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第三章 卒業生
2 二度あることは三度
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日々の好感度積み上げはさておき、次のイベントは親睦武道会である。
ロザモンドによると、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』では、アメリが最終競技の集団戦で指揮官に立つことになっている。
当然ながら、シャルル王子とディディエは、ヒロインを支える役を買って出る。嫉妬した悪役令嬢は、計略を廻らせ邪魔をする、という流れだ。
私は邪魔するつもりがないけれど、誰かが邪魔をするかも知れず、私の仕業にされるかも知れない。
幸い、代表委員会委員長として、準備に関われる。誰かがヒロインの邪魔をしないよう、または、私に罪を着せないよう、目を光らせることはできる。
聞いた感じだと、イベントで障壁を乗り越えることで、好感度が大幅にアップするシステムのようだ。
悪役令嬢的な邪魔が入らないだけでも、アメリには痛手だろう。
さらに、日常的にシャルル王子やディディエと私との好感度を上げることで、相対的に向こうの好感度を下げる。面倒臭いけど。
ゲーム的には、ヒロインとの好感度が上がると、自動的に婚約者との好感度が下がっていく。
かといって、婚約者と攻略対象の間の好感度が上がった時、ヒロインとの好感度が下がる保証はないのだ。
なぜなら、ゲーム上、婚約者の好感度を上げる設定が存在しないからである。ひたすら下がる方向にしか行かない。
現実も同じだったら、絶望しかない人生だ。
だから、この作戦が攻略失敗に効果アリなのかナシなのか、ロザモンドにも自信がなさそうだった。
やれるだけのことはやる。
親睦武道会は、クラス別でも学年対抗でもなく、紅白戦である。クラスが成績順だし、新入生より上級生の方が強いに決まっているから、一旦バラして戦力を均等にする意味があるのだろう。
学園最後となる武道会で、私は初めてシャルル王子と同じ組になった。
婚約者は別の組に分ける習慣ではなかったのかしら?
見た限り、今年度で学園生同士の婚約は、私と王子しかいなかった。
ドリアーヌやディディエも同じ組である。生徒会役員の中で、ヒロインのアメリだけが、別の組になっていた。
まさか、王子とアメリ、そしてディディエとアメリの組み合わせを分けたとか。
断罪へ至る道が広すぎる。
乙女ゲームのことも気になるが、今は目の前に迫った武道会の準備を進めなければならない。
組分けは学園の方で行うが、その後で下級生の参加競技を振り分けるのは、最上級生である。
各自の希望を、チームの戦力と勘案しながら決定する。事情は聞くが、希望が通るとは限らない。
参加競技がそれぞれ定まったところで、チーム毎の打ち合わせを行う。ここで、出場順や集団戦の役割分担を決めるのだ。場合によっては、ここで参加競技が変わることもある。
生徒はそれぞれ忙しく、事前に紅白チームで集まるのは一度きりである。
「集団戦の指揮官は、サンドリーヌ様が適任と思います」
ドリアーヌが勢いよく挙手をして発言した。私は委員の活動に手一杯で、自分の参加競技を決めるのに、人数の多いところへ適当にねじ込んでいた。
「え、私? 無‥‥」
断ろうとする私に被せるように、他の生徒が次々と発言し始めた。
「はい! 私もそう思います」
「同意する」
「そこしかないだろう」
クラスメートの声を聞き、シャルル王子が黒板に私の名前を書き込む。競技名簿の穴は、全て埋まった。
「決まりですね。姉様、僕と一緒に頑張ろうね」
近くの席に陣取っていたディディエが微笑む。
「おーし決まったな。終わりだ終わり。次行こうぜ」
「次何だっけ?」
「クレマン先生の錬金術講義」
「俺たちは、エドモン先生のブーリ語だ。急がないと」
白組の面々が、さっさと席を立つ。私、一応代表委員として司会やってたんですけど。いくら生徒間が平等だって、もう少し尊重してくれても良さそうなものだ。
終わりの挨拶も発していないのに、気付けばドリアーヌが名簿に書き写した端からディディエが黒板を消していき、話し合いの場が綺麗さっぱり片付いていた。
「さて、と。名簿はこのまま私がお預かりしてよろしいですか、王子?」
