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25 宰相の愚痴
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王族から望まれれば、平民の俺やアデルは断れない。約束の提案という形を取ったのは、姫の優しさだ。同時に、ベイジルとヒサエルディスを同席させたのは、俺たちが感情的にならないための、政治的狡猾であった。
俺も見た目よりは年齢を重ねている。平民と王族が結婚できるとは、思っていなかった。姫と付き合っている間も、結婚後のイメージは浮かばなかった。最後までやらせてくれなかったしな。
姫が身分を捨てて俺の元へ来るなどと夢見るには、俺は達観しすぎていた。変わり者のエルフに育てられたせいかもしれない。
姫がこの計画で一番警戒したのは、アデラだろう。実際、彼女はショックを受けていた。アキが意外にも乗り気になったからな。
俺は、内心で突っ込んだものだ。おいおい、勇者。そこは芝居でも少しは躊躇しろよ。
「うひょっ。俺、国王になれるの?」
アキは、一瞬で権力に目が眩んだみたいな答えを口にした。
アデラの事は本気で好きだったと思う。多分だけど、童貞捧げた相手だし。
でも、彼は勇者としての責務も考えたのだ。
あの言い方も、深刻過ぎる場を和まそうとした感はあった。
「王配だ。お前は王にはなれん」
ベイジルが真面目に訂正した。彼はドワーフの王族なのだ。彼のせいではないのだが、それで雰囲気は深刻な方に傾いた。
彼らが同席していたこともあり、俺が即座に了解したこともあって、アデラも最終的には納得した。アキが同意したのは、もちろんである。
こうして、勇者と姫は結婚し、目論見通り姫が王太女の地位を獲得したのであった。
紅茶を飲み終える頃、謁見のお迎えが来た。部屋を出たところで、アデラとベイジルとヒサエルディスに会った。
「来たねえ」
「おう。相変わらずだな」
「その後、どうだ?」
「やあアデラ。それから二人とも、その節は、世話になった」
アデラとは、この間会ったばかりであり、他の二人には、少し前に会いに行った。三人とも久しぶりというほどでもないが、いろいろ話したい事はある。
今は、王宮内を移動中で役人が張り付いていることもあり、あまり詳しい話はできない。俺たちは簡単に挨拶を交わしただけで、後は無言で歩いた。
「こちらになります」
ひときわ立派な扉の前へ行き着いた。両側に近衛兵が立ち、それぞれ扉へ手をかけて、開く。
国王夫妻が玉座にあった。その両側、王妃の側に夫妻の王女、王の側に王太女夫妻が侍す。姫とアキである。
俺は、ついそちらへ目を惹かれるのを抑え込み、国王と王妃の中間へ目を据えて、前へ進んだ。
両脇には高位の臣下がずらりと並ぶ。互いのため、指を差される行為を控える必要があった。
「よくぞ参った。騎士アデラ以外は、久しいな」
挨拶を終えた俺たちに、国王が話しかけた。こちらは、ひたすら畏まる。姫とアキは王と共に壇上、俺たちは臣下と同じ床の上にいて、目を上げることもままならない。
遠くなったと感じる。実のところ、我彼の間にある淵は、最初から在ったのに、旅の間忘れていただけなのだ。アキは異世界の出身で、姫は王族だ。俺たちとは違う。
細かいことを言えば、アデラは騎士階級になったし、ベイジルも王族で、ヒサエルディスはエルフの賢者である。エルフも賢者も、人間からは貴族のように扱われる。
俺だけが、彼らと別の地平に立っているのだ。望んでこうなった訳だが、こんな時には居心地が悪い。
「そなたらが、ここにいる王太女夫妻と協力して魔王を倒したお陰で、今の平和がある。この五年間に感謝し、今後もその功績を忘れぬよう、記念式典を開くことにした。その後のパーティにおいて、改めて我々からの感謝を受け取ってもらいたい。また、この度王女イザベルがキューネルン王国の第二王子と婚約を取り結んだ。これもそなたらの功績が諸外国にも認められた証となる。感謝を込めて、パーティで披露させてもらう」
「承知しました。謹んで参加します」
