瓜の蔓に鳶が

在江

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 薄暗い建物の中に何本もの影が揺れている。
   影は床にまだらの陰を作る。陰もゆらゆらと不規則な動きで床の濃淡を変える。

   天井からぶら下がっているのは、人の脚。白いのや、黒いのや、茶色いのや、黄色がかったのが、太いのも細いのもぴんと張ったものもしわしわのものも、毛に覆われたものも爪がピンクに染まっているものも、皆一様にぶら下がっている。だから、ここは薄暗いのだ。


 いやだわ。また外れだわ。
 どうした、おトキさん。
 また、変なモノ産んじまったよう。

 あっ。こりゃてえへんだ。おい、ハチっつあん、クマさん来てくれよ。
 なんだよ、タツの野郎。まだ夜明け前じゃねえか、ぶんぶん。おっ。
 おお寒。春はまだ遠いや。げっ。

 いやだよ皆。何もそんなにまじまじ見なくてもよいじゃないか。タツさんもタツさんだよ。やたらに野次馬を増やすことないだろうに。
 俺は馬じゃねえぞ、ぶん。

 俺だってそうだ。しかし何だねえ、おトキさん。お前さんはよく孕むが、ろくなモノを産んだ試しはないねえ。ここ何回かは、皆同じモノばかりじゃないか。

 煩いよ、クマ爺。産んでみるまでわからないんだから、仕方がないだろう。あたしだって、好きでこんなモノを産んだんじゃないやい。今度こそ、と思って期待していたのに。

 まあまあ。おトキさんもクマさんも、ここで言い争っている場合でもないだろう。それにしても、よくこんな大きいモノを毎回産めたものだ。俺ぁ感心するね、ぶん。

 感心してないで、ハチ公何とかしておくれよ。あたしゃ、こいつを産むのに精一杯で、体を起こすこともできないんだよう。ほら、なんだかぐったりしてきているみたいじゃないか。どうすればいいんだったっけ。

 このまま放っておけば、そのうち起き出すんじゃないのか。

 馬や鹿じゃあるまいし。あんただって、ハチ公だって、生まれてしばらくは、母親の世話が欠かせなかっただろう。タツさんは放っておいても平気だったかもしれないけどさ。

 そりゃあ、ひどい言い草だ。俺だって生まれてすぐには飛び立てないぜ。ええと、そうだな。とりあえず叩いてみよう。

 おぎゃあ、おぎゃあ。

 うわ、煩いぞ、ぶんぶん。

 近所迷惑な大声だ。俺だってこんな声は出さなかったぞ。

 クマさんの声だって、結構迷惑な代物だ。こいつはこれでいいんだよ。確か、ご隠居がそう仰っていた。
 そうだよ、ご隠居に預ければいいんだよ。何で今まで思いつかなかったんだろう、ぶんぶん。早速、呼んでこよう。

 あっ、ハチ公お待ちよ。行っちまったよ。まだ朝早いというのに、起こしちゃ気の毒だ。どうせ、そんなにすぐには死にやしないって。こいつら見かけによらず、頑丈なんだよ。心配いらないよ。

 お年寄りは朝早いものだって、ご隠居がこの間言ってたから、きっともう起きているんじゃないか。タツさん、まだそいつは泣き止まないのか。よく泣くものだなあ。

 こうやって息をしているんだって、そう言えば聞いた覚えがあるよ。
 へええ、そうなんだ。でもここ、血が出ているようだけど、タツさんの鱗で切ったんじゃないのかい。

 あらやだ。本当だわ。もしかして、痛くて泣いているのかも。タツさん、気を付けてくださいな。可哀想に。クマさん、ちょいと舐めてやっておくんなまし。

 ええっ。俺が舐めていいのか。まずそうだな。

 食べるんじゃないよう。傷口を舐めて血を止めてやってくれって、頼んでいるんだよう。あたしのくちばしじゃあ、こいつに穴開けちまうじゃないか。

 わかっているよ。ごとだって。べろり。おや、案外いけるじゃねえか。もう少しだけ。べろりんこ。へええ、こいつは知らなかったな。生まれたてなら旨いもんだ。

 その辺で止めておきな。おトキさんが怖い目で睨んでいるよ。いつまでも舐めていると、目ん玉突かれるよ。
 ああ、やっとご隠居がいらっしゃった。よかった、クマ爺に食われるところだった。ご隠居、朝早くからご面倒をおかけします。