「うん、頼んだ」
「では、次の授業へ参りましょう。サンドリーヌ様、移動の準備は整いましたか?」
「あ、はい」
シャルル王子とディディエに挟まれ、ドリアーヌを従えて、次の教室へ移動する。前方にローズブロンドの波打つ髪が見えてきた。
気配に振り向いたアメリが、わざわざこちらへ戻ってくる。
「シャル、会長! ディド、書記くん!」
わざとらしい言い間違え方だった。二人きりの時には名前呼びしているのだろうか。
どちらへ割り込むのかな、と興味深く見守っていたら、王子が私の腰を抱いて、迫るアメリを迂回した。
阿吽の呼吸ばりに、ディディエも同じ方へ移動したので、勢い余ったヒロインは、後ろにいたドリアーヌの隣へ落ち着く形になった。
「戻っている余裕はありませんよ、デュモンド副会長。もう始業まで時間がありません」
呼ばれなかった会計のドリアーヌが、冷ややかに告げた。私も無視されたと考えれば、殿方と淑女で半々に分けたとも言える。
「王じ」
「急ぐぞ。生徒会役員が揃って遅刻では、様にならん」
なおも話しかけるアメリを遮るように、王子がスピードを上げた。
実際、私たちが教室へ滑り込んだのは、ぎりぎりの時間だった。始業の鐘が鳴り終わる瞬間には、エドモン先生が教壇に立っていた。
「では、いつもの小テストから始めます」
先生が落ち着いた声で告げると、教室の空気がたちまち切り替わった。
親睦武道会の前日。
先生方と一緒に、生徒会本部役員を始め、各委員会委員も準備にかかる。どうせアメリは、シャルル王子かディディエにくっついているのだろう。
私は代表委員会委員長として忙しく、彼らに構っていられない。
代表委員会は主に、用具の点検を担っている。個人戦で使う防具や武器の種類やサイズ確認、弓矢の本数、得点板、ゴール用テープ、紅白の旗、集団戦で使用する武具などなど。
それぞれの状態もチェックして、もし不具合があれば、新しい物と交換する。
乙女ゲームで親睦武道会は、一年目二年目とも、主にリュシアンとの恋愛フラグイベントだった。
三年目の今回は、ロザモンド情報によると、攻略対象者イベントということになる。
仮に、リュシアン攻略が上手く進行していたら、騎士団からの来賓とかで彼が学園に姿を現すらしい。とりあえずこの線はない。
シナリオ通り、アメリがシャルル王子やディディエと同じチームだったら、彼らとの絡みになる。
悪役令嬢たる私が、ヒロインに嫉妬して、敵方チームの大将アメリに攻撃を仕掛けるのだ。
確か、模擬戦用の槍の穂先や弓矢の矢尻を本物と交換し、集団戦の時にうっかりを装って当てるのだ。
実際用具を準備してみればわかるが、穂先や矢尻を交換するのは、恐ろしく手間のかかる作業である。
槍ごと、あるいは矢を丸々すり替える方が、まだしも現実的だ。それすら交換する数を考えれば、隠れてすり替えなど不可能だ。私は、やらない。
ただ、去年の武道会での一件がある。あれは、間違いなくアメリの自作自演だ。一昨年の武道会で暴れ馬が出た時も、彼女の仕業だったかも知れない。
だから、担当する物品点検を行った後の、整理整頓や戸締りには気を配った。どれほど念を入れても、運が誰に味方するかは決められない。
「クロヴィス委員長」
ダークブロンドの髪を短く刈り上げた、既に軍人体型の男子生徒に声をかける。
「おおっと、サンドリーヌ委員長。どうなさいました」
呼びかけた相手より先に、こちらを向いていた明るい金髪の生徒が応じる。背丈はクロヴィスと変わらないが、こちらは華奢な体型である。
「アラン委員長。お取込み中、失礼します」
ダークブロンドの方が、風紀委員長クロヴィス=ザントライユ、もう一人は企画委員長アラン=クールランドだ。
どちらも、二年間私とクラスメートだったから、よく知る間柄である。
アランは今年度クラス替えで、三年連続私とクラスメートになった。彼の成績も上がった訳だ。
「外します?」
アランが明るい調子で尋ねる。一見チャラい印象で、男女問わず友人の多いタイプなのに、浮いた噂が一切なく、捉えどころがない。
「いいえ。お時間が許すようでしたら、ご一緒に」
ふと、ドリアーヌから聞いた話を思い出した。アメリが、年度初めに何人かの生徒を気にしていたとか。
新入生首席モーリス=デマレとアラン=クールランド。言われてみれば、クラスで顔を合わせた日、彼女がアランのことをしげしげ眺めていた気もする。
