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第2部
18 | 師からの手紙 - ベルスタ②
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「ふうん」
「ルーメン教授が嫌いなのか?」
「嫌いだ…許せない…」
さびしそうな眼差しだった。許せない相手の手紙には、なにが書かれてあるのだろう。それを読んだらもっと嫌いになるのだろうか、それとも許してしまうのだろうか。
「じゃあこの手紙は捨ててしまおう」
「なぜそうなる」
「読みたくないんだろう」
「今はまだ心の準備ができていないだけだ」
「なにがそんなに不安なんだ?」
「不安? 不安か…そうだな。その手紙には呪いがかかっていてもおかしくない」
「まさか」
「あの老ぼれはそれくらいする。たぶん私は…呪いの手紙を受け取ってこれ以上失望するのも、言い訳と謝罪の手紙を読んで許してしまうのも、どちらも嫌なんだ」
十年前、流星雨のしたで大人になりたくないと言った少年は、魔術師としての未来に希望を見出せなかったのかもしれない。
かける言葉がみつからなかった。なぐさめるのも励ますのもきっと違う。「…手紙は山小屋へ持って帰るよ」としか言うことができなかった。
◇◇◇
「セルシウスは新聞を取りに来なくなったね」
モルが荷物を置きながら言った。俺が山小屋へ帰ってから十日が経っていた。
「事情があって山をおりているんだ」
「えっ怪我?」
「いや、そういうんじゃない」
「ならよかった。というより今日はベルスタにすぐ新聞を読んでほしかったから、セルシウスがいないほうが都合がいいんだ。ほら、見てよ!」
ひろげられた紙面の「魔王復活」と「結界消滅」の文字が目にはいる。
「…村は変わりないか?」
「大混乱だよ! 今のところ魔物の被害はないけど…新聞のとおり魔物との共存なんてできるのかみんな不安がってる。ここは大丈夫? 魔物あらわれてない?」
「平気だ、こっちも被害は出てないよ」
新聞には、千年ぶりに魔物の王が復活したと書かれてある。統治された魔物は人間と共存できるというのは、ノクトとリリスを知っている俺でも疑ってしまう。
モルから新聞には書かれていない国の動きも聞いた。
この全てにノクトとラザフォード家が関わっているはずだが、「ドラゴン」という単語も「ラザフォード」の家名も出てこなかった。この国ではドラゴンは悪者だからあえて伏せているのかもしれない。
「おっと、話し過ぎた! また来週ね!」
話好きな性格ではなかったはずが、こうして言葉を交わすことを楽しんでいる自分がいる。山小屋の孤独がそうさせるのだろう。
セルシウスが帰ってこなければ来週の配達までまた一人か、と考えてモルに注文リストを渡していないことに気づいた。
「…まあ、いいか」
追いかければ渡せるかもしれないが、リストの内容はそう変わらないから適当に持ってきてくれるはずだ。
新聞を読み返していると戸口に人の気配がした。モルが戻ってきたのかと顔をあげるとシュルッセル様が立っていた。
突然のことでただただ見つめてしまう。
「おかえりもないのか」
「…おかえり、なさいませ」
「疲れた」
「お茶淹れます。先程、新しいのが届いたんです」
立ち上がった俺をシュルッセル様が抱きとめる。
「ベルスタは人間の私だとよそよそしいな」
そう言われても緊張するものは仕方ない。
「すみません、まだ混乱しています」
「お前は頭がかたいんだ、犬の姿なら敬語も使わないのに」
なぜ俺は抱きしめられているんですか。
「見た目が違うだけで私はセルシウスだ。今更、取り繕っても無駄だぞ」
犬は抱きしめたりしてこないですけどね。
「…聞いているのか」
聞いている。犬なら平気なのに見た目が違うだけでどうしたって心拍数はあがってしまう。
犬なら、犬でさえあれば…そうだ、シュルッセル様だと思うから緊張するのだ。逆にセルシウスが人間になっていると思えばいいんじゃないのか。
体を離して顔を見つめる。これはキュリー様の魔術でセルシウスが人間になっているにすぎない、と念じる。ほら、髪色だってセルシウスと一緒だ。
「セルシウス」
「なんだ」
怪訝な眼差しに既視感がある。そうだ、偉そうな牧羊犬と同じじゃないか。
「うん、セルシウスだな」
「ようやく理解してくれたか」
ふっと顔が近づいてきたので両手で目の前の男の肩を止めた。
「な、にを?」
「説明が必要か?」
「…魔力の交換?」
「わかっているじゃないか」
ああ、だめだ! セルシウスはそんなことしない!
