偽物聖女と渡鴉〜聖痕を奪われ追放された元聖女は渡鴉の冒険者と出会う〜

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第一章:元聖女と渡鴉旅団

プロローグ:聖女、追放される

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 ここに一人の少女がいる。名は〝シャルロット・セイクト・フローレンス〟────彼女はここ〝アトランシア王国〟の聖女であった。

 幼い頃に聖女に見定められた彼女は10歳にしてたった一人で〝神聖エルサレム皇国〟にて聖女教育を受け、教皇と法皇に〝聖女〟の認定を受けてアトランシア王国へと戻ってきた。

 そして現在に至るまで聖女としての勤めを行ってきたシャルロットであったが、そんな彼女は今、鏡の前で絶句していた。


「う……そ……」


 着替えをする度に見てきた聖女の証である聖痕────昨晩までは胸元にあったはずのその聖痕が今ではきれいさっぱり消えてしまっている事にシャルロットは酷く困惑していた。

 そんなシャルロットがいる部屋のドアが勢いよく開かれ、そこから甲冑を着た男性達が次々と雪崩込むようにして部屋に入ってくる。

 まだ着替え途中であったシャルロットだったが、聖痕が消えていることと男性達の突然の参上に悲鳴を上げることすら忘れ呆然としている。

 そんなシャルロットに男性の一人がこう言い始めた。


「シャルロット・セイクト・フローレンス。聖女を騙った罪で貴様を拘束する!」

「……はい?」


 唐突な宣告に反論する暇も与えられず部屋から連れ出されるシャルロット。

 辛うじて服は着させて貰えたので下着姿で連行される事は無かったが、それでもシャルロットは今、自身が目の当たりにしている状況に理解が追いついておらず、気づけば玉座の間に座らされていた。

 目の前にはこの国の第一王子である〝ガイウス・アドヴィス・フォン・アトランシア〟と、その隣にはシャルロットがよく知る少女が立っていた。


「殿下……リリア……」


 ガイウスの隣に立っていたのはシャルロットの双子の妹である〝リリアーナ・セイクト・フローレンス〟であった。

 玉座の間には他にもシャルロットの両親や大臣、騎士、王国の教会関係者、そしてこの城に仕えている者達が集まっており、一様にして皆、シャルロットに非難の目を向けていた。

 シャルロットはその視線の中、ガイウスに対して問いかける。


「で、殿下……これはいったいどういう事なのでしょうか?」

「黙れ偽物め!」

「え……」


 返ってきたのはそんな罵声。

 その事にシャルロットは言葉を失った。


「聞け皆の者!そこにいる女は聖女を騙り、真の聖女たるこのリリアーナに成り代わって聖女として振舞っていた!これは許されざる事だ!」


 ガイウスはそう言い放つと、今度は愕然としていたシャルロットを指さして更に言葉を発する。


「シャルロットが偽物の聖女だという証拠をお見せしよう。騎士達よ!」

「何を────」


 戸惑うシャルロットを他所に騎士達が彼女の許へと近寄り、その胸元に手をかけ服を開いた。

 するとそれを見た周囲からどよめきが起こる。


「見よ!本来ならば聖女にあるべき聖痕がシャルロットには無い!それもそのはず……聖痕を持っているのはこのリリアーナだからだ!リリアーナ……皆に聖痕を見せてご覧?」


 シャルロットはガイウスの言葉に〝ありえない〟とそう思った。

 しかし促されるままにリリアーナのその胸元を見せると、驚くことにそこにはしっかりと聖女の証である聖痕が刻まれていた。

 これにはシャルロットも絶句するしかない。


「おぉ!それこそ聖女の証────」
「やはり殿下の言うことは真実であったのか!」
「おのれ偽の聖女め……今までよくも私達を騙してくれたな!」

「違う……私は本当に────」


 〝聖女なんです〟……という言葉は発せられることなく、シャルロットは騎士達によって取り押さえられる。


「お父様!お母様!」

「最初から可笑しいと思っていたのだ……何故可愛いリリアーナではなく、お前が選ばれたのかをな」
「まさか実の妹に成り代わって聖女になっていただなんて……貴方は私達の娘なんかじゃないわ」

