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26 勇者の悩み
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部屋へ戻ると、バスタブに湯が張ってあった。計算通りという訳である。地味に腹が立つ。せめてもの抵抗で、手伝いを拒否し自力で入浴を済ませた。
当然ながら、夕食の席も用意されていた。晩餐会のフルコースだ。
右隣と向かいの貴族は全く知らない人物で、左隣は王女だった。今度隣国の第二王子と婚約するという、イザベル王女である。
まだ、母親が恋しいのではないか、と思われるような年頃で、貴族の婚約はこのくらいの年代で取り結ぶのが普通と思い知らされた。
姫が長年婚約者もなしに過ごしたのは、聖女の認定を受けて、魔王を討伐するためだったのだ。
その姫の席は俺から遠く離れて、顔もよく見えない。
「ザカリー様が、魔王を倒す時、大変だったのは、どんなことですか?」
「普段は、どのような暮らしをなさっているのですか?」
「子供たちに、魔法を教えることはお考えですか?」
イザベルは、次々と質問を放った。一応、周囲とも言葉を交わしているが、俺に対しては質問が多く、当たり障りのない答えを探すのに苦労した。
しまいには、俺が王女とばかり話すのも失礼と、他の人と話しているのに、会話に入ってきた。
周囲は王女に気を遣い、放置である。料理を味わうどころではなかった。
晩餐会後、部屋へ戻ると、明日の衣装が用意されていた。派手派手しく、俺が絶対に選ばない色合いである。王女の相手をするのと同様、これを着るのも仕事のうちなのだ。
特にすることも思いつかず、部屋を出た。鍵はかけない。どうせ、勝手に出入りされるのだ。戻った際に、暗殺だけ警戒することに決めた。
目印を辿り、扉を叩く。
「迷わず来たな」
ヒサエルディスだった。印をつけた張本人である。
「ホントだ~」
後ろからアデラが顔を出した。
「お前ら、同じ部屋か?」
「あそこの扉で繋がっていた」
アデラが、壁についた扉を指した。女二人は、続き部屋に案内されたようだ。俺の部屋には余分な扉がない。
「座れ。ベイジルも呼んである。そのうち来るだろう」
ヒサエルディスの部屋には、ソファとテーブルのセットがあり、部屋自体広かった。
エルフだからか?
王妃や宮廷魔術師の目もある中、このレベルの待遇とは思わなかった。
これだけ広くて凝った部屋だと、監視穴があっても見つけにくい。今のところ、誰も聞き耳は立てていないようだが。
「その前に、明日着る服を見せてくれ」
「やっぱり派手だった? あたしは騎士団長だから限度があるけど、ヒッサとかは、決まりないもんね」
ケラケラ笑うアデラは、既に確認済みらしい。ヒサエルディスが苦笑しつつ、クローゼットへ案内する。
「ぶ」
「笑いすぎだ。お前だって、こんな感じなのだろ?」
絶対に本人が選ばない、色柄デザインの服である。あくまでも、観衆に対する見栄え重視の衣装だ。
「明かしていないのだな」
ヒサエルディスが、声を顰めた。ゾーイが元魔王、の話である。俺は頷いた。
「ベイジルには言いたいんだが、別の機会に」
「了解」
ノックの音がした。アデラが応対に出る。
「あ」
扉を開けたまま固まる彼女に、俺たちは駆け寄った。襲撃かと思ったのだ。
そこにいたのは、ベイジルを従えた勇者アキだった。
「姫は来ないのか?」
最初に口を開いたのは、ヒサエルディスだった。
「うん。式典の準備もあるから」
アキは爽やかに笑った。五年前と変わらない。
召喚前は学校とかいう、同じ年齢の集団で師匠から教えを受ける場に通っていたそうだ。
