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第2部
17 | 姿の見えぬ鳥 - セルシウス②
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「歌声がとてもきれいだから、羽根の色もすばらしいと思うの。なにか良い知恵はないかしら? たとえば魔術で捕まえることはできない?」
無垢な願いを叶えてあげたいが、この場で魔力を使うことはできない。ずるい大人らしく考えるふりだけをしていると、ぞわりと寒気のするような魔力が空気を揺らした。召喚のときにも感じたノクトのものだが、あの時よりもさらに圧迫感がある。パンッと音がして上を見上げるとガラス天井が割れ、光の柱が立っていた。
「きゃあ」
「ここは私に任せてお逃げください。さあ、早く!」
ドレスの後ろ姿を見送ってから、割れたガラス天井の下へ向かう。
「ノクト? なにが起こったんだ?」
返事をされてもどうせ理解できないのだろうが聞かずにはいられない。しかしノクトは、「魂の片割れをようやく見つけた」と答えた。いや、もしかするとだれかほかにいるのかもしれない、と辺りを見回す。
「遊んでる暇はないよ。ひとが来る」
「かたわれ?」
「このまま元の姿に戻って迎え撃とうか」
「駄目だ」
「それならどうする、セルシウス?」
「…炎のなかへ!」
我々が炎のなかへ消えるのと人々が植物園に入ってきたのはほぼ同時だった。
「なにが起こったんだ」
「ものすごい魔力だったぞ」
「天井が割れている!」
「結界が破られたのでは?!」
「魔物の仕業か!」
右往左往する人々にまぎれて我が姉上も姿を見せる。話し合いどころではなくなったのだろう。
しばらく植物園の様子をうかがってから、「ベルスタを迎えに行こう」とノクトが言った。
言葉を話せるようになったということは、今まではやはり不完全だったのだ。魂の片割れとやらを見つけて王として覚醒したということなのか。私は態度を改めたほうがよいだろうか。
「…居場所が分かるのですか」
「ふふ、今までどおりでいいよ。居場所はこれから探すんだ」
先程と同じようにノクトは私を背中に乗せて炎から炎へ渡っていく。
「リリスが勝手に名前をつけたことを怒っていたが」
「結果としては良かったんだよ。名前があることで肉体のほうの魂が固定できたわけだから」
「もし本来の名前があるなら…」
「うーん、今はまだノクトでいいよ」
「わかった。ノクト、聞いてもいいか? 肉体と魂が分かれてしまったのは我々の召喚に不手際があったということか?」
「違うよ、誰かが先に魂だけを召喚してさっきの場所に捕らえてたんだ」
「王宮植物園に?」
「ボクもびっくりだ」
「いつから? というか、一体だれが」
「さあ…魂だけの状態だと時間や感覚が曖昧だからなぁ」
「…人間を恨んでいないのか?」
「へんなことを聞くね、生き残るうえで策略をめぐらすのも弱いものが淘汰されるのも自然の摂理じゃないか。それにセルシウス、召喚してくれた君もベルスタも人間だ」
寛容というか、これが魔物の王の器ということだろう。
「あ! ベルスタがいた」
炎のヴェールの向こうでベルスタとマクスウェルが歩いている。どうやら場所は地下牢へ続く階段で、降りているのではなく登っていた。牢を見た帰りだろうか。ということは、あの矢を放った魔術師はマクスウェルだったということか。
「一人きりになるのを待とう」
二人は言い争いをしているようだった。
「どういうことですか、返す気がないのでしょう」
「鍵がかかっていただろう。捕らえたのは確かなんだ。それよりも、本当にただの鳥だったのか?」
「キュリー様の魔術がかかっているので普通の鳥とは言えませんが…魔物ではありません」
「先刻の強大な魔力に関わっているのでは?」
「知りませんよ、話をすり替えないでください」
ノクトがいなければ二人に姿を晒していたことになる。マクスウェルという男はつくづく私の邪魔をしたいらしい。
「とにかく、牢にいなかったということは外にいるということだ」
「無責任な!」
