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第2部
18 | 師からの手紙 - ベルスタ①
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セルシウスは犬ではなくて人間で、シュルッセル様で、それってつまりどういうことだ? 言葉としての意味はわかるが、気持ちが追いつかず理解できない。
「ベルスタ」
セルシウスの声で我にかえる。今は鷹の姿になっていて俺の前髪をくちばしでついばむ。たしかに声も瞳の色も同じだが…
「経緯はわかったか?」
「ほんとうにセルシウスはシュルッセル様なのか?」
「ベルスタしっかりしてよ!」
「ノクト、しゃべれるようになったんだな。体もこんなに大きくなって…それで、ここは?」
「まさか聞いてなかったの? 説明したのに!」
「あとで私が話しておくよ、姉上がお待ちだ」
「ボクもラザフォード家の当主に挨拶しなきゃ」
「魔力は抑えてくれよ」
「了解」
ドラゴンの背中に乗って、肩にいる鷹と会話ができて、まるで冒険の物語だ。
「外へ出るよ」
炎の世界から王宮へ戻れば、冒険譚の主人公気分は消え失せてしまったけれど。俺は護衛として壁に控え物語の行き先を見守る。
「ねえ、結界って全部壊してもいい?」
「それは得策ではないと、侵略を疑われます」
「先に王の復活を伝えてはどうかしら」
「ドラゴンが現れたらそれだけで大騒ぎになる」
「国王に啓示を与えようか」
「そんなことができるのか?」
「炎から声がしたら神秘的じゃない」
とかなんとか、領主夫妻と魔物の王であるドラゴンの話し合いに参加している鷹がシュルッセル様だというなら、対等に話している状況も納得できる。セルシウスのことを偉そうだと思っていたが、実際に偉いのだから仕方ない。
「やれやれ、あとは頼みました。ドラゴンとラザフォード家の契約ですからね、私たちは山小屋へ返してくれませんか」
「領地へは帰してあげましょう。でも今後のことでまだ話したいことがあるから、しばらくうちにいてちょうだい。テスをつけるわ」
「わかりました」
それからキュリー様はセルシウスを鷹から犬の姿に戻し、俺たちをラザフォード家の邸宅へ帰した。
屋敷では促されるまま食事と入浴を済ませ、案内されるまま客室へ向かう。
キュリー様が引き留めたいのはセルシウスだから、明日になったら俺は山小屋へ戻ろう。ふかふかなベッドへ寝転び、そういえばルーメン教授の手紙を渡すのはセルシウスでいいのかと考えた。眠りに落ちるはざま、意識は蝋燭の炎のようにゆれていた。
◇◇◇
夜空の果てから光の雨が落ちてくる。怖くて、美しくて、心臓がひっくり返るくらいどきどきしている。
「すごいだろう」
魔術師の少年が得意気に言う。
「うん! 信じられない…こんな魔術が使えるなんてすごいね!」
少年は「まあ、うん…」と言葉を濁す。俺の泣きはらした顔の火照りを夜風が撫でていく。
「こんな魔術は無理だけど、俺も早く大人になって、みんなを守れるように強くなりたい!」
「魔術なんて使えないほうがいいよ。それに私は…大人になんかなりたくない」
さびしげな声だった。となりを向くが暗くて表情はわからない。「どうして?」と聞くと、「…冗談だ」と返ってきたが、それは冗談ではなく本心だったんじゃないかと思う。
遠い記憶から目を覚ますととなりに温もりがあった。いつもどおりだ。被毛に触れ、かすかな呼吸を感じる。だから起き上がって見回した室内があまりにも違っていて戸惑った。
「そうだった、山小屋じゃないんだ」
ふたたびごろりと寝転がると、セルシウスの耳が動いた。
「…ベルスタ、起きたのか」
「いつの間に部屋へ入ってきたんだ」
セルシウスはあくびをしてから体をのばす。セルシウスはシュルッセル様だと納得したはずが、どう見ても犬でしかなく、というか、ずっと一緒に寝ていたのがシュルッセル様だったということか? あり得ない…