魔法も魔族も存在しない世界。そこから勇者として魔王退治をし、恋人と別れて王族と結婚したのだ。怒涛の人生変遷である。
この全然変わらないところが、勇者たる所以なのだろう。
「皆が元気そうで良かった。アデラには、大変な職務を引き受けてくれて、王も姫も感謝している。ありがとう」
「いや、そんなこと」
アデラは照れてもじもじと視線を逸らす。目が合いそうになって、俺は顔を背けた。
色々愚痴を言いつつも、彼女はアキを思い続けている。
案外、あの荒唐無稽な口約束を、本気で信じる唯一の人かもしれない。
アキのアデラを見る目は優しい。彼もそれなりに、彼女のことを思っているのは確かだ。
すると、姫との夫婦関係はどうなっているのか、気になる。
「とりあえず、飲もうか」
ゴッ、と重い音を立てて、ベイジルが酒壷をテーブルに置いた。
「この部屋にもあるのに」
ヒサエルディスが、グラスと柄杓を棚から取り出す。柄杓、あるんだ。
「足りねえよ。これは、うちで仕込んだ分だ。皆で飲もうと思って」
「わあ、自家製ドワーフ酒!」
アデラの目が輝いた。
俺は少々危機感を覚える。ドワーフが仕込むドワーフ酒は、アルコール度が高い。大事な式典の前夜に飲んで大丈夫だろうか?
「ほどほどに」
「強烈な香りだな」
牽制する側から蓋を開け、柄杓でグラスに汲み分けるベイジル。消毒薬みたいな強烈な匂いが部屋に広がる。
「海の方から、変わった土を手に入れたんだ」
俺も付き合いで口をつけたが、飲み干せなかった。香りに癖があり過ぎる上に、激辛だった。
ベイジルが一通り語り終える頃には、皆酔っ払っていた。そうそう酔っ払うメンバーではない。酒が強過ぎるのだ。
「ザックは、あの性奴隷連れてこなかったの? やっぱ姫」
俺は、アデラの口を慌てて手で塞いだ。アキとベイジルの視線が痛い。
「性奴隷じゃない。訳ありで預かっているだけだ」
「でも、女の子なんだね」
アキの言葉が意味ありげに聞こえる。お前だって姫とパコっている癖に、と思う俺も酔っている。ドワーフ酒は強過ぎる。
「パメラさんは、どうした? 連れてきたんだろう?」
俺はベイジルに話しかけた。失礼ながら、性奴隷で連想してしまったのだ。王族のベイジルと正式に結婚しているのか知らないが、平民のパメラは彼のパートナーである。
「ああ。式典では別の席に座る。パーティには一緒に出る」
「パーティって、ダンスするよね。あたし、男性パートしか踊れないんだけど、パメラさんは踊ってくれるかな?」
アデラが身を乗り出した。式典の衣装も騎士の礼服である。男性パートを踊れるだけでも凄い。俺は踊れない。五年前の凱旋パーティではどうだったかな。
「言っておく」
「アデラ団長に誘われたら、貴族の女性は喜んで手を取るよ。パートナーも安心する」
アキが付け加えた。本当は、アデラと踊りたかったりして。彼女は普段男装しているようなものだが、女性の格好をしても違和感のない顔立ちである。
おっぱいもでかい。きっと、胸の開いたドレスも似合う。
「お前は、パメラと姫とヒッサと踊れば、面目は立つだろう。イザベル殿下に捕まらないよう、終わったら帰っていいんじゃないか?」
ベイジルが、酒をドボドボ注ぎながら、アキを見る。もう、数えただけで五、六杯飲んでいた。
「イザベルは、エグモント殿下と踊る。ザックまで順番は回らないだろう」
「王女様、謁見の時にザックのこと、めちゃめちゃ見てたもんね。夕食の席も近かったでしょう。もう予約してたりして」
「いや。そこまでは」
「アキ。話があるなら、酔っ払う前にした方が良いぞ」
ヒサエルディスの言葉に、全員がぴたりとお喋りを止めた。酔ってはいるが、判断力は残っていた。
