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第五章 マドゥヤ帝国

5 弔問外交

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 食後に部屋へ案内された。ここは独立した離れとなっているようだった。

 離れと言っても、一軒家として十分生活できる広さである。俺達は王妃付きと王太子付きに分かれて、俺の部屋は王太子と続き部屋でメッサラ、リヌス、グリリと一緒だった。

 「トリス、近侍はルキウス様がお休みになるまで、側について御用聞きを務めるのだぞ」

 メッサラに言われて続き部屋の扉を開けると、王太子はマドゥヤ側で用意された召使いの手で、あちらが用意した服に着替えさせてもらっていた。俺の顔を見てにこりと笑う。移動中の言動と異なる対応に戸惑う。

 「おお、来たか。着替えはお前の手を借りずに済んだぞ。下がって良い」

 命じたのは、着替えの召使い達に対してである。それで、マドゥヤ側の人間が退室すると、笑顔が消えた。
 内輪の問題を知られたくないのだな、と納得する。とりあえず跪く。

 「御用を伺いに参りました」

 「まあ、そういちいち跪かなくとも良い」

 立ち上がって顔を見ると、笑ってはいないが、険しくもない。王太子は、俺の顔を見たまま、勢いをつけて後ろにある天蓋付き寝台へ飛び乗った。仰向けに寝転がる。

 「お前達は、随分とマドゥヤ料理を気に入ったようだな」

 首だけ持ち上げて俺を見る。王妃や王太子が視界に入らない席だったので、俺は久々の中華料理、もといマドゥヤ料理を堪能したのだった。グリリがほとんど全ての料理をお代わりしたので、目を引いたのかもしれない。

 「大変美味しゅうございました」

 「うむ。私も本格的なものは初めてで、レクルキス料理とは随分違うものだと、驚かされた。美味であった。黒玉子など、苦手な者も多いそうだ。母上が、お前達の食べぶりを見て、大層喜んでおられた」

 「左様にございますか」

 嬉しさを押し隠し、無難に応じる。ピータンは好物ではないのだが、ともかく王妃が喜んだことが嬉しい。

 「布団に入れてくれ。明日からも頼むぞ」

 「承知いたしました」

 風魔法で王太子を浮かせ、掛け布団を引き抜いて、王太子を下ろし、布団をかける、という手順で課題をクリアした。部屋の灯りを小さくし、挨拶をして隣室へ戻ると、三人とも既に寝落ちしていた。
 グリリも人型のままだった。となると、いびきの心配はない。


 翌日は、イーシャ前皇帝の葬儀だった。早い時間から宮殿内で儀式が行われ、王妃も参加したらしい。
 俺は王太子付きだから呼ばれず、お陰で少し時間に余裕があった。王太子もイーシャ前皇帝の孫に当たる訳だが、レクルキス代表の立場を重んじたのだろう。

 儀式の後、棺に入った御遺骸が、生前から建設された陵墓まで運ばれる。俺達は受付で記帳を済ませた後、その行列に立ち会う形で参列した。列をなす人々は俺達を含め、一様に白い服を着ていた。マドゥヤでは葬儀の服は白なのである。顔ぶれを見ると様々な国、あるいは種族から参列者が集まっているのが分かる。

 「トリス殿。グリリ殿。久しぶり」

 不意に名前を呼ばれて振り向くと、ソゾンがいた。セリアンスロップ共和国で蝙蝠人長老の代理を務めていた人物である。やはり白服を纏っている。黒っぽい巻き毛が映える衣装で、彼の美しさを一層引き立てている。背後に立つエルフは、従者であろう。

 「ご無沙汰しております。ソゾン殿はお変わりなく。皆様お元気ですか」

 「マイア殿は、キリル顧問の庇護下で活躍している。ネルルクは変わらないな」

 と言って、深い青の瞳を細める。

 「王太子殿下、ご紹介いたします。こちらは、セリアンスロップ共和国のソゾン議員です。蝙蝠人の長老でもあります。ソゾン議員、こちらがレクルキス国のルキウス=フォンダンルミエ王太子です」

 グリリが近衛隊長をつついて、王太子をソゾンと向き合わせた。

 「初めまして。我が国と国交を結ぶため、ご尽力下さっていると伺っております」

 王太子は、唐突に貴賓と引き合わされた六歳児とは思えない挨拶をした。ソゾンの方も驚くことなく、大人と同様に挨拶を交わした。

 「それでは、失礼致します」

 他にも、二、三の国か種族から挨拶を受けた。外交デビューみたいなものだ。ソゾンと話しているのを聞いて、レクルキス国代表と知れたらしい。こちらの世界でも、子供が代表を務めるのは珍しいのだろう。

 葬列が姿を現した。こちらの方にも、棺を載せた輿に付き従う人々が列を作っていた。葬送曲を演奏しながら歩く一団、輿を担ぐ屈強な人達、故皇帝の妃、新皇帝と皇妃、皇子達がいる。

 コーシャ王妃の姿は見えない。他家に嫁いだ身であるから、裏方に回っているのかも知れない。俺たちの周囲に、さりげなく警護が配置されている。

 やがて女性ばかりの一団が通りかかった。これまでの一団と比べると、髪の色や顔立ちなどにばらつきがある。マドゥヤ帝国は後宮制を採っている。察するに、彼女らはイーシャ皇帝の後宮の妃であるらしい。

 門を出たところに、龍の一団が待機していた。塀の上から頭だけ並んで見える。ロン・レンヤはいない。
 暗色系の鱗を持つ龍ばかり、集められていた。葬列はそこで歩みを止め、それぞれ例の移動箱に乗り込んだようである。塀に遮られて、全部は見えない。

 準備が整うと、龍達が動き出し、めいめい箱の上部にある取手を掴み、空へと駆け上がった。龍の集団飛行は、壮観だった。彼らはあっという間に彼方へ飛び去った。

 残された参列者は、帰国する人々を除き、係の者に大広間へと案内された。
 まるで結婚披露宴のように、円卓と椅子が並べられている。高砂に当たる場所には、長方形の卓子の奥に空の椅子が並ぶ。俺達は王太子と共に、前の方へ座らされた。既に料理と盃が用意されている。

 と、新皇帝と皇妃が俺たちと別の出入り口から姿を現した。立ち上がる俺達を手で制し、静かに前方の椅子へ腰掛けた。待ち構えていた給仕達が、一斉に盃へ酒を注ぎ始める。日本の猪口よりも大ぶりである。
 昨日と違う、透明な酒だった。

 「この度は、亡きイーシャ前皇帝の葬儀のためにお集まりいただき、感謝いたします」

 故皇帝の息子であるビハーン新皇帝が、立ち上がって挨拶をした。四十代ぐらいに見えた。コーシャ王妃の兄だから、そのぐらいであろう。王妃を男にしたような、つまりマドゥヤ的美形であった。

 皇帝が献杯の音頭をとって、皆が飲み食いし始めた。ルキウス王太子の飲み物は、流石に酒ではないようだった。見た感じは一緒である。

 「王太子様、お悔やみに行きましょう」

 酒を飲み干したメッサラが促した。俺も含めて皆立ち上がる。六歳の王太子は、定型文の挨拶を、淀みなくこなし、伯父に当たる皇帝も、型通りに応じた。隣に座る皇妃にも挨拶して、席へ戻る。
 もっと話したくとも、順番待ちの顔が見えたので、できなかった。

 卓に並ぶのは今日もマドゥヤ料理、俺にとっては中華料理である。燕の巣のスープ、小籠包、北京ダック、魚の姿蒸し、刀削麺、龍鬚糖ロンシュータンと盛り沢山である。マドゥヤ料理としての名前が別にある筈だが、説明書もない。

 「ロンシュータン、食べてみたかったんです」

 グリリも中華料理名で認識している。順番を無視していきなりデザートから食べ始めた。龍鬚糖ロンシュータンは、白い糸状になった飴で胡麻などを包んだ菓子である。

 彼は次から次へと全ての料理を味見した。一応まだ葬儀の場なのに、哀悼のかけらもない食べっぷりである。

 「お前、本当にマドゥヤ料理好きなのだな」

 ルキウス王太子が、呆れを通り越して、感心したように言った。グリリは口中の物を慌てて呑み下し、勢いよく頷いた。

 「はい。大好きです」


 俺達は、御斎おときの後も帰国せず、コーシャ王妃のための離宮へ泊めてもらった。結局その日は、王妃を見る機会がなかった。故皇帝の皇妃や後宮の妃も、誰一人として食事の席へ戻って来なかった。

 俺は、秦の始皇帝陵を思い出した。正確には兵馬俑坑へいばようこうの方である。陵墓を守るために据えられた無数の人形は、その昔、本物の人間を一緒に埋葬した名残であると。

 「グリリ。この国は殉葬するのか?」

 王太子を寝かしつけて控えの部屋へ下がると、メッサラとリヌスは布団を被っていて、グリリだけが起きていた。先に寝るぐらいには、俺達は信頼されているようだ。

 「ううむ。読んだ資料の中では、そういう記述はなかったように記憶しています。そもそも埋葬の詳細は、部外秘かと思われます」

 と頼りにならない返答が来る。

 「恐らく、ご心配になるようなことは、ないと思います。まずはお休みください」

 記憶が途切れ、気付けば朝だった。闇魔法で眠らされたのだろうか。その割にはすっきりとした目覚めだった。

 朝食は部屋へ運ばれる。近侍として、俺だけルキウス王太子の食事を眺める事になる。否、毒見役として一口ずつ食べることはできる。もっと食べたいと思っても叶わない。
 控えの部屋へ戻る頃には、俺の分まで食事が下げられている。

 「よかったら、どうぞ」

 グリリが、肉まんを取り置きしてくれた。
 昨日は普通の肉まんで、今朝は海鮮肉まんである。中華街で見るような大きめの物だから、一つ食べれば空腹を満たせた。

 「王太子、いかがなされましたか」

 メッサラが慌てて立ち上がる。一息つこうとしていた俺、リヌスやグリリも立ち上がる。王太子は、手真似で座れと命じた。

 「御用の向きがございましたら、こちらから伺いますのに」

 「逐一呼ぶのも面倒臭い。すぐ隣のことでもあるし」

 俺の気遣いは一蹴された。高貴の人が下々の居場所へ入るのも、マナー違反だと思うのだが、旅先のことでもあり、どのみち下々に選択肢はない。

 「母上を、見舞おうかと思う」

 その案には、大いに賛成である。同じ離れにいる筈なのに、建物が広すぎて、いるのかどうかも分からない。

 早速グリリが使いを仰せつかった。マドゥヤの王太子付き召使いに伝言を頼み、王妃付きの召使いに連絡を取らせ、王妃の護衛から侍女、王妃へと‥‥伝言ゲームである。

 ゲームだとほぼ確実に間違った伝達に終わるのだが、今回はまともな返答をグリリが携えて戻った。

 「いつでもお越しください、とのことです。マドゥヤ側の調整がつき次第、案内してくださるそうです」

 何の調整? と思いつつ、俺達も訪問の準備をする。同じ家の中で子供が母親に会うだけの話なのに、手土産を持って行かねばならない。

 王妃に、というよりは、王妃が周囲に配るための品だそうだ。高貴な身分もご苦労なことである。
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