「あと、気のせいかもしれませんが、新入生のエマニュエル=ノアイユ君も」
「どなたですって?」
地方領主を務める子爵家の長男で、ダークブラウンの髪に茶色の瞳、と説明されても一向に顔が思い浮かばなかった。
成績も真ん中ぐらいで、とにかく目立たないのが特徴、と言っても良いほどだ。
アメリに関して注意しなければならないことが、もう一つ。
乙女ゲーム『ラブきゅん!ノブリージュ学園』に、続編があるらしい。
去年、新入生の首席は、マリエル=シャティヨンだった。
平民出身ながら、優秀さを見込まれて伯爵家の養女となった生徒だ。
彼女は、ストロベリーブロンドの髪と、ピンクの瞳を持っていた。生徒会役員が、むやみやたらと彼女に近付き、新入生ながら副会長選挙に出馬した。
最終的に当選したのは『ラブきゅん! ノブリージュ学園』ヒロインのアメリであるが、その過程でシャティヨン嬢をいじめていたとされる令嬢が断罪された。
副会長にはなれなかったものの、シャティヨン嬢は当時の副会長ガスパル=メーストルと婚約し、二年目の現在は特に誰かに絡まれず、平穏に授業を受けているようだ。
ロザモンドは、それについては触れなかった。
彼女は、前世での母親が持っていた唯一のパソコンゲームとして、乙女ゲームをプレイしていた。
続編が存在するかどうかすら知らない。まして、アメリや私が続編でどのような役回りを背負っていたかなど、知りようがなかった。
それで、私にも告げなかったのだろう。本編の途中から続編が割り込んでくる形は、かなり特殊である。
映画版とかアニメオリジナルストーリーとかの可能性も、なくはない。
私を転生者と知らない彼女が、説明を省いたとしても、仕方がないと思う。
幸いにも、シャティヨン嬢のヒロインは、攻略期間が一年間の設定だったようだ。
私もロザモンドも、無事に一年を過ごすことができた。
裏で何かが起きていたとしても、知ったことではなかった。
そこへ、新年度早々に気になる情報が出てきた訳だ。
第二弾があったのなら、第三弾もあり得る。
ヒロインらしい生徒は、まだ見当たらない。
問題なのは、恐らく前世でガチゲーマーだったらしいアメリが、続編をも知り尽くしている可能性が高いことだ。
一旦は落選した生徒会副会長の座に返り咲いたのも、続編の設定を利用したから、とも考えられる。
『ラブきゅん! ノブリージュ学園』だけでなく、他のゲームアイテムや設定を使って攻略を進めてこられたら、私には防ぎようがないのであった。
ロザモンドによると、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』では、アメリが最終競技の集団戦で指揮官に立つことになっている。
当然ながら、シャルル王子とディディエは、ヒロインを支える役を買って出る。嫉妬した悪役令嬢は、計略を廻らせ邪魔をする、という流れだ。
私は邪魔するつもりがないけれど、誰かが邪魔をするかも知れず、私の仕業にされるかも知れない。
幸い、代表委員会委員長として、準備に関われる。誰かがヒロインの邪魔をしないよう、または、私に罪を着せないよう、目を光らせることはできる。
聞いた感じだと、イベントで障壁を乗り越えることで、好感度が大幅にアップするシステムのようだ。
悪役令嬢的な邪魔が入らないだけでも、アメリには痛手だろう。
さらに、日常的にシャルル王子やディディエと私との好感度を上げることで、相対的に向こうの好感度を下げる。面倒臭いけど。
ゲーム的には、ヒロインとの好感度が上がると、自動的に婚約者との好感度が下がっていく。
かといって、婚約者と攻略対象の間の好感度が上がった時、ヒロインとの好感度が下がる保証はないのだ。
なぜなら、ゲーム上、婚約者の好感度を上げる設定が存在しないからである。ひたすら下がる方向にしか行かない。
現実も同じだったら、絶望しかない人生だ。
だから、この作戦が攻略失敗に効果アリなのかナシなのか、ロザモンドにも自信がなさそうだった。
やれるだけのことはやる。
親睦武道会は、クラス別でも学年対抗でもなく、紅白戦である。クラスが成績順だし、新入生より上級生の方が強いに決まっているから、一旦バラして戦力を均等にする意味があるのだろう。
学園最後となる武道会で、私は初めてシャルル王子と同じ組になった。
婚約者は別の組に分ける習慣ではなかったのかしら?
