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2.湖上の館
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霧の奥、ツキオカ村で立ち入りを禁じられている森の奥ー。永遠と緩やかな上り坂を進んで行くと、だんだんと濃く苔生した木や、天に届きそうな程高い木が見られるようになった。
森を抜けるとさらに濃く霧が立ち込める湖が姿を現わす。キヨ達は馬に乗ったまま大型の木の船に乗って中央の島まで移動した。15分後、ようやく目的地である高貴な男の住む館にたどり着いた。
寝殿造の館はその昔栄えていたという京の建築様式に似ていた。島全体を覆うほどの大きさはあったが、その反面あまり人気は感じられなかった。
キヨは村の『守り神』の住まう場所だと聞いて、光り輝く美しい宮や天女などもっと人知の及ばない物が沢山あるのだと想像していたが、人の住処とは特別かけ離れたものには感じられず少し拍子抜けしていた。
霧が晴れたその日の正午、高貴な男『ツクオカベカガミノミコト』の住む館の廊で宴が催された。廊からは桜や花桃、山吹、雪柳などの季節の花木が植えられた見事な庭が見渡せた。
彼に仕えているという貴族のような身なりの客人が祝辞を述べながら酒を飲み交わす。上座ではツクオカベカガミノミコトとキヨが並んで座っていた。
キヨにはこの場にいる客人や官女、武装した従者の計数十人は普通の人間であるように見えた。少し変わっている所と言えば、獣の毛皮や蛇の鱗などを素材とした変わった衣服を着ているという点だった。
(ここは本当に村の長老達が言うような『尊き方、守り神の住う所』なのだろうか……。)
「君はキヨと言ったね?村長の文にあった。」
思案に耽っている所を突然話しかけられて我に返るキヨ。
「は、はい。ツクオカベカガミノミコ……。」
「カガミでいい。長い方のは勝手に呼ばれるだけで、こっちが本名だ。」
慌てて返事をしようとしているキヨの言葉をカガミが途中で遮る。尊い者をいきなりそのように略称で呼んで良いか慌てふためくキヨの様子を察したのか、カガミが少し優しい口調で言い聞かせる。
低くありながら濁った音の無い透き通った声だが、喋りに抑揚は無く、顔にかかった布のせいでやはり表情は分からない。
「何か食べて、飲んで、もう少し気を楽にするといい。
君はもう丁重に扱われる身だ。この場所に嫁ぎにやってきたのだから……。」
キヨは膳の上の盃の酒にぼんやりと縄のようなものが映るのを見たような気がした。
「ほら。」
カガミが自ら足を崩して楽に座って見せた。キヨは盃から目を離し、カガミに向き直って作り笑いを浮かべた。
カガミが外の庭の方に視線を向けている隙に、キヨは横目でカガミの顔を覗き見た。
(予想と違うのは兎も角、この方が高貴な方である事は間違いなさそう。豊穣をもたらしてくれると信じて、村のみんながずっと崇めてきた『守り神』……。
隠された顔に、感情を捨て去っているかのような起伏のない声……、それに時々近寄り難いと感じさせる威圧感を放っている。確かに私たち人間とは遠い存在だ……。)
優しい言葉やさり気ない気遣いは好印象に感じられても、彼の顔の布に描かれた八つの蛇の目模様がキヨに警戒心を解く事を拒ませるのだった。
「キヨ?」
ふと我に返るとカガミがこちらを向いて顔を近付けていた。あの不気味な顔が迫る。突然のことで声が上げられず、キヨは硬直して動けなくなった。
カガミは顔と顔が触れる限界までキヨに顔を寄せ、暫く無言で静止した。
まるで何かを感じ取っているかのようだった。
やがてゆっくりと首をかしげ、元の席へ向き直った。
カガミが恐ろしいまでに無感情なあの仕草をした時、あの布の下の顔はどんな表情を浮かべ何を考えていたのか。底知れぬ暗闇のような未知がキヨの不安を増幅させた。