「そんな……」


 両親に助けを求めるも、返ってきたのは軽蔑の眼差し。

 ここに来てようやくシャルロットは、この場に自分の味方は誰一人としていないのだと悟った。


「怖かっただろう?そして悔しかっただろうリリアーナ?でももう心配は要らない……これからはこの僕が君を守るから」

「はい、殿下……ようやく姉の罪が明るみに出て私は嬉しく思います」


 目の前で抱き締め合うガイウスとリリアーナ。

 その際にシャルロットはリリアーナがこちらに顔を向けてほくそ笑むのを見た。

 〝やられた〟と思ったシャルロット。

 リリアーナは狙っていたのだろう、聖女の座を……そしてガイウスの婚約者という立場を────

 どのような手段で聖女になったかは分からないが、リリアーナを溺愛していた両親も彼女に手を貸したのだろう。

 シャルロットは俯きながら自分がこれから迎える結末に恐怖を感じていた。

 そして同時に聖女の力を奪われ、そして自身の存在すらも奪われることに悔しさを感じていた。


「それもこれも、マリアの手助けがあったからこそです」

「マリア……?」


 シャルロットはリリアーナの言葉に玉座の間の隅にいた一人のメイドに顔を向ける。

 するとそのメイドであるマリアはそっと顔を逸らした。

 マリアはシャルロットが聖女に認定された日からずっとそばにいてくれた存在であった。

 教皇から派遣された聖女の従者……シャルロットが最も信頼していた女性……そのマリアが裏切ったと知り、シャルロットはその表情を絶望の色に染める。


「シャルロット・セイクト・フローレンス────いや、もはや聖女では無い貴様に聖女を示す〝セイクト〟の名も、〝聖公爵家〟の名も、名乗る資格は無い!シャルロット……貴様をこの国から追放する!」


 ガイウスが最後にそう高らかに宣言すると、騎士達が彼女を引きずるように外へと連れ出して行った。

 その間もシャルロットは全てを奪われた失意で抵抗することも無く連れて行かれたという。

 そうして彼女は着の身着のまま馬車に乗せられ、荷物一つすら持たされずに森の中へと放り出された。

 彼女を乱暴に放り投げた騎士は〝あばよ偽の聖女様〟と侮蔑してその場から去っていった。

 残されたシャルロットは暫く横たわったままであったが、ゆっくりと身を起こすと何処へ向かうわけでもなくヨタヨタと歩き始めるのであった。

 王国ではシャルロットが偽の聖女であったことと、リリアーナが真の聖女であること……そしてリリアーナが新たなガイウスの婚約者となったことが報じられ、国民達は既に居ないシャルロットに憤りを感じつつも、ガイウスとリリアーナの婚約を祝うのであった。

 追放されたシャルロットこそが真の聖女で、リリアーナこそが姉から聖女の力を奪った偽りの聖女であること、そしてこの瞬間に精霊達や神霊達がその国を見放した事など知る由もなく。





 ◆





 シャルロットが追放された後、彼女に関する一報は瞬く間に世界へと拡散されることになる。

 各国にそれぞれ聖女が存在する世界であるが為にシャルロットの事件は新聞の一面に大きく掲載され、その新聞を読んだ各国首脳陣や聖女達は驚きを隠せないでいた。

 当然、その記事はシャルロットが修行時代に過ごしていた神聖エルサレム皇国にも伝わり、法皇である〝ルイ・フラウレム・エルサレム四世〟は新聞を握る手を震わせその記事に目を通していた。

 そして一通り読み終えた後、怯える四人の男性の前で勢いよくその新聞を叩きつけた。


「なんだこれは!いったいどういうつもりだ!」

「ヒッ────お、落ち着いてくだされ法皇陛下……」

「これが落ち着いてなんぞいられるかアダマス枢機卿!今代の聖女達の中で教皇猊下が最も可愛がっていたシャルロットがこのような仕打ちを受けたのだぞ!おのれアトランシアの小僧……出来ることならワシ自ら出向いてその首絞め上げてやりたいくらいだ!」


 憤るルイ四世。

 四人の枢機卿達は何とか怒りを納めねばと思いつつも、激しく憤るルイ四世を前にすっかり怯えてしまい、誰も動けずにいた。

 誰も止めなければルイ四世はこのままアトランシア王国へと乗り込むだろう……しかしそんな彼を女性の声が諌めた。


「落ち着きなさいルイ。そのように激しく怒りを見せては枢機卿達や他の信徒達が怯えてしまいますよ?」

「これは……教皇猊下」


 現れたのは一人の女性。

 彼女は名を〝クリスティア・セイクト・ノイシュヴァンシュタイン〟と言って、この国で教皇を務める女性であった。

 彼女もまた、かつては聖女としてこの世界に大きな貢献をしており、その功績もあって今では〝大聖女〟と呼ばれ教皇の座についていた。

 そしてクリスティアはシャルロットの聖女としての師匠であり、聖女達の中で最もシャルロットを自分の娘のように可愛がっていた人物でもある。

 ちなみにシャルロットは同世代の聖女達からはもちろん、先輩聖女や後輩聖女達からも人気であり、また誰よりもその身に宿す力が強かった為、次期大聖女もしくは教皇に近いとされていた。

 まぁ、その頃の彼女を見ていないあの両親や妹には知らない事実ではあるが……。

 そんなクリスティアに対しルイは僅かに怒りを抑えるも今し方叩きつけた新聞を手に取ってクリスティアに詰め寄った。


「お見苦しい姿を見せてしまったことはお詫び致しますが、しかしシャルロットがこのような仕打ちを受けたことは断じて許せるものではありますまい!」

「ルイ……それは私も同じく思います。しかし、だからこそ今は冷静になってシャルが何故このような事になってしまったのか……その原因を探るのが最優先すべきことではないのですか?」

