら」
「さあ…視力がいいから俺たちが安全な場所にいたら見つけておりてくるだろう」
「…勘違いかと思ったんだけど、やっぱり羊飼いさんから魔力を感じるわ」
「ええっと、まあ、いろいろあって」
「ふうん…あのグリモワールの鍵がね」
げほっと咳き込んでしまう。
「なにが?」
「一度しか会ってないけど、グリモワールの鍵の魔力を羊飼いさんから感じるわ。あのときでしょ、アタシが楽しむはずだったのになぁ…もったいないことしたわ…あら、でも随分前よね?」
「え?!」
「ああ、あの魔術師はまだパウンダル領にいるのね。そうだわ、あの時の隊長さんお元気? アタシのすっごく好みのタイプだったんだけど」
「隊長はどうだろう、俺もあの時以来会ってないが、きっとあの方のことだからお元気だろう。それよりも…リリスはまだシュルッセル様を探しているのか?」
「グリモワールの鍵を? もう探して見つけたじゃない。それであの時言われたとおりキュリー様を通してってマクスウェルに伝えたわよ」
マクスウェルというのは、たしか山小屋にも来た王宮魔術師だよな。
「それで? マクスウェルとやらはシュルッセル様に会ったのだろうか」
「さあ? とくに次の指示もないからアタシは変わらずキュリー様のお屋敷にいるだけ。ねえ、あの赤髪の隊長さんを紹介してくれない?」
「いや、それは…」
「なによぉ、自分だけ楽しいことして」
「そういう問題じゃなくてだな、魔物だとばれたら退治されるかもしれないぞ」
「ええっ、ばれるかしら」
「俺の右目がおかしかったことは気づいていたな」
「ああぁ世の中間違ってるわぁ、アタシは愛の伝道師よ! 王様が復活したら魔物の地位も向上するかしら」
そうだ、その話が聞きたかったのだ。
「ノクトは王様なのか?」
「当たり前じゃない。まさか知らずに召喚したの」
「ドラゴンの王?」
「魔物の王よ」
「魔物の…」
「もう追ってこないみたい」
リリスに腕を引っ張られるままに走り、気付けば王都の中心部まで来ていた。空を見上げると高いところで旋回する鳥の姿がある。
「リリスは王都に詳しいのか?」
「まあね、パウンダル領にとばされるまではずっと暮らしてたし」
「人が少ない場所のほうがセルシウスもおりてきやすいと思うんだがどこか良い場所はないだろうか」
「じゃあもうちょっと王宮に近づきましょ」
夕刻にはキュリー様と合流する予定だから俺としてもそのほうが都合がいい。警備隊はまけたようなので走るのはやめて並んで歩いた。
中央広場を抜けてから路地に逸れ、城庭を横目に王宮をめぐる壁が迫る水堀の手前に着く。丘陵地のうえに建つ王宮は存在そのものが威圧的で見上げるたびに支配されているという実感がわく。
「ここまでくれば平気でしょ」
立ち止まって空へ手を振ると、セルシウスはピュイと甲高く鳴いた。
「アイツは何者なの?」
となりで空を見上げていたリリスがつぶやく。
「ははっ、犬だろ」
「それ本気で言ってる?」
あきれたように言われる意味がわからない。
「…いまは鳥だけど」
「そうでしょうね。羊飼いさんって」に続くリリスの言葉も気になったが、殺気がしてぱっと周囲を見渡した。光る矢尻が見えて、間に合うだろうかと考える前に剣を抜いていた。
城庭の木製の壁の影、弓は空を向いている。狙いはセルシウスか。矢が空まで届くのかという疑念はすぐに打ち消された。普通の弓矢ではないのだ。
一矢目が放たれ、すぐさまニ矢目が構えられる。先の矢の行方を確認する暇はない。二矢目が放たれた先に飛び込んで叩き落とし、そのままの勢いで剣先を見覚えのある白いケープへ突きつけた。
白いケープは王宮魔術師である証。顔はフードに隠れて見えないが、他人の魔力を感じる能力がなくてもシュルッセル様でないことだけはわかった。
「無礼な真似をして申し訳ないが、あの鳥は俺の連れだ。それ以上の攻撃はやめてもらいたい」
「…その魔力、どこかで」
フードの隙間から銀色の髪がのぞく。
「マクスウェル、様?」
「パウンダル領の護衛に知り合いはいないはずだが。それにあれは魔物ではないのか」
ノクトの気配がわかるのだろうか。動揺してはならない。
「魔力を感じるならそれはキュリー様のものかと」
「…まあいい、確認すればいいだけだ。剣をおろしてくれ」
