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第3章 新しい職場
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レインの杖のメンテナンスをするようになってから1週間程度が経ち、ユミルはこの邸宅内での生活に慣れつつあった。
レインにも少しずつ緊張をせずに接することができるようになってきている。
最初の頃は、前職をクビになったレインへの恨みが残っていたが、この1週間、魔法局から帰ってきてからも執務室でずっと忙しそうにしているレインを見て、ユミルはその気持ちがすっかり霧散していた。
(本当に、民衆のためを思って日々努めているのね。)
それに、レインは言葉が少ないが、無駄なことを言わないだけで、決して怒っていたり、相手を見下していたりするわけではない。現に、ユミルは未だに怒られたことがない。ユミルが偶に多少砕けたような話し方をしてしまっても、それを気にする素振りは全く無かったし、作業中に少し物音を立ててしまっても、それを咎めることもなかった。
レインはバロンの言うとおり、契約を履行すれば、本当に何も言わなかった。
「オズモンド様、失礼します。」
今日もユミルはレインが帰宅したことを聞きつけて、すぐに部屋へと向かった。
レインはユミルを一瞥すると杖を取り出して渡してくれた。
(…あれ?)
ここ最近のいつもの流れだが、ユミルは少しの違和感を覚えて首をひねる。
ユミルは違和感の原因がわからずもやもやとしながら作業をしたので、いつもよりも少しだけ作業に時間がかかってしまう。それに、杖も日頃の使用にしてはやや損傷が進んでいた。
「オズモンド様、終わりました。」
ユミルが杖をレインに戻すと、レインはやはり、ユミルの作業が多少遅れても何も言わずに手を差し出した。
しかし、ここでもユミルは違和感を覚える。
(…そうか!)
ユミルは漸く違和感の原因に思い当たり、それをレインに伝えるか迷ってしまう。
(どうしよう…気になるけど、怒るかな?)
「何か言いたいことがあるのか。」
杖を渡してすぐにユミルが部屋を出なかったので、レインは確信があるかのような物言いでユミルに尋ねた。
「…あの、怪我をされていますよね?」
ユミルがそう言うと、レインは驚いたように少しだけ表情を動かしたが、すぐに無表情に戻る。
「君には関係ない。」
「でも…、右手が上がらないのでしょう?それならすぐに治癒魔法士に見せるべきです。」
ユミルが違和感を覚えたのは、レインがいつもの利き手ではなく、逆の左手で杖を渡したからだ。
きっと少し動かすのも億劫なのだろう。
治癒魔法士は治癒魔法を得意とする魔法使いの職で、アデレートがこれに当たる。
治癒魔法は自分自身にかけづらいので、怪我をした場合は大体治癒魔法士のお世話になる。もちろん、魔法局には専門の治癒魔法士が何人も所属している。部隊長ともなれば優先的に治療をしてもらえるだろう。
「…君には関係ない。」
レインは再び同じ言葉でユミルを拒絶する。
なぜ、治癒魔法士の治療を嫌がるのか、ユミルには理解ができない。
ただ、ユミルは、日頃忙しくて大変そうな上に、腕まで不便では、とレインのことを心配していた。しかし、レインが素直に聞く正確ではないことをユミルは理解していたので、ユミルは無理やり自分の契約にこじつけようと思った。
「いいえ、あります。」
ユミルがレインを真っ直ぐ見て言うと、レインはユミルを見つめ返した。反論をしない様子を見ると、話しは聞いてくれるらしい。
最初にユミルに会いに来たときもそうだが、レインはユミルが聞いたことには答えるし、言いたいことがあるときは聞いてくれる。
ユミルは、レインのことをずっと効率しか考えていない理屈っぽい男だと思っていたが、考えを改めた。
「オズモンド様が万全ではない状態で魔獣などの敵と戦うこととなった場合、杖の損傷のリスクが高まります。…もちろん、オズモンド様のことも心配ですが。」
ユミルはあくまで自身の仕事だけを心配しているように、最後に取ってつけたようにレインの身を案じた。
「なるほど。ただ、今日は治療を受けない。」
しかし、レインは頑なだった。
「…でも、書きづらそうにしていますし…。」
ユミルは、違和感の原因が気になっていたが、作業の合間にレインを盗み見ていたのだが、今思えば、いつもよりも書類を捲ったり、何かを書き込んだりする速度が遅かったように思う。
「問題ない。」
「私で良ければ、少しだけ傷口を塞ぐことができるかもしれません。」
レインが頑なになれば頑なになるほど、ユミルも何故か頑なになってしまう。最初は何も言わずに退室しようと思っていたのにもかかわらず、だ。
魔法学園に通っていたので、ユミルも弱小とはいえ、ひととおりの魔法は使える。
「契約外だ。」
「先程も言ったとおり、私の仕事にも関連します。」
「良いから、出ていけ。」
レインはついに鬱陶しそうに、眉を寄せた。
(しまