姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

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27 王妃の牽制

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 魔王討伐五周年式典は、華やかに挙行され、無事終了した。
 俺たちは客寄せよろしく、観客の前に立った。派手派手な衣装を着て壇上に並び、その後王都のメインストリートを練り歩いたのだ。

 観客は、式典の時から、ぎっしりだった。国境からの報告では、平時の数倍の入国者があったとのことだった。
 俺たちを見たいのは、国民だけではないのだった。

 イザベル王女の婚約も無事に発表された。
 キューネルン王国の第二王子、エグモントはイザベラと同じような年齢で、二人並ぶと飾り物にしたいような可愛らしさだった。

 イザベラは一目で王子を気に入ったようだ。
 王族としての気品を失わないよう、精一杯努力しつつも、彼を見たいという気持ちが止まらないのがありありだった。

 この婚約も、歓呼で迎えられた。
 ひょっとしたら、キューネルンから動員をかけているかもしれない。

 俺は観客に笑顔を振り撒きつつ、警戒の目で観察した。
 危険な視線は感じなかった。平和に乗っ取れるなら、わざわざこのようなお祭り騒ぎの日に、反発を買ってまで強行する必要はないのだ。

 俺は人混みの中に、ゾーイを見つけた。
 魔族には見えず、魔力もほぼ感じられない。完全に大衆に紛れている。

 目についたのは、少し不安そうな顔をしていたせいもあった。俺は、ゾーイに向かって微笑み手を振った。
 彼女が笑顔を返した。


 今日になって、やっと俺は姫を見ることができた。
 ベイジルと話す横顔は、五年の間に大人びていた。体つきも、どこがどうとは説明できないが、女らしくなった気がする。

 服のせい? それとも、毎日ヤっていると聞いたせい?
 わざわざ近付いて話しかけるのも、躊躇ためらわれた。結果、言葉を交わすことなく式典、パレードと過ぎ去った。

 姫とアキは意匠を揃えた服をまとい、並び立って観客に手を振った。聖女でもある王太女と勇者の組み合わせは、俺から見てもお似合いだった。


 城へ戻るとパーティである。俺たちは、侍女を付けられ、パーティ用の衣装に着替えさせられた。休む間もない。

 ダンスをしなければならないのだ。俺は平民なのに、貴族の社交に付き合わされるのは、納得がいかない。
 これも、仕事と言い聞かせる。

 初回は、ヒサエルディスがパートナーを務めてくれた。珍しくドレス姿である。
 数百歳を生きたエルフは、普段引きこもっているとは信じられないほど、ダンスが上手い。ほとんど踊れない俺を相手に、優雅な舞を見せた。

 姫はアキと、ベイジルはパメラを連れて、アデラはやはり男装で、騎士団関係者のご令嬢をあてがわれたらしい。皆、滑らかに踊っている。イザベル王女も、婚約者のエグモントと組んでいた。

 彼らの愛らしい姿からは、とてもではないが、姫を王位から追いやったり、国の乗っ取りを企んだりするとは、想像もつかない。
 実際に動くのは、彼らの背後にいる大人なのだ。例えば王妃とか。

 王妃は、国王と並んで玉座にあった。国内の有力貴族の娘ではあるが、前王が整えた婚約者だった、と覚えている。
 つまり、将来王妃になることを、想定せずに結んだ婚約なのだ。

 前王が亡くなったことに、不審な点はない、とされる。彼女にとっては、思いがけず転がり込んできた宝冠である。
 それでも、一度手にすれば、自分の物のように思ってしまうものなのだろうか。

 キューネルン王国の後ろ盾は、心強い。それだけに、食われる心配もある。
 乗っ取られない自信があるのか、それでも構わないと思っているのか、その澄ました顔に聞いてみたかった。

 「何か、動きがありそうだ。全部は出し切れないだろうが、どこから何が出るかわからん。網を張っておけ」

 踊りを任せきりの俺に、ヒサエルディスが告げる。

 「随分と曖昧な指示だ」

 「あくまでも、私たちは部外者だからな。アキも全部は喋らない」

 「でも、助けなくてはならない。政治は嫌いだ」

 「政治というより、権力闘争だ」

 「俺にとっては、同じだよ」

 曲が途切れた。ヒサエルディスが離れたので、一曲終わったと知れた。
 近くにパメラがいた。ベイジルとヒサエルディスの視線に押され、ダンスは俺から申し込むのだった、と思い出す。

 身分差によっては、女性から申し込まれるのを待たねばならなかったりと、細かい決まりがあるらしい。もう、そこまで行くと、俺にはお手上げである。

 「パメラ様。私と踊っていただけますか」

 「はい。喜んで」

 パメラはドワーフなのだが、凹凸に富んだ体を持っている。これは、ドワーフの美的感覚からは大きく外れるのだ。人間の俺から見れば、豊満に熟した色気たっぷりの人妻で、十分に魅力的だった。