「うっ……た、確かに……猊下の言う通りですな。いやはや……ワシも耄碌したものだ」

「歳を経るのは人として当然の摂理です。だからこそ、若い者達を導いて差し上げねばなりませんね?」

「はい……」


 力なく椅子に座り直すルイ四世。

 シャルロットは彼の手から新聞を手に取ると、記事を読みながら思案顔を浮かべ始める。


「しかし……いくら読み返しても不思議でなりません。何故シャルは聖女の証である聖痕を失ったのでしょうか?」

「それ以前に聖痕が消える事などあるのでしょうか?」


 枢機卿の一人……ルイ四世に〝アダマス〟と呼ばれた男性がシャルロットにそう問いかける。

 するとシャルロットは〝ありえぬことではありません〟と告げて、そうなる条件について話し始めた。


「聖女とは精霊や神々から認められた存在です。故にそれは決して覆る事はないでしょう。しかし唯一、その聖女の資格を剥奪される場合があります」

「それはいったい……」

「聖女が自ら悪事を働くことです」


 キッパリとそう断言するクリスティア。


「聖女とは、人々の為に施しを行いその聖なる力によって悪しきを退け平穏を齎す存在です。しかしその聖女が自ら悪事を働けば、それをお認めになった精霊や神々から見放され、その力を取り上げられてしまうのです」

「そうなると聖女シャルロットは何かしらの悪事を働いたという事ですか?」

「そんな事あるわけないでしょう!」
「そんな事あるわけなかろう!」


 アダマスの言葉にクリスティアとルイ四世の声が重なる。

 ルイ四世はおろかクリスティアまで声を荒らげた事に、アダマスを始めとした枢機卿達は揃って目を見開いた。

 彼らの反応にクリスティアは我に返りバツが悪そうに咳払いをする。


「失礼……少々お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました」

「い、いえ……今のはこちらの失言でした。しかし、お二人がそう断言する理由について、教えて頂けますか?」

「そうですね……貴方達はあまりシャルロットと言葉を交わした事はありませんでしたね」

「まぁ……この大聖堂で数回ほど見かけただけですから」

「シャルロットは……類稀なる清らかな心の持ち主なのです」

「清らかな心……ですか」


 クリスティアの言い回しにアダマスは少しだけ訝しげに感じていたが、しかし大聖女にして教皇であるクリスティアがそう言うのだからそうなのだろうと納得した。


「どのような理不尽を突きつけられようとも、シャルは決してそれを他人のせいになどしません。かつて修行時代にシャルが危うく馬車に轢かれそうになった事があるのですが……」

「それについては聞いた事が御座います。聖女見習いの一人が大怪我を負いそうになったと……まさかそれが聖女シャルロットの事であったとは」

「あの馬車は明らかにシャルの存在を知りつつ危険な運転をなさっておりました。しかしシャルは御者を責めることはせず、轢かれそうになった自分が悪いのだと、そう言っていました」

「まぁその御者については、今も牢獄生活を送っておるがな」


 クリスティアの話でシャルロットの優しさに感動していたアダマス達だったが、続くルイ四世の言葉に思わず身が竦んでしまう。

 厳しくも優しいルイ四世が手を回したのだろうと、直ぐに察して震え上がってしまったのである。


「それに聖女に認定された後のシャルの同行は耳に入っておりましたが、彼女が悪事を働いたことは一度として無かったそうです」

「それは誰の情報ですかな?」

「シャルのそばにいた精霊達です」

「なんと……」


 精霊は決して嘘をつかない。

 それに聞けばシャルロットは歴代の聖女達の中でも最も精霊や神々から愛された聖女だという……故にアダマス達はシャルロットがどれ程聖女に相応しい人物であるかをしっかりと理解した。

 だからこそそのシャルロットが聖痕を失ったという事が不思議でならない。


「ならば何故……聖女シャルロットは聖痕を失ってしまったのでしょうか?」

「それについては精霊達の話では悪しき力によって奪われたらしいのです。シャルの妹、リリアーナによって」

「なんですと?!」


 クリスティアの話にアダマス達は酷く狼狽した。

 聖女の力を奪うなどかなりの大罪である……そんな事をあろう事かシャルロットの妹であるリリアーナがしたと聞いてアダマス達は騒然としてしまった。


「可笑しくは無い話です……私は一度だけリリアーナを見たことがありますが、彼女はもちろん両親でさえもシャルの事を酷く扱っておりました。嫉妬でしょう……なにせシャルはアトランシア王国の第一王子と婚約をしておりましたし、聖女と第一王子の婚約者という立場を狙ったのでしょうね」

「そうなると如何致しますか?」

「決まっています。一刻も早くシャルを保護するのです。そしてこちらで匿い、聖痕を奪われた原因を探ることに致しましょう」

「かしこまりました。それと例のアトランシア教会については如何なさいます?」

「言わずとも分かりますでしょう?」


 シャルロットを守るどころか敵に回ったアトランシアの教会関係者。

 彼らに対する怒りを、アダマスはクリスティアの瞳からまじまじと感じ取り、心の中で〝あの者達は終わったな〟と、そう思うのであった。
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