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第四章 セリアンスロップ共和国

14 バルヴィンの店発見!

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 解体現場にいた。魔法学院が古くなったので、建て替えることになったのだ。何故か前の世界の学校の建物にも似ている。
 コンクリート製の滑らかな壁。しかも茶褐色に塗られている。絶え間なく作業機械の音がする。ドリルで穴を開け、鉄球をぶつけて破壊し、ブルドーザーで寄せ、ショベルカーが瓦礫がれきをすくい上げる。と、山盛りの瓦礫がショベルからこぼれ落ちた。

 目を覚ますと、部屋は真っ暗だった。グリエルの轟音が、エサムの控え目ないびきを乗り越えて聞こえる。俺は二人まとめてバリアをかけて、寝直した。


 朝食後、馬車で観光に出発した。今日の馬車はこれまでより大きめで、ネルルクと俺たち全員が一緒に乗ることができた。
 どれだけ馬車を所有しているのか、と思ったら、貸馬車だそうである。
 言われてみれば確かに、外装も内装も感じが違う。

 キリルは今日も仕事で不在である。仕事といえば、ネルルクは、ずっと俺たちの世話をしていて大丈夫なのだろうか。

 「何から何までお気遣いを大変ありがたいのですが、お仕事に差し支えございませんか」

 クレアが俺の疑問を代弁する。彼女の立場からすると、監視を外して諜報員と連絡を取りたい、という思いもある。

 「ご心配ありがとう。私は他の皆さんより眠る時間が少なくて済みますので、無聊ぶりょうの時間を減らせて嬉しい限りです」

 ネルルクがにこやかに応じる。そういえば、普通の蝙蝠人は夜行性だった。祖一族は昼間も動ける。
 俺たちが眠っている間も働いているということか。それで不老不死なら無敵である。

 今のところ利害は一致しているようだが、敵に回したくない、と強く思った。

 まずは、議会を見学する。次の日に臨時議会が予定されており、俺たちも呼ばれているのだが、当日は人の出入りも多く慌ただしいので、前日に建物を見ることになった。

 以前、長老邸へ行く際に見えた、赤茶色の巨大な建造物が、議会だった。

 周囲の建物よりは高いが、屋根に登って街を見下ろすほどではない。また、そういう構造でもなかった。
 窓が少ない代わりに灯りが多く設置され、劇場のような雰囲気もある。議員の控室や事務室、資料室、会議室、と周囲に配置された中心に、議場があった。

 前の世界の国会議事堂と同様である。議席は少ない分、席の配置に余裕がある。
 発言者の席は、議員席から見下ろされる位置にある。明日はここに立つかもしれない、と思うと今から緊張した。

 尤も、俺は護衛の位置付けだから、議場に入ることもないかもしれない。そう思うと、今日見学できて、よかった。

 「ここには元々、ドラゴニア皇国皇帝の居城が建っていました」

 案内役が説明する。

 「共和国成立後、破壊された城の材料も再利用して、現在の議事堂が建設されたのです」

 綺麗に整えられた議場がリフォーム後か新築か、元の城も知らぬ素人には、種明かしされても見分けられない。


 議会の次は、物資集積場というところを見せてもらうことになった。大陸のあちこちから商品を集め、また各地へ送り出すという。
 物流センターのような場所だろうか。市街地から外れるということで、町の中を横切るように馬車で移動する。広い通りで、両端には歩道が設けられている。

 「わっすごい! あの派手な店は何ですか?」

 窓に張り付いていたグリリが尋ねた。昨日からキャラクターの性格が変わっている。

 「う、すごい」

 噴き出しそうになる。周囲の建物と比べて一際広い間口の建物。両脇を太い柱で支えている。柱の上に載せるように、大きな看板が掲げられている。
 その全てが金色に光っていた。

 『バルヴィンの店』

 イリエントにあるファウスティの宿は、裏手で地味に営んでいた。まさか、探していた店が、こんな大通りでド派手な看板を出して、営業しているとは、想像もしていなかった。

 「え、何あれ」

 「すごいですね」

 「はあ~」

 マイアたちも釣られて見、一様に驚く。芝居ではない。
 あっという間に通り過ぎてしまった例の店は、皆の記憶に間違いなく刻まれた。あれほど目立つ店構えは、上陸以来初めてであった。レクルキスでも稀だと思う。

 「金属加工の装飾品を扱う店ですね。竜人に人気で、私とも、多少の取引があります」

 ネルルクが俺たちの興奮を見て、説明してくれた。

 「そうか。昔、ドワーフの友人が同じような品の店を出したいって言っていたけれど、ああいう感じなのかな。一回見てみたいな」

 「ああ、ワイラか。懐かしい」

 うっかり名前を出してから、ガインのことを思い出して少々緊張すると同時に、グリリの魂胆が見えたように思えた。
 鎧職人の父親との件は、蝙蝠人には伏せておかねばならない。

