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第2部
19 | 辺境の山小屋 - セルシウス①
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油断をしていたわけではない。悪しき呪いであれば、姉上からいただいた守護のペンダントがあるから意味をなさないはずだった。
ひ弱に細くなった指を見つめる。術が成功したためか手紙は一瞬にして灰と化した。
「…若返りか」
ベルスタの腕を元に戻したような実体に影響を及ぼす高等魔術だ。
「なにが起こったんです?!」
手紙の最後の一文は、『願わくは出会った頃の素直な君にもう一度会いたい』だった。教授にはじめて会った頃だとしたら十三歳か。
「この姿で見舞いに来てほしいらしい」
眉をひそめるベルスタに、「オンスが言っていただろう、魔術師なんてろくな奴がいないんだ」と自嘲する。
「お見舞いに行かないと元に戻れないんですか?」
「行ったところで…姿変えと違ってこの手の魔術は戻らないことが前提だからな。術をかけた魔術師ならなにか方法を知っているかもしれないが、だからといって私はもう二度と、金輪際ッ、あの老ぼれと関わり合いになりたくないがな!」
こぶしで机を叩く。死に際の後悔の手紙かもしれないと少しでも思った己の浅はかさを恨む。
「落ち着きましょう、お茶をどうぞ」
こんなはずではなかったのに、という苦々しい思いで差し出されたボウルを受け取る。ベルスタの言うとおり手紙は捨ててしまえばよかったのだ。
セルシウスの正体を打ち明けたのだから、ベルスタと微妙な距離感もなく体を重ねられるはずだったのに。こんな姿になってしまってはできないではないか…と考えて、忌々しい過去を思い出す。
十三歳でルーメン教授に師事した頃、世間知らずだった私は教授に言われるまま魔力の交換をしていたのだ。
「最悪だ…嫌なことを思い出した…」
当時のことは思い出したくもないが、やってできないことはないということか。
「大丈夫ですか?」
向かいに座ったベルスタが心配そうにこちらをうかがう。
「俺にできることがあれば言ってください。魔術は使えないし、あまり役には立てそうにないですが」
従順な羊飼いの言葉によこしまな下心がうずいた。
「そんなことはない」
だぼついた袖口もそのままに縮んだ体で机に身をのりだし、ベルスタの手を取る。
「お前にしかできないことがある」
「俺にしかできないこと?」
取った手に口づけをすると、真剣だった表情が困惑にゆがむ。
「手紙を読んだあとで相手をしてくれるのだったな」
「まさか…こんな時に冗談はやめてください」
「心外だ、冗談ではない」
「子供じゃないですか、無理です」
「見た目だけだ。魔力量は減っていないから交換するのに問題はない」
ベルスタは苦しげに「…俺が、無理です」と言う。老ぼれ魔術師とは違い、私の羊飼いには常識がある。それも含めて好ましい。
「無理かどうか試してみようではないか」
◇◇◇
まるではじめてのような、触れるだけの口づけをする。これだけではベルスタの魔力を感じることはできない。
「屋根裏へ行かないのか」
私たちは長椅子に並んで座っていた。
「セルシウス、なんですよね?」
発言は無視され、なんのために必要なのか不明な確認が返ってきた。
「そうだ」
ベルスタは私の髪を指ですいて頭を撫でる。雑なようでやさしくて心地好い。
「でも本当はシュルッセル様だ」
何度同じことを言うのか。
「まあな、その名前は捨てたけどな」
「しかも今は子供になっていて…もしかして、魔力の交換をすれば元に戻れるとかですか?」
「いいや。しかし理由が必要ならそういうことにしようか」
ふたたび腰を浮かせて軽い口づけをするが、ベルスタの表情はかたいままだ。
「理由があっても…子供となんて罪悪感が…」
「見目に騙されるな、それに十三歳は子供じゃない」
机に腰掛けて、ベルスタの顔を両手ではさむ。少しでも気分を和らげようとにっこり微笑んだつもりが、ベルスタの表情が怖気付いているのを見ると失敗だったらしい。慣れないことはするものではない。
「魔術師に気に入られたのが運の尽きだな」
怖気付かれようとやめるつもりはない。じゃれつくような口づけからしだいに息づかいごとむさぼる。その気がなくてもはじめてしまえば体は覚えている。三度目は抜かりなく、ベルスタのくちびるを陥落させた。
「屋根裏へ行かないならここでするぞ。ほら、脱げ」
「ま、待ってください」とベルスタが言うのと、「ごめーん」と戸口で声がしたのは同時だった。
「来週の注文、わすれ…え?」
クーリエのモルだった。ベルスタを脱がそうとしていた手を止める。
「やあ、モル。どうしたんだい?」
私は寛大に聞いた。
「リストだな! 用意はしていたんだ」
ベルスタはこれ幸いとばかりに私の側を離れる。
「なになに、僕とどこかで会ったかな? 山小屋までどうやってきたの?」
「彼のことは気にしなくていい」と言う羊飼いの言葉もおもしろくなくて、「モル、私はセルシウスだ」と名乗っていた。
リストを手渡していたベルスタの動きが止まる。「え?」とモルは私と目の前の羊飼いを交互に見た。
「事情があって牧羊犬をしているのだ。いまのこの姿もかりそめだがな」
「え?」
「…そういうことらしい」
「びっくりだけど…へえ…そういうこともある、のかな…あ、ゆっくり話を聞いてる時間ないんだった、暗くなる前に下山しなきゃ。リストもらってくね」
首をつっこむのは得策ではないと判断したのか、モルは「じゃあ」と山小屋を出て行こうとする。さっさと帰ってくれと私が思ったのを察知したかのように、「泊まっていけば!」とベルスタが慌てて引きとめた。
