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第一章:元聖女と渡鴉旅団
シドの能力
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「シドさん!!!!」
燃え盛る火球に飲み込まれたシドを見て悲鳴を上げるシャルロット。
いったいどうやってあの拘束を抜けてきたのか……ミゲルは自身が放った魔法がシドに直撃したのを見て狂ったように笑い声を上げていた。
「あははははははは!!!!僕はもう終わりだ!だが、テメェも道連れにしてやるよ!僕の炎に焼かれながらこの僕を陥れたことを後悔するんだな!あはは……アーッハッハッハッハッ!!!!」
一瞬の出来事に理解が追いついていなかった通行人達も次々に悲鳴をあげ、その場は混乱に陥った。
シャルロットもその一人で彼女は目の前で燃え盛る炎を見てエルナにしがみつく。
「エルナさん!ロンさん!シドさんが……シドさんが!」
そう訴えかけるが不思議な事にエルナもロンも……そしてあろう事かヴィルヘルム達でさえも動揺をしている様子は無く、それどころか呆れた様子でミゲルの事を見ていた。
「あ~あ~……あいつ終わったな」
「あそこまで行くと一周まわって賞賛したくなるわね」
「お二人共!何でそんなことを言っているんですか?!」
シドが燃えているというのに平然としている二人にシャルロットは怒りさえ覚えた。
しかしその肩に手が置かれ、見ればヴィルヘルムやヴィクトリアが彼女を宥めるような表情で見ていた。
「心配は要らないよシャルロット。彼はあんな奴に負けるような人間ではないからね」
「シャロは知らないのでしょうけれど、シドは影で〝魔導師の天敵〟と呼ばれている存在なのですわ」
「それってどういう……」
「見てれば分かるわよ」
エルナが指さす先────未だ轟々と燃え盛る炎の中で、一つの影がゆらりと動いていた。
「おいテメェら、いったい何を余所見してやがる!シドを殺った今、次はテメェらの番だって事が分からないのか!」
「負け犬ほどよく吠えますわね……いい加減、耳障りですので黙って下さるかしら?」
「なにぃ?」
「それと……私達よりもシドに意識を集中させた方が宜しいのではなくて?まさか勝っただなんて勘違いをなさっているわけでは御座いませんわよね?」
「勘違いも何も……今こうしてシドを殺っただろうが!テメェの目は節穴か?それともあまりの悲惨な現実に頭がどうにかなっちまったのかな?よく見てみろよ……灰になってゆくシドのすが────」
そう話しながらミゲルがシドへと顔を向けた時、そこに写る光景に彼は言葉を途中で失ってしまった。
先程までシドを焼き殺さんと燃え続けていた炎────その炎はミゲルの視線の先で次第に弱まっていき、そして遂には跡形もなく消え去っていた。
しかしミゲルが驚いたのはそこでは無い。
あれ程の炎に包まれていたのにも関わらず、身体どころか服すらも焼けていないシドの姿がそこにはあった。
ミゲルはその光景に腰を抜かしそうになる。
しかしそれをすんでで耐えると、酷く狼狽した声でシドに怒鳴り始めた。
「テメェなんで生きていやがる?!それよりも僕の炎はどうした?!僕が放った魔法は会得している中で最も高火力を誇る魔法だったんだぞ!」
息付く間もなく口早にそう捲したてるミゲル。
しかし当のシドは煩わしそうに耳をほじっていた。
「キャンキャンキャンキャン吠えるなよ?うるせぇだろうが。まぁ、テメェの前では使う事が無かったから疑問に思うのは仕方がねぇか」
「いったい何をした!まさか防御魔法の類を使ったわけじゃ無いよな?僕の記憶ではテメェは魔力を持たない無能だったろうが!!」
「はぁ~~~……魔法が使えない程度で無能呼ばわりとか、テメェの世界は本当に狭いんだな。そういうのをなんて言うか知ってるか?〝井の中の蛙〟って言うんだよ」
「かわ……何を言っているんだ?!」
「要するにテメェは井戸の中でテメェが一番だと勘違いしている愚物って事だよ」
「くっ……!」
これでもかと馬鹿にされたミゲルは歯軋りしながらシドを睨みつける。
