漫画読み過ぎて悪役令嬢に転生したけど乙女ゲームは未経験です ノブリージュ学園には毎年ヒロインが出現します

在江

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第三章 卒業生

3 ドレスが

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 それにしても、今年のヒロインは、どこにいるのか。
 去年はヒロインが二人いる状態だったが、攻略対象がかぶらず、落ち着くところへ落ち着いた。マリエルの様子を見ると、彼女はもうヒロインの座を降りたようだ。

 『ラブきゅん! ノブリージュ学園』は、まだエンディングを迎えていない。
 アメリは以前としてヒロインである。

 モーリスやアランは言われてみれば、周囲の生徒から浮くほど顔立ちが整っていた。乙女ゲームの攻略対象であってもおかしくない。
 アランの美貌に、これまで気付かなかったのが不思議だ。
 攻略キャラに昇格したのだろうか。隠しキャラだった?

 となると、アメリに頼まれて協力する可能性がある。その辺の危険も考慮した上で、私はアランに同席を求めたのだった。

 「では、拝聴しましょう」

 明るい青の瞳に笑みが宿る。
 隣に立つクロヴィスは、対照的に生真面目な表情を崩さない。ほぼ黒に見える濃茶の瞳で見つめられると、何でもないのに威圧を感じる。

 「御用の向きを伺おう」

 「用具の準備は、一通り終えました。武具を仕舞う場所には、施錠をしてあります」

 私は、慎重に切り出した。

 「クロヴィス委員長。去年、武道会で起きた事故について、ご記憶ですか?」

 「ああ」

 「それまで滅多になかったというのに、ここ二年連続で起きている。一昨年は蜂に刺された馬が暴れただろう?」

 「一帯の蜂の巣は撤去した」

 屈託なく事故の話をするアランに、短く応じるクロヴィス。アランの表情だけなら、仕事を終えた委員長たちが雑談しているように見える。

 「風紀委員会の職掌しょくしょうに口を出すつもりではないのですが、事前の警備についてご配慮をお願いします。例えば、物品の盗難や侵入者といった想定で」

 本音は、アメリとその周辺に見張りをつけて欲しいのだが、それは言えない。

 「承知した。アルトワ前委員長から、詳細に引き継いでいる。サンドリーヌ委員長も大会が終わるまで、慎重な行動を取ることをお勧めする」

 去年、取り調べを受けたことを思い出した。リュシアンはクロヴィスに何を引き継いだのだろう。

 「ご忠告感謝します」

 敢えて前向きにとらえた返事をする。

 「僕、そろそろ行ってもいいかな」

 アランが私の背後に目をやり、そわそわし始めた。


 「どうぞ。お忙しいところ、お引き止めしました」

 挨拶もそこそこに猛ダッシュするアランの行き先をぼんやり眺めると、その先には仕事を終えた委員ばかりでなく、見学に来たと思しき生徒らの姿があった。

 「ああいうやからだけ警戒するなら、楽なのだが」

 ぼそり、とクロヴィスがつぶやく。

 「お手数をおかけします」

 元容疑者としてつい、低姿勢になる。アランの方は、生徒らと親しげに語らい始めた。下級生にまで、もう友達の輪を広げている 。


 親睦武道会当日。

 競技は順調に進んでいた。委員や生徒会役員は、当日も役割を分担しているけれども、参加者でもある。

 私は、シャルル王子やディディエと同じ白組である。
 アメリは紅組で、主だった戦力としてクロヴィスやアラン、それに学年首席のマリエル=シャティヨンと、同じく首席入学のモーリス=デマレもいる。

 乙女ゲーム的には私に組分けだったが、勝負となると心許こころもとない。

 案の定、乗馬も射的も負け続けだ。

 「この分では、個人戦も敵方に取られそうだな」
 「紅組は、クロヴィス委員長が参戦していますものね」

 私はため息まじりに答える。負けを嘆くのではなく、シャルル王子がぴたりと横並びに座る緊張感からの吐息。

 「でも、僅差きんさだ。最後の集団戦で、逆転できる。姉様が指揮官だもの」

 反対側にはディディエが陣取り、王子の腕が私の腰を抱こうとするのをさりげなく邪魔してくる。

 それはありがたいのだが、弟もやたら手を握ったり頭を持たせかけたりしてきて、王子の牽制けんせいにあっている。

 後ろの攻防戦がわずらわしく、落ち着いて観戦できない。おもなる目的は、アメリの動向チェックである。

 ヒロインも私も、それぞれ役目があって移動が多い。互いに直接尾行するのは、不可能だ。
 今のところ、アメリに不審な動きは見られない。予想通りである。

 アメリだけ見張っていても、尻尾は出ないだろう。向こうは向こうで、こちらを観察しているようにも思える。

 最終学年のイベントで、悪役令嬢が両手に攻略キャラなどという図は、ヒロインにとって、さぞかし面白くなかろう。
 それもまた作戦のうち。あせらせれば、失策が増える。

 「サンドリーヌ様、あちらでアラン様とお話ししている生徒が、エマニュエル=ノアイユ君ですわ」

 ドリアーヌが、後ろから声をかける。アメリが気にしている人物リストで、唯一顔がわからない生徒。

 アランの明るい金髪は、陽光にさらされて、照明を当てたようなきらめきを放っている。目立つこと目立つこと。

 彼が親しげに話している生徒は二人組で、どちらも茶系の似たような髪色をしており、どちらがエマニュエルか判別できない。
 前にも、こんな情景を見たような気がする。

 地味な生徒の一方が、つと向きを変えて、アメリの方へ歩き出した。
 もう一人、やや明るい髪色の生徒とアランが後を追う。アメリも気付いて、挨拶するようだ。エマが側にいる。特に怪しい動きではない。

