前世ストーカー(自称俺推し)が俺を好きすぎて女を放棄したので、真面目に生きがいを探します

在江

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第五章 マドゥヤ帝国

6 皇帝との駆け引き

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 コーシャ王妃は、無事だった。父帝を亡くした悲しみからか、一日かそこら会わないうちに随分とやつれて見えたものの、力なく寝椅子に体をもたせかけている様でさえ、美しかった。
 グリリに足を踏まれなかったら、俺はまたもや王妃ばかり見つめ続けていたに違いない。

 王妃と王太子は、軽い昼食を挟んで、ほぼ一日一緒にいた。
 誰から聞いたのか王妃が王太子の葬儀での振る舞いを褒めたり、王太子が王妃の体調を気遣ったり、イーシャ故皇帝の思い出話や、マドゥヤ帝国の風物を語ったり、ただ黙って一緒にいる時間も多かった。

 常に他人の目に晒される生活に慣れているのか、彼らはごく自然に振る舞っているように見えた。俺達がいなくても、話す内容や振る舞いに変わりはなかっただろうと感じさせた。

 その日以降、ルキウス王太子は毎日のように王妃を訪ねて日を過ごした。街の見物に出かけようにも喪中故に止められ、暇なのである。母子のやりとりから推すに、帰国の予定は王妃が決めることになっているらしかった。

 王妃の方は、故皇帝の皇妃、つまり自らの母や、新皇帝の皇妃である義姉に会いに行くなどして、王太子が振られる日もしばしばあった。

 そのような日に、広い庭園をつまらなそうに散歩する王太子を見ると、俺自身が王妃に会えない寂しさよりも、気の毒に感じた。


 滞在が長引くにつれ、配り物など細々とした品が不足がちになった。メッサラはかねての予定通り、グアンミーン商会から取り寄せることにした。

 品物引き渡しに付き添ってきたのは、短い金髪に明るい青の瞳を持つ女性だった。黒髪黒目であるマドゥヤ系の召使いにかしずかれる日々に慣れた目には、新鮮に映る。勿論服装はマドゥヤ風である。

 「毎度お世話になっております。グアンミーン商会のイネス・ホワンと申します。以後ご贔屓にお願いいたします」
 
 とレクルキス語で挨拶し、話しかけてくるマドゥヤ側の召使いにはマドゥヤ語で応じつつ、テキパキと仕事を進めていく。俺より若く二十歳そこそこに見えるが、手腕は確かなようだった。
 今日はこの後、コーシャ王妃の元へ納品に向かって仕事を終えるが、普段は後宮にも出入りしていると言う。後宮は男禁制ゆえ、女性の担当を据えている訳だ。

 「今回はメッサラ様からまとめて注文いただきましたが、個別のご要望も承ります。後宮の方々からは、おまじないの品にご好評をいただいております。お一つ如何ですか。お安くしておきます」

 目の前に差し出されたのは、耳飾りぐらいの大きさをした金細工である。紅水晶と思われる石が組み込まれている。マドゥヤの服を着た際、帯に当たる部分に下げる飾りとして使えるようになっていた。男女問わず、付ける数、付け方、材質などで財力や趣味嗜好を推し量ると聞けば、下手につけられない。

 「それ、恋愛運上昇祈願ですよね。我々には不要です」

 納品チェックを手伝っていたリヌスが口を出す。母親がマドゥヤ出身で、風俗文化にも詳しい。それにしても、石を見ただけで効能がわかるとは、それだけマドゥヤにおまじないが浸透しているのか。

 「いや、トリスが気に入ったら買っていいぞ」

 同じく納品チェックをしていたメッサラが言った。本気とも冗談ともつかない。恋愛運は上昇して欲しいが、俺は呪力に頼るより自力で結果を掴みたい。

 「いえ。買いません」

 「そうですか。他にも武運長久、商売繁盛、安産祈願など各種取り揃えております。機会がございましたら、別の商品もご紹介いたします」

 イネスは素直に、金細工を引っ込めた。


 ビハーン皇帝に呼ばれたのは、滞在二週間目のことであった。

 「私とグリリに会われるということでしょうか」

 ルキウス王太子にジャスミンティー、にしか思えない白花茶を淹れるため呼び出された俺は、彼から皇帝の意向を聞いて思わず問い返した。近頃では、王太子も俺に対する警戒心を大分解いたと見え、日常の細々とした用事を口実に、側へ置いてもらえる時間が増えた。