そんなミゲルの前で、シドは首の節を鳴らしながら彼の魔法が消えた理由を話し始めた。
「確かに俺は生まれながら魔力を持たない体質だ……けどな、その代わり異質な能力を持ってんだよ」
「能力……だと?」
「あぁ、俺は他人の魔法を吸収して自分の魔力に変換するっていう稀有な能力を持ってんだ。俺はこれを〝魔法喰らい〟と呼んでいる」
「マギア……イーター……」
シドの話はミゲルにとってはとても信じることが出来ない話であった。
しかし現にミゲルの魔法は跡形もなく消えている。
その消え方は思い返せば〝消滅した〟と言うよりもシドの身体に〝吸収された〟ような消え方であった。
「まぁ難点があるとするならば、これは相手が放った魔法限定でな……つまり相手から直接魔力を吸収する事は出来ねぇんだわ。でもまぁ、テメェのような魔導師にとっては脅威である事には変わりねぇんだろうけどよ」
「そ、そんな能力など……聞いた事が……」
「だから稀有だって言ってんだよ。ともかく、俺に対して魔法は無意味だって理解しとけよ。まぁそのせいで回復魔法も治癒魔法も効かねぇもんだから致命傷を受けないように気を付けねぇとならねぇんだがな。それともう一つ……」
「まだ、あるのか……」
「こいつには欠点とも言えるものがあってな。確かに自分の魔力に変換する事は出来るんだが、何故か放出系の魔法が使えねぇんだよ。テメェが放った魔法の類はな」
自身の能力の欠点を話すシドにミゲルは少しだけ勝機を見出していた。
もしシドが放出系の魔法を使えたとするならミゲルに勝ち目は無かっただろう……しかし当のシドはそれが使えない。
〝ならばまだ勝ち目はある〟────そう思ったミゲルはシドの話を聞きながら彼に勝つための作戦を練り始める。
しかしそんなミゲルではあったが、次にシドが発した言葉にその思考が止まることとなる。
「だが、身体強化系の魔法は使えるんでな……近接戦闘で勝とうなんて、そんな勘違いは今のうちに捨てとけ。それとこの力にはもう一つ変わった点があってな……それは〝吸収した相手の魔法の効果を有した武器として形成する事が出来る〟というものだ」
「………………………………は?」
シドが何を言ったのか理解出来ず思考が停止するミゲル。
そんな彼の前でシドが徐ろに手を前方へと翳すと、その手にミゲルの魔法から得た魔力が集まり始めた。
その魔力は徐々に形を成していき、ものの数秒で彼の手に一振りの剣が作り出されていた。
「なっ────!?」
「テメェが放った魔法は確か〝陽炎〟だったよな?テメェがよく自慢げに話していたのを覚えてんだよ。だからこの剣を名付けるならば〝灼炎剣プロミネンス〟と言ったところか」
シドはそう言ってミゲルの前で軽々とその剣を振り回す。
まるで身体の一部かのように剣を扱うシドを前に、ミゲルはようやく自分が誰を敵に回したのかを本当の意味で理解した。
しかし時既に遅しと言ったもので、ここからどう転んでもミゲルがシドに勝つ事など万が一にも有り得ないものとなっていた。
「来るならさっさと来いよ。その代わり死に物狂いでかかって来いよ?じゃなきゃ……あっという間に終わるぞ」
「うっ……ぐっ……」
ミゲルはそれまで停止していた思考をフル回転させ、この状況を打破する術を模索し続けた。
しかし考えれば考える程シドと自身の力の差が歴然となり、ミゲルの毛穴から脂汗が吹き出し始める。
もはやミゲルに戦意はなかった────しかし負けを認め拘束されれば自分は二度と太陽の下に出られなくなってしまう。
素直に負けを認め、犯した罪を償えたのならばミゲルはまだ情状酌量の余地はあっただろう……しかし憲兵の拘束から逃れ、シドに攻撃した時点でその余地は既に失われていた。
彼の心の中にある愚かな自尊心が彼自身の身を滅ぼすこととなったのである。
しかしここに来てもまだミゲルの自尊心は砕かれておらず、彼はこの状況でもなおこの場から逃げる術を模索していたのである。
(大丈夫だ……まだ手はあるはずだ……馬鹿正直にシドに挑まなくても、そういう振りをして逃げれば良いんだ……そうだ、まだ終わりじゃない……この場から逃げ延びさえすれば、僕はまだ返り咲けるんだ!
