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淡雪、大誤算に固まる

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「内大臣様達が後見をしたことにより、中央は二つに割れました。長子直嗣様を東宮に推すものは革新派と呼ばれ、第2皇子であった現陛下を推すものは保守派とよばれました。全てのことに対立し、反目し合い、中々政策も決まらなかったそうです。そんな中、直嗣様に嫁がれた内大臣家の三の君にご懐妊の兆しが見受けられました」

 懐妊!?
 周りが覇権を争っている時に懐妊って。神様もいろいろと仕掛けを落としてくれるよね。
 それほど仲が睦まじいってことなんだろうけども・・・あ、あれ?
 えっとぉ、直江の祖父様じいさまって幾つだっけ?と、どうでもいいことが何故か気なった。
 真剣な話をしている時にふと、くだらないことが気になったり、思いついたりするのはどうしてなんだろう・・・はははっ・・・

「三の君の懐妊を瑞兆と取った内大臣様達は一気呵成の勢いで直嗣様を東宮へと押し上げようと画策しました。・・・が、」

 光顕の表情がさっと引き締まったのを見て、僕は
 思わず、ゴクリと唾を飲んでしまった。

「あちら側も手を拱いてはいませんでした。密かに切崩しを行い、内通者を囲っていたのです。そして、決行の日、内大臣様達は反対に前の左大臣の策に嵌ったのです。内大臣一派に謀反の兆しありと陛下に注進され、内大臣、蔵人頭、中務卿、近衛大将が召捕られました」
 
「ま、待ってよ、注進だけで捕まえるって性急過ぎない?」

「それだけではなく、加奈子様の御部屋から皇后のお産みになられた皇子への呪詛の形代が見つかり、直嗣様立坊の折は然るべき地位を約束するという文が見つかった事が、決定的な証拠となったのです」

「そんな出来すぎた話を信じたの、先の陛下は?」

「そこに手にでき、目にすることができる証拠があり、幾人もの臣が口を揃え注進されれば、心では疑問を持たれたとしても如何ともし難く・・・」

 潔白を証明できるものもなく、前の左大臣の思うがままに罠に嵌っていくなんて・・・
 寸の間、沈黙が続いた。
 嫌な雰囲気に耐えきれない。

「身に覚えがないと訴えられた直嗣様ですが、父宮であられた陛下は沙汰が決まるまで蟄居を命じられました。ご自身の潔白を信じて貰えない事に失望し、引立てようとした内大臣達や母宮、身重の三の君までをも巻添えにしたことを後悔された直嗣様は全てはご自身の不徳からでたことと自らの命と引き換えに彼等の助命を嘆願され、毒杯にて自死されたのです。直嗣様の死を知らされた加奈子様もまた、自室で首を吊られました」

「自死って・・・」

「直嗣様の嘆願をお聞きになられ、加奈子様の訃報に思うところがあったのか先の陛下は、内大臣様達は西国に流され、身籠られていらっしゃった三の君は王都より離れた寂しい地で生まれてくる子共々幽閉とされたのです」

「なんなんだよ、それ」

 僕と春はあまりの壮絶さに言葉を発することができなかった。
 中枢のどろどろとした闇を垣間見た気がする。足の引っ張り合いも甚だしいだろう。
 そんな中枢にあって足も引っ張られず、粉もかけられず、厄介事を避けまくる父上って凄くないか?
 君子危うきに近寄らずと中央に寄りつかなかったのはこういうことだったんだ。
 危機管理能力凄いな
 伊達や酔狂で侯爵家の当主をやってなかったんだ。
 なんか、初めて尊敬したわ。
 ・・・いや、待てよ・・・危機管理能力が凄かったらこの婚姻避けられてたんじゃないか?
 あぁぁっ~⁉、上手く避けていたたんじゃない、ただ単に運良くくぐり抜けてただけか?!
 で、初めて遭遇した厄介事がこの婚姻・・・
 そういえば、大僧正のジィさんがお説教中に言ってたな。
 人は人生の終わりを告げるとき、幸運不運、善行悪行、足し引きされて精算され、精算できなかったの分は子孫や来世に持ち越されると。いまは良くともいずれ悪くなることもあり、その逆もまた然り。トータルしたらプラスマイナスゼロとこの世は収支相等の原則でうまく出来てるらしい。
 それを踏まえるなら、今まで回避していた悪運を子供の僕で一気に精算しようとしていることになる。なんて鬼畜な所業、毒親ここに極まれり!だ。最低最悪だよ父上は!
 僕は怒りと情けなさのあまし、目の前はぐわんぐわんと揺れ、目の奥はチカチカとして失神寸前になった。
 そんな僕をよそに光顕の話は続く。