「イザベルを擁立する動きがある」
アキは簡潔に告げた。
「隣国の王族との婚約を潰すのか? 国まで潰されるぞ」
ベイジルの言葉で、俺は宰相の話を思い出した。
「そういう阿ほ‥‥んんっ‥‥もいるが、厄介なのは、推進派の方だ」
「王妃陛下」
アキは頷いた。俺は、宰相の示唆を正確に読み取れたのだ。一抹の不安が解消された。
「王女殿下の婚約者は第二王子。一旦は嫁いでも、彼を王配として我が国に迎えることまで見据えての婚約だ。既に、裏でそのような取引を交わした可能性もある」
「キューネルン王国が本格的に動くとなると、厳しいな」
とベイジル。この間のハルピュイアコロニーのあった国とは別の隣国で、国力はわが国より大きい。
縁戚関係を結ぶだけでも相互に利益はあるのだが、将来的に王統を乗っ取れるとなれば、試行に乗り出すことも十分考えられた。
そして、彼らが少しばかりの労力を割いただけで、こちらの受ける打撃は絶大なのだ。
「まずは式典を成功させて、姫の支持を安定させることだ。だが、その後はどうする? 私たちは工作員ではない」
姫を暗殺から守るための護衛としても、王妃、又はその手下への刺客としても、俺たちは目立ち過ぎる。第一、俺たちの看板は、綺麗であることに価値があるのだ。
「お前らに子供が生まれれば、おかしな動きも止むんじゃねえか」
ベイジルは、柄杓に直接口をつけて酒を飲んでいた。もう酒は、壺の底を掻き出すようにしなければ出てこない。
「それなんだよ~」
アキが、ソファの背もたれに寄りかかった。
「もしかして、あんたたちって、白い結婚?」
アデラが、躊躇いがちに尋ねる。その顔には、期待があった。
「いや。ほぼ毎日」
即答で撃沈した。俺も一瞬だけ期待してしまった。何を? しかも、毎日って。
「聖女なのに結婚したのがまずいんじゃないか、とか、異世界人とは子供を作れないんじゃないかとか言われて、参っているところ。僕、無精子症かも」
「ムセイ‥‥?」
「精液の中に、子種が入っていないってこと。まだ王太女だから、どのみち側妃を娶れないけど、もしそうなら、後宮作っても意味ないんだよね」
アキのいた世界は魔法がない代わりに、技術が発達していた。時折彼は、賢者のヒサエルディスも知らない概念や単語を口にする。改めて、別の世界から来た人なのだと思う。
「男が子を欲しがるのは本能だから、悩むのも致し方ないが」
ヒサエルディスは、棚から新たな酒瓶を出して飲んでいた。
「特に人間の男は子孫を残すよりも、行為そのもののもたらす快楽を求める欲求に特化しているが」
そうだった。彼女は人間の男に遺恨があるのだった。
「姫が王位に就きたいのは、自分の血筋を王統として残したいからではなく、王妃のような者からこの国を守りたいからだろう」
唐突な人間オスへの貶めを挟み、何事もなく話を続ける様子が、酔いを感じさせた。見た目は素面である。
「お前たちの子であっても、別の人間だ。思うように育つとは限るまい。血筋にこだわらず、次を託せる者であれば良かろう」
「まず、姫が王位に就かなければ始まらんってことだな。妨害工作に対しては、何か手を打ったか。まさか無策じゃないな?」
ベイジルは、酒壺を両手で持ち上げて飲み干した。
「まあ。向こうが動けば、こちらも反応する形で。民の支持は大事だ。汚い手は使えない」
「表向き」
ヒサエルディスが、ぼそっと付け加えた。
「その結果、皆の手を煩わすことになるかもしれなくて」
「何言ってんの。喜んで協力するよ。あたしたち、仲間なんだから。ね?」
アデラが俺たちを見回す。
「おう。わしらは仲間だ」