 ふと、横のシャルル王子に目をむける。バチッと目が合った王子は、嬉しげに微笑んだ。伸びた手が、私のあごに触れる。
 困ったことに、心より先に体が反応してしまう。ドキドキ。

 「姉様。そろそろ準備を始めた方が良いのでは? 着替えに時間がかかるでしょう」

 絶妙のタイミングで、ディディエが口を挟む。
 顎に触れた手が引っ込む時に、私の縦ロールを絡めていった。背中がぞわぞわする。まだ動悸どうきがする。

 「手伝いの者は足りているか。一人ではできまい」

 邪魔された苛立ちなど全く見せず、話を継ぐ王子。

 「私の侍女で十分です」

 耳にディディエの息を吸う音が届き、私は急いで立ち上がった。

 悪役令嬢としては絶好の見せ場なのだけれど、私には向いていない。逆に、ヒロインはよくもこんな状況を目指せるものだ、と感心する。
 ゲーム感覚で行動しないと、やっていられないだろう。


 指揮官を女子生徒が務める場合、というか例年ほぼ女子生徒なのだが、白っぽいドレスをまとい、学園に代々受け継がれる冠を被る。
 冠は男子生徒が指揮官でも被れるシンプルなデザインだ。これが頭から落ちるか、敵に渡ったら負けである。

 ドレスは、指揮官になった生徒が自前で用意する。

 シナリオ通りだと、ヒロインには、攻略中のキャラがプレゼントしてくれることになっている。

 辺境にいるリュシアンから贈られることだけは、あり得ない。
 シャルル王子やディディエがアメリに贈った様子はないけれど、王子については前科があって、油断できなかった。

 残るクレマン先生が贈ったかどうか、エマからは何も聞いていない。立場上、ドレスそのものをプレゼントするのは難しくても、誰かから借りられるよう手配するとか、資金を援助するとか、裏から手を回すことは考えられた。

 アメリが本番までにドレスを調達すること自体は、歓迎する。ドレスが用意できなかったと同情を集めるより、よほど良い。
 ただ、それによって攻略が進展しなければ、の話である。


 「お、お嬢様。申し訳ございませんっ」

 着替えに寮の部屋へ戻ると、ジュリーが泣きながら針と糸でドレスをつくろっていた。今日着るためにあつらえた、新品のドレスである。

 「な、何てひどい」

 手伝いについてきたドリアーヌとその侍女も絶句した。
 大きく布地を破かれている。それより目立つのは、斜めに茶色いシミが飛び散っていることだった。

 ジュリーが頑張ったのだろう、全体に薄くなっているものの、はっきりと輪郭が見える程度には残っている。元は紅茶、と見た。

 「それより、ジュリー、怪我はないの? 賊が侵入したから、ドレスが破損したのでしょう?」

 私が近寄って手を取ると、ジュリーは身を震わせて嗚咽おえつを漏らした。とりあえず侍女の身が無事なようで、安心する。

 彼女の話によると、初めて見る侍女に呼び出されて、部屋を空けた隙にやられたとのこと。その口実が、

 「サンドリーヌお嬢様が、馬に蹴られて怪我をなさったとかで」

 「ぶ」

 それまでの空気が深刻過ぎたせいか、急に可笑しさが込み上げて来た。吹き出しかけた私に気付いたドリアーヌがたしなめる。

 「サンドリーヌ様、笑い事ではございません」

 ジュリーも頷く。

 「私は、魂が抜けるかと思いました」

 このやりとりで、少し落ち着いたジュリーから話の続きを聞く。
 感心にもジュリーは部屋を空ける際、きちんと施錠したことを覚えていた。

 彼女はロザモンドの話を聞いていて、私に降りかかる未来も、何となく理解している。
 元々、襲われるかもしれない、と心配していたのだ。

 初対面の侍女は不慣れなのか、寮内から外へ出るにも、サンドリーヌが運ばれたという場所へ案内するにも、時間がかかった。

 会場へ行こうとして、空き教室へ運ばれた、いや、違った、と学園内をうろついた挙げ句、最終的には保健室へ案内された。

 担当の先生は不在で、カーテンで囲まれたベッドにサンドリーヌが寝かされているから、安静のため声をかけないよう言い置いて、その侍女は去った。

 当然、ジュリーはすぐにカーテンを開ける。確かに金髪の誰かが横たわっていた。ほとんど頭の上まで布団を被り、こちらに背を向けている。

 しばらくカーテン越しに待っていたのだが、あんまり静かなのと、先生も医師も来ないのが不安で、もう一度カーテンの中に入り、そっと布団をめくってみた。

 「これがありました」

 脇に置いてあった金髪のカツラを持ち上げた。

 「急いで部屋へ戻りましたところ‥‥申し訳ございません」

 そして再び針仕事を始めると、涙が溢れて頬を伝った。ドレスに落ちないよう、エプロンで拭うジュリー。

 「ジュリー落ち着いて。お前は悪くない。ドレスの修繕も必要ない。を着るから、問題ないわ」

 私は、を侍女に指し示した。

 手を動かせば気がまぎれるかと思い、敢えて放って置いたのだが、実のところ今これを直しても、着る機会がない。

 「本当に、を着用なさるのですか?」
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