偽物聖女と渡鴉〜聖痕を奪われ追放された元聖女は渡鴉の冒険者と出会う〜

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第一章:元聖女と渡鴉旅団

シャルロットへの提案

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『まず始めに、シャルロットは〝黙示録〟についてご存知ですわよね?』

「あ、はい……エルサレム大聖堂にいた頃に聞いたことがあります。確か〝審判の日〟と呼ばれる世界の終焉について記された書物だったと思います」

『その通りですわ。審判の日を記した黙示録────その中に〝四騎士〟と呼ばれる存在について記されているのですが、私が先程話していた〝戦争の子〟はそれに関するものですのよ』


 ユグドラシアが語る黙示録────そこに記されし四騎士と呼ばれる存在とシドに関係性があると聞かされ、四人は息を飲んでその話に耳を傾けた。

 しかし────


『まぁ、話しても良さそうとは言いましたが、本題がズレてしまいそうなのでこの話はまたの機会に致しますわ』


 ユグドラシアがそう言ったのでシャルロット達は思わずズッコケてしまいそうになった。


「期待させといてそりゃねぇだろ!」


 ロンが思わずそう抗議するもユグドラシアは笑みを浮かべるだけでそれ以上何も話す事は無かった。


「あの……どうしても今お聞かせ下さりませんか?」

『ごめんなさいねシャルロット。先程も申した通り、この状態の私にはあまり時間が無いんですの。彼の事について話すとなると、あまりに長く話し切ることが出来そうにありませんから』

「でも……」


 シャルロットは困った顔でシドを見る。

 しかし当のシドはそれに対し文句などは言わず、ユグドラシアの意志を尊重した。


「確かに気にならねぇと言えば嘘になるが……それでも今、俺の事についてはどうでもいい。そもそも彼女の本来の目的はシャルロットだしな」

『ごめんなさいね?でも、また会える日が来たなら、その時はちゃんとお話させて頂きますから』

「気にせんでもいい。今はそれよりもシャルロットとお喋りする事に時間を使った方が良いしな」

『お心遣い感謝致しますわ。本当に……貴方のような方とシャルロットが巡り会えて良かったですわ。でも残念ながらそろそろ時間が来てしまったようですの』


 そう話すユグドラシアの身体は徐々に透け始めていた。


「ユグドラシア様?!」

『安心しなさいなシャルロット。私は消えたりなどしません。ただ元いた場所へ帰るだけですわ。それに貴方の無事を早く愛しいレティに教えて差し上げなければね♪︎』


 その名はシャルロットにとって非常に懐かしいものであった。


「レティは元気にしておられますか?」

『もちろん……と、言いたいところですけれど、今は断言出来ませんわね』

「レティに何かあったのですか?」

『貴方が国を追放されたと知らされてから見る見るうちに元気が無くなってしまいましたの。今もきっと貴方のことを想っているはず……だから必ず、彼女に貴方の無事をお伝えしますわ』