 おや、おトキさん。無事で何よりじゃのう。何、年寄りは眠りが浅うて、早くから目が覚めるものじゃ。気にすることはない。今度もこいつが生まれたのか。
 おトキさんはいつもすらりとして、姿がよいから、こうして生まれるまで気がつかなんだ。大変じゃったろう。体の具合はどうかね。

 お陰さまで何とか。ところで、これをまた、ご隠居にお願いしてもよろしゅうございますか。どうも形が違い過ぎて、あたしには育てられないんでございますよう。

 そりゃあ、こいつはおトキさんには無理じゃろう。わしが引き取って、しかるべき筋に回してやるから、安心おし、キキッ。
 悪いが、クマ。こいつを持って一緒に来てくれんかのう。わし一人では、運ぶのが大変じゃ。ハチにタツは、おトキさんの面倒を見てやってくれんかのう。

 がってんでい、ぶんぶん。
 承知しました。

 じゃ、俺はこいつを持っていくよ。よいしょっと。持ち上げると、思っていたより重いものだな。食いでがありそうじゃあないか。

 クマ、食べるんじゃないよ。
 わかってらあ。


 代理、人間が届きました。男です。

 何、またか。近頃多いな。主任、ここ一年の種別出産データを呼び出してくれ。ああ、君は戻ってよし。
 はい。失礼しました。

 代理、データを呼び出しました。ご覧下さい。

 ふむ。やはり圧倒的に人間、それも男の数が増えているな。ゴリラや象からだけでなく、鳥やツチノコからも生まれているぞ。大きさが全然違うだろうに、どういう風に産むんだろう。

 体外に排出された際に、膨らむらしいです。ちょうど見ていた猿がいたので、事情聴取しました。親の体が小さい場合には、相当膨張するので、周囲がひっくり返るほど驚くそうです。

 そりゃあ驚くだろう。ゴリラが猫を産むことはないのに、どうして人間ばかりがこう、いろいろな生物から生まれてくるのだろう。そのうち、茄子なすからも出てくるかもしれないぞ。

 二年ほど前に、竹から生まれた例が報告されております。現物がここには届きませんでしたので、真偽の確認が取れませんでしたが。

 へええ、そうだったかな。記憶にないな。あ、所長。おはようございます。また人間の男が届きました。
 ご苦労様。大切に扱ってくれ。まだ、人間が出産した例はないのかね、代理。

 はあ。人間は成長が遅い上に、生殖行為に独自の意味付けをしているようで、なかなか行為に及ばないのです。男の数が圧倒的に多すぎるのがよくないのかもしれません。目を離すと、すぐ殺し合いますからね。生殖できるまでに成長する人間が、そもそも少ないのです。

 ふむ。難しいものだな。しかも、どんどん増え続けている。人間は厄介な存在になりそうだ。今に、この惑星の表面を覆い尽くすかもしれないな。よく見張っておくように。
 はい。


 うわあああああ。
 人間が逃げたぞう。
 いやあああ、殺される。
 怖い怖い。
 逃げろ、もうだめだ。
 こいつらは、増え過ぎた。もう我々の手には負えない。


 おじいちゃん、ここにぶらさがっているものはなあに。
 それは、人間というものだよ。
 たべられるの。
 食べてみたことはないなあ。あんまり美味しそうに見えなかったものなあ。

 そうだね。でも、どうしてここにぶらさがっているの。
 人間がたくさんいた星から引き上げてくる時に、記念に持ってきたら、ここへ着くまでに皆死んでしまったんだよ。それで、ここに保存しておくことになったんだ。

 いきていたんだね。
 そう。昔は生きていたんだよ。

 いまでも、そのほしへいったら、いきたにんげんがみられるのかなあ。
 どうだろうねえ。殺し合いが好きな種族だったから、もう絶滅したかもしれないねえ。

 いきてたら、おもしろかっただろうに。どんなふうにうごくのかなあ。みたかったなあ。
 そうだねえ。
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