────とでも思ってるんだろうな?テメェは」
「え……」
それはミゲルの心の声であったはずだった。
しかしその言葉の一言一句違わずに、シドはミゲルそう尋ねながらその視線を真っ直ぐ向けている。
「お、おま……心が読めるのか?!」
「読めやしねぇよ。けど、テメェの考えてる事なんざ手に取るように分かるんだわ。逃げおおせれば返り咲けるだって?本気で逃げられるとでも思っているのか?」
「う……」
言葉に詰まるミゲル。
そんな彼に一歩……また一歩と距離を詰めるシド。
恐怖を感じたミゲルは素早く腰に提げた袋に手を伸ばすと、そこから小さな球体を取り出しそれを地面へと叩きつけた。
叩きつけられた球体は直後に勢いよく煙を噴き出し、瞬く間に周囲を覆い包み始める。
「煙幕?!」
「あいつ……こんなものまで持っていたの?!」
騒ぐロンとエルナを他所にミゲルは直ぐに移した。
勢いよく地面を蹴ると混乱する周囲を押し退け、その場からの逃走を図ったのである。
(逃げなければ逃げなければ逃げなければ……逃げて逃げて逃げて、逃げ延びていつか必ず奴に復讐を────)
しかしミゲルの身体はある程度進んだところで何かに引っ張られ、それ以上先に進めなくなる。
(な、なんだ?!まさか……どこかに引っかかって────)
そう思い振り返るミゲルは途端にその表情が真っ青になった。
何故ならば背後にはシドが腕を伸ばし、ミゲルの襟首を掴んでいたからである。
「ヒッ……ひィィ……!」
「逃げられると思っているのかって言ったろうがよ。せめて最期くらい堂々と立ち向かってくればいいものを……本当にテメェは救えねぇ奴だな」
「黙れ……黙れぇぇぇぇ!!!!」
シドに掴まれた上着を脱ぎ払い、怒号と共に殴りかかろうとしたミゲルだったが、その時にはシドの拳が彼の眼前にまで迫っていた。
「あっ……」
ミゲルの口から発せられた情けない声と同時にその顔に叩き込まれるシドの拳。
殴り飛ばされたミゲルはそのまま二転三転すると、意識を失ったのかそれから動く事は無かった。
その頃には煙が晴れ、ミゲルを取り逃した憲兵達が彼を拘束し始める。
数人の憲兵に抱えられ運ばれてゆくミゲルを一瞥してから、シドはシャルロット達の許へと戻るのであった。
燃え盛る火球に飲み込まれたシドを見て悲鳴を上げるシャルロット。
いったいどうやってあの拘束を抜けてきたのか……ミゲルは自身が放った魔法がシドに直撃したのを見て狂ったように笑い声を上げていた。
「あははははははは!!!!僕はもう終わりだ!だが、テメェも道連れにしてやるよ!僕の炎に焼かれながらこの僕を陥れたことを後悔するんだな!あはは……アーッハッハッハッハッ!!!!」
一瞬の出来事に理解が追いついていなかった通行人達も次々に悲鳴をあげ、その場は混乱に陥った。
シャルロットもその一人で彼女は目の前で燃え盛る炎を見てエルナにしがみつく。
「エルナさん!ロンさん!シドさんが……シドさんが!」
そう訴えかけるが不思議な事にエルナもロンも……そしてあろう事かヴィルヘルム達でさえも動揺をしている様子は無く、それどころか呆れた様子でミゲルの事を見ていた。
「あ~あ~……あいつ終わったな」
「あそこまで行くと一周まわって賞賛したくなるわね」
「お二人共!何でそんなことを言っているんですか?!」
シドが燃えているというのに平然としている二人にシャルロットは怒りさえ覚えた。
しかしその肩に手が置かれ、見ればヴィルヘルムやヴィクトリアが彼女を宥めるような表情で見ていた。
「心配は要らないよシャルロット。彼はあんな奴に負けるような人間ではないからね」
「シャロは知らないのでしょうけれど、シドは影で〝魔導師の天敵〟と呼ばれている存在なのですわ」
「それってどういう……」
「見てれば分かるわよ」
エルナが指さす先────未だ轟々と燃え盛る炎の中で、一つの影がゆらりと動いていた。
「おいテメェら、いったい何を余所見してやがる!シドを殺った今、次はテメェらの番だって事が分からないのか!」
「負け犬ほどよく吠えますわね……いい加減、耳障りですので黙って下さるかしら?」
「なにぃ?」