「それでしたら、私から〝安心して。そして必ずまたお会いしましょう〟と伝えて下さい」


 シャルロットの願いにユグドラシアは笑顔を向けて頷いた。

 そしてユグドラシアはシャルロット達の前から完全に姿を消し、自身が宿る世界樹があるアトランシアへと帰って行ったのだった。

 それを見送ったシャルロットはレティ────レティシアの事を想いながら、そして彼女の安寧を祈るように手を組むのであった。





 ◇





 それから数時間後────シャルロットはシド達と共にガントの執務室へと足を運んでいた。

 理由はもちろん、シャルロットが冒険者になりたいという意志を伝える為である。

 シャルロットがシド達と共に自身の前に現れた事にガントは面食らっていたが、その後のシャルロットの話やシド達の話を聞いて少し考え込む。


「駄目かな?」


 シドが神妙な顔をしているガントにそう尋ねると、ガントはその重い口をゆっくりと開いた。


「まさか彼女が例の聖女だったとはな……」

「知ってたのか?」

「知ってるも何も、その事が書かれた記事が出回っていたからな」


 ガントはそう言うと徐ろに本棚へと向かい、そして一冊の本を手にして戻ってくる。

 そしてその中の数ページ捲ると、それを開いたままシャルロット達の前に差し出した。

 それは新聞の切り抜きが貼られたページであり、そこには大々的にシャルロットについての記事が掲載されていた。

 それを無言で読み進めるシャルロット達────そして全て読み終えた彼女達はそれぞれに反応を見せていた。


「そんな……」
「何よこれ!全くの嘘っぱちじゃないの?!」
「酷でぇ……なんたってこんな……シャルが悪いように書かれてんだ……」
「……」


 シャルロットは絶望の表情を浮かべ、エルナは記事の内容に激怒し、ロンは戸惑いを隠せない。

 そしてシドについては無言であったが、その額には青筋が浮かび上がっており、そして腕組みをしていたその手には力が入っていた。

 どうやらシドは怒りの余り目の前の本を破り捨てぬよう、必死に我慢しているようだ。


「ガントさん、あんた……まさかこの記事を信じてる訳じゃあねぇよな?」


 シドがようやく口を開いたかと思えば、その声はシャルロットはおろか、エルナとロン……そしてガントさえも今まで聞いた事のないような低いものであった。

 ガントは自身の頬に一筋の汗が伝うのを感じながら、首を横へと振ってシドの問いかけに対し否定の意志を示した。


「信じてはいない。この記事に書かれているような事を彼女がしていたなどと、信じるわけがないだろう」


 まるでシャルロットの事をよく知っているかのような口振りにシドは〝どういう事だ?〟と尋ねる。

 その時には多少なり怒りが治まったのか、いつもの声音に戻っていたことにシャルロットを含めた三人はホッと胸を撫で下ろしていた。


「まぁ、シャルロットは覚えていないようだが。俺は前に一度、彼女と顔を合わせた時があるんだ」

「えっ、そうだったのですか?!」


 ガントの言葉に驚くシャルロット。

 ガントはそれを肯定するように彼女に向けて大きく頷いた。


「シド、前に帝国と王国の国境沿いの森で〝魔物氾濫スタンピード〟が起きたのを覚えているか?」

「あ~……確かにあったなぁ、そんな事。あん時はギルド総出で対処したんだっけか?」


 シドの言葉に頷くガント。

 その二人の会話を聞き、シャルロットはそういえば前にその現場に立ち会っていたと、その時の記憶を思い出していた。


「その場にはシャルロットもいてな……俺が顔を合わせたのは連合本部があった天幕の中だった」


 ガントはその時の事を思い出すかのように四人に語り始める。


「あの時は王国側のギルドと揉めに揉めててな……」

「どうせガントさんの頑固っぷりが遺憾無く発揮されてたんだろ」

「ぐっ……否定は出来ないが、ともかく俺と相手側のギルドマスターとで口論をしていた時、シャルロットが天幕にやって来たんだ」

「はっきりと思い出しました……そういえば確かに、あの天幕にいらっしゃいましたね?」

「あぁ……シャルロットは口論をしていた俺達を見るなり怒ってしまってな。〝こんな大変な時に言い争っている場合ですか!〟ってな」

「うわぁ……その時の光景が容易に思い描けるわね」

「大の大人が、女の子に叱られるとか……」

「まぁ、俺もその場にいたならキレてたかもな。〝こっちが対処に追われている時に何くだらねぇことしてやがんだ!〟ってな」

「「分かるわぁ~」」

「お前らなぁ……」

「あ……あはは……」


 口々に批難を浴びせる三人に、口角をひくつかせるガント。

 その光景にシャルロットは苦笑を浮かべるしか無かった。


「まぁ、そういう訳でシャルロットがうちに入ってくれる事には俺としては大歓迎だ。というか、うちにいた方が良いだろうな」


 ガントが言わんとしている通り、世間に記事が出回っている今、シャルロットを一人にさせる訳にはいかない。

 それを抜きにしてもガントはシャルロットが非常に戦力になるだろうと踏んでいた。

 そんなガントは数秒シャルロットを見つめ、そしてその事に気付いた彼女に向けてこんな事を言い出した。


「シャルロット……お前さんさえ良ければ、俺の家に来ないか?」


 その直後であった。

 その言葉を聞くなりシャルロット以外の三人が素早く動き、エルナはシャルロットを抱き寄せ、シドとロンがその前に立ちそれぞれガントに剣と槍の切っ先を向ける。

 その事にガントは困惑しながら両手を挙げる。


「い、いきなりどうしたお前ら?!」

「どうしたもこうしたもあるか!」
「ガントさん……流石にそれは笑えねぇって……」
「ガントさんだけはマトモだって信じてたのに……この変態!!」

「お前ら何を言って……────っ!!」


 三人の言葉に怪訝な表情を浮かべていたガントだったが、直ぐにその意味を理解すると慌ててそれを否定した。


