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第四章 セリアンスロップ共和国
12 ネルルクの秘訣
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クレアの話が終わった。皆、グラスを二、三回お代わりしているが、誰も酔っぱらっていない。
「何というか、大変だったな」
最初にエサムが感想を言った。整理すべきことが多過ぎる。ノートにまとめて記録しないと、外交問題になりそうな大事でも忘れそうだ。
「会見の内容を記録しておいた方が、いいと思う。忘れないうちに」
グリリも言った。彼だけは、果汁をちびちびと飲んでいる。
「持ち運びしやすい巻き紙があります。必要なだけお使いください」
すかさずネルルクが言うと、命じる先に、メリベルが部屋を出ていった。
「今後の予定を知りたいです」
とマイア。
「すぐ決めなくたっていいんだぞ。来たばかりなんだし、色々知らない事も多い」
キリルは娘を気遣う。決めようはないが、選択の余地がどれほどあるか、現在得ている情報からすると、かなり厳しいのではないか。
「明日、蝙蝠人長老派のソゾン代理から昼食に招かれました。皆さんもご一緒に。もしかしたら、長老も同席されるかもしれません」
「色々と便宜を図っていただき、ありがとうございます」
クレアが礼を述べる。続けて、
「ただ、あまり滞在が長引くことになれば、ネルルク議員にもご負担をおかけしますし、私たちもその間、セリアンスロップ共和国の町の人々の暮らしなど学びたいとも思いますので、どこか部屋をお借りしたいのですが、ご紹介いただけますか」
と言った。確かに、ここにいたら勝手に外出できないし、レクルキスの協力者であるバルヴィンの店も探せない。俺たちの出立後にファウスティと連絡を取れたなら、今頃心配しているだろう。
「じゃあ、ニーカは俺と一緒に住めばいい」
早速キリルが手を挙げる。マイアが無言で皆の顔を見回し、キリルに視線を返す。
「全員住むには、キリルの家は狭すぎます」
ネルルクが引き取った。キリルは渋々同意する。どうやら、マンションのような建物に住んでいるらしい。
「国交を結ぶことになれば、大使館を設置することになります。今回借り急いだ物件を、そのまま転用する可能性は高い。不動産を探すのは、慎重になさった方がいい。私の屋敷に滞在なさることに、遠慮はいりません。市中に住まうより安全ですし、あなた方を手元に置くことで、私にも益があります」
「それはありがたいのですが、その利益が余りにも個人的だと、立場上、公使が困ると思います」
今度はグリリが手を挙げた。何故か学級会を思い起こす。魔法学院でも発言は少ない方だったのに。
「なるほど」
ネルルクが苦笑し、グリリがどぎまぎする。珍しい反応だ。
「あなた方は我が国と国交を結びたい。両国の間に国交が成立すれば、往来が容易になり、私も販路開拓が望めます。確かに個人的な利益ではありますが、特別な計らいを望んでいる訳ではありません」
「それはそうだ」
心の声が口をついて出てしまい、衆目を集める。いつの間にか、酔って気が緩んでいた。
「一番心配なのは、マイアさんの身です」
ネルルクの言葉に、一同の視線が動いた。
「竜人で、長老の結婚相手になるかもしれないとすると、それを阻止するために、暗殺とまではいかなくとも、別の蝙蝠人に吸血される危険があります。知らない間に蝙蝠人になっていたら、嫌でしょう?」
「嫌です」
マイアはきっぱりと言った。昼寝する方の蝙蝠人になったら、レクルキスでの生活が困難になる。少なくとも、魔法学院で以前のように教鞭を取ることはできない。
「蝙蝠人同士で、争いがあるのですか」
そう聞いたのは、エサムである。声が眠そうだ。そこへメリベルが戻ってきた。今日も器につまみを盛っている。
いいタイミングだ。腕には小さな手提げ袋。器を置き、その袋をクレアの前に差し出して、
「どうぞお使いください。中に未使用の巻き紙と、ペンとインクが入っております」
と言った。クレアは礼を言って受け取り、早速中身を取り出した。巻き紙を広げていきなり書き出す。しばらく書いて、俺たちが固まっているのに気付いた。
「続けてください。書きながら聞きます」