 「転生者はマドゥヤでも珍しいのだろうな。それに、お前達は先頃暗黒大陸へも行って来たし、陛下を楽しませる話題には事欠くまい」

 「もし、皇帝陛下にご満足いただけなかった場合は‥‥」

 「死ぬかも」

 「‥‥」

 そうでしょうね、と軽口も叩けず沈黙する。王太子は白花茶に大量のメープルシロップを投入し、かき混ぜつつ香を嗅いだ。そんなに入れたら、ジャスミンの香りが飛ぶではないか。

 「そう心配するな。お前達は一応レクルキスの人間だから、如何に陛下といえども私の同意なく勝手に身柄を動かせない」

 「ありがとうございます」

 逆に言うと、王太子の気まぐれで死ぬこともあり得る。異国の地では、魔法学院の援護も期待できない。却って心配は増した。

 目当てが俺達でも、名目を保つためか、当日は王太子の随行という形で参内した。行ってみると、王妃とその従者も打ち揃っていた。俺にとっては嬉しい驚きである。

 通されたのは、謁見の間ではなく、応接の間のような空間だった。
 近い親戚の非公式会談という扱いなのだろう。

 統一感のない置物や絵画、書などが壁を埋め尽くすほど飾られていて、眺めているうちに、全て贈り物と見当をつけた。交流のある諸外国や民族が多々あることを示している訳である。
 宮殿の規模といい、レクルキス国よりもよほどの大国なのだ。

 「待たせたな。堅苦しい挨拶は抜きにして、全員座って良い」

 入ってきたビハーン皇帝は、起立して迎えた俺達に、手真似でも座るよう求めた。王太子と王妃が腰掛けて、近衛隊長らが座るのを確認してから、俺達も後ろの方の椅子に腰掛けた。

 家具は統一されているのだが、何となく椅子やソファに序列があるのだ。そして、皇帝について来た近侍兼護衛の二人は、立ったままであった。

 「ようやく後宮の方も落ち着いた。コーシャにも世話になった」

 王妃も葬儀の始末を手伝っていたとは知らなかった。何でも、先代皇帝の寵妃や皇子皇女が後宮を出なければならないため、落着き先を探していたとのことである。故郷へ戻れれば戻し、そうでなければ貴族や豪商の配偶者か養子にする。元々官吏として勤めていた者でも、役職によっては退職させられる。
 どれだけの人数をお世話したのか、後宮を持つのも大変である。ビハーン皇帝は、自分の代で後宮を縮小すると表明した。

 「お役に立てて光栄です、陛下」

 「ここで陛下は止めてくれ。堅苦しい」

 「では兄上。後宮のお話が出ました折なので申します。兄上がめでたく皇位につかれた祝いとして、我が娘のドロテアをお側に差し上げたく存じます。レクルキス国とマドゥヤ帝国の友好を繋ぐためにも、是非」

 王妃は真面目な声である。皇帝は妹を見て、笑顔をつと改めた。

 「ドロテア姫はまだ幼かったろう。幾つになる」

 「当年とって九歳になります」

 「では、むしろ相手としては我が息子達がふさわしかろう。いずれにしても、その辺りはネハルの意向を聞かねばならぬし、我も気乗りせぬ。血が近すぎる」

 皇帝の後宮に入れば伯父と姪が結ばれることになるし、皇子とはいとこ同士になる訳だ。この世界でも近親婚は忌まれているようだ。ネハルというのは、皇妃の名である。葬儀では、コーシャ王妃より随分若いように見えた。実際年下なのだろう。

 「なれば、ルキウスのお相手をご紹介いただくのも、難しいでしょうね」

 王妃はあからさまにがっかりしている。その隣で王太子は、能面のような無表情を保っていた。まだ六歳なのに、立ち居振る舞いに気を遣わねばならない境遇には同情する。

 「クラール王が満足されるかを別にすれば、紹介の労ぐらいは取れる。しかし、ルキウス殿は王太子であられる。他に、もっと婚姻を結ぶに相応しいご令嬢もあろう。マドゥヤとの関係は、我がいる限り心配ない。それよりも、世にも珍しい転生者の話を聞きたい」

 俺は王妃を見た。王妃と初めてまともに視線が合った。脳天に電撃が走った。歓喜と危機感が同時に湧き起こる。彼女に駆け寄ろうと体に力を込めた途端、首が捻じ曲がってグリリを見た。こいつ、をかけやがった。

 「かしこまりました。それでは、日本国の概要について、お話し致しましょう」

 グリリは誰にともなく頷き、話を始めた。俺とは目を合わせなかった。

 それからグリリと俺は交代で、俺達が前にいた世界について語った。
 ビハーン皇帝は好奇心旺盛で頭の回転も早く、日本の話だけにとどまらず、日本を取り巻く世界情勢にも興味を持って質問を浴びせてきた。

 地球全体の話となると、俺もあやふやな部分が結構あった。分かる範囲で答える。俺達の知識に限界があるのを見取ると、皇帝は暗黒大陸とセリアンスロップ共和国の見聞を求めてきた。鋭い。

 事前に打ち合わせなどない。ほぼ、問われるままに答えた。紫土しどの件と、ニテオ王による宝物盗難案件は、話題に上らずに済んだ。嘘をついたら、見抜かれそうな気がした。

 グリリが話し始めて間もなく、俺の首は自由になった。王妃を再び見る勇気は出なかった。脳裏にあの瞬間が浮かんだだけで、体が勝手に動きそうな気がした。

 俺は努めて皇帝の胸元を見た。
 皇帝の服には、金糸で龍の紋様が刺繍されていた。布地にも金銀の光る糸が織り込まれて、素材も仕立ても手の込んだ衣装である。

 「なるほど、よくわかった」

 一通りの質問を終え、皇帝が満足そうに椅子へ体を沈めた。
 俺達も、少し緊張が解けた。

 近衛隊長達は、この手の話を聞くのが初めてだったようで、皇帝以上に身を乗り出し、俺達の話に聞き入っていた。
 と言っても、リヌスとイレナが時々通訳し忘れるのを催促しながらである。

 「トリスとグリリ、だったか。転生者は何かしら人より抜きんでた能力があると聞いていたが、話を聞くだけでも十分に我が国へ良き影響をもたらす存在になろう。そこでコーシャよ、先ほどレクルキスとマドゥヤの絆を維持したい、と申しておったな」

 「はい」

 王妃の声に不安が混じる。対して、皇帝は笑みを湛えたままである。

 「この二名を我が宮廷へ迎えれば、無理に子どもらを婚姻で手元から離さずに済むぞ」

 俺は思わず王妃を見た。途端にグリリの方へ首が向けられた。グリリは、やはり俺と目を合わせない。

 「それは‥‥王の意向もございますので、即答致しかねます」

 王妃の答えに、俺はひとまず安堵した。しかし、その後ろでメッサラとオピテルが、大仰おおぎょうに賛意を示しているのが気に掛かる。

 「そうだな。先ほども話した通り、我が帝位にある限りは、二国間の友誼ゆうぎに変わりはない。その方が望むなら、ルキウス殿に見合う令嬢も紹介しよう。転生者を我が国へ迎える際には、相応の地位を用意する。今後、我が帝国も改革を進めていかねばならぬ故、多様な知識が必要なのだ。大臣らも一枚岩ではない」

 あくまでも朗らかに話すビハーン皇帝である。王妃から離れるのでなければ、俺も心動かされるところであった。皇帝も、側から見るより気苦労が多そうだ。

 「お気遣い痛み入ります、兄上」

 その日は、それでお開きになった。
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