俺が剣を鞘に戻すと、マクスウェルはもごもごと呪文を唱えた。なにか魔術をかけられるのかと身構える前にリリスが召喚された。
「ここでなにをしている」
「アンタこそなんでこんなとこにいるのよ! 今日は大事な話し合いがあるんじゃないの!」
「質問の答えになってない」
「休日になにをしようと勝手でしょう」
「ふうん…ああ、そうか」
マクスウェルはフードを上げると俺のほうを向いた。感情が読めない表情だった。
「君は山小屋の羊飼いか」
隠しようもないが身元がばれるとまずいだろうか。
「ラザフォード家との相性は最悪でね、僕としても下手に恨みをかいたくはない。君の鳥は捕まえてしまったから、一緒に来ればいい」
俺にはうなずく以外に選択肢はなかった。
0
あなたにおすすめの小説
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
紳士オークの保護的な溺愛
こむぎこ7g
BL
■ 世界と舞台の概要
ここはオークの国「トールキン」。
魔法、冒険者、ギルド、ダンジョン、獣人やドラゴンが存在する、いわゆる“典型的な異世界”だが、この国の特徴はオークが長命で、理知的な文明社会を築いていることにある。
トールキンのオークたちは、
灰色がかった緑や青の肌
鋭く澄んだ眼差し
鍛え上げられた筋骨隆々の体躯
を持ち、外見こそ威圧的だが、礼節と合理性を重んじる国民性をしている。
異世界から来る存在は非常に珍しい。
しかしオークは千年を生きる種族ゆえ、**長い歴史の中で「時折起こる出来事」**として、記録にも記憶にも残されてきた。
⸻
■ ガスパールというオーク
ガスパールは、この国でも名の知れた貴族家系の三男として生まれた。
薄く灰を帯びた緑の肌、
赤い虹彩に金色の瞳孔という、どこか神話的な目。
分厚い肩と胸板、鍛え抜かれた腹筋は鎧に覆われずとも堅牢で、
銀色に輝く胸当てと腰当てには、代々受け継がれてきた宝石が嵌め込まれている。
ざらついた低音の声だが、語調は穏やかで、
貴族らしい品と、年齢を重ねた余裕がにじむ話し方をする。
● 彼の性格
• 極めて面倒見がよく、観察力が高い
• 感情を声高に表に出さないが、内側は情に厚い
• 責任を引き受けることを当然のように思っている
• 自分が誰かに寄りかかることだけは、少し苦手
どこか「自分は脇役でいい」と思っている節があり、それが彼の誠実さと同時に、不器用さでもあった。
⸻
■ 過去と喪失 ――愛したオーク
ガスパールはかつて、平民出身のオーク男性と結ばれていた。
家柄も立場も違う相手だったが、
彼はその伴侶の、
不器用な優しさ
朝食を焦がしてしまうところ
眠る前に必ず手を探してくる癖
を、何よりも大切にしていた。
しかし、その伴侶はすでにこの世を去っている。
現在ガスパールが暮らしているのは、
貴族街から少し離れた、二階建ての小さな屋敷。
華美ではないが、掃除が行き届き、静かな温もりのある家だ。
彼は今も毎日のように墓参りを欠かさない。
それは悲嘆というより、対話に近い行為だった。
⸻
■ 現在の生活
ガスパールは現在、
街の流通を取り仕切る代表的な役職に就いている。
多忙な職務の合間にも、
洗濯、掃除、料理
帳簿の整理
屋敷の修繕
をすべて自分でこなす。
仕事、家事、墓参り。
規則正しく、静かな日々。
――あなたが現れるまでは。
ユキ・シオン
那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。
成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。
出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。
次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。
青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。
そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり……
※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる