羊飼いとグリモワールの鍵

むらうた

文字の大きさ
33 / 38
第2部

17 | 姿の見えぬ鳥 - セルシウス②

しおりを挟む
「歌声がとてもきれいだから、羽根の色もすばらしいと思うの。なにか良い知恵はないかしら? たとえば魔術で捕まえることはできない?」

 無垢な願いを叶えてあげたいが、この場で魔力を使うことはできない。ずるい大人らしく考えるふりだけをしていると、ぞわりと寒気のするような魔力が空気を揺らした。召喚のときにも感じたノクトのものだが、あの時よりもさらに圧迫感がある。パンッと音がして上を見上げるとガラス天井が割れ、光の柱が立っていた。

「きゃあ」

「ここは私に任せてお逃げください。さあ、早く!」

 ドレスの後ろ姿を見送ってから、割れたガラス天井の下へ向かう。

「ノクト? なにが起こったんだ?」

 返事をされてもどうせ理解できないのだろうが聞かずにはいられない。しかしノクトは、「魂の片割れをようやく見つけた」と答えた。いや、もしかするとだれかほかにいるのかもしれない、と辺りを見回す。

「遊んでる暇はないよ。ひとが来る」

「かたわれ?」

「このまま元の姿に戻って迎え撃とうか」

「駄目だ」

「それならどうする、セルシウス?」

「…炎のなかへ!」


 我々が炎のなかへ消えるのと人々が植物園に入ってきたのはほぼ同時だった。

「なにが起こったんだ」

「ものすごい魔力だったぞ」

「天井が割れている!」

「結界が破られたのでは?!」

「魔物の仕業か!」

 右往左往する人々にまぎれて我が姉上も姿を見せる。話し合いどころではなくなったのだろう。

 しばらく植物園の様子をうかがってから、「ベルスタを迎えに行こう」とノクトが言った。

 言葉を話せるようになったということは、今まではやはり不完全だったのだ。魂の片割れとやらを見つけて王として覚醒したということなのか。私は態度を改めたほうがよいだろうか。

「…居場所が分かるのですか」

「ふふ、今までどおりでいいよ。居場所はこれから探すんだ」

 先程と同じようにノクトは私を背中に乗せて炎から炎へ渡っていく。

「リリスが勝手に名前をつけたことを怒っていたが」

「結果としては良かったんだよ。名前があることで肉体のほうの魂が固定できたわけだから」

「もし本来の名前があるなら…」

「うーん、今はまだノクトでいいよ」

「わかった。ノクト、聞いてもいいか? 肉体と魂が分かれてしまったのは我々の召喚に不手際があったということか?」

「違うよ、誰かが先に魂だけを召喚してさっきの場所に捕らえてたんだ」

「王宮植物園に?」

「ボクもびっくりだ」

「いつから? というか、一体だれが」

「さあ…魂だけの状態だと時間や感覚が曖昧だからなぁ」

「…人間を恨んでいないのか?」

「へんなことを聞くね、生き残るうえで策略をめぐらすのも弱いものが淘汰されるのも自然の摂理じゃないか。それにセルシウス、召喚してくれた君もベルスタも人間だ」

 寛容というか、これが魔物の王の器ということだろう。

「あ! ベルスタがいた」

 炎のヴェールの向こうでベルスタとマクスウェルが歩いている。どうやら場所は地下牢へ続く階段で、降りているのではなく登っていた。牢を見た帰りだろうか。ということは、あの矢を放った魔術師はマクスウェルだったということか。

「一人きりになるのを待とう」

 二人は言い争いをしているようだった。

「どういうことですか、返す気がないのでしょう」

「鍵がかかっていただろう。捕らえたのは確かなんだ。それよりも、本当にただの鳥だったのか?」

「キュリー様の魔術がかかっているので普通の鳥とは言えませんが…魔物ではありません」

「先刻の強大な魔力に関わっているのでは?」

「知りませんよ、話をすり替えないでください」

 ノクトがいなければ二人に姿を晒していたことになる。マクスウェルという男はつくづく私の邪魔をしたいらしい。

「とにかく、牢にいなかったということは外にいるということだ」

「無責任な!」

「だいたい王宮の近辺で不審な行動をとっていたのが悪いんだ。呼び出されているのでここで失礼する」

 ベルスタは悔しそうにマクスウェルの姿が回廊の奥へ消えるまで睨みつけていた。それから肩を落として、「キュリー様に報告しなければ」とつぶやく。その様子を柱のランプの炎の中で見ていた。