見た限り、今年度で学園生同士の婚約は、私と王子しかいなかった。
ドリアーヌやディディエも同じ組である。生徒会役員の中で、ヒロインのアメリだけが、別の組になっていた。
まさか、王子とアメリ、そしてディディエとアメリの組み合わせを分けたとか。
断罪へ至る道が広すぎる。
乙女ゲームのことも気になるが、今は目の前に迫った武道会の準備を進めなければならない。
組分けは学園の方で行うが、その後で下級生の参加競技を振り分けるのは、最上級生である。
各自の希望を、チームの戦力と勘案しながら決定する。事情は聞くが、希望が通るとは限らない。
参加競技がそれぞれ定まったところで、チーム毎の打ち合わせを行う。ここで、出場順や集団戦の役割分担を決めるのだ。場合によっては、ここで参加競技が変わることもある。
生徒はそれぞれ忙しく、事前に紅白チームで集まるのは一度きりである。
「集団戦の指揮官は、サンドリーヌ様が適任と思います」
ドリアーヌが勢いよく挙手をして発言した。私は委員の活動に手一杯で、自分の参加競技を決めるのに、人数の多いところへ適当にねじ込んでいた。
「え、私? 無‥‥」
断ろうとする私に被せるように、他の生徒が次々と発言し始めた。
「はい! 私もそう思います」
「同意する」
「そこしかないだろう」
クラスメートの声を聞き、シャルル王子が黒板に私の名前を書き込む。競技名簿の穴は、全て埋まった。
「決まりですね。姉様、僕と一緒に頑張ろうね」
近くの席に陣取っていたディディエが微笑む。
「おーし決まったな。終わりだ終わり。次行こうぜ」
「次何だっけ?」
「クレマン先生の錬金術講義」
「俺たちは、エドモン先生のブーリ語だ。急がないと」
白組の面々が、さっさと席を立つ。私、一応代表委員として司会やってたんですけど。いくら生徒間が平等だって、もう少し尊重してくれても良さそうなものだ。
終わりの挨拶も発していないのに、気付けばドリアーヌが名簿に書き写した端からディディエが黒板を消していき、話し合いの場が綺麗さっぱり片付いていた。
「さて、と。名簿はこのまま私がお預かりしてよろしいですか、王子?」
「うん、頼んだ」
「では、次の授業へ参りましょう。サンドリーヌ様、移動の準備は整いましたか?」
「あ、はい」
シャルル王子とディディエに挟まれ、ドリアーヌを従えて、次の教室へ移動する。前方にローズブロンドの波打つ髪が見えてきた。
気配に振り向いたアメリが、わざわざこちらへ戻ってくる。
「シャル、会長! ディド、書記くん!」
わざとらしい言い間違え方だった。二人きりの時には名前呼びしているのだろうか。
どちらへ割り込むのかな、と興味深く見守っていたら、王子が私の腰を抱いて、迫るアメリを迂回した。
阿吽の呼吸ばりに、ディディエも同じ方へ移動したので、勢い余ったヒロインは、後ろにいたドリアーヌの隣へ落ち着く形になった。
「戻っている余裕はありませんよ、デュモンド副会長。もう始業まで時間がありません」
呼ばれなかった会計のドリアーヌが、冷ややかに告げた。私も無視されたと考えれば、殿方と淑女で半々に分けたとも言える。
「王じ」
「急ぐぞ。生徒会役員が揃って遅刻では、様にならん」
なおも話しかけるアメリを遮るように、王子がスピードを上げた。
実際、私たちが教室へ滑り込んだのは、ぎりぎりの時間だった。始業の鐘が鳴り終わる瞬間には、エドモン先生が教壇に立っていた。
「では、いつもの小テストから始めます」
先生が落ち着いた声で告げると、教室の空気がたちまち切り替わった。
親睦武道会の前日。
先生方と一緒に、生徒会本部役員を始め、各委員会委員も準備にかかる。どうせアメリは、シャルル王子かディディエにくっついているのだろう。
私は代表委員会委員長として忙しく、彼らに構っていられない。
代表委員会は主に、用具の点検を担っている。個人戦で使う防具や武器の種類やサイズ確認、弓矢の本数、得点板、ゴール用テープ、紅白の旗、集団戦で使用する武具などなど。
それぞれの状態もチェックして、もし不具合があれば、新しい物と交換する。
乙女ゲームで親睦武道会は、一年目二年目とも、主にリュシアンとの恋愛フラグイベントだった。
三年目の今回は、ロザモンド情報によると、攻略対象者イベントということになる。
仮に、リュシアン攻略が上手く進行していたら、騎士団からの来賓とかで彼が学園に姿を現すらしい。とりあえずこの線はない。
シナリオ通り、アメリがシャルル王子やディディエと同じチームだったら、彼らとの絡みになる。