ヒサエルディスが代表して答えた。ベイジルは王族、アデラも今や辺境騎士団長である。誰が代表になってもおかしくない。ヒサエルディスは、勇者召喚の時から王と関わりがある。いわば旅のパーティの古株である。
そして、エルフだけに最年長なのは間違いない。特に相談もなく、こういう時の受け答えは彼女がすることになっていた。
「では、明日の式典とパーティで会おう」
退出する際、鋭い視線を感じ、目で確認する。
宮廷魔術師だった。年恰好からして、召喚時と同じ人物だ。
彼はヒサエルディスと、多分俺も嫌っている。彼一人の力では、勇者を召喚できなかったことに始まり、秘蔵の本を奪われたと思っているからである。
どちらも逆恨みだ。あまり近付きたくない。
分厚い扉を潜る段になって、気が付いた。
姫とアキの姿を確認しなかった。
帰りの馬車が用意できたら迎えをよこす、という言葉を半信半疑で部屋にいたが、案の定、夕食前に入浴を、と召使いがやってきた。
「入浴の必要も、夕食の必要もありません。帰宅する、と担当の方に申し上げました。馬車をご用意いただけると仰るので待たせていただきましたが、お忙しいところに余計なお手間を取らせたようですね。馬車も不要とお伝えください。では、失礼します」
召使いの制止を振り切って部屋を出た。彼女は叱責されるかもしれない。気の毒だが、俺の身柄と引き換えにする気はない。
自分が無理を言っていることは、承知だった。ゾーイにも、帰れない可能性を言い置いてあった。王宮内を勝手に歩いてはいけないことも、知っている。
彼らのやり方が気に入らなかった。
帰せないなら、そのように伝えるべきである。宿泊部屋を用意し、帰り支度をさせておいて、流れ作業でなし崩しに留まらせる。何の説明もない。
「えーと。ザカリー魔術師だったかな。どちらへ行かれますか?」
名前を呼ばれて振り向くと、見覚えのある高齢の貴族がいた。オーディントン宰相だった。前国王の時から引き続いて同じ職にあるのだ。さすがに俺も覚えていた。
「帰宅するところです。出口はどちらですか?」
「出口はお教えできますが、ザカリー殿は今夜、お泊まりになると聞いております」
やはりそうか。俺は、唇を噛む。
「ヘンリー=シルヴァン様には、帰宅する旨申し上げてあります。そのつもりで、明日の衣装も持たずに来たのです」
俺は怒りを抑え、馬車の件まで繰り返した。指示した張本人かもしれない相手にブチ切れて、弱みを見せるのは愚策であった。
宰相は、顎に手をやり考えるふりをした。近衛兵が敬礼して行き過ぎる。一人でいたら、牢屋入りだったかもしれない。
「式典参列用の衣装なら、王太女殿下が皆様の分をご用意されました。心配要りません。少し、そこへ出てお話ししませんか」
そう言って、すぐそこの庭園を指した。建物から離れた見通しの良い場所に、四阿が建っている。俺は承知した。
「さて。このような折にわざわざ王宮の外へ宿を取られるからには、それなりの訳がおありでしょう。今は、お尋ねしません」
宰相は座るなり、話し始めた。
「一つ、年寄りの愚痴を聞いてもらいましょう。なあに、手短に済ませます。私もこう見えて、忙しい身ですからな」
柔らかい態度で有無を言わせないところに、老獪さを感じた。二代に亘って重用されるだけのことはある。
「先代の王が、王太女殿下を次の王と定めた話は、ご記憶でしょうな」
「はい」
「現国王も、先代のご意志を尊重しております」
俺は相槌も打たなかった。譲位に不安がなければ、姫は勇者と結婚しなかった、と思うからだ。勇者が旅の仲間と結婚しても、国民は歓迎しただろう。その仲間は、今や辺境騎士団長なのだ。国にも貢献している。
「国は、王一人で動かすものではありません」
「ニコラス=オーディントン宰相殿。ご多用中、平民の私ごときに貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。そろそろ、お暇しようと思います」
「マデリーン殿下は、式典の成功をお望みですが、反対勢力は国家間の紛争も厭いません」
立ち上がった俺を見上げ、宰相は本題を口にした。
「腹芸は苦手です。具体的には誰が?」