 「剣の鞘とか、鎧の装飾なんかもあったら、ちょっと見たいな」

 エサムも言う。グリリの作戦に乗っているというよりも、本気に見える。

 「私は金にはあんまり‥‥銀色の方が好き」

 マイアが関心薄そうに言うのは、全員前のめりだと怪しまれると踏んでのことだろう。それはいいが、彼女の希望が最優先されて、行けない可能性も出てくる。難しいところだ。

 「確か、様々な色合いを揃えていたと思いますよ。武具より、社交で身に着ける小物類が多かったように、記憶しています」

 思いがけず、ネルルクが助け舟を出した格好になった。

 「でも、お高いんでしょう?」

 とクレア。どこかの通信販売番組のようになってきた。彼女は方向性を間違えている。
 竜人と公使の二人が行く必要を感じさせないのなら、行かなくていいと判断される。

 「オーダーメイドの一点物でなければ、それなりの品も置いていた筈です。我が国の金属加工の技術をご覧になる良い機会です。日程を考えておきますね」

 「ありがとうございます。お土産、買えるといいな」

 グリリが心からの礼を述べた。思いもかけない展開で、望む結果が得られて、俺たちは安堵した。できれば、監視抜きで訪れたいところである。


 物資集積場は、やはり物流センターと市場が混ざったような場所だった。大型倉庫が集まった建物の周りに、自然発生的に市が立つようになった印象を受ける。

 その管理者が、クカルカという馬人だった。パカパカと蹄の音を響かせて近づいてきた赤茶色の髪の女性は、小脇に束ねた書類を抱え、馬の背にも鞄を振り分けて二つ載せていた。

 「あ、ネロさんお久しぶり。メリベルは相変わらずだね」

 明るい茶色の瞳をくるくるさせて喋る。馬の毛並みは瞳と同じである。言われたメリベルは、御者の格好で無表情に控えている。

 「お客さんに見学させたいんだってね。いつもよりいい格好しているじゃないか。今、ちょっと忙しいから、案内できなくて。ネロさんだったら、どこでも見ていっていいよ」

 「忙しいのに顔を出してくれてありがとう。そうさせてもらうよ」

 「あーっ、クカルカさん見つけたっ。昨日来た煙草の袋が‥‥」

 話している側から、背の高い彼女を目掛けて人が押し寄せる。ここではネルルクは、宝石商人のネロとして関わっているらしい。挨拶もそこそこに、俺たちはその場を離れた。

 「では、始めましょう。気になる物や、見たい物はありますか」

 人の行き来に邪魔とならないよう、端を歩きながらネルルクが訊く。
 ここまで歩く間にも、到着した馬車から降ろされた様々な色形の荷が、それぞれの場所へ収まっていき、取り出された荷が新たな馬車へ積み込まれていく。何も考えずとも、見ているだけで面白い。皆も同じ思いのようで、辺りを物珍しげに見回している。

 ただ、案内する側の立場もあろう。

 「コーヒー豆の倉庫を、見学できますか」

 俺は聞いてみた。別宅で飲んだ味と香りが蘇る。思い出すと焦がれるような気分になった。

 「コーヒー豆‥‥コーヒーの木の種のことですね。あまり取扱量が多くないので、倉庫に積むほどないかもしれませんが、聞いてみましょう」

 思いの外、大ごとになった。そんなに貴重な物だったとは。

 「いえ。それならば結構です。知らずとはいえ、無理を申しました。不勉強ですみません」

 俺は慌てて辞退した。

 「煙草の倉庫を見たいです。レクルキスにはありませんから」

 そこへクレアが口を出した。渡りに船。俺も急いで同意する。本音を言えば煙草に興味はないが、今後の交易を考えれば、妥当な申し出である。

 「それならすぐにご案内できます。こちらへどうぞ」

 ネルルクは先に立って歩き出した。メリベルが側で主の周囲を守る。俺たちは、クレアとマイアを守るよう、そして立ち働く人々の仕事を邪魔しないよう慎重に歩いた。
 あちこち気になる物が見えても、あまり気を取られる訳にはいかない。なかなかもどかしい状況である。

 目指す方角から、クカルカが立ち去る後ろ姿が見えた。先ほど見たのと別の人が先導している。さらに後ろから、別の用事がありそうな人々がついて回る。彼女は本当に忙しそうだ。

 紙巻きタバコの中身以外で煙草の葉を見るのは初めてだった。実際の品を見るより前に、匂いで煙草とすぐわかった。記憶にあるよりは、いい匂いだった。
 葉は乾燥した状態で出荷されていて、口の開いた布袋から黄茶色の縮んだ枯れ葉が覗いていた。

 「煙草にも色々種類がありまして、ここから製造業者が工場で独自の配合をするのです。今、近くに様々な製品を作る工場を誘致しています。ある程度の規模になれば、より効率的な生産が可能になります」

 「酒を置く場所もありますか」

 エサムがかしこまって尋ねる。

 「少し遠くなりますが、行ってみましょう」

 そういえば、この辺りは農産物乾物エリアのようだ。他にも海産物乾物や、花卉かき・園芸エリアがあった。

 歩きながら、ネルルクの言葉について考えた。要するに、倉庫の近くに工業団地を作るということだ。ここには夜行性の蝙蝠人が大勢いて、二十四時間営業を厭わない社会的土壌がある。
 工業団地が本格稼働したら、前の世界でいう産業革命と同様の事態が起こるのではないか。

 大量生産された製品が流れ込む先はレクルキスである。このままただ国交を開くだけでは、レクルキスの経済産業に大きな打撃を与えることになりそうだ。

 ネルルクは商売人として、恐ろしく優秀である、ということがわかった。
 俺たちを庇護する理由も腑に落ちた。安価で質の良い商品を選べるのは、買う側には有難いことである。

 俺にレクルキスの財政責任はない。だが、クレアの随行兼護衛として現状を知ってしまった以上、黙殺は良心に咎める。せめて、報告書に公使の意見として懸念を盛り込めるよう、努力してみることにする。
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