「周りには誰もいないよ」

「ベルスタを炎のなかに引き込めるか?」

「うん。あ、二人を乗せれるだけ大きくなるから、セルシウスがこう腕を伸ばしてベルスタを捕まえてよ」

 できるのか、と聞くまでもない。やるのだ。歩き出そうとするベルスタめがけて腕を伸ばし身を乗り出す。力はまったく必要なかった。

 体を引っ張られるままドラゴンの背中の上に転がってきたベルスタは状況を飲み込めずぽかんとしている。まさか炎のなかにいるとは思いもしないだろう。

「心配をかけたな」

「シュルッセル様?」

 すかさずノクトが「セルシウスだよ」と訂正を入れる。優秀なドラゴンだ。

「え!」

 ベルスタは私の膝から飛び起きると、自分のいる場所がドラゴンの背中だと理解したらしい。

「まさか、ノクト?」

「当たり!」

「しゃべって…一体ここは…なにが…どうなって…ノクトが無事で良かったが、セルシウスはどこに?」

 どう打ち明けたらいいのか。ノクトが不思議そうに、「だから目の前にいるじゃないか」と言う。

「ややこしいが、牧羊犬のほうのセルシウスだ」

「セルシウスはセルシウスなのに」

「あっ、腕! どうされたんですか?」

「しくじって怪我をしただけだ…ノクト、炎の中でも魔術は使えるのかな」

「んー、相性によるね」

「傷を治したいのだが、あと姿変え」

「それならどっちも問題ないよ」

 姿変えは自分でかけることもできる。炎のなかであれば魔力を察知されることもないだろうし、あらためて説明するのも面倒なのでどさくさに紛れて伝えることにする。

「ベルスタ、よく見ておいて」

「はい?」

 さっと傷を治してから、牧羊犬に姿を変えてみせた。

「わかった? 牧羊犬のセルシウスもこのとおり無事」

 「どちらも私だ」と付け加えて、困惑しているベルスタの鼻のあたまをぺろりと舐める。

「…シュルッセル様は存在しない?」

「違う違う」

「ねえ、ベルスタはさっきからなにを言ってるの?」

 ノクトが呆れたように言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

紳士オークの保護的な溺愛

こむぎこ7g
BL
■ 世界と舞台の概要 ここはオークの国「トールキン」。 魔法、冒険者、ギルド、ダンジョン、獣人やドラゴンが存在する、いわゆる“典型的な異世界”だが、この国の特徴はオークが長命で、理知的な文明社会を築いていることにある。 トールキンのオークたちは、 灰色がかった緑や青の肌 鋭く澄んだ眼差し 鍛え上げられた筋骨隆々の体躯 を持ち、外見こそ威圧的だが、礼節と合理性を重んじる国民性をしている。 異世界から来る存在は非常に珍しい。 しかしオークは千年を生きる種族ゆえ、**長い歴史の中で「時折起こる出来事」**として、記録にも記憶にも残されてきた。 ⸻ ■ ガスパールというオーク ガスパールは、この国でも名の知れた貴族家系の三男として生まれた。 薄く灰を帯びた緑の肌、 赤い虹彩に金色の瞳孔という、どこか神話的な目。 分厚い肩と胸板、鍛え抜かれた腹筋は鎧に覆われずとも堅牢で、 銀色に輝く胸当てと腰当てには、代々受け継がれてきた宝石が嵌め込まれている。 ざらついた低音の声だが、語調は穏やかで、 貴族らしい品と、年齢を重ねた余裕がにじむ話し方をする。 ● 彼の性格 • 極めて面倒見がよく、観察力が高い • 感情を声高に表に出さないが、内側は情に厚い • 責任を引き受けることを当然のように思っている • 自分が誰かに寄りかかることだけは、少し苦手 どこか「自分は脇役でいい」と思っている節があり、それが彼の誠実さと同時に、不器用さでもあった。 ⸻ ■ 過去と喪失 ――愛したオーク ガスパールはかつて、平民出身のオーク男性と結ばれていた。 家柄も立場も違う相手だったが、 彼はその伴侶の、 不器用な優しさ 朝食を焦がしてしまうところ 眠る前に必ず手を探してくる癖 を、何よりも大切にしていた。 しかし、その伴侶はすでにこの世を去っている。 現在ガスパールが暮らしているのは、 貴族街から少し離れた、二階建ての小さな屋敷。 華美ではないが、掃除が行き届き、静かな温もりのある家だ。 彼は今も毎日のように墓参りを欠かさない。 それは悲嘆というより、対話に近い行為だった。 ⸻ ■ 現在の生活 ガスパールは現在、 街の流通を取り仕切る代表的な役職に就いている。 多忙な職務の合間にも、 洗濯、掃除、料理 帳簿の整理 屋敷の修繕 をすべて自分でこなす。 仕事、家事、墓参り。 規則正しく、静かな日々。 ――あなたが現れるまでは。

ユキ・シオン

那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。 成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。 出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。 次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。 青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。 そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり…… ※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...