「…お前が嫌なら、別に無理強いはしない」
違う。混乱しているだけで、嫌なわけじゃない。ため息をついて長椅子に座る魔術師は、俺にとってはセルシウスではなくやはりシュルッセル様なのだ。でも言い訳をする前に、「そうだ」と話を変えられてしまう。
「ルーメン教授からの手紙を出してくれ」
「…読むんですか」
「ベルスタに振られたしな、ほかにやることもないだろう」
「違うんです、魔力の交換が嫌なわけではなく」
「遠慮はいらない。魔術の勉強も私の押し付けになっているならやめよう」
「や、やめません! 俺の頭では時間はかかりそうですが、勉強だってこれからも続けていきたいです。ただ…セルシウスとして接しようとするといろいろ抵抗があって…見た目が違うだけだとわかっていてもどうしても…もう少し、時間をいただければ…」
「わかった、ということにしよう。正直なところは、なにに時間が必要なのか理解できないが。魔術の勉強は続けるのだな?」
「はい」
「魔力の交換も?」
「もちろんです!」
「私のことはセルシウスと呼べよ」
「…努力します」
シュルッセル様、ではなくセルシウスは疑わしげな表情を浮かべる。それから「手紙を読んだあとでお相手願おう」と言ってにやりと笑った。
全力でやる気を表明したが、魔力の交換とはつまり…と浮ついた気持ちのままルーメン教授からの手紙をセルシウスへ渡す。
手紙を読まれている間にお茶を淹れようと準備をしていると、ぼわんと奇妙な音がした。
「なにか…」
振り返ってみれば、座っているセルシウスの尺度がおかしい。衣服が大きくなったのか。体が小さくなったのか。
「クソ老ぼれがッ!」
罵る声は変声期前の少年のものだった。
「ルーメン教授が嫌いなのか?」
「嫌いだ…許せない…」
さびしそうな眼差しだった。許せない相手の手紙には、なにが書かれてあるのだろう。それを読んだらもっと嫌いになるのだろうか、それとも許してしまうのだろうか。
「じゃあこの手紙は捨ててしまおう」
「なぜそうなる」
「読みたくないんだろう」
「今はまだ心の準備ができていないだけだ」
「なにがそんなに不安なんだ?」
「不安? 不安か…そうだな。その手紙には呪いがかかっていてもおかしくない」
「まさか」
「あの老ぼれはそれくらいする。たぶん私は…呪いの手紙を受け取ってこれ以上失望するのも、言い訳と謝罪の手紙を読んで許してしまうのも、どちらも嫌なんだ」
十年前、流星雨のしたで大人になりたくないと言った少年は、魔術師としての未来に希望を見出せなかったのかもしれない。
かける言葉がみつからなかった。なぐさめるのも励ますのもきっと違う。「…手紙は山小屋へ持って帰るよ」としか言うことができなかった。
◇◇◇
「セルシウスは新聞を取りに来なくなったね」
モルが荷物を置きながら言った。俺が山小屋へ帰ってから十日が経っていた。
「事情があって山をおりているんだ」
「えっ怪我?」
「いや、そういうんじゃない」
「ならよかった。というより今日はベルスタにすぐ新聞を読んでほしかったから、セルシウスがいないほうが都合がいいんだ。ほら、見てよ!」
ひろげられた紙面の「魔王復活」と「結界消滅」の文字が目にはいる。
「…村は変わりないか?」
「大混乱だよ! 今のところ魔物の被害はないけど…新聞のとおり魔物との共存なんてできるのかみんな不安がってる。ここは大丈夫? 魔物あらわれてない?」
「平気だ、こっちも被害は出てないよ」
新聞には、千年ぶりに魔物の王が復活したと書かれてある。統治された魔物は人間と共存できるというのは、ノクトとリリスを知っている俺でも疑ってしまう。
モルから新聞には書かれていない国の動きも聞いた。
この全てにノクトとラザフォード家が関わっているはずだが、「ドラゴン」という単語も「ラザフォード」の家名も出てこなかった。この国ではドラゴンは悪者だからあえて伏せているのかもしれない。