「違う!違うぞお前ら!」

「何が違ぇんだ?言ってみろ!」
「いくらガントさんでも許容出来ないぜ?」
「ガントさん……最後に言い残すことはある?」

「だから違うって言ってんだろ!俺はただ、養子にならないかって聞いたんだよ!」

「私を……養子にですか?」


 自身の先程の言葉の意味を説明したガントにシャルロットが反応する。

 そしてエルナはシャルロットから離れ、シドとロンはその切っ先を下げた。


「……ったく、そんなこったろうと思ったよ」
「ほんと、人騒がせだよな」
「まぁ私達、とっくに理解してたけどね~」

「お前ら……余程俺を怒らせたいらしいな?」

「ま、まぁまぁ……落ち着いて下さいガントさん。それとシドさん達もそこまでにして頂けるとありがたいのですが……」


 シャルロットの申し出にシド達は〝え~〟と不満そうな声を上げていたが、その表情は何処か楽しそうなものだったので、どうやらからかっていただけに過ぎないようであった。

 それを察したシャルロットは苦笑を浮かべ、そして先程のガントの言葉について尋ねる。


「ガントさん、大変嬉しいお誘いではありますが……どうしていきなりそのような事を?」

「シャルロットが冒険者になる事に反対は無い……が、そうなるとお前さんにはあの部屋を出てもらわなければならなくなる」

「え……」


 ガントの言葉が〝出ていけ〟と言っているように聞こえたシャルロットはショックを受けるが、直ぐにシドがフォローに回る。


「シャル、勘違いしているようだから説明しとくが、シャルが使っているあの部屋は本来は来賓用の部屋なんだよ。冒険者協会のお偉いさんや、他所のギルドのマスターとかがここに来た際、夜遅くなっても構わんようにな」

「言葉が足りず申し訳ない。まぁ、今回はお前さんが回復するまで特例として使わせてたってわけなんだが、冒険者となるなら個人で宿を取らんとならん。本来はチームに属し、そのチームハウスで過ごしてもらうんだが……」

「シャルはまだ個人の冒険者になるからな。当然、チームに属すまでは個人で宿で過ごしてもらう事になる」

「だがお前さんは身寄りも無けりゃあこの国の戸籍も無い……しかし、俺の養子となれば俺の所で住まわせてやれる」

「なるほど……」


 シドとガントの説明にどうにか納得がついたシャルロットだったが、それでも未だに〝ある部分〟について納得がついていなかった。


「でも、それとガントさんの養子になる事に何の関係があるのでしょうか?」


 その疑問に答えようとしたガント……だが、シドだけはその理由に心当たりがあるようで、何処か納得した表情でガントにこう言った。


「ガントさん……あんた、まだ〝あの事〟を引きずってたのか」

「あ、あぁ……まぁ当時ほどでは無いがな」

「あの事、とは?」


 シドが口にした言葉にロンとエルナがハッとしているのを見て、シャルロットは恐る恐るシドにその事について尋ねた。


「ガントさん……本当は娘さんがいたはずだったんだよ」

「はずだった?」

「亡くなったんだよ……ガントさんの奥さんの腹の中でな」


 その事にシャルロットは悲痛な表情となる。

 そして直ぐにガントに向けて頭を下げた。


「も、申し訳ありません!辛いことを思い出させてしまって……」

「気にするな。俺も前よりは割り切れているからな」

「恐れながら、その事についてお聞かせして頂いても宜しいですか?」

「別に構わん。あれは不幸な事故のようなものだったからな……」


 ガントはため息を零すと、あまり長く話そうとは思わなかったのか、たった一言だけこう告げた。


「妻はな……妊娠中に重い病を患ってしまったんだ」

「重い病……まさかそのせいで……」


 シャルロットの問いかけにガントは静かに頷く。


「医者の治療で妻は病を克服したものの、お腹の娘は助けられなくてな……お腹の子が娘だと分かった時の妻はそれはそれは喜んでいて、まだ生まれてもいないのに一緒に買い物に行ったり、料理をしたりなどと想像しては楽しそうにしていたよ」

「娘さんが亡くなった時のガントさんは見てられなかったな。今でこそこんな体躯をしちゃあいるが、当時は目も当てられない程痩せ細ってたんだぜ?」

「心労と寝不足、あと食事も喉を通らなかったらしくて、それによる栄養失調でね」

「執務室で倒れたと聞いた時にはギルドにいた奴ら全員が焦ったよな。奥さんも心を病んじまって、暫くは寝たっきりだったしな」

「まぁ幸いにも息子はいたからな……あいつがずっと励ましてくれたお陰で、俺も妻もこうして立ち直ることが出来た。仕事の方も秘書や息子が代わりにやってくれたから滞る事も無かったしな」


 子を失い絶望の縁にいたと話すガント達に、シャルロットは心の中でその娘の冥福と、そして両親を支えた息子への感謝の言葉を贈る。


「しかし妻は未だ娘の事を思うと表情を曇らせてしまってな……何とかしてやりたいと思っていた矢先にお前さんが来たってわけだ」

「なるほど……つまり奥さんのかつての夢を叶えてやりたいってことか」


 シドが代表するようにそう尋ねると、ガントはそれに頷きつつもシャルロットには〝無理にとは言わない〟と告げた。

 シャルロットはここまでの話を聞いて、王国にいた頃の生活を思い返していた。

 〝聖女〟として求められる事はあっても、〝シャルロット〟という一人の人間を求められる事が無かった人生。

 シャルロットはシド達に顔を向け、そしてガントに向き直っては、その目を真っ直ぐと見据えてこう言った。


「その話、お受けしたいと思います」


 その言葉に驚く者はいなかった。

 まるでシャルロットがそう言うだろうと理解していたかのように、その全員が優しげに笑みを浮かべるのであった。
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