「だいたい王宮の近辺で不審な行動をとっていたのが悪いんだ。呼び出されているのでここで失礼する」
ベルスタは悔しそうにマクスウェルの姿が回廊の奥へ消えるまで睨みつけていた。それから肩を落として、「キュリー様に報告しなければ」とつぶやく。その様子を柱のランプの炎の中で見ていた。
「周りには誰もいないよ」
「ベルスタを炎のなかに引き込めるか?」
「うん。あ、二人を乗せれるだけ大きくなるから、セルシウスがこう腕を伸ばしてベルスタを捕まえてよ」
できるのか、と聞くまでもない。やるのだ。歩き出そうとするベルスタめがけて腕を伸ばし身を乗り出す。力はまったく必要なかった。
体を引っ張られるままドラゴンの背中の上に転がってきたベルスタは状況を飲み込めずぽかんとしている。まさか炎のなかにいるとは思いもしないだろう。
「心配をかけたな」
「シュルッセル様?」
すかさずノクトが「セルシウスだよ」と訂正を入れる。優秀なドラゴンだ。
「え!」
ベルスタは私の膝から飛び起きると、自分のいる場所がドラゴンの背中だと理解したらしい。
「まさか、ノクト?」
「当たり!」
「しゃべって…一体ここは…なにが…どうなって…ノクトが無事で良かったが、セルシウスはどこに?」
どう打ち明けたらいいのか。ノクトが不思議そうに、「だから目の前にいるじゃないか」と言う。
「ややこしいが、牧羊犬のほうのセルシウスだ」
「セルシウスはセルシウスなのに」
「あっ、腕! どうされたんですか?」
「しくじって怪我をしただけだ…ノクト、炎の中でも魔術は使えるのかな」
「んー、相性によるね」
「傷を治したいのだが、あと姿変え」
「それならどっちも問題ないよ」
姿変えは自分でかけることもできる。炎のなかであれば魔力を察知されることもないだろうし、あらためて説明するのも面倒なのでどさくさに紛れて伝えることにする。
「ベルスタ、よく見ておいて」
「はい?」
さっと傷を治してから、牧羊犬に姿を変えてみせた。
「わかった? 牧羊犬のセルシウスもこのとおり無事」
「どちらも私だ」と付け加えて、困惑しているベルスタの鼻のあたまをぺろりと舐める。
「…シュルッセル様は存在しない?」
「違う違う」
「ねえ、ベルスタはさっきからなにを言ってるの?」
ノクトが呆れたように言った。
無垢な願いを叶えてあげたいが、この場で魔力を使うことはできない。ずるい大人らしく考えるふりだけをしていると、ぞわりと寒気のするような魔力が空気を揺らした。召喚のときにも感じたノクトのものだが、あの時よりもさらに圧迫感がある。パンッと音がして上を見上げるとガラス天井が割れ、光の柱が立っていた。
「きゃあ」
「ここは私に任せてお逃げください。さあ、早く!」
ドレスの後ろ姿を見送ってから、割れたガラス天井の下へ向かう。
「ノクト? なにが起こったんだ?」
返事をされてもどうせ理解できないのだろうが聞かずにはいられない。しかしノクトは、「魂の片割れをようやく見つけた」と答えた。いや、もしかするとだれかほかにいるのかもしれない、と辺りを見回す。
「遊んでる暇はないよ。ひとが来る」
「かたわれ?」
「このまま元の姿に戻って迎え撃とうか」
「駄目だ」
「それならどうする、セルシウス?」
「…炎のなかへ!」
我々が炎のなかへ消えるのと人々が植物園に入ってきたのはほぼ同時だった。
「なにが起こったんだ」
「ものすごい魔力だったぞ」
「天井が割れている!」
「結界が破られたのでは?!」
「魔物の仕業か!」
右往左往する人々にまぎれて我が姉上も姿を見せる。話し合いどころではなくなったのだろう。
しばらく植物園の様子をうかがってから、「ベルスタを迎えに行こう」とノクトが言った。
言葉を話せるようになったということは、今まではやはり不完全だったのだ。魂の片割れとやらを見つけて王として覚醒したということなのか。私は態度を改めたほうがよいだろうか。
「…居場所が分かるのですか」
「ふふ、今までどおりでいいよ。居場所はこれから探すんだ」
先程と同じようにノクトは私を背中に乗せて炎から炎へ渡っていく。
「リリスが勝手に名前をつけたことを怒っていたが」
「結果としては良かったんだよ。名前があることで肉体のほうの魂が固定できたわけだから」