俺は、立ったまま一国の宰相を見下ろす。姫がこの男に俺との関係を話したとは思えないが、長年権力を握るこの男が何かしらを知っていても、不思議はなかった。
「それほど単純な話でもないのです。そうですな。大きく分けて、王女殿下のご婚約に賛成の方と反対の方、ですかな」
宰相は身振りで俺に分かるよう暗示し、席を立った。
「宰相殿。明日のパーティが終わるまで、私が泊まる部屋はありますか?」
「部屋までご案内しましょう。夕食の席もご用意いたします」
にこやかに微笑みかける宰相は、善良そのものに見えた。これはこれで恐ろしい。
俺が帰宅を止めたのは、反対派の筆頭が王妃と宮廷魔術師と聞いたからである。この国のほぼ最高権力者に加えて、魔力を見分ける可能性のある男が、姫の敵にまわっている。
魔王を倒したことを売りにする俺たちが、元魔王を保護する形となっていることは、絶対に知られてはならない。
逆恨みに端を発したとしても、俺やヒサエルディスへの嫌悪が基となったなら、俺にも責任がある。
ゾーイとの接触を避けた方が良い。
既にバレて、襲撃でもされていたら、とも心配になるが、そこは自力でどうにかしてもらうしかない。
俺も見た目よりは年齢を重ねている。平民と王族が結婚できるとは、思っていなかった。姫と付き合っている間も、結婚後のイメージは浮かばなかった。最後までやらせてくれなかったしな。
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両脇には高位の臣下がずらりと並ぶ。互いのため、指を差される行為を控える必要があった。
「よくぞ参った。騎士アデラ以外は、久しいな」
挨拶を終えた俺たちに、国王が話しかけた。こちらは、ひたすら畏まる。姫とアキは王と共に壇上、俺たちは臣下と同じ床の上にいて、目を上げることもままならない。
遠くなったと感じる。実のところ、我彼の間にある淵は、最初から在ったのに、旅の間忘れていただけなのだ。アキは異世界の出身で、姫は王族だ。俺たちとは違う。
細かいことを言えば、アデラは騎士階級になったし、ベイジルも王族で、ヒサエルディスはエルフの賢者である。エルフも賢者も、人間からは貴族のように扱われる。
俺だけが、彼らと別の地平に立っているのだ。望んでこうなった訳だが、こんな時には居心地が悪い。
「そなたらが、ここにいる王太女夫妻と協力して魔王を倒したお陰で、今の平和がある。この五年間に感謝し、今後もその功績を忘れぬよう、記念式典を開くことにした。その後のパーティにおいて、改めて我々からの感謝を受け取ってもらいたい。また、この度王女イザベルがキューネルン王国の第二王子と婚約を取り結んだ。これもそなたらの功績が諸外国にも認められた証となる。感謝を込めて、パーティで披露させてもらう」
「承知しました。謹んで参加します」
ヒサエルディスが代表して答えた。ベイジルは王族、アデラも今や辺境騎士団長である。誰が代表になってもおかしくない。ヒサエルディスは、勇者召喚の時から王と関わりがある。いわば旅のパーティの古株である。
そして、エルフだけに最年長なのは間違いない。特に相談もなく、こういう時の受け答えは彼女がすることになっていた。
「では、明日の式典とパーティで会おう」
退出する際、鋭い視線を感じ、目で確認する。
宮廷魔術師だった。年恰好からして、召喚時と同じ人物だ。
彼はヒサエルディスと、多分俺も嫌っている。彼一人の力では、勇者を召喚できなかったことに始まり、秘蔵の本を奪われたと思っているからである。
どちらも逆恨みだ。あまり近付きたくない。
分厚い扉を潜る段になって、気が付いた。
姫とアキの姿を確認しなかった。
帰りの馬車が用意できたら迎えをよこす、という言葉を半信半疑で部屋にいたが、案の定、夕食前に入浴を、と召使いがやってきた。
「入浴の必要も、夕食の必要もありません。帰宅する、と担当の方に申し上げました。馬車をご用意いただけると仰るので待たせていただきましたが、お忙しいところに余計なお手間を取らせたようですね。馬車も不要とお伝えください。では、失礼します」