悪役令嬢たる私が、ヒロインに嫉妬して、敵方チームの大将アメリに攻撃を仕掛けるのだ。
確か、模擬戦用の槍の穂先や弓矢の矢尻を本物と交換し、集団戦の時にうっかりを装って当てるのだ。
実際用具を準備してみればわかるが、穂先や矢尻を交換するのは、恐ろしく手間のかかる作業である。
槍ごと、あるいは矢を丸々すり替える方が、まだしも現実的だ。それすら交換する数を考えれば、隠れてすり替えなど不可能だ。私は、やらない。
ただ、去年の武道会での一件がある。あれは、間違いなくアメリの自作自演だ。一昨年の武道会で暴れ馬が出た時も、彼女の仕業だったかも知れない。
だから、担当する物品点検を行った後の、整理整頓や戸締りには気を配った。どれほど念を入れても、運が誰に味方するかは決められない。
「クロヴィス委員長」
ダークブロンドの髪を短く刈り上げた、既に軍人体型の男子生徒に声をかける。
「おおっと、サンドリーヌ委員長。どうなさいました」
呼びかけた相手より先に、こちらを向いていた明るい金髪の生徒が応じる。背丈はクロヴィスと変わらないが、こちらは華奢な体型である。
「アラン委員長。お取込み中、失礼します」
ダークブロンドの方が、風紀委員長クロヴィス=ザントライユ、もう一人は企画委員長アラン=クールランドだ。
どちらも、二年間私とクラスメートだったから、よく知る間柄である。
アランは今年度クラス替えで、三年連続私とクラスメートになった。彼の成績も上がった訳だ。
「外します?」
アランが明るい調子で尋ねる。一見チャラい印象で、男女問わず友人の多いタイプなのに、浮いた噂が一切なく、捉えどころがない。
「いいえ。お時間が許すようでしたら、ご一緒に」
ふと、ドリアーヌから聞いた話を思い出した。アメリが、年度初めに何人かの生徒を気にしていたとか。
新入生首席モーリス=デマレとアラン=クールランド。言われてみれば、クラスで顔を合わせた日、彼女がアランのことをしげしげ眺めていた気もする。
「あと、気のせいかもしれませんが、新入生のエマニュエル=ノアイユ君も」
「どなたですって?」
地方領主を務める子爵家の長男で、ダークブラウンの髪に茶色の瞳、と説明されても一向に顔が思い浮かばなかった。
成績も真ん中ぐらいで、とにかく目立たないのが特徴、と言っても良いほどだ。
アメリに関して注意しなければならないことが、もう一つ。
乙女ゲーム『ラブきゅん!ノブリージュ学園』に、続編があるらしい。
去年、新入生の首席は、マリエル=シャティヨンだった。
平民出身ながら、優秀さを見込まれて伯爵家の養女となった生徒だ。
彼女は、ストロベリーブロンドの髪と、ピンクの瞳を持っていた。生徒会役員が、むやみやたらと彼女に近付き、新入生ながら副会長選挙に出馬した。
最終的に当選したのは『ラブきゅん! ノブリージュ学園』ヒロインのアメリであるが、その過程でシャティヨン嬢をいじめていたとされる令嬢が断罪された。
副会長にはなれなかったものの、シャティヨン嬢は当時の副会長ガスパル=メーストルと婚約し、二年目の現在は特に誰かに絡まれず、平穏に授業を受けているようだ。
ロザモンドは、それについては触れなかった。
彼女は、前世での母親が持っていた唯一のパソコンゲームとして、乙女ゲームをプレイしていた。
続編が存在するかどうかすら知らない。まして、アメリや私が続編でどのような役回りを背負っていたかなど、知りようがなかった。
それで、私にも告げなかったのだろう。本編の途中から続編が割り込んでくる形は、かなり特殊である。
映画版とかアニメオリジナルストーリーとかの可能性も、なくはない。
私を転生者と知らない彼女が、説明を省いたとしても、仕方がないと思う。
幸いにも、シャティヨン嬢のヒロインは、攻略期間が一年間の設定だったようだ。
私もロザモンドも、無事に一年を過ごすことができた。
裏で何かが起きていたとしても、知ったことではなかった。
そこへ、新年度早々に気になる情報が出てきた訳だ。
第二弾があったのなら、第三弾もあり得る。
ヒロインらしい生徒は、まだ見当たらない。
問題なのは、恐らく前世でガチゲーマーだったらしいアメリが、続編をも知り尽くしている可能性が高いことだ。
一旦は落選した生徒会副会長の座に返り咲いたのも、続編の設定を利用したから、とも考えられる。
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