「ノクトの話をしようと思ったんだ、聞いてなかっただろう」
「あ、ああ」
「うたた寝のようだったからそのうち起きるかと思って待っていたら私も寝てしまった」
「…そうか」
ぎこちない返事をみかねたのか、セルシウスは「私は私だ」と言って俺の顔を舐める。
つまり舐めたのはシュルッセル様ということで、と考えはじめると思考が先にすすまない。
「わかっているつもりなんだ。でも…」
「まあ、そのうち慣れるさ。姉上にも言っているが、シュルッセル・ラザフォードは死んだんだ。生き返ることはない」
「ほんとうは生きているのに?」
「シュルッセルの持っている魔力は大きすぎるから災いのもとになる。いまはただのお前の牧羊犬だ。それに飽きたらセルシウスとして人生をやり直すさ」
俺の牧羊犬か。それならば、と遠慮なくわしわしと頭を撫でる。シュルッセル様であることは一旦忘れよう。そうしないと思考がいちいち停止してしまう。
「ノクトのことは落ち着いてからでいい。俺が知らなくても影響はないだろう」
「気にならないのか?」
「俺が気になるのは羊たちのほうだな。一足先に山小屋へ戻るよ。あ、そうだった」
ベッドから起き上がり、ルーメン教授からの手紙をセルシウスへ渡す。
「忘れないうちに」
「犬に渡されてもな、山小屋へ持って帰ってくれ」
「読まなくていいのか」
「どうせろくなことは書かれていないさ」
「恩師なんだろう」
「…なあ、私の代わりに読んでくれないか」
どうして、と聞くのは簡単で。でも、聞いてしまっては本心をはぐらかされる気がした。
「わかった」と言うと、セルシウスは意外だったようで、「いや、やはり駄目だ」と撤回する。
「弱気とは珍しい」
「私が? そんなわけないだろう」
セルシウスはふんと鼻を鳴らす。俺はやわらかい毛並みを撫でながら、「代わりに読んでほしくなったらいつでも言ってくれ」と伝えた。
お見舞いへいったときにも憎まれ口をたたいていたし関係性にしこりがあるのだろう。
「お前は嫌いな奴がいなさそうだな」
「ははっ、そんなことはない。従軍していた頃に田舎者といじめてきた奴らは大嫌いだ」
「ベルスタ」
セルシウスの声で我にかえる。今は鷹の姿になっていて俺の前髪をくちばしでついばむ。たしかに声も瞳の色も同じだが…
「経緯はわかったか?」
「ほんとうにセルシウスはシュルッセル様なのか?」
「ベルスタしっかりしてよ!」
「ノクト、しゃべれるようになったんだな。体もこんなに大きくなって…それで、ここは?」
「まさか聞いてなかったの? 説明したのに!」
「あとで私が話しておくよ、姉上がお待ちだ」
「ボクもラザフォード家の当主に挨拶しなきゃ」
「魔力は抑えてくれよ」
「了解」
ドラゴンの背中に乗って、肩にいる鷹と会話ができて、まるで冒険の物語だ。
「外へ出るよ」
炎の世界から王宮へ戻れば、冒険譚の主人公気分は消え失せてしまったけれど。俺は護衛として壁に控え物語の行き先を見守る。
「ねえ、結界って全部壊してもいい?」
「それは得策ではないと、侵略を疑われます」
「先に王の復活を伝えてはどうかしら」
「ドラゴンが現れたらそれだけで大騒ぎになる」
「国王に啓示を与えようか」
「そんなことができるのか?」
「炎から声がしたら神秘的じゃない」
とかなんとか、領主夫妻と魔物の王であるドラゴンの話し合いに参加している鷹がシュルッセル様だというなら、対等に話している状況も納得できる。セルシウスのことを偉そうだと思っていたが、実際に偉いのだから仕方ない。
「やれやれ、あとは頼みました。ドラゴンとラザフォード家の契約ですからね、私たちは山小屋へ返してくれませんか」
「領地へは帰してあげましょう。でも今後のことでまだ話したいことがあるから、しばらくうちにいてちょうだい。テスをつけるわ」
「わかりました」