メリベルが器を皆に回し始める。今日はチョコレートだった! カカオ分の割合が高過ぎてもそもそしているが、香りは、記憶にある通りである。苦味も、今は目覚ましにちょうど良い。
機会があったら、パティシエに、バターや生クリームを混ぜるよう進言したい。
「以前、蝙蝠人は普通人と祖一族、そして祖一族は三派に分かれるとお話ししましたね」
メリベルが動き出したのに合わせて、ネルルクも話し始めた。
「そのうち遡行派は全滅した、と言われています。私の属する増殖派も、絶滅に瀕しています。いずれも、ドラゴニア皇国崩壊後の数十年の間に、急激に数を減らしました」
「内戦状態だった、とお聞きしております」
ペンを休めずにクレアが言う。首を伸ばして覗いてみると、どうやらクセニヤ議員との会見内容を書き留めているようだった。
「確かに小競り合いは頻発していました。しかし、蝙蝠人のうち、長老派だけが数を維持できたのは、何故でしょう?」
誰も答えない。チョコレートで皆、目だけは冴えている。クレアは食べていないが、筆記の速さから、十分に目覚めているとわかる。
「私は長老派が計画的に行動した、と考えています」
ネルルクが答えを明かした。特に誰も発言しない。反対する理由がない。
「祖一族の繁殖方法では、長老派が不利と判断したのでしょう。原因はともかく、現在蝙蝠人は圧倒的に長老派が占めています。皮肉なことに、数が増えると、内部で争い始めるのです。現長老に四人目を娶らせるより、自分が伴侶を得て長老に君臨したい、と考える者が出てきます。或いは、長老に反発しても寿命を縮めたくない者が、今マイアさんを吸血して、普通の蝙蝠人にしてしまう可能性もあります」
「普通の蝙蝠人は、子どもを産めないのですか」
聞いたのは、グリリである。ネルルクは頷いて肯定した。
「それだけは嫌だ、というか、ニーカが望んでいないのに吸血されるのは、嫌だ」
キリルが思わず叫び、マイアの顔色を窺って、言い直した。そのマイアが指を上げる。
「増殖派のネルルク様が吸血しない、という根拠が、わかりません」
そうだった。彼は吸血するだけで一族を増やせる。話を聞く限り、長老派に良い感情を持っていない。長老に渡す前に吸血する動機も機会も十分にある。
「私は蝙蝠人として一度も、吸血したことがありません」
ネルルクの微笑が増した。
「え」
クレアの手が止まった。記録を作りながら、話をきちんと聞いていたのだ。すかさずメリベルがチョコレートを勧めるのを、機械的に手を伸ばして口に入れた。濃い碧眼が更に見開かれた。
「仲間を増やす毎に、魔力が減るのです。使い切ると、死にます」
「ははあ。長老派がここに手出ししないのは、削られたことのない魔力に勝てないからだな」
チョコレートをお代わりしたエサムが喝破した。なるほど、そう考えると色々納得がいく。ネルルクが大袈裟に頷いて見せた。
「ですから、皆さんここにお住まいの方が安全です。市街地の視察については、別途日程を組みましょう」
言いくるめられた感もあるが、今はネルルクの屋敷に留まるより他なかった。彼の案内で国交を結ぶ根回しに動いているのも確かで、連絡や準備にかける彼の手間も省けるし、その日程が詰まっていてホテルを探す暇もないのだ。
ホテルどころか、五人で打合せをする機会もない。それでも俺とグリリとエサムは同室なので、内輪の話し相手がいないストレスからは逃れられている。
いびき防止のために毎晩バリアを張るのは面倒臭いものの、総じてよかったと言える。
クセニヤ議員との面会の翌日は、ソゾン代理との昼食会である。代理とは、長老の代理という意味で、議会にも出席していると聞き驚いた。議員である長老が高齢で衰弱しているための特別措置という。そのような状態なら、嫁取りも不要ではなかろうか。
またぞろ馬車で移動する。キリルは昨夜一旦自宅へ戻って、出かける前にまた合流した。一人暮らしで使用人も通いの家政婦だけなので、身軽に動けるということだ。
ソゾン代理は長老と同居していて、会食会場も長老の屋敷であった。行く途中に赤茶色に塗られた、巨大な建物が見えた。城、というよりは劇場とか闘技場のような、尖塔のない平らな形だった。共和国政府の建物かもしれない。
長老の屋敷はそのすぐ近くにあった。こちらも、赤茶色の漆喰様のものに塗り固められている。塔もあり、雰囲気は城である。敷地は石塀で囲まれており、門から建物まで見通せないほど広い。
車回しに馬車が停まると、お仕着せの召使いの中央に、ネルルクに負けず劣らず色気のある美形の紳士が出迎えた。