ベイジルは新たな酒を、ヒサエルディスから注いでもらっていた。
「是々非々だな」
「同じく。できることはするが、無条件ではない」
ヒサエルディスに便乗して予防線を張ってしまったのは、ゾーイの存在を隠している後ろめたさからである。
当然ながら、夕食の席も用意されていた。晩餐会のフルコースだ。
右隣と向かいの貴族は全く知らない人物で、左隣は王女だった。今度隣国の第二王子と婚約するという、イザベル王女である。
まだ、母親が恋しいのではないか、と思われるような年頃で、貴族の婚約はこのくらいの年代で取り結ぶのが普通と思い知らされた。
姫が長年婚約者もなしに過ごしたのは、聖女の認定を受けて、魔王を討伐するためだったのだ。
その姫の席は俺から遠く離れて、顔もよく見えない。
「ザカリー様が、魔王を倒す時、大変だったのは、どんなことですか?」
「普段は、どのような暮らしをなさっているのですか?」
「子供たちに、魔法を教えることはお考えですか?」
イザベルは、次々と質問を放った。一応、周囲とも言葉を交わしているが、俺に対しては質問が多く、当たり障りのない答えを探すのに苦労した。
しまいには、俺が王女とばかり話すのも失礼と、他の人と話しているのに、会話に入ってきた。
周囲は王女に気を遣い、放置である。料理を味わうどころではなかった。
晩餐会後、部屋へ戻ると、明日の衣装が用意されていた。派手派手しく、俺が絶対に選ばない色合いである。王女の相手をするのと同様、これを着るのも仕事のうちなのだ。
特にすることも思いつかず、部屋を出た。鍵はかけない。どうせ、勝手に出入りされるのだ。戻った際に、暗殺だけ警戒することに決めた。
目印を辿り、扉を叩く。
「迷わず来たな」
ヒサエルディスだった。印をつけた張本人である。
「ホントだ~」
後ろからアデラが顔を出した。
「お前ら、同じ部屋か?」
「あそこの扉で繋がっていた」
アデラが、壁についた扉を指した。女二人は、続き部屋に案内されたようだ。俺の部屋には余分な扉がない。
「座れ。ベイジルも呼んである。そのうち来るだろう」
ヒサエルディスの部屋には、ソファとテーブルのセットがあり、部屋自体広かった。
エルフだからか?
王妃や宮廷魔術師の目もある中、このレベルの待遇とは思わなかった。
これだけ広くて凝った部屋だと、監視穴があっても見つけにくい。今のところ、誰も聞き耳は立てていないようだが。
「その前に、明日着る服を見せてくれ」
「やっぱり派手だった? あたしは騎士団長だから限度があるけど、ヒッサとかは、決まりないもんね」
ケラケラ笑うアデラは、既に確認済みらしい。ヒサエルディスが苦笑しつつ、クローゼットへ案内する。
「ぶ」
「笑いすぎだ。お前だって、こんな感じなのだろ?」
絶対に本人が選ばない、色柄デザインの服である。あくまでも、観衆に対する見栄え重視の衣装だ。
「明かしていないのだな」
ヒサエルディスが、声を顰めた。ゾーイが元魔王、の話である。俺は頷いた。
「ベイジルには言いたいんだが、別の機会に」
「了解」
ノックの音がした。アデラが応対に出る。
「あ」
扉を開けたまま固まる彼女に、俺たちは駆け寄った。襲撃かと思ったのだ。
そこにいたのは、ベイジルを従えた勇者アキだった。
「姫は来ないのか?」
最初に口を開いたのは、ヒサエルディスだった。
「うん。式典の準備もあるから」
アキは爽やかに笑った。五年前と変わらない。
召喚前は学校とかいう、同じ年齢の集団で師匠から教えを受ける場に通っていたそうだ。
魔法も魔族も存在しない世界。そこから勇者として魔王退治をし、恋人と別れて王族と結婚したのだ。怒涛の人生変遷である。