「それと……私達よりもシドに意識を集中させた方が宜しいのではなくて?まさか勝っただなんて勘違いをなさっているわけでは御座いませんわよね?」
「勘違いも何も……今こうしてシドを殺っただろうが!テメェの目は節穴か?それともあまりの悲惨な現実に頭がどうにかなっちまったのかな?よく見てみろよ……灰になってゆくシドのすが────」
そう話しながらミゲルがシドへと顔を向けた時、そこに写る光景に彼は言葉を途中で失ってしまった。
先程までシドを焼き殺さんと燃え続けていた炎────その炎はミゲルの視線の先で次第に弱まっていき、そして遂には跡形もなく消え去っていた。
しかしミゲルが驚いたのはそこでは無い。
あれ程の炎に包まれていたのにも関わらず、身体どころか服すらも焼けていないシドの姿がそこにはあった。
ミゲルはその光景に腰を抜かしそうになる。
しかしそれをすんでで耐えると、酷く狼狽した声でシドに怒鳴り始めた。
「テメェなんで生きていやがる?!それよりも僕の炎はどうした?!僕が放った魔法は会得している中で最も高火力を誇る魔法だったんだぞ!」
息付く間もなく口早にそう捲したてるミゲル。
しかし当のシドは煩わしそうに耳をほじっていた。
「キャンキャンキャンキャン吠えるなよ?うるせぇだろうが。まぁ、テメェの前では使う事が無かったから疑問に思うのは仕方がねぇか」
「いったい何をした!まさか防御魔法の類を使ったわけじゃ無いよな?僕の記憶ではテメェは魔力を持たない無能だったろうが!!」
「はぁ~~~……魔法が使えない程度で無能呼ばわりとか、テメェの世界は本当に狭いんだな。そういうのをなんて言うか知ってるか?〝井の中の蛙〟って言うんだよ」
「かわ……何を言っているんだ?!」
「要するにテメェは井戸の中でテメェが一番だと勘違いしている愚物って事だよ」
「くっ……!」
これでもかと馬鹿にされたミゲルは歯軋りしながらシドを睨みつける。
そんなミゲルの前で、シドは首の節を鳴らしながら彼の魔法が消えた理由を話し始めた。
「確かに俺は生まれながら魔力を持たない体質だ……けどな、その代わり異質な能力を持ってんだよ」
「能力……だと?」
「あぁ、俺は他人の魔法を吸収して自分の魔力に変換するっていう稀有な能力を持ってんだ。俺はこれを〝魔法喰らい〟と呼んでいる」
「マギア……イーター……」
シドの話はミゲルにとってはとても信じることが出来ない話であった。
しかし現にミゲルの魔法は跡形もなく消えている。
その消え方は思い返せば〝消滅した〟と言うよりもシドの身体に〝吸収された〟ような消え方であった。
「まぁ難点があるとするならば、これは相手が放った魔法限定でな……つまり相手から直接魔力を吸収する事は出来ねぇんだわ。でもまぁ、テメェのような魔導師にとっては脅威である事には変わりねぇんだろうけどよ」
「そ、そんな能力など……聞いた事が……」
「だから稀有だって言ってんだよ。ともかく、俺に対して魔法は無意味だって理解しとけよ。まぁそのせいで回復魔法も治癒魔法も効かねぇもんだから致命傷を受けないように気を付けねぇとならねぇんだがな。それともう一つ……」
「まだ、あるのか……」
「こいつには欠点とも言えるものがあってな。確かに自分の魔力に変換する事は出来るんだが、何故か放出系の魔法が使えねぇんだよ。テメェが放った魔法の類はな」
自身の能力の欠点を話すシドにミゲルは少しだけ勝機を見出していた。
もしシドが放出系の魔法を使えたとするならミゲルに勝ち目は無かっただろう……しかし当のシドはそれが使えない。
〝ならばまだ勝ち目はある〟────そう思ったミゲルはシドの話を聞きながら彼に勝つための作戦を練り始める。
しかしそんなミゲルではあったが、次にシドが発した言葉にその思考が止まることとなる。
「だが、身体強化系の魔法は使えるんでな……近接戦闘で勝とうなんて、そんな勘違いは今のうちに捨てとけ。それとこの力にはもう一つ変わった点があってな……それは〝吸収した相手の魔法の効果を有した武器として形成する事が出来る〟というものだ」
「………………………………は?」
シドが何を言ったのか理解出来ず思考が停止するミゲル。
