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見知らぬ弁護士がやってきた。
「余り時間がありませんから、手短に。黙秘しますか、情状でいきますか」
「ちょっと待ってくれ。会社の弁護士はどうしたんだ」
若い弁護士は、一瞬怪訝な顔をしたあと、穏やかに口を開いた。
「山野さんは, 会社の弁護士さんを呼ぶよう警察に依頼したのですね。私には直接警察から連絡が入ったので、事情はわかりません。御希望ならば、私の方で引継ぎをしますが、有料になります。どうしましょうか」
どうせ会社に払ってもらうつもりで、山野は依頼した。
「あと、何か気になることはありますか。次にいつ会えるかわかりませんから、伝言でもあればどうぞ」
「それより、どうして私が逮捕されたのか、わからないんだ。しかも猿轡までされたんだぞ。これは不当逮捕だ。すぐ出して欲しい」
「逮捕事実を否認されて、保釈を希望されるのですね。わかりました、引継ぎします」
弁護士はメモをとり、腕時計をちらりと見て、付け加えた。
「あの、傷害の現行犯で否認ということになりますと, 保釈も不起訴もないと考えてください。裁判では情状酌量をお勧めします」
「だって、やってないんだ」
「その話は, 正式に依頼される弁護士さんとなさってください」
弁護士が去ると, すぐに取調室へ移された。示された小さな椅子に腰掛けると、入口にいた体の大きな刑事が、山野の前に腰を据えた。
「死んだぞ。傷害致死だ。それとも殺人か」
部長の秘書のことだろう。あれだけ大きく切れて血が噴き出していたのだ。心の内で冥福を祈り, 山野は黙って刑事の言葉を待った。
「どうしてヤッたんだ」
えっ、と山野は息を呑んだ。やはり自分が秘書を傷つけたことになっている。それはおかしい。
「いえ。私は、あの時彼女の後ろに居ただけで、身体にも触っていないし、武器になるような物も持っていませんでした」
「何を訳のわからないことを」
吐き捨てるように呟き、刑事は山野の後ろに立つもう一人に目で合図した。
目の前に写真が並べられた。
「これでも、お前があの女性を傷つけていない、と言い張るのか」
白黒で同じような画像が並ぶ。連続撮影されたようだ。
訳のわからないことを言っているのはお前だ、と言いたいのを堪え、山野は写真を端から見た。
部長の秘書がうつ伏せになっている。服は脱がされている。綺麗な背中に、傷が生々しい。写真の上方から手袋を嵌めた手が傷を指差す。
次の写真は、手袋を嵌めた手が、秘書の傷口を器具で広げたところである。内部に、骨だろうか、白い物が見える。
次は、広げられた傷口に、手袋を嵌めた手が、長いピンセットと細い先の曲がった棒で、傷口の中の白い物を挟んでいるところであった。
山野は次々と写真を見ていった。ピンセットが挟んだ物を引き上げる。全部引き出された白い物は黒く汚れ、細くかなり長いものであった。
白い物の角度を変えた写真があった。
更に、その拡大写真。
『最近ちょっと太ったんじゃないの』
「何だこれは」
山野は思わず声を出した。体の大きな刑事がすかさず反応する。
「さっき採取したお前の声紋と照合した。この写真の言葉と一致したぞ」
「失礼します」
また違う刑事が室内に入ってきた。手に書類を持ち、体の大きな刑事と部屋の隅で手短に話した後、書類を渡して去った。
刑事はその書類を手に、山野の前へ戻った。秘書の写真を片付け、並べた書類は, またも写真だった。
「社内の地位を嵩に揉み消しているうちに、感覚が狂ったな。調子に乗り過ぎた」
山野は目の前に並べられた写真に、気分が悪くなった。
今度はカラー写真だった。1枚目は、今朝の受付嬢で、豊満な乳房の上部から取り出されたらしい血まみれの白い物。血の色が鮮やかだ。
『ホルスタインちゃん』
次は、お局の腹部から取り出された血と黄色い汁まみれの白い物。少しねじれている。
『若い子に入れてもらったお茶はおいしい』
若い子、だけ字が大きかった。
最後の2枚は、煙草を買いに行ってもらった女子社員で、やはり血まみれだったが小さかったせいか、白い物だけ拡大した写真が添えてあった。
『君も女らしくできるんだ』
山野は写真を見て、自分が彼女たちに言った場面を思い出した。
大した意味もない。挨拶代わりである。褒め言葉ばかりで, 悪口などではない。
それらが何故、相手の体から血まみれの塊で出てくるのか。
「どうだ、これでも容疑を認めないつもりか」
訳がわからない。
山野は女達の写真を前に、しきりと首を傾げるのであった。