この全然変わらないところが、勇者たる所以なのだろう。
「皆が元気そうで良かった。アデラには、大変な職務を引き受けてくれて、王も姫も感謝している。ありがとう」
「いや、そんなこと」
アデラは照れてもじもじと視線を逸らす。目が合いそうになって、俺は顔を背けた。
色々愚痴を言いつつも、彼女はアキを思い続けている。
案外、あの荒唐無稽な口約束を、本気で信じる唯一の人かもしれない。
アキのアデラを見る目は優しい。彼もそれなりに、彼女のことを思っているのは確かだ。
すると、姫との夫婦関係はどうなっているのか、気になる。
「とりあえず、飲もうか」
ゴッ、と重い音を立てて、ベイジルが酒壷をテーブルに置いた。
「この部屋にもあるのに」
ヒサエルディスが、グラスと柄杓を棚から取り出す。柄杓、あるんだ。
「足りねえよ。これは、うちで仕込んだ分だ。皆で飲もうと思って」
「わあ、自家製ドワーフ酒!」
アデラの目が輝いた。
俺は少々危機感を覚える。ドワーフが仕込むドワーフ酒は、アルコール度が高い。大事な式典の前夜に飲んで大丈夫だろうか?
「ほどほどに」
「強烈な香りだな」
牽制する側から蓋を開け、柄杓でグラスに汲み分けるベイジル。消毒薬みたいな強烈な匂いが部屋に広がる。
「海の方から、変わった土を手に入れたんだ」
俺も付き合いで口をつけたが、飲み干せなかった。香りに癖があり過ぎる上に、激辛だった。
ベイジルが一通り語り終える頃には、皆酔っ払っていた。そうそう酔っ払うメンバーではない。酒が強過ぎるのだ。
「ザックは、あの性奴隷連れてこなかったの? やっぱ姫」
俺は、アデラの口を慌てて手で塞いだ。アキとベイジルの視線が痛い。
「性奴隷じゃない。訳ありで預かっているだけだ」
「でも、女の子なんだね」
アキの言葉が意味ありげに聞こえる。お前だって姫とパコっている癖に、と思う俺も酔っている。ドワーフ酒は強過ぎる。
「パメラさんは、どうした? 連れてきたんだろう?」
俺はベイジルに話しかけた。失礼ながら、性奴隷で連想してしまったのだ。王族のベイジルと正式に結婚しているのか知らないが、平民のパメラは彼のパートナーである。
「ああ。式典では別の席に座る。パーティには一緒に出る」
「パーティって、ダンスするよね。あたし、男性パートしか踊れないんだけど、パメラさんは踊ってくれるかな?」
アデラが身を乗り出した。式典の衣装も騎士の礼服である。男性パートを踊れるだけでも凄い。俺は踊れない。五年前の凱旋パーティではどうだったかな。
「言っておく」
「アデラ団長に誘われたら、貴族の女性は喜んで手を取るよ。パートナーも安心する」
アキが付け加えた。本当は、アデラと踊りたかったりして。彼女は普段男装しているようなものだが、女性の格好をしても違和感のない顔立ちである。
おっぱいもでかい。きっと、胸の開いたドレスも似合う。
「お前は、パメラと姫とヒッサと踊れば、面目は立つだろう。イザベル殿下に捕まらないよう、終わったら帰っていいんじゃないか?」
ベイジルが、酒をドボドボ注ぎながら、アキを見る。もう、数えただけで五、六杯飲んでいた。
「イザベルは、エグモント殿下と踊る。ザックまで順番は回らないだろう」
「王女様、謁見の時にザックのこと、めちゃめちゃ見てたもんね。夕食の席も近かったでしょう。もう予約してたりして」
「いや。そこまでは」
「アキ。話があるなら、酔っ払う前にした方が良いぞ」
ヒサエルディスの言葉に、全員がぴたりとお喋りを止めた。酔ってはいるが、判断力は残っていた。
「イザベルを擁立する動きがある」
アキは簡潔に告げた。
「隣国の王族との婚約を潰すのか? 国まで潰されるぞ」
