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第2部
17 | 姿の見えぬ鳥 - セルシウス①
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地上から放たれた矢に羽を射られ、バランスを崩す。それがただの矢ではなく、捕縛の術がかかっていたことに気づいたのは転移をさせられた後だった。
どこまでも広がる空の只中から一転、溢れんばかりの光は失われ湿度と冷気に包まれる。
「キュ!」
私を心配しているのかノクトが籠から出てきて鳴いた。体を動かそうとすると右腕に痛みがはしる。姿変えの術は解けてしまっていた。
「ノクト、平気か」
矢を放った人物は白いケープ姿だった。状況からして、ここは王宮の地下にある魔力を無効化させる牢だろう。存在は知っていたがさすがに入るのははじめてだ。
「キュウ」
ノクトは翼をばたつかせてとんでみせ、口から炎を吹く。
「よしよし、元気だな。ドラゴンには効かないのか?」
「キュ?」
「いいんだ。答えを知りたいわけではない」
蝋燭と呼べない溶けきったもののゆらめきがかろうじて牢に明るさをもたらしていた。
「さて、どうしようか。ドラゴンと死んだはずの魔術師がいては驚かせてしまうな。一刻も早くここから出ていきたいが…良い案はないか?」
ノクトは小さな炎のそばへとんでいく。
「お前様は炎があれば姿を隠せるのだったな」
「キュキュ」
「…うん、なにを言っているのか分からない」
今度はこちらにとんできて、袖口にかみついて引っ張っる。
「まさか私も炎のなかへ?」
「キュウ」
どうやら正解らしい。
「隠れるだけでは意味はないが…それにあの炎は長くもつまい、炎が消えたらどうなるんだ」
ノクトは答えてくれない。ぐいぐいと私の服を引っ張るだけだ。
「考えても仕方ないか。魔術を使えない以上ドラゴン殿に頼るしか手段はないわけだ。わかったよ、そんなに引っ張らないでくれ」
小さな炎のそばに寄る。炎のなかに入る術なんて知らない。どういう理屈だろう。私が半信半疑で炎を見つめていると、となりで重低音がした。何事かと思えば、ノクトが私の背ほどの大きさになっていた。
小さなドラゴンであれば脅威を感じることもないが、同じ背丈になられると本能的に逃げたくなる迫力だった。口が開かれ牙がみえる。あれで腹をひとかみされたら命はないだろう。
「ギュア」
重低音はノクトの鳴き声だった。鋭い牙でブラウスの襟首にかみつかれぐいっと引かれれば、抵抗は意味をなさず体はよろめくしかない。
「なにがしたいんだ」
ノクトは「グルル」とうなり、自分の背に視線を向ける。
「乗れって?」
そっと翼の間の鱗に触れる。大きさが違うだけで触り心地はそう変わらない。意思疎通ができているのかいないのか。これからどうなるのだろう。
「信じるしかないよな」
ノクトの首に腕をまわし、しがみつく。ベルスタは消えた私たちを探しているだろうか。
「我々のあるべき場所へ」
「ギャウ」
暗い地下牢に慣れた視界に、まばゆい火炎があふれる。熱くはないがまぶしくて目を開けていられなかった。
◇◇◇
まぶしさに慣れ目を開けていられるようになると、ゆらめく炎の向こう側の景色が移ろっていくことに気付いた。
見覚えのある王宮の廊下、書庫、食堂、そして姉上が参加している話し合いの広間。炎を通じて移動できるということか。
見覚えのある場所もない場所もあった。外に出られない理由があるのか、ノクトは王宮内を転々と移動していた。
迷子になっているのかもしれないと声をかけようとしたところで炎のヴェールが消えた。土と植物の匂いに外へ出たのかと思ったが、空はドーム型のガラス天井の向こうにあった。
「…植物園か」
ノクトは体をしゅるしゅるといつもの大きさに縮め、「キュ!」と得意気だ。
「助かったよ、さすがだ。ただ、なぜ我々はまだ王宮のなかにいるんだろう。炎のなかの移動にはそういう制約があるのか? 建物内の移動はできても敷地からは出られない、というような…それとも王宮に結界でも張られて、ああ、そうか。張ったのは私だな」
国境へ結界を設置する前に王宮で試したことはあるが、炎のなかの移動にも影響があるのだろうか? 地下牢の魔力無効化が効かないドラゴンなのに?