「おっと、話し過ぎた! また来週ね!」
話好きな性格ではなかったはずが、こうして言葉を交わすことを楽しんでいる自分がいる。山小屋の孤独がそうさせるのだろう。
セルシウスが帰ってこなければ来週の配達までまた一人か、と考えてモルに注文リストを渡していないことに気づいた。
「…まあ、いいか」
追いかければ渡せるかもしれないが、リストの内容はそう変わらないから適当に持ってきてくれるはずだ。
新聞を読み返していると戸口に人の気配がした。モルが戻ってきたのかと顔をあげるとシュルッセル様が立っていた。
突然のことでただただ見つめてしまう。
「おかえりもないのか」
「…おかえり、なさいませ」
「疲れた」
「お茶淹れます。先程、新しいのが届いたんです」
立ち上がった俺をシュルッセル様が抱きとめる。
「ベルスタは人間の私だとよそよそしいな」
そう言われても緊張するものは仕方ない。
「すみません、まだ混乱しています」
「お前は頭がかたいんだ、犬の姿なら敬語も使わないのに」
なぜ俺は抱きしめられているんですか。
「見た目が違うだけで私はセルシウスだ。今更、取り繕っても無駄だぞ」
犬は抱きしめたりしてこないですけどね。
「…聞いているのか」
聞いている。犬なら平気なのに見た目が違うだけでどうしたって心拍数はあがってしまう。
犬なら、犬でさえあれば…そうだ、シュルッセル様だと思うから緊張するのだ。逆にセルシウスが人間になっていると思えばいいんじゃないのか。
体を離して顔を見つめる。これはキュリー様の魔術でセルシウスが人間になっているにすぎない、と念じる。ほら、髪色だってセルシウスと一緒だ。
「セルシウス」
「なんだ」
怪訝な眼差しに既視感がある。そうだ、偉そうな牧羊犬と同じじゃないか。
「うん、セルシウスだな」
「ようやく理解してくれたか」
ふっと顔が近づいてきたので両手で目の前の男の肩を止めた。
「な、にを?」
「説明が必要か?」
「…魔力の交換?」
「わかっているじゃないか」
ああ、だめだ! セルシウスはそんなことしない!
「…お前が嫌なら、別に無理強いはしない」
違う。混乱しているだけで、嫌なわけじゃない。ため息をついて長椅子に座る魔術師は、俺にとってはセルシウスではなくやはりシュルッセル様なのだ。でも言い訳をする前に、「そうだ」と話を変えられてしまう。
「ルーメン教授からの手紙を出してくれ」
「…読むんですか」
「ベルスタに振られたしな、ほかにやることもないだろう」
「違うんです、魔力の交換が嫌なわけではなく」
「遠慮はいらない。魔術の勉強も私の押し付けになっているならやめよう」
「や、やめません! 俺の頭では時間はかかりそうですが、勉強だってこれからも続けていきたいです。ただ…セルシウスとして接しようとするといろいろ抵抗があって…見た目が違うだけだとわかっていてもどうしても…もう少し、時間をいただければ…」
「わかった、ということにしよう。正直なところは、なにに時間が必要なのか理解できないが。魔術の勉強は続けるのだな?」
「はい」
「魔力の交換も?」
「もちろんです!」
「私のことはセルシウスと呼べよ」
「…努力します」
シュルッセル様、ではなくセルシウスは疑わしげな表情を浮かべる。それから「手紙を読んだあとでお相手願おう」と言ってにやりと笑った。
全力でやる気を表明したが、魔力の交換とはつまり…と浮ついた気持ちのままルーメン教授からの手紙をセルシウスへ渡す。
手紙を読まれている間にお茶を淹れようと準備をしていると、ぼわんと奇妙な音がした。
「なにか…」
振り返ってみれば、座っているセルシウスの尺度がおかしい。衣服が大きくなったのか。体が小さくなったのか。
「クソ老ぼれがッ!」
罵る声は変声期前の少年のものだった。
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