召使いの制止を振り切って部屋を出た。彼女は叱責されるかもしれない。気の毒だが、俺の身柄と引き換えにする気はない。
自分が無理を言っていることは、承知だった。ゾーイにも、帰れない可能性を言い置いてあった。王宮内を勝手に歩いてはいけないことも、知っている。
彼らのやり方が気に入らなかった。
帰せないなら、そのように伝えるべきである。宿泊部屋を用意し、帰り支度をさせておいて、流れ作業でなし崩しに留まらせる。何の説明もない。
「えーと。ザカリー魔術師だったかな。どちらへ行かれますか?」
名前を呼ばれて振り向くと、見覚えのある高齢の貴族がいた。オーディントン宰相だった。前国王の時から引き続いて同じ職にあるのだ。さすがに俺も覚えていた。
「帰宅するところです。出口はどちらですか?」
「出口はお教えできますが、ザカリー殿は今夜、お泊まりになると聞いております」
やはりそうか。俺は、唇を噛む。
「ヘンリー=シルヴァン様には、帰宅する旨申し上げてあります。そのつもりで、明日の衣装も持たずに来たのです」
俺は怒りを抑え、馬車の件まで繰り返した。指示した張本人かもしれない相手にブチ切れて、弱みを見せるのは愚策であった。
宰相は、顎に手をやり考えるふりをした。近衛兵が敬礼して行き過ぎる。一人でいたら、牢屋入りだったかもしれない。
「式典参列用の衣装なら、王太女殿下が皆様の分をご用意されました。心配要りません。少し、そこへ出てお話ししませんか」
そう言って、すぐそこの庭園を指した。建物から離れた見通しの良い場所に、四阿が建っている。俺は承知した。
「さて。このような折にわざわざ王宮の外へ宿を取られるからには、それなりの訳がおありでしょう。今は、お尋ねしません」
宰相は座るなり、話し始めた。
「一つ、年寄りの愚痴を聞いてもらいましょう。なあに、手短に済ませます。私もこう見えて、忙しい身ですからな」
柔らかい態度で有無を言わせないところに、老獪さを感じた。二代に亘って重用されるだけのことはある。
「先代の王が、王太女殿下を次の王と定めた話は、ご記憶でしょうな」
「はい」
「現国王も、先代のご意志を尊重しております」
俺は相槌も打たなかった。譲位に不安がなければ、姫は勇者と結婚しなかった、と思うからだ。勇者が旅の仲間と結婚しても、国民は歓迎しただろう。その仲間は、今や辺境騎士団長なのだ。国にも貢献している。
「国は、王一人で動かすものではありません」
「ニコラス=オーディントン宰相殿。ご多用中、平民の私ごときに貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。そろそろ、お暇しようと思います」
「マデリーン殿下は、式典の成功をお望みですが、反対勢力は国家間の紛争も厭いません」
立ち上がった俺を見上げ、宰相は本題を口にした。
「腹芸は苦手です。具体的には誰が?」
俺は、立ったまま一国の宰相を見下ろす。姫がこの男に俺との関係を話したとは思えないが、長年権力を握るこの男が何かしらを知っていても、不思議はなかった。
「それほど単純な話でもないのです。そうですな。大きく分けて、王女殿下のご婚約に賛成の方と反対の方、ですかな」
宰相は身振りで俺に分かるよう暗示し、席を立った。
「宰相殿。明日のパーティが終わるまで、私が泊まる部屋はありますか?」
「部屋までご案内しましょう。夕食の席もご用意いたします」
にこやかに微笑みかける宰相は、善良そのものに見えた。これはこれで恐ろしい。
俺が帰宅を止めたのは、反対派の筆頭が王妃と宮廷魔術師と聞いたからである。この国のほぼ最高権力者に加えて、魔力を見分ける可能性のある男が、姫の敵にまわっている。
魔王を倒したことを売りにする俺たちが、元魔王を保護する形となっていることは、絶対に知られてはならない。
逆恨みに端を発したとしても、俺やヒサエルディスへの嫌悪が基となったなら、俺にも責任がある。
ゾーイとの接触を避けた方が良い。
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