「いまから帰ったら夜になるだろう、危険だ」
「平気だよ」
「だめだ、朝になってから帰ったほうがいい」
「明日も朝から仕事なんだ、間に合わないよ」
ひ弱に細くなった指を見つめる。術が成功したためか手紙は一瞬にして灰と化した。
「…若返りか」
ベルスタの腕を元に戻したような実体に影響を及ぼす高等魔術だ。
「なにが起こったんです?!」
手紙の最後の一文は、『願わくは出会った頃の素直な君にもう一度会いたい』だった。教授にはじめて会った頃だとしたら十三歳か。
「この姿で見舞いに来てほしいらしい」
眉をひそめるベルスタに、「オンスが言っていただろう、魔術師なんてろくな奴がいないんだ」と自嘲する。
「お見舞いに行かないと元に戻れないんですか?」
「行ったところで…姿変えと違ってこの手の魔術は戻らないことが前提だからな。術をかけた魔術師ならなにか方法を知っているかもしれないが、だからといって私はもう二度と、金輪際ッ、あの老ぼれと関わり合いになりたくないがな!」
こぶしで机を叩く。死に際の後悔の手紙かもしれないと少しでも思った己の浅はかさを恨む。
「落ち着きましょう、お茶をどうぞ」
こんなはずではなかったのに、という苦々しい思いで差し出されたボウルを受け取る。ベルスタの言うとおり手紙は捨ててしまえばよかったのだ。
セルシウスの正体を打ち明けたのだから、ベルスタと微妙な距離感もなく体を重ねられるはずだったのに。こんな姿になってしまってはできないではないか…と考えて、忌々しい過去を思い出す。
十三歳でルーメン教授に師事した頃、世間知らずだった私は教授に言われるまま魔力の交換をしていたのだ。
「最悪だ…嫌なことを思い出した…」
当時のことは思い出したくもないが、やってできないことはないということか。
「大丈夫ですか?」
向かいに座ったベルスタが心配そうにこちらをうかがう。
「俺にできることがあれば言ってください。魔術は使えないし、あまり役には立てそうにないですが」
従順な羊飼いの言葉によこしまな下心がうずいた。
「そんなことはない」
だぼついた袖口もそのままに縮んだ体で机に身をのりだし、ベルスタの手を取る。
「お前にしかできないことがある」
「俺にしかできないこと?」
取った手に口づけをすると、真剣だった表情が困惑にゆがむ。
「手紙を読んだあとで相手をしてくれるのだったな」
「まさか…こんな時に冗談はやめてください」
「心外だ、冗談ではない」
「子供じゃないですか、無理です」
「見た目だけだ。魔力量は減っていないから交換するのに問題はない」
ベルスタは苦しげに「…俺が、無理です」と言う。老ぼれ魔術師とは違い、私の羊飼いには常識がある。それも含めて好ましい。
「無理かどうか試してみようではないか」
◇◇◇
まるではじめてのような、触れるだけの口づけをする。これだけではベルスタの魔力を感じることはできない。
「屋根裏へ行かないのか」
私たちは長椅子に並んで座っていた。
「セルシウス、なんですよね?」
発言は無視され、なんのために必要なのか不明な確認が返ってきた。
「そうだ」
ベルスタは私の髪を指ですいて頭を撫でる。雑なようでやさしくて心地好い。
「でも本当はシュルッセル様だ」
何度同じことを言うのか。
「まあな、その名前は捨てたけどな」
「しかも今は子供になっていて…もしかして、魔力の交換をすれば元に戻れるとかですか?」
「いいや。しかし理由が必要ならそういうことにしようか」
ふたたび腰を浮かせて軽い口づけをするが、ベルスタの表情はかたいままだ。
「理由があっても…子供となんて罪悪感が…」
「見目に騙されるな、それに十三歳は子供じゃない」
机に腰掛けて、ベルスタの顔を両手ではさむ。少しでも気分を和らげようとにっこり微笑んだつもりが、ベルスタの表情が怖気付いているのを見ると失敗だったらしい。慣れないことはするものではない。
「魔術師に気に入られたのが運の尽きだな」
怖気付かれようとやめるつもりはない。じゃれつくような口づけからしだいに息づかいごとむさぼる。その気がなくてもはじめてしまえば体は覚えている。三度目は抜かりなく、ベルスタのくちびるを陥落させた。
「屋根裏へ行かないならここでするぞ。ほら、脱げ」
「ま、待ってください」とベルスタが言うのと、「ごめーん」と戸口で声がしたのは同時だった。
「来週の注文、わすれ…え?」
クーリエのモルだった。ベルスタを脱がそうとしていた手を止める。
「やあ、モル。どうしたんだい?」
私は寛大に聞いた。
「リストだな! 用意はしていたんだ」
ベルスタはこれ幸いとばかりに私の側を離れる。
「なになに、僕とどこかで会ったかな? 山小屋までどうやってきたの?」
「彼のことは気にしなくていい」と言う羊飼いの言葉もおもしろくなくて、「モル、私はセルシウスだ」と名乗っていた。
リストを手渡していたベルスタの動きが止まる。「え?」とモルは私と目の前の羊飼いを交互に見た。
「事情があって牧羊犬をしているのだ。いまのこの姿もかりそめだがな」
「え?」
「…そういうことらしい」
「びっくりだけど…へえ…そういうこともある、のかな…あ、ゆっくり話を聞いてる時間ないんだった、暗くなる前に下山しなきゃ。リストもらってくね」
首をつっこむのは得策ではないと判断したのか、モルは「じゃあ」と山小屋を出て行こうとする。さっさと帰ってくれと私が思ったのを察知したかのように、「泊まっていけば!」とベルスタが慌てて引きとめた。
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「だめだ、朝になってから帰ったほうがいい」
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