「やあソゾン。主自らお出迎えとは」
「私は代理だからね。あ、メリベル。君も一緒に来たまえ。席を用意してある」
馬車に乗ったまま去ろうとしていたメリベルは、顔色こそ変わらなかったが、明らかに動揺した。助けを求めるようにネルルクを見る。主は手で降りるよう指示した。
「ふ、服が」
「気になるなら着替えも用意してある」
「メリベル。折角のご厚意、お受けなさい。私もたまには違うメリベルを見てみたい」
「‥‥はい」
消え入りそうな声と表情のメリベル。初めて見た。そのまま彼女は、一人だけ別方向へ連れ去られた。
馬車は、待ち構えていた屋敷の御者が引き継いだ。
俺たちは、ソゾンとネルルクの後をついて屋敷へ入る。
内部は意外とシンプルだった。窓は少なめで、灯りの数が多い。ネルルクの屋敷と感じが似ている。派閥が違うとはいえ、同じ蝙蝠人と感じさせる。派閥も思想ではなく生物学的違いによるものである。似るのも当然だ。
ソゾンとネルルクは話しながら歩いている。美形同士が並び立つと、そこだけ空気が違う。
ソゾンは黒に近い茶色の巻き毛に、深く青い瞳を持っている。ピニャ助教授が見たら、俺とグリリなど放り出して、新しいシリーズを描き始めるだろう。本当に彼女に見せてやりたい。
一旦、応接室へ通された。蝙蝠人同士は出て行ってしまったので、残された俺たちは各自ソファに座って案内を待つ。
キリルは、早速マイアの側に座る。話したい事が多すぎて結局何も話さず、幸せを噛み締めている感じだ。
彼を除けば、久々にレクルキス組が集合した訳である。
「クレアは、ここで結婚相手を捕まえるよう、父上から言われているのか?」
冒頭から強引に直球で食い込むグリリ。この時間がいつまで続くか分からないのは承知だが、遠慮も気遣いもない。
キリルの存在も無視することにしたらしい。案の定、クレアは目を白黒させている。
「え‥‥言われてない‥‥多分」
「わかった。ではマイア。身の振り方に結論は出た?」
マイアは流石に落ち着いている。隣にいる父親の方が、緊張に体を強ばらせた。
「ええ、一応の考えはあるわ。でも、議会か竜人の集会に出席するまでは、明かさない方がいいと思うの」
「そうだな。一つの有効なカードになるからな」
エサムが同意した。俺も質問を思い出した。
「マイアは、彼が本当に父親だと思うのか?」
「何というか、大変だったな」
最初にエサムが感想を言った。整理すべきことが多過ぎる。ノートにまとめて記録しないと、外交問題になりそうな大事でも忘れそうだ。
「会見の内容を記録しておいた方が、いいと思う。忘れないうちに」
グリリも言った。彼だけは、果汁をちびちびと飲んでいる。
「持ち運びしやすい巻き紙があります。必要なだけお使いください」
すかさずネルルクが言うと、命じる先に、メリベルが部屋を出ていった。
「今後の予定を知りたいです」
とマイア。
「すぐ決めなくたっていいんだぞ。来たばかりなんだし、色々知らない事も多い」
キリルは娘を気遣う。決めようはないが、選択の余地がどれほどあるか、現在得ている情報からすると、かなり厳しいのではないか。
「明日、蝙蝠人長老派のソゾン代理から昼食に招かれました。皆さんもご一緒に。もしかしたら、長老も同席されるかもしれません」
「色々と便宜を図っていただき、ありがとうございます」
クレアが礼を述べる。続けて、
「ただ、あまり滞在が長引くことになれば、ネルルク議員にもご負担をおかけしますし、私たちもその間、セリアンスロップ共和国の町の人々の暮らしなど学びたいとも思いますので、どこか部屋をお借りしたいのですが、ご紹介いただけますか」
と言った。確かに、ここにいたら勝手に外出できないし、レクルキスの協力者であるバルヴィンの店も探せない。俺たちの出立後にファウスティと連絡を取れたなら、今頃心配しているだろう。
「じゃあ、ニーカは俺と一緒に住めばいい」
早速キリルが手を挙げる。マイアが無言で皆の顔を見回し、キリルに視線を返す。
「全員住むには、キリルの家は狭すぎます」
ネルルクが引き取った。キリルは渋々同意する。どうやら、マンションのような建物に住んでいるらしい。
「国交を結ぶことになれば、大使館を設置することになります。今回借り急いだ物件を、そのまま転用する可能性は高い。不動産を探すのは、慎重になさった方がいい。私の屋敷に滞在なさることに、遠慮はいりません。市中に住まうより安全ですし、あなた方を手元に置くことで、私にも益があります」
