前世ストーカー(自称俺推し)が俺を好きすぎて女を放棄したので、真面目に生きがいを探します

在江

文字の大きさ
37 / 68
第三章 暗黒大陸

10 よう兄弟

しおりを挟む
 船旅の最終日は晴れて、風も穏やかだった。目的地の暗黒大陸は水平線から姿を現し、徐々に視界を占領しつつある。
 左右の島影も、その周囲に点となって浮かぶ漁船も、至って平穏な景色の中、鳥人と人魚に護衛されたウンダ号が、ものものしく不穏に感じられた。

 船が接岸したのも、入江や船着場といった簡易な場所でなく、きちんと整備された港であった。

 結局レクルキスの港を見ずに乗船したので、これがどの程度の規模なのかはわからない。
 順番待ちするほどの混雑はないものの、大小問わず係留中けいりゅうちゅうの船への出入りがあって、倉庫も並んで、屋台や露天の店があるのだから、まずまず栄えている。

 行き交う人びとの、どこかのんびりとした風情を見ると、勝手に『暗黒』と名付けたこちら側の不明が恥ずかしくなる。

 「では、ここでおいとまです。我々は、こちらで商い物を積み込んでから、帰路に着きます。皆さんの旅の成功を、お祈りしております」

 ヤースム船長が挨拶した。船内の打ち合わせ通り、マイアが代表然として応じた。

 船と別れた俺たち一行は、物見遊山ものみゆさんに来たようなのんびりした歩き方で、港をぷらぷらした。初めての上陸だ。偵察というなら、何を見ても参考になる。

 ざっと見る限りでは、異世界から来た俺が言っても当てにならないだろうが、特筆すべき事柄はないように思われた。
 エサムほどのフル装備ではないものの、鎧姿の人もいたし、俺のように魔法使い風のゆったりとした服を着た人もいて、それぞれ働いていた。
 やや男の方が多い。屋台に『たこ焼き』とあって、思わず覗き込んだら、小型蛸の串焼きだった。

 「ああ、地面があるって、安心するなあ」

 エサムが伸びをしながら言った。連日船酔いだったグリリが、隣で深く頷いている。

 「そろそろ町の方へ行って、宿を探しましょうか」

 マイアが言った。実は行く当てがある。クレアが、王宮から情報を得ていた。
 レクルキスから送り込まれた人物の、経営する宿屋だ。まずはそこで話を聞いて、今後の方針を固めようという計画だった。

 ただ、宿屋の場所がわからない。

 税関らしきものもなく、港から倉庫の並ぶ道を抜けると、簡単に町へ入ることができた。
 町も適度に人通りがあり、ヤースム船長が上陸地点にここを選んだのも頷けた。

 「どこかで飯にしようぜ。腹が減ってきた」

 エサムが言う。どのみち道を尋ねなければならない。道行く人に聞くよりは効率がよかろう、と食事処を探した。
 知らない土地だと、何となく、という勘が働かない。
 幸い、暗黒大陸でも言語は同じだった。看板はレクルキスより大きめだ。

 喫煙の盛んな土地らしく、『吸いすぎダメ、絶対』とか、『吸うなら飲んで、飲まずに吸うな』とか、赤い瓶と一緒に書かれた看板が面白い。
 同じ言語でも、文化が違う、と実感する。街中なのに、昼間から鎧戸よろいどが下りている店があって、競争の激しさを窺わせた。

 最終的には、大衆食堂のような店に行き着いた。
 昼時をやや過ぎた頃だったと見えて、五人で一つのテーブルを囲むことができた。メニューがなく、日替わりセット一択で、その代わりすぐ料理が出た。

 魚の姿焼きに、干した何かの付け合わせ、ナンのような主食、そして白濁した飲み物。魚はハタに似た顔つき、唇の厚い大きめな目玉を持っている。

 レクルキスでは食べたことのない風味で、知らない香辛料が使われていた。飲み物の方は甘めの酒である。
 主食は小麦粉製で、もう、と呼ぶことにする。
 全体に美味しかった。
 食べている間に、どんどん客が減っていく。店員が、遠くの空いた席から片付けに入っている。

 「おーい、ちょっと聞きたいんだが」

 俺たちのテーブル担当らしい、手すきの店員にエサムが声を掛ける。店員がやや面倒臭そうに近寄ってくる。

 「この辺に、兄弟みたいな名前の宿屋なかったっけ?」
 「ああ、『よう兄弟』。最近まれた。ありますよ、裏通りに」

 「噛まれた?」
 「お客さん、宿探しているんだったら、すぐそこに、いいのがありますよ」

 と店員は紹介料でも貰えるのか、向かいに建つ大きな宿をぐいぐい推してくる。
 全員食べ終わったこともあり、エサムは訊くのを諦めて精算を頼んだ。
 ちなみに通貨も共通である。両替の手間が省けて、本当に助かる。


 食堂を出てから、手当たり次第に道を聞き、数人を経て『よう兄弟』に辿り着いた。
 店員が推した宿より随分小さく、古い建物である。
 中へ入ると、古いなりに手入れされ、おもむきのある雰囲気をかもし出していた。