「もし本来の名前があるなら…」
「うーん、今はまだノクトでいいよ」
「わかった。ノクト、聞いてもいいか? 肉体と魂が分かれてしまったのは我々の召喚に不手際があったということか?」
「違うよ、誰かが先に魂だけを召喚してさっきの場所に捕らえてたんだ」
「王宮植物園に?」
「ボクもびっくりだ」
「いつから? というか、一体だれが」
「さあ…魂だけの状態だと時間や感覚が曖昧だからなぁ」
「…人間を恨んでいないのか?」
「へんなことを聞くね、生き残るうえで策略をめぐらすのも弱いものが淘汰されるのも自然の摂理じゃないか。それにセルシウス、召喚してくれた君もベルスタも人間だ」
寛容というか、これが魔物の王の器ということだろう。
「あ! ベルスタがいた」
炎のヴェールの向こうでベルスタとマクスウェルが歩いている。どうやら場所は地下牢へ続く階段で、降りているのではなく登っていた。牢を見た帰りだろうか。ということは、あの矢を放った魔術師はマクスウェルだったということか。
「一人きりになるのを待とう」
二人は言い争いをしているようだった。
「どういうことですか、返す気がないのでしょう」
「鍵がかかっていただろう。捕らえたのは確かなんだ。それよりも、本当にただの鳥だったのか?」
「キュリー様の魔術がかかっているので普通の鳥とは言えませんが…魔物ではありません」
「先刻の強大な魔力に関わっているのでは?」
「知りませんよ、話をすり替えないでください」
ノクトがいなければ二人に姿を晒していたことになる。マクスウェルという男はつくづく私の邪魔をしたいらしい。
「とにかく、牢にいなかったということは外にいるということだ」
「無責任な!」
「だいたい王宮の近辺で不審な行動をとっていたのが悪いんだ。呼び出されているのでここで失礼する」
ベルスタは悔しそうにマクスウェルの姿が回廊の奥へ消えるまで睨みつけていた。それから肩を落として、「キュリー様に報告しなければ」とつぶやく。その様子を柱のランプの炎の中で見ていた。
「周りには誰もいないよ」
「ベルスタを炎のなかに引き込めるか?」
「うん。あ、二人を乗せれるだけ大きくなるから、セルシウスがこう腕を伸ばしてベルスタを捕まえてよ」
できるのか、と聞くまでもない。やるのだ。歩き出そうとするベルスタめがけて腕を伸ばし身を乗り出す。力はまったく必要なかった。
体を引っ張られるままドラゴンの背中の上に転がってきたベルスタは状況を飲み込めずぽかんとしている。まさか炎のなかにいるとは思いもしないだろう。
「心配をかけたな」
「シュルッセル様?」
すかさずノクトが「セルシウスだよ」と訂正を入れる。優秀なドラゴンだ。
「え!」
ベルスタは私の膝から飛び起きると、自分のいる場所がドラゴンの背中だと理解したらしい。
「まさか、ノクト?」
「当たり!」
「しゃべって…一体ここは…なにが…どうなって…ノクトが無事で良かったが、セルシウスはどこに?」
どう打ち明けたらいいのか。ノクトが不思議そうに、「だから目の前にいるじゃないか」と言う。
「ややこしいが、牧羊犬のほうのセルシウスだ」
「セルシウスはセルシウスなのに」
「あっ、腕! どうされたんですか?」
「しくじって怪我をしただけだ…ノクト、炎の中でも魔術は使えるのかな」
「んー、相性によるね」
「傷を治したいのだが、あと姿変え」
「それならどっちも問題ないよ」
姿変えは自分でかけることもできる。炎のなかであれば魔力を察知されることもないだろうし、あらためて説明するのも面倒なのでどさくさに紛れて伝えることにする。
「ベルスタ、よく見ておいて」
「はい?」
さっと傷を治してから、牧羊犬に姿を変えてみせた。
「わかった? 牧羊犬のセルシウスもこのとおり無事」
「どちらも私だ」と付け加えて、困惑しているベルスタの鼻のあたまをぺろりと舐める。
「…シュルッセル様は存在しない?」
「違う違う」
「ねえ、ベルスタはさっきからなにを言ってるの?」
ノクトが呆れたように言った。
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