ベイジルの言葉で、俺は宰相の話を思い出した。
「そういう阿ほ‥‥んんっ‥‥もいるが、厄介なのは、推進派の方だ」
「王妃陛下」
アキは頷いた。俺は、宰相の示唆を正確に読み取れたのだ。一抹の不安が解消された。
「王女殿下の婚約者は第二王子。一旦は嫁いでも、彼を王配として我が国に迎えることまで見据えての婚約だ。既に、裏でそのような取引を交わした可能性もある」
「キューネルン王国が本格的に動くとなると、厳しいな」
とベイジル。この間のハルピュイアコロニーのあった国とは別の隣国で、国力はわが国より大きい。
縁戚関係を結ぶだけでも相互に利益はあるのだが、将来的に王統を乗っ取れるとなれば、試行に乗り出すことも十分考えられた。
そして、彼らが少しばかりの労力を割いただけで、こちらの受ける打撃は絶大なのだ。
「まずは式典を成功させて、姫の支持を安定させることだ。だが、その後はどうする? 私たちは工作員ではない」
姫を暗殺から守るための護衛としても、王妃、又はその手下への刺客としても、俺たちは目立ち過ぎる。第一、俺たちの看板は、綺麗であることに価値があるのだ。
「お前らに子供が生まれれば、おかしな動きも止むんじゃねえか」
ベイジルは、柄杓に直接口をつけて酒を飲んでいた。もう酒は、壺の底を掻き出すようにしなければ出てこない。
「それなんだよ~」
アキが、ソファの背もたれに寄りかかった。
「もしかして、あんたたちって、白い結婚?」
アデラが、躊躇いがちに尋ねる。その顔には、期待があった。
「いや。ほぼ毎日」
即答で撃沈した。俺も一瞬だけ期待してしまった。何を? しかも、毎日って。
「聖女なのに結婚したのがまずいんじゃないか、とか、異世界人とは子供を作れないんじゃないかとか言われて、参っているところ。僕、無精子症かも」
「ムセイ‥‥?」
「精液の中に、子種が入っていないってこと。まだ王太女だから、どのみち側妃を娶れないけど、もしそうなら、後宮作っても意味ないんだよね」
アキのいた世界は魔法がない代わりに、技術が発達していた。時折彼は、賢者のヒサエルディスも知らない概念や単語を口にする。改めて、別の世界から来た人なのだと思う。
「男が子を欲しがるのは本能だから、悩むのも致し方ないが」
ヒサエルディスは、棚から新たな酒瓶を出して飲んでいた。
「特に人間の男は子孫を残すよりも、行為そのもののもたらす快楽を求める欲求に特化しているが」
そうだった。彼女は人間の男に遺恨があるのだった。
「姫が王位に就きたいのは、自分の血筋を王統として残したいからではなく、王妃のような者からこの国を守りたいからだろう」
唐突な人間オスへの貶めを挟み、何事もなく話を続ける様子が、酔いを感じさせた。見た目は素面である。
「お前たちの子であっても、別の人間だ。思うように育つとは限るまい。血筋にこだわらず、次を託せる者であれば良かろう」
「まず、姫が王位に就かなければ始まらんってことだな。妨害工作に対しては、何か手を打ったか。まさか無策じゃないな?」
ベイジルは、酒壺を両手で持ち上げて飲み干した。
「まあ。向こうが動けば、こちらも反応する形で。民の支持は大事だ。汚い手は使えない」
「表向き」
ヒサエルディスが、ぼそっと付け加えた。
「その結果、皆の手を煩わすことになるかもしれなくて」
「何言ってんの。喜んで協力するよ。あたしたち、仲間なんだから。ね?」
アデラが俺たちを見回す。
「おう。わしらは仲間だ」
ベイジルは新たな酒を、ヒサエルディスから注いでもらっていた。
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