そんな彼の前でシドが徐ろに手を前方へと翳すと、その手にミゲルの魔法から得た魔力が集まり始めた。
その魔力は徐々に形を成していき、ものの数秒で彼の手に一振りの剣が作り出されていた。
「なっ────!?」
「テメェが放った魔法は確か〝陽炎〟だったよな?テメェがよく自慢げに話していたのを覚えてんだよ。だからこの剣を名付けるならば〝灼炎剣プロミネンス〟と言ったところか」
シドはそう言ってミゲルの前で軽々とその剣を振り回す。
まるで身体の一部かのように剣を扱うシドを前に、ミゲルはようやく自分が誰を敵に回したのかを本当の意味で理解した。
しかし時既に遅しと言ったもので、ここからどう転んでもミゲルがシドに勝つ事など万が一にも有り得ないものとなっていた。
「来るならさっさと来いよ。その代わり死に物狂いでかかって来いよ?じゃなきゃ……あっという間に終わるぞ」
「うっ……ぐっ……」
ミゲルはそれまで停止していた思考をフル回転させ、この状況を打破する術を模索し続けた。
しかし考えれば考える程シドと自身の力の差が歴然となり、ミゲルの毛穴から脂汗が吹き出し始める。
もはやミゲルに戦意はなかった────しかし負けを認め拘束されれば自分は二度と太陽の下に出られなくなってしまう。
素直に負けを認め、犯した罪を償えたのならばミゲルはまだ情状酌量の余地はあっただろう……しかし憲兵の拘束から逃れ、シドに攻撃した時点でその余地は既に失われていた。
彼の心の中にある愚かな自尊心が彼自身の身を滅ぼすこととなったのである。
しかしここに来てもまだミゲルの自尊心は砕かれておらず、彼はこの状況でもなおこの場から逃げる術を模索していたのである。
(大丈夫だ……まだ手はあるはずだ……馬鹿正直にシドに挑まなくても、そういう振りをして逃げれば良いんだ……そうだ、まだ終わりじゃない……この場から逃げ延びさえすれば、僕はまだ返り咲けるんだ!
────とでも思ってるんだろうな?テメェは」
「え……」
それはミゲルの心の声であったはずだった。
しかしその言葉の一言一句違わずに、シドはミゲルそう尋ねながらその視線を真っ直ぐ向けている。
「お、おま……心が読めるのか?!」
「読めやしねぇよ。けど、テメェの考えてる事なんざ手に取るように分かるんだわ。逃げおおせれば返り咲けるだって?本気で逃げられるとでも思っているのか?」
「う……」
言葉に詰まるミゲル。
そんな彼に一歩……また一歩と距離を詰めるシド。
恐怖を感じたミゲルは素早く腰に提げた袋に手を伸ばすと、そこから小さな球体を取り出しそれを地面へと叩きつけた。
叩きつけられた球体は直後に勢いよく煙を噴き出し、瞬く間に周囲を覆い包み始める。
「煙幕?!」
「あいつ……こんなものまで持っていたの?!」
騒ぐロンとエルナを他所にミゲルは直ぐに移した。
勢いよく地面を蹴ると混乱する周囲を押し退け、その場からの逃走を図ったのである。
(逃げなければ逃げなければ逃げなければ……逃げて逃げて逃げて、逃げ延びていつか必ず奴に復讐を────)
しかしミゲルの身体はある程度進んだところで何かに引っ張られ、それ以上先に進めなくなる。
(な、なんだ?!まさか……どこかに引っかかって────)
そう思い振り返るミゲルは途端にその表情が真っ青になった。
何故ならば背後にはシドが腕を伸ばし、ミゲルの襟首を掴んでいたからである。
「ヒッ……ひィィ……!」
「逃げられると思っているのかって言ったろうがよ。せめて最期くらい堂々と立ち向かってくればいいものを……本当にテメェは救えねぇ奴だな」
「黙れ……黙れぇぇぇぇ!!!!」
シドに掴まれた上着を脱ぎ払い、怒号と共に殴りかかろうとしたミゲルだったが、その時にはシドの拳が彼の眼前にまで迫っていた。
「あっ……」
ミゲルの口から発せられた情けない声と同時にその顔に叩き込まれるシドの拳。
殴り飛ばされたミゲルはそのまま二転三転すると、意識を失ったのかそれから動く事は無かった。
その頃には煙が晴れ、ミゲルを取り逃した憲兵達が彼を拘束し始める。
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