その後、キヨは宴が終わるまで白無垢の袖の端をぎゅっと握りしめ、人知れず震え続けた。
森を抜けるとさらに濃く霧が立ち込める湖が姿を現わす。キヨ達は馬に乗ったまま大型の木の船に乗って中央の島まで移動した。15分後、ようやく目的地である高貴な男の住む館にたどり着いた。
寝殿造の館はその昔栄えていたという京の建築様式に似ていた。島全体を覆うほどの大きさはあったが、その反面あまり人気は感じられなかった。
キヨは村の『守り神』の住まう場所だと聞いて、光り輝く美しい宮や天女などもっと人知の及ばない物が沢山あるのだと想像していたが、人の住処とは特別かけ離れたものには感じられず少し拍子抜けしていた。
霧が晴れたその日の正午、高貴な男『ツクオカベカガミノミコト』の住む館の廊で宴が催された。廊からは桜や花桃、山吹、雪柳などの季節の花木が植えられた見事な庭が見渡せた。
彼に仕えているという貴族のような身なりの客人が祝辞を述べながら酒を飲み交わす。上座ではツクオカベカガミノミコトとキヨが並んで座っていた。
キヨにはこの場にいる客人や官女、武装した従者の計数十人は普通の人間であるように見えた。少し変わっている所と言えば、獣の毛皮や蛇の鱗などを素材とした変わった衣服を着ているという点だった。
(ここは本当に村の長老達が言うような『尊き方、守り神の住う所』なのだろうか……。)
「君はキヨと言ったね?村長の文にあった。」
思案に耽っている所を突然話しかけられて我に返るキヨ。
「は、はい。ツクオカベカガミノミコ……。」
「カガミでいい。長い方のは勝手に呼ばれるだけで、こっちが本名だ。」
慌てて返事をしようとしているキヨの言葉をカガミが途中で遮る。尊い者をいきなりそのように略称で呼んで良いか慌てふためくキヨの様子を察したのか、カガミが少し優しい口調で言い聞かせる。
低くありながら濁った音の無い透き通った声だが、喋りに抑揚は無く、顔にかかった布のせいでやはり表情は分からない。
「何か食べて、飲んで、もう少し気を楽にするといい。
君はもう丁重に扱われる身だ。この場所に嫁ぎにやってきたのだから……。」
キヨは膳の上の盃の酒にぼんやりと縄のようなものが映るのを見たような気がした。
「ほら。」
カガミが自ら足を崩して楽に座って見せた。キヨは盃から目を離し、カガミに向き直って作り笑いを浮かべた。
カガミが外の庭の方に視線を向けている隙に、キヨは横目でカガミの顔を覗き見た。
(予想と違うのは兎も角、この方が高貴な方である事は間違いなさそう。豊穣をもたらしてくれると信じて、村のみんながずっと崇めてきた『守り神』……。
隠された顔に、感情を捨て去っているかのような起伏のない声……、それに時々近寄り難いと感じさせる威圧感を放っている。確かに私たち人間とは遠い存在だ……。)
優しい言葉やさり気ない気遣いは好印象に感じられても、彼の顔の布に描かれた八つの蛇の目模様がキヨに警戒心を解く事を拒ませるのだった。
「キヨ?」
ふと我に返るとカガミがこちらを向いて顔を近付けていた。あの不気味な顔が迫る。突然のことで声が上げられず、キヨは硬直して動けなくなった。
カガミは顔と顔が触れる限界までキヨに顔を寄せ、暫く無言で静止した。
まるで何かを感じ取っているかのようだった。
やがてゆっくりと首をかしげ、元の席へ向き直った。
カガミが恐ろしいまでに無感情なあの仕草をした時、あの布の下の顔はどんな表情を浮かべ何を考えていたのか。底知れぬ暗闇のような未知がキヨの不安を増幅させた。
その後、キヨは宴が終わるまで白無垢の袖の端をぎゅっと握りしめ、人知れず震え続けた。
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