「それはありがたいのですが、その利益が余りにも個人的だと、立場上、公使が困ると思います」
今度はグリリが手を挙げた。何故か学級会を思い起こす。魔法学院でも発言は少ない方だったのに。
「なるほど」
ネルルクが苦笑し、グリリがどぎまぎする。珍しい反応だ。
「あなた方は我が国と国交を結びたい。両国の間に国交が成立すれば、往来が容易になり、私も販路開拓が望めます。確かに個人的な利益ではありますが、特別な計らいを望んでいる訳ではありません」
「それはそうだ」
心の声が口をついて出てしまい、衆目を集める。いつの間にか、酔って気が緩んでいた。
「一番心配なのは、マイアさんの身です」
ネルルクの言葉に、一同の視線が動いた。
「竜人で、長老の結婚相手になるかもしれないとすると、それを阻止するために、暗殺とまではいかなくとも、別の蝙蝠人に吸血される危険があります。知らない間に蝙蝠人になっていたら、嫌でしょう?」
「嫌です」
マイアはきっぱりと言った。昼寝する方の蝙蝠人になったら、レクルキスでの生活が困難になる。少なくとも、魔法学院で以前のように教鞭を取ることはできない。
「蝙蝠人同士で、争いがあるのですか」
そう聞いたのは、エサムである。声が眠そうだ。そこへメリベルが戻ってきた。今日も器につまみを盛っている。
いいタイミングだ。腕には小さな手提げ袋。器を置き、その袋をクレアの前に差し出して、
「どうぞお使いください。中に未使用の巻き紙と、ペンとインクが入っております」
と言った。クレアは礼を言って受け取り、早速中身を取り出した。巻き紙を広げていきなり書き出す。しばらく書いて、俺たちが固まっているのに気付いた。
「続けてください。書きながら聞きます」
メリベルが器を皆に回し始める。今日はチョコレートだった! カカオ分の割合が高過ぎてもそもそしているが、香りは、記憶にある通りである。苦味も、今は目覚ましにちょうど良い。
機会があったら、パティシエに、バターや生クリームを混ぜるよう進言したい。
「以前、蝙蝠人は普通人と祖一族、そして祖一族は三派に分かれるとお話ししましたね」
メリベルが動き出したのに合わせて、ネルルクも話し始めた。
「そのうち遡行派は全滅した、と言われています。私の属する増殖派も、絶滅に瀕しています。いずれも、ドラゴニア皇国崩壊後の数十年の間に、急激に数を減らしました」
「内戦状態だった、とお聞きしております」
ペンを休めずにクレアが言う。首を伸ばして覗いてみると、どうやらクセニヤ議員との会見内容を書き留めているようだった。
「確かに小競り合いは頻発していました。しかし、蝙蝠人のうち、長老派だけが数を維持できたのは、何故でしょう?」
誰も答えない。チョコレートで皆、目だけは冴えている。クレアは食べていないが、筆記の速さから、十分に目覚めているとわかる。
「私は長老派が計画的に行動した、と考えています」
ネルルクが答えを明かした。特に誰も発言しない。反対する理由がない。
「祖一族の繁殖方法では、長老派が不利と判断したのでしょう。原因はともかく、現在蝙蝠人は圧倒的に長老派が占めています。皮肉なことに、数が増えると、内部で争い始めるのです。現長老に四人目を娶らせるより、自分が伴侶を得て長老に君臨したい、と考える者が出てきます。或いは、長老に反発しても寿命を縮めたくない者が、今マイアさんを吸血して、普通の蝙蝠人にしてしまう可能性もあります」
「普通の蝙蝠人は、子どもを産めないのですか」
聞いたのは、グリリである。ネルルクは頷いて肯定した。
「それだけは嫌だ、というか、ニーカが望んでいないのに吸血されるのは、嫌だ」
キリルが思わず叫び、マイアの顔色を窺って、言い直した。そのマイアが指を上げる。
「増殖派のネルルク様が吸血しない、という根拠が、わかりません」
そうだった。彼は吸血するだけで一族を増やせる。話を聞く限り、長老派に良い感情を持っていない。長老に渡す前に吸血する動機も機会も十分にある。
「私は蝙蝠人として一度も、吸血したことがありません」
ネルルクの微笑が増した。
「え」
クレアの手が止まった。記録を作りながら、話をきちんと聞いていたのだ。すかさずメリベルがチョコレートを勧めるのを、機械的に手を伸ばして口に入れた。濃い碧眼が更に見開かれた。