 「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか」

 人の良さそうな男性が、手もみをしながら現れた。人畜無害を実体化したような、たたずまいである。子鹿のような瞳で、俺たちを見つめる。

 「予約はしていないが、五人泊まりたい。部屋はあるか」

 エサムが言う。

 「ございます。ただ、宿泊中は、金属鎧を脱いでいただく決まりになっております」
 「何?」

 皆の視線がエサムに集中する。グリリも金属鎧を着ているのだが。

 「脱ぎなさい。ついでにシャワーも浴びたらいいのよ」

 マイアの一言で、エサムは折れた。鎧のために、一人だけ別の宿に泊まっても意味がない。

 「どちらからおいでですか」
 「レクルキスよ」

 傷心のエサムに代わって、マイアが答える。
 更に、全員の名前と種族を聞かれた。グリリは人間と名乗ったが、誰も訂正しなかった。
 男は宿帳を広げて、さらさらと記入する。宿の規模からして主人と思われる。

 時間が早いこともあり、俺たち以外に客はいなかった。

 「ノン ティメボ マラ」

 宿帳に目を落としたまま、男が呟く。独り言っぽい。

 「ナム エ シ アムブラウェロ イン ウァレ ウムブラエ モルティス」

 応えたのは、クレアであった。男は顔を上げて彼女を見た。営業スマイルが消えている。

 「お役目ご苦労様です。本日貸切にいたしますので、よろしければ、このままお話ししましょう。私は主人のファウスティと申します。お好きな椅子にお掛けください」

 子鹿のような瞳を精一杯見開いて、受付前の椅子を指し示した。


 ファウスティが最初にしたことは、宿の表へ出て伸びをすることだった。空室ありの板を裏返しながら、さりげなく周囲を見回すのは、安全を確認しているのだろう。

 「さて、最初にお断りしておかなければならないことが、あります。共和国側に知られたくないことは、日が暮れる前にお話し願います。事情は後ほど説明します」

 俺たちは顔を見合わせた。外交上のことはよくわからない。
 大体、止むを得ないとはいえ、海上でドラゴンに船を炎上させ派手に入国した後で、隠すことなどなさそうに思える。

 「私たちは、セリアンスロップ共和国の首都へ行って、国交回復について打ち合わせをしたいのです。まず首都への行き方、そして誰に会えばいいか教えてください」

 クレアが言った。ファウスティは困った顔になった。

 「残念ながら、私は上層部についての情報を持ち合わせておりません。首都パラメントゥムに行けば、バルヴィンという者がおります。そちらに当たってください。私がお教えできるのは、首都への行き方と、多少の忠告だけです」

 バルヴィンは、金属アクセサリーの店を経営するドワーフということである。

 「それで、多少の忠告というのは?」

 首都への行き方、と言っても漠然とした方向だが、を教わった後、マイアが尋ねた。

 ファウスティは、受付時から今に至るまで、彼女を見る回数が半端なく多かった。一目惚れした感じでもない。どちらかと言えば、観察とか警戒とか、同国人に対する親しみとかけ離れた感情からの視線に思われた。

 彼は再び入り口へ行き、灯りを点けて帰ってきた。陽射しが傾いて、夕刻に差し掛かっていた。

 「数日前の夜に、竜化したのは、あなたですか」

 ずばり、問いかけてきた。マイアも余計な策をろうさず、素直に認めた。

 「そうよ。海賊に襲われて仕方なく」
 「なるほど。しかし、なるべく竜人であることは、隠した方がいいと思います」

 俺たちから視線の集中砲火を浴び、ファウスティの子鹿のような瞳が揺れる。しかし、彼は引かなかった。

 「竜人は、ほぼ全員が首都に住んでいます。前支配者ということで、恐れられていても、好かれている訳ではありません。私も、竜人を見たのは、あなたが初めてです。奥地へ行けば、わに人という存在があります。見た目も似ています。今後は、そのように自称なさるのが良いでしょう。宿帳にも、そのように記載しました」

 「ワニ?」

 マイアはもちろん、エサムもクレアも知らない様子だった。ファウスティも説明に困っている。
 俺は黒板を見た。先ほど、首都への行き方を説明するのに使っていた。既に情報は消されている。

 「これ、使っていいですか」
 「え? あ、どうぞ」

 チョークを使い、ワニの絵を描いた。久々に腕を振るった。細部にもりたいところを我慢して、シンプルに線描画で仕上げた。

 ファウスティがおおっ、と声を上げた。

 「それです。そんな感じです。鰐人は後ろ足で立ちますけど、後はそっくりです」

 こちらの世界のワニも、俺の知っているワニと、同じ外見だった。

 「トリス、よく知っているな」

 とエサム。マイアは、侮蔑ぶべつの視線を送っているが、きっと俺にというよりは、ワニに対してだろう。
 俺の知るワニは、人間を丸呑みしたり、なかなか強い動物である。ただ、海賊船を火炎放射で沈めた竜とは、比べ物にならない。

 「ちょっとちょっと、お客いるじゃない。もっと火を入れなきゃ、ダメじゃん」

 奥から新たな声がした。
 現れたのは、片手に火皿、片手に瓶を持った若い男だった。彼は瓶に口をつけて、中身をラッパ飲みした。

 いつの間にか日は落ちて、室内も相当暗くなっていた。

 ファウスティが慌てて、あちこちのランプに点火して回った。その間に、若い方は瓶の中身を飲みながら、受付の内側へ移動した。
 同宿者ではなく、宿屋側の人間だ。

 「おお~、ワニじゃん。上手いもんだなあ。あんた描いたの?」

 客に対して、随分と親しげな態度であった。俺は、久々に描いた絵を褒められて嬉しかったので、頷くだけにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...