「ノクト?」
繁みの向こうに気配がある。「あまりうろうろするな」とうかつに声をかけたのは、私の記憶では植物園は忘れられた場所だったからだ。年老いて耳の遠くなった庭師が手入れをしているだけで立ち入る者はいなかった。
だから、「どなたかいらっしゃるの?」と少女の声が返ってくるとは思わなかった。想定外すぎてその場から動けない。
「どちら様?」
陶器のような白い肌にこぼれ落ちそうな黒い瞳。艶のある上等な布と繊細なレースで飾られたドレス姿の少女を知っている気がする。私が王宮にいた頃はもっと幼かったが、「…王女様」と頭を下げる。
「大変、怪我をされてるの? わたくしが治してあげましょう」
「いえいえ、魔術師ですので自分で治せます。それよりもお一人ですか? 従者はどこに?」
「…ちょっとした息抜きだもの、一人で平気よ」
「そうですか」
「告げ口する気でしょう?」
「とんでもありません」
「ほんとう?」
「ええ、ここで会ったことは二人の秘密です」
「約束よ」
「もちろんです」
王女は花がほころぶように微笑んだ。
「ねえ、どうして傷を治さないの? 魔術師なのにケープを着ていないのね」
「込み入った事情がございまして…傷はあとで治します」
「そう…貴方、物知り?」
「どうでしょう」
「わたくしね、だれも見たことのない鳥の姿を一目見たいの」
植物園に棲む鳥の姿はだれも見たことがない、という噂は耳にしたことがある。
どこまでも広がる空の只中から一転、溢れんばかりの光は失われ湿度と冷気に包まれる。
「キュ!」
私を心配しているのかノクトが籠から出てきて鳴いた。体を動かそうとすると右腕に痛みがはしる。姿変えの術は解けてしまっていた。
「ノクト、平気か」
矢を放った人物は白いケープ姿だった。状況からして、ここは王宮の地下にある魔力を無効化させる牢だろう。存在は知っていたがさすがに入るのははじめてだ。
「キュウ」
ノクトは翼をばたつかせてとんでみせ、口から炎を吹く。
「よしよし、元気だな。ドラゴンには効かないのか?」
「キュ?」
「いいんだ。答えを知りたいわけではない」
蝋燭と呼べない溶けきったもののゆらめきがかろうじて牢に明るさをもたらしていた。
「さて、どうしようか。ドラゴンと死んだはずの魔術師がいては驚かせてしまうな。一刻も早くここから出ていきたいが…良い案はないか?」
ノクトは小さな炎のそばへとんでいく。
「お前様は炎があれば姿を隠せるのだったな」
「キュキュ」
「…うん、なにを言っているのか分からない」
今度はこちらにとんできて、袖口にかみついて引っ張っる。
「まさか私も炎のなかへ?」
「キュウ」
どうやら正解らしい。
「隠れるだけでは意味はないが…それにあの炎は長くもつまい、炎が消えたらどうなるんだ」
ノクトは答えてくれない。ぐいぐいと私の服を引っ張るだけだ。
「考えても仕方ないか。魔術を使えない以上ドラゴン殿に頼るしか手段はないわけだ。わかったよ、そんなに引っ張らないでくれ」
小さな炎のそばに寄る。炎のなかに入る術なんて知らない。どういう理屈だろう。私が半信半疑で炎を見つめていると、となりで重低音がした。何事かと思えば、ノクトが私の背ほどの大きさになっていた。
小さなドラゴンであれば脅威を感じることもないが、同じ背丈になられると本能的に逃げたくなる迫力だった。口が開かれ牙がみえる。あれで腹をひとかみされたら命はないだろう。
「ギュア」
重低音はノクトの鳴き声だった。鋭い牙でブラウスの襟首にかみつかれぐいっと引かれれば、抵抗は意味をなさず体はよろめくしかない。
「なにがしたいんだ」
ノクトは「グルル」とうなり、自分の背に視線を向ける。
「乗れって?」
そっと翼の間の鱗に触れる。大きさが違うだけで触り心地はそう変わらない。意思疎通ができているのかいないのか。これからどうなるのだろう。
「信じるしかないよな」
ノクトの首に腕をまわし、しがみつく。ベルスタは消えた私たちを探しているだろうか。
「我々のあるべき場所へ」
「ギャウ」
暗い地下牢に慣れた視界に、まばゆい火炎があふれる。熱くはないがまぶしくて目を開けていられなかった。
◇◇◇
まぶしさに慣れ目を開けていられるようになると、ゆらめく炎の向こう側の景色が移ろっていくことに気付いた。
見覚えのある王宮の廊下、書庫、食堂、そして姉上が参加している話し合いの広間。炎を通じて移動できるということか。
見覚えのある場所もない場所もあった。外に出られない理由があるのか、ノクトは王宮内を転々と移動していた。
迷子になっているのかもしれないと声をかけようとしたところで炎のヴェールが消えた。土と植物の匂いに外へ出たのかと思ったが、空はドーム型のガラス天井の向こうにあった。
「…植物園か」
ノクトは体をしゅるしゅるといつもの大きさに縮め、「キュ!」と得意気だ。
「助かったよ、さすがだ。ただ、なぜ我々はまだ王宮のなかにいるんだろう。炎のなかの移動にはそういう制約があるのか? 建物内の移動はできても敷地からは出られない、というような…それとも王宮に結界でも張られて、ああ、そうか。張ったのは私だな」
国境へ結界を設置する前に王宮で試したことはあるが、炎のなかの移動にも影響があるのだろうか? 地下牢の魔力無効化が効かないドラゴンなのに?
「ノクト?」
繁みの向こうに気配がある。「あまりうろうろするな」とうかつに声をかけたのは、私の記憶では植物園は忘れられた場所だったからだ。年老いて耳の遠くなった庭師が手入れをしているだけで立ち入る者はいなかった。
だから、「どなたかいらっしゃるの?」と少女の声が返ってくるとは思わなかった。想定外すぎてその場から動けない。
「どちら様?」
陶器のような白い肌にこぼれ落ちそうな黒い瞳。艶のある上等な布と繊細なレースで飾られたドレス姿の少女を知っている気がする。私が王宮にいた頃はもっと幼かったが、「…王女様」と頭を下げる。
「大変、怪我をされてるの? わたくしが治してあげましょう」
「いえいえ、魔術師ですので自分で治せます。それよりもお一人ですか? 従者はどこに?」
「…ちょっとした息抜きだもの、一人で平気よ」
「そうですか」
「告げ口する気でしょう?」
「とんでもありません」
「ほんとう?」
「ええ、ここで会ったことは二人の秘密です」
「約束よ」
「もちろんです」
王女は花がほころぶように微笑んだ。
「ねえ、どうして傷を治さないの? 魔術師なのにケープを着ていないのね」
「込み入った事情がございまして…傷はあとで治します」
「そう…貴方、物知り?」
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「わたくしね、だれも見たことのない鳥の姿を一目見たいの」
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