 「館をお訪ねして以来ですね。お元気そうで嬉しいです」

 「ザカリー様と過ごせて、ベイジルも喜んでおりました」

 パメラもまた、ダンス巧者だった。下手くそな俺をまともに見せるほどの腕前である。彼女も平民なのだ。こうなると、身分を言い訳にできない。

 「ところで、先にお帰りになると聞きましたので、お伝えしておきます」

 不穏なことを言う。

 「王太女殿下は、不妊薬を飲まされていた疑いがあります」

 俺は足が、いや、全身が止まりそうになった。パメラは、ドワーフらしい力強さで、強引に俺の体を動かした。

 「その薬草は、媚薬でもあり、調味料としても高貴な方に好まれる物なので、不妊を狙って摂取させた、と証明するのは難しいでしょう」

 「お抱えの魔術師か」

 魔法にも色々種類がある。薬の効果を上げる魔法を使うなら、薬学にも詳しい必要がある。宮廷に勤めていれば、幅広い知識が求められる筈だ。

 「とは限りません」

 彼がヒサエルディスや俺への恨みを、姫に向けた可能性もないではないが、それよりも誰かの指示で手を貸した、と考えた方が、筋は通る。
 有り体に言って、姫に子が出来なくても、俺たちにダメージはないからである。
 その誰か、は言わずと知れた。

 「難しいな」

 「はい」

 俺が一瞬走らせた視線の先を、パメラはよく捉えた。王妃であった。

 「姫は知っているのか?」

 「ベイジルから伝えました。もとより、殿下のご依頼で調べたことです」

 「そうか」

 姫が、アデラと踊っているのが見えた。勇者にとっては、元恋人と妻の組み合わせである。
 アキは、と見ると、どこかのご令嬢と踊っている。修羅場の雰囲気はまるでない。俺が勝手にドキドキしただけだった。
 ちなみにベイジルは、ヒサエルディスと組んでいた。

 「殿下は、皆様のご滞在中に、この件を明らかにするご意向です」

 「残れ、ということか」

 「いいえ。ご判断はザカリー様にお任せする、と。不在の利点もある、とベイジルが申しておりました」

 例えば罠が仕掛けられたとして、こちらが不利に陥った場合を指している。確かに今は、俺たち全員まとめて葬るのに、絶好の機会であった。

 「承知した。今のお話を踏まえて検討する」

 曲が終わった。パメラと俺は、互いに終わりの礼を取った。
 いよいよ姫と踊るのだ。柄にもなく緊張する。

 パメラの時と違って、彼女は俺から離れた距離にいた。国王夫妻のほぼ真ん前である。
 こういう場合、姫は俺と踊る気がない。遠路はるばる誘いに行くのは、マナー違反だった気がする。

 俺としては、イザベル王女のような断れない相手から、ダンスを強要されなければ良い。その彼女もまた、正面近くで婚約者と手を取り合っていた。俺が心配する必要はなかったらしい。

 退出するには、ちょうど良い頃合いだった。だが、パメラから聞いた話が気に掛かる。

 俺は、差し当たって腹を満たすことにした。朝食以来、食事をする暇がなかったのだ。
 折しも、会場の端に、小綺麗に飾り立てられた飲食コーナーが設けられてあった。人の姿もまばらで、がっしりとした貴族の男が所在しょざいなさげにたたずんでいる。

 今なら、そちらへ近付いても、ダンスの申し込みと誤解される恐れもない。俺はさりげなさを装い、移動を始めた。

 「ここで、私事ですが、皆様にお知らせがあります」

 王妃が口を開いた。楽の音が途絶えたところで、彼女の声はよく通り、雑談を止めた。
 俺は振り向いた。嫌な予感がした。

 「わたくし、新たな命を授かりました」

 頭が白くなった気がした。姫の妊娠を聞いたとしても、こうはならなかっただろう。
 俺だけでなく、戸惑う者が多いのか、会場も静かである。王妃の発表は、場をわきまえたとは言い難く、唐突とうとつに過ぎた。

 「めでたい。これで我が国の将来は、より安定するだろう」

 口火を切ったのは、国王だった。姫の兄である。吉事でまとめて、王妃を擁護ようごしたのだ。

 拍手が起こり始めた。わあっと歓声が上がる。
 祝福のために、皆が正面に集まり始めた。俺は姫を見た。
 微笑みを浮かべた顔色が、青かった。

 のだ。
 式典の挙行を許可した国王を味方と信じたのは、油断だった。王は王妃を制御できない。
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