「余り時間がありませんから、手短に。黙秘しますか、情状でいきますか」
「ちょっと待ってくれ。会社の弁護士はどうしたんだ」
若い弁護士は、一瞬怪訝な顔をしたあと、穏やかに口を開いた。
「山野さんは, 会社の弁護士さんを呼ぶよう警察に依頼したのですね。私には直接警察から連絡が入ったので、事情はわかりません。御希望ならば、私の方で引継ぎをしますが、有料になります。どうしましょうか」
どうせ会社に払ってもらうつもりで、山野は依頼した。
「あと、何か気になることはありますか。次にいつ会えるかわかりませんから、伝言でもあればどうぞ」
「それより、どうして私が逮捕されたのか、わからないんだ。しかも猿轡までされたんだぞ。これは不当逮捕だ。すぐ出して欲しい」
「逮捕事実を否認されて、保釈を希望されるのですね。わかりました、引継ぎします」
弁護士はメモをとり、腕時計をちらりと見て、付け加えた。
「あの、傷害の現行犯で否認ということになりますと, 保釈も不起訴もないと考えてください。裁判では情状酌量をお勧めします」
「だって、やってないんだ」
「その話は, 正式に依頼される弁護士さんとなさってください」
弁護士が去ると, すぐに取調室へ移された。示された小さな椅子に腰掛けると、入口にいた体の大きな刑事が、山野の前に腰を据えた。
「死んだぞ。傷害致死だ。それとも殺人か」
部長の秘書のことだろう。あれだけ大きく切れて血が噴き出していたのだ。心の内で冥福を祈り, 山野は黙って刑事の言葉を待った。
「どうしてヤッたんだ」
えっ、と山野は息を呑んだ。やはり自分が秘書を傷つけたことになっている。それはおかしい。
「いえ。私は、あの時彼女の後ろに居ただけで、身体にも触っていないし、武器になるような物も持っていませんでした」
「何を訳のわからないことを」
吐き捨てるように呟き、刑事は山野の後ろに立つもう一人に目で合図した。
目の前に写真が並べられた。
「これでも、お前があの女性を傷つけていない、と言い張るのか」
白黒で同じような画像が並ぶ。連続撮影されたようだ。
訳のわからないことを言っているのはお前だ、と言いたいのを堪え、山野は写真を端から見た。
部長の秘書がうつ伏せになっている。服は脱がされている。綺麗な背中に、傷が生々しい。写真の上方から手袋を嵌めた手が傷を指差す。
次の写真は、手袋を嵌めた手が、秘書の傷口を器具で広げたところである。内部に、骨だろうか、白い物が見える。
次は、広げられた傷口に、手袋を嵌めた手が、長いピンセットと細い先の曲がった棒で、傷口の中の白い物を挟んでいるところであった。
山野は次々と写真を見ていった。ピンセットが挟んだ物を引き上げる。全部引き出された白い物は黒く汚れ、細くかなり長いものであった。
白い物の角度を変えた写真があった。
更に、その拡大写真。
『最近ちょっと太ったんじゃないの』
「何だこれは」
山野は思わず声を出した。体の大きな刑事がすかさず反応する。
「さっき採取したお前の声紋と照合した。この写真の言葉と一致したぞ」
「失礼します」
また違う刑事が室内に入ってきた。手に書類を持ち、体の大きな刑事と部屋の隅で手短に話した後、書類を渡して去った。
刑事はその書類を手に、山野の前へ戻った。秘書の写真を片付け、並べた書類は, またも写真だった。
「社内の地位を嵩に揉み消しているうちに、感覚が狂ったな。調子に乗り過ぎた」
山野は目の前に並べられた写真に、気分が悪くなった。
今度はカラー写真だった。1枚目は、今朝の受付嬢で、豊満な乳房の上部から取り出されたらしい血まみれの白い物。血の色が鮮やかだ。
『ホルスタインちゃん』
次は、お局の腹部から取り出された血と黄色い汁まみれの白い物。少しねじれている。
『若い子に入れてもらったお茶はおいしい』
若い子、だけ字が大きかった。
最後の2枚は、煙草を買いに行ってもらった女子社員で、やはり血まみれだったが小さかったせいか、白い物だけ拡大した写真が添えてあった。
『君も女らしくできるんだ』
山野は写真を見て、自分が彼女たちに言った場面を思い出した。
大した意味もない。挨拶代わりである。褒め言葉ばかりで, 悪口などではない。
それらが何故、相手の体から血まみれの塊で出てくるのか。
「どうだ、これでも容疑を認めないつもりか」
訳がわからない。
山野は女達の写真を前に、しきりと首を傾げるのであった。
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