羊飼いとグリモワールの鍵

むらうた

文字の大きさ
35 / 38
第2部

18 | 師からの手紙 - ベルスタ②

しおりを挟む
「ふうん」

「ルーメン教授が嫌いなのか?」

「嫌いだ…許せない…」

 さびしそうな眼差しだった。許せない相手の手紙には、なにが書かれてあるのだろう。それを読んだらもっと嫌いになるのだろうか、それとも許してしまうのだろうか。

「じゃあこの手紙は捨ててしまおう」

「なぜそうなる」

「読みたくないんだろう」

「今はまだ心の準備ができていないだけだ」

「なにがそんなに不安なんだ?」

「不安? 不安か…そうだな。その手紙には呪いがかかっていてもおかしくない」

「まさか」

「あの老ぼれはそれくらいする。たぶん私は…呪いの手紙を受け取ってこれ以上失望するのも、言い訳と謝罪の手紙を読んで許してしまうのも、どちらも嫌なんだ」

 十年前、流星雨のしたで大人になりたくないと言った少年は、魔術師としての未来に希望を見出せなかったのかもしれない。

 かける言葉がみつからなかった。なぐさめるのも励ますのもきっと違う。「…手紙は山小屋へ持って帰るよ」としか言うことができなかった。


    ◇◇◇


「セルシウスは新聞を取りに来なくなったね」

 モルが荷物を置きながら言った。俺が山小屋へ帰ってから十日が経っていた。

「事情があって山をおりているんだ」

「えっ怪我?」

「いや、そういうんじゃない」

「ならよかった。というより今日はベルスタにすぐ新聞を読んでほしかったから、セルシウスがいないほうが都合がいいんだ。ほら、見てよ!」

 ひろげられた紙面の「魔王復活」と「結界消滅」の文字が目にはいる。

「…村は変わりないか?」

「大混乱だよ! 今のところ魔物の被害はないけど…新聞のとおり魔物との共存なんてできるのかみんな不安がってる。ここは大丈夫? 魔物あらわれてない?」

「平気だ、こっちも被害は出てないよ」

 新聞には、千年ぶりに魔物の王が復活したと書かれてある。統治された魔物は人間と共存できるというのは、ノクトとリリスを知っている俺でも疑ってしまう。

 モルから新聞には書かれていない国の動きも聞いた。

 この全てにノクトとラザフォード家が関わっているはずだが、「ドラゴン」という単語も「ラザフォード」の家名も出てこなかった。この国ではドラゴンは悪者だからあえて伏せているのかもしれない。

「おっと、話し過ぎた! また来週ね!」

 話好きな性格ではなかったはずが、こうして言葉を交わすことを楽しんでいる自分がいる。山小屋の孤独がそうさせるのだろう。

 セルシウスが帰ってこなければ来週の配達までまた一人か、と考えてモルに注文リストを渡していないことに気づいた。

「…まあ、いいか」

 追いかければ渡せるかもしれないが、リストの内容はそう変わらないから適当に持ってきてくれるはずだ。

 新聞を読み返していると戸口に人の気配がした。モルが戻ってきたのかと顔をあげるとシュルッセル様が立っていた。

 突然のことでただただ見つめてしまう。

「おかえりもないのか」

「…おかえり、なさいませ」

「疲れた」

「お茶淹れます。先程、新しいのが届いたんです」

 立ち上がった俺をシュルッセル様が抱きとめる。

「ベルスタは人間の私だとよそよそしいな」

 そう言われても緊張するものは仕方ない。

「すみません、まだ混乱しています」

「お前は頭がかたいんだ、犬の姿なら敬語も使わないのに」

 なぜ俺は抱きしめられているんですか。

「見た目が違うだけで私はセルシウスだ。今更、取り繕っても無駄だぞ」

 犬は抱きしめたりしてこないですけどね。

「…聞いているのか」

 聞いている。犬なら平気なのに見た目が違うだけでどうしたって心拍数はあがってしまう。

 犬なら、犬でさえあれば…そうだ、シュルッセル様だと思うから緊張するのだ。逆にセルシウスが人間になっていると思えばいいんじゃないのか。

 体を離して顔を見つめる。これはキュリー様の魔術でセルシウスが人間になっているにすぎない、と念じる。ほら、髪色だってセルシウスと一緒だ。

「セルシウス」

「なんだ」

 怪訝な眼差しに既視感がある。そうだ、偉そうな牧羊犬と同じじゃないか。

「うん、セルシウスだな」

「ようやく理解してくれたか」

 ふっと顔が近づいてきたので両手で目の前の男の肩を止めた。

「な、にを?」

「説明が必要か?」

「…魔力の交換?」

「わかっているじゃないか」

 ああ、だめだ! セルシウスはそんなことしない!