「三の君様のお産みになられた皇子、先代の直彰様が直江様のお父君です。三の君様はお寂しいお暮らしの中でも気丈に振る舞われ、直彰様に持てる全ての知識と礼儀を授けられました。そして、直彰様が14歳に成られたときに生活が一変しました。先帝の死後、程なくして左大臣も死にその死と共にそれまでの謀が公になりました。現陛下は外戚の祖父の所業に悔恨の念にかられ、直嗣様の忘れ形見であり、甥でもある直彰様を皇籍に戻し、大公位に据えられました。これが大公家の成立ちです」
 
「非を認めたとはいえ、なんだか、後を引く話だよね」

 非を認められないよりはマシだけどさ・・・

「成立ちはわかったよ。で?まだ、態度が変わった理由には触ってないよね?」

 はっきり言って、大公家の成立ちなんてどうでもいいんだ。知りたいのはそこなんだけど、もしもし?

「はい、まだ続きがございます」
 
 はあっ?!まだあるの?いや、どこまで暗いんだよ。ドン引きもいいとこじゃんか。
 晴さえも眉間に皺を寄せて半眼状態になってるし、僕も同じような顔になっていると思う。

「始めは両家とも多少の遠慮があり、必要以上に干渉をしませんでしが、直江様が成人され、武功を挙げられるようになってから何かと騒がしくなりましたが、元帥となられてからは殊に酷くなられました」

「なぜに?」

「直江様が独身であられたからです」

「「はあっ?!」」

 晴と思わず頓狂な声でハモる。

「血筋を残すことは皇族の最も重要なお役目です」

 光顕が泰然といった。
 い、いや、そうだけども、血筋を残すことは科されたことだろうけど、この話の流れで何故、そっち方向にいくの⁉
 斜め上どころか、螺旋を描いて地下に潜ったよ、地下に。
 頭痛がするのは気のせいか?
 その僕に追い打ちをかけるように

「これまでにも、何名も直江様の元に王都より来られましたが、皆様、容姿を鼻にかけては居丈高にふるまわれ、散財するわ、我が儘勝手に振る舞うわ、夜ごと宴を催しては騒がれるわ、夜這いはかけるわと、それはもう、直江様の逆鱗に触れまくられまして・・・」

 光顕がため息と共に顔を左右に降る。
 えっ、考えたくないけど・・・
 ゴクリとつばを飲んだ。

「直江様も短気でいらっしゃいますから」

 やっぱりーっ、青髭鬼元帥の本領発揮っ。

「しかし、淡雪様は質素な食事に文句一ついわず、散財どころか反対に不正行為を暴き、蓄財をもたらされました。その上、諸事物静かに過ごされ、直江様がお声をかけなければお側にも行かれないほど奥床しくいらっしゃいます。家人一同、最早、直江様の正室には淡雪様しかいらっしゃらないという結論に至りましたので」

 至りましたって、あなた・・・
 静かだったのは破談にするために策を練っていたからだし、直江の側にいかなかったのは、いつバッサリと殺られるかわかんないからだっていうの。

「淡雪様、どうぞ直江様のこと、よろしくお願いいたします」

 と頭を下げて光顕が部屋を出ていった。
 残された僕はといえば、あまりの誤解と暗澹たる行く末に酸欠状態の金魚の如く口をパクパクするしかなかった。
 晴はそんな僕を見て、眉間を抑え、はぁ―っと大きなため息をついたのだった。
 
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