それからキュリー様はセルシウスを鷹から犬の姿に戻し、俺たちをラザフォード家の邸宅へ帰した。
屋敷では促されるまま食事と入浴を済ませ、案内されるまま客室へ向かう。
キュリー様が引き留めたいのはセルシウスだから、明日になったら俺は山小屋へ戻ろう。ふかふかなベッドへ寝転び、そういえばルーメン教授の手紙を渡すのはセルシウスでいいのかと考えた。眠りに落ちるはざま、意識は蝋燭の炎のようにゆれていた。
◇◇◇
夜空の果てから光の雨が落ちてくる。怖くて、美しくて、心臓がひっくり返るくらいどきどきしている。
「すごいだろう」
魔術師の少年が得意気に言う。
「うん! 信じられない…こんな魔術が使えるなんてすごいね!」
少年は「まあ、うん…」と言葉を濁す。俺の泣きはらした顔の火照りを夜風が撫でていく。
「こんな魔術は無理だけど、俺も早く大人になって、みんなを守れるように強くなりたい!」
「魔術なんて使えないほうがいいよ。それに私は…大人になんかなりたくない」
さびしげな声だった。となりを向くが暗くて表情はわからない。「どうして?」と聞くと、「…冗談だ」と返ってきたが、それは冗談ではなく本心だったんじゃないかと思う。
遠い記憶から目を覚ますととなりに温もりがあった。いつもどおりだ。被毛に触れ、かすかな呼吸を感じる。だから起き上がって見回した室内があまりにも違っていて戸惑った。
「そうだった、山小屋じゃないんだ」
ふたたびごろりと寝転がると、セルシウスの耳が動いた。
「…ベルスタ、起きたのか」
「いつの間に部屋へ入ってきたんだ」
セルシウスはあくびをしてから体をのばす。セルシウスはシュルッセル様だと納得したはずが、どう見ても犬でしかなく、というか、ずっと一緒に寝ていたのがシュルッセル様だったということか? あり得ない…
「ノクトの話をしようと思ったんだ、聞いてなかっただろう」
「あ、ああ」
「うたた寝のようだったからそのうち起きるかと思って待っていたら私も寝てしまった」
「…そうか」
ぎこちない返事をみかねたのか、セルシウスは「私は私だ」と言って俺の顔を舐める。
つまり舐めたのはシュルッセル様ということで、と考えはじめると思考が先にすすまない。
「わかっているつもりなんだ。でも…」
「まあ、そのうち慣れるさ。姉上にも言っているが、シュルッセル・ラザフォードは死んだんだ。生き返ることはない」
「ほんとうは生きているのに?」
「シュルッセルの持っている魔力は大きすぎるから災いのもとになる。いまはただのお前の牧羊犬だ。それに飽きたらセルシウスとして人生をやり直すさ」
俺の牧羊犬か。それならば、と遠慮なくわしわしと頭を撫でる。シュルッセル様であることは一旦忘れよう。そうしないと思考がいちいち停止してしまう。
「ノクトのことは落ち着いてからでいい。俺が知らなくても影響はないだろう」
「気にならないのか?」
「俺が気になるのは羊たちのほうだな。一足先に山小屋へ戻るよ。あ、そうだった」
ベッドから起き上がり、ルーメン教授からの手紙をセルシウスへ渡す。
「忘れないうちに」
「犬に渡されてもな、山小屋へ持って帰ってくれ」
「読まなくていいのか」
「どうせろくなことは書かれていないさ」
「恩師なんだろう」
「…なあ、私の代わりに読んでくれないか」
どうして、と聞くのは簡単で。でも、聞いてしまっては本心をはぐらかされる気がした。
「わかった」と言うと、セルシウスは意外だったようで、「いや、やはり駄目だ」と撤回する。
「弱気とは珍しい」
「私が? そんなわけないだろう」
セルシウスはふんと鼻を鳴らす。俺はやわらかい毛並みを撫でながら、「代わりに読んでほしくなったらいつでも言ってくれ」と伝えた。
お見舞いへいったときにも憎まれ口をたたいていたし関係性にしこりがあるのだろう。
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