「…お前が嫌なら、別に無理強いはしない」

 違う。混乱しているだけで、嫌なわけじゃない。ため息をついて長椅子に座る魔術師は、俺にとってはセルシウスではなくやはりシュルッセル様なのだ。でも言い訳をする前に、「そうだ」と話を変えられてしまう。

「ルーメン教授からの手紙を出してくれ」

「…読むんですか」

「ベルスタに振られたしな、ほかにやることもないだろう」

「違うんです、魔力の交換が嫌なわけではなく」

「遠慮はいらない。魔術の勉強も私の押し付けになっているならやめよう」

「や、やめません! 俺の頭では時間はかかりそうですが、勉強だってこれからも続けていきたいです。ただ…セルシウスとして接しようとするといろいろ抵抗があって…見た目が違うだけだとわかっていてもどうしても…もう少し、時間をいただければ…」

「わかった、ということにしよう。正直なところは、なにに時間が必要なのか理解できないが。魔術の勉強は続けるのだな?」

「はい」

「魔力の交換も?」

「もちろんです!」

「私のことはセルシウスと呼べよ」

「…努力します」

 シュルッセル様、ではなくセルシウスは疑わしげな表情を浮かべる。それから「手紙を読んだあとでお相手願おう」と言ってにやりと笑った。
 
 全力でやる気を表明したが、魔力の交換とはつまり…と浮ついた気持ちのままルーメン教授からの手紙をセルシウスへ渡す。

 手紙を読まれている間にお茶を淹れようと準備をしていると、ぼわんと奇妙な音がした。

「なにか…」

 振り返ってみれば、座っているセルシウスの尺度がおかしい。衣服が大きくなったのか。体が小さくなったのか。

「クソ老ぼれがッ!」

 罵る声は変声期前の少年のものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

紳士オークの保護的な溺愛

こむぎこ7g
BL
■ 世界と舞台の概要 ここはオークの国「トールキン」。 魔法、冒険者、ギルド、ダンジョン、獣人やドラゴンが存在する、いわゆる“典型的な異世界”だが、この国の特徴はオークが長命で、理知的な文明社会を築いていることにある。 トールキンのオークたちは、 灰色がかった緑や青の肌 鋭く澄んだ眼差し 鍛え上げられた筋骨隆々の体躯 を持ち、外見こそ威圧的だが、礼節と合理性を重んじる国民性をしている。 異世界から来る存在は非常に珍しい。 しかしオークは千年を生きる種族ゆえ、**長い歴史の中で「時折起こる出来事」**として、記録にも記憶にも残されてきた。 ⸻ ■ ガスパールというオーク ガスパールは、この国でも名の知れた貴族家系の三男として生まれた。 薄く灰を帯びた緑の肌、 赤い虹彩に金色の瞳孔という、どこか神話的な目。 分厚い肩と胸板、鍛え抜かれた腹筋は鎧に覆われずとも堅牢で、 銀色に輝く胸当てと腰当てには、代々受け継がれてきた宝石が嵌め込まれている。 ざらついた低音の声だが、語調は穏やかで、 貴族らしい品と、年齢を重ねた余裕がにじむ話し方をする。 ● 彼の性格 • 極めて面倒見がよく、観察力が高い • 感情を声高に表に出さないが、内側は情に厚い • 責任を引き受けることを当然のように思っている • 自分が誰かに寄りかかることだけは、少し苦手 どこか「自分は脇役でいい」と思っている節があり、それが彼の誠実さと同時に、不器用さでもあった。 ⸻ ■ 過去と喪失 ――愛したオーク ガスパールはかつて、平民出身のオーク男性と結ばれていた。 家柄も立場も違う相手だったが、 彼はその伴侶の、 不器用な優しさ 朝食を焦がしてしまうところ 眠る前に必ず手を探してくる癖 を、何よりも大切にしていた。 しかし、その伴侶はすでにこの世を去っている。 現在ガスパールが暮らしているのは、 貴族街から少し離れた、二階建ての小さな屋敷。 華美ではないが、掃除が行き届き、静かな温もりのある家だ。 彼は今も毎日のように墓参りを欠かさない。 それは悲嘆というより、対話に近い行為だった。 ⸻ ■ 現在の生活 ガスパールは現在、 街の流通を取り仕切る代表的な役職に就いている。 多忙な職務の合間にも、 洗濯、掃除、料理 帳簿の整理 屋敷の修繕 をすべて自分でこなす。 仕事、家事、墓参り。 規則正しく、静かな日々。 ――あなたが現れるまでは。

ユキ・シオン

那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。 成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。 出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。 次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。 青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。 そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり…… ※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...