「仲間を増やす毎に、魔力が減るのです。使い切ると、死にます」
「ははあ。長老派がここに手出ししないのは、削られたことのない魔力に勝てないからだな」
チョコレートをお代わりしたエサムが喝破した。なるほど、そう考えると色々納得がいく。ネルルクが大袈裟に頷いて見せた。
「ですから、皆さんここにお住まいの方が安全です。市街地の視察については、別途日程を組みましょう」
言いくるめられた感もあるが、今はネルルクの屋敷に留まるより他なかった。彼の案内で国交を結ぶ根回しに動いているのも確かで、連絡や準備にかける彼の手間も省けるし、その日程が詰まっていてホテルを探す暇もないのだ。
ホテルどころか、五人で打合せをする機会もない。それでも俺とグリリとエサムは同室なので、内輪の話し相手がいないストレスからは逃れられている。
いびき防止のために毎晩バリアを張るのは面倒臭いものの、総じてよかったと言える。
クセニヤ議員との面会の翌日は、ソゾン代理との昼食会である。代理とは、長老の代理という意味で、議会にも出席していると聞き驚いた。議員である長老が高齢で衰弱しているための特別措置という。そのような状態なら、嫁取りも不要ではなかろうか。
またぞろ馬車で移動する。キリルは昨夜一旦自宅へ戻って、出かける前にまた合流した。一人暮らしで使用人も通いの家政婦だけなので、身軽に動けるということだ。
ソゾン代理は長老と同居していて、会食会場も長老の屋敷であった。行く途中に赤茶色に塗られた、巨大な建物が見えた。城、というよりは劇場とか闘技場のような、尖塔のない平らな形だった。共和国政府の建物かもしれない。
長老の屋敷はそのすぐ近くにあった。こちらも、赤茶色の漆喰様のものに塗り固められている。塔もあり、雰囲気は城である。敷地は石塀で囲まれており、門から建物まで見通せないほど広い。
車回しに馬車が停まると、お仕着せの召使いの中央に、ネルルクに負けず劣らず色気のある美形の紳士が出迎えた。
「やあソゾン。主自らお出迎えとは」
「私は代理だからね。あ、メリベル。君も一緒に来たまえ。席を用意してある」
馬車に乗ったまま去ろうとしていたメリベルは、顔色こそ変わらなかったが、明らかに動揺した。助けを求めるようにネルルクを見る。主は手で降りるよう指示した。
「ふ、服が」
「気になるなら着替えも用意してある」
「メリベル。折角のご厚意、お受けなさい。私もたまには違うメリベルを見てみたい」
「‥‥はい」
消え入りそうな声と表情のメリベル。初めて見た。そのまま彼女は、一人だけ別方向へ連れ去られた。
馬車は、待ち構えていた屋敷の御者が引き継いだ。
俺たちは、ソゾンとネルルクの後をついて屋敷へ入る。
内部は意外とシンプルだった。窓は少なめで、灯りの数が多い。ネルルクの屋敷と感じが似ている。派閥が違うとはいえ、同じ蝙蝠人と感じさせる。派閥も思想ではなく生物学的違いによるものである。似るのも当然だ。
ソゾンとネルルクは話しながら歩いている。美形同士が並び立つと、そこだけ空気が違う。
ソゾンは黒に近い茶色の巻き毛に、深く青い瞳を持っている。ピニャ助教授が見たら、俺とグリリなど放り出して、新しいシリーズを描き始めるだろう。本当に彼女に見せてやりたい。
一旦、応接室へ通された。蝙蝠人同士は出て行ってしまったので、残された俺たちは各自ソファに座って案内を待つ。
キリルは、早速マイアの側に座る。話したい事が多すぎて結局何も話さず、幸せを噛み締めている感じだ。
彼を除けば、久々にレクルキス組が集合した訳である。
「クレアは、ここで結婚相手を捕まえるよう、父上から言われているのか?」
冒頭から強引に直球で食い込むグリリ。この時間がいつまで続くか分からないのは承知だが、遠慮も気遣いもない。
キリルの存在も無視することにしたらしい。案の定、クレアは目を白黒させている。
「え‥‥言われてない‥‥多分」
「わかった。ではマイア。身の振り方に結論は出た?」
マイアは流石に落ち着いている。隣にいる父親の方が、緊張に体を強ばらせた。
「ええ、一応の考えはあるわ。でも、議会か竜人の集会に出席するまでは、明かさない方がいいと思うの」
「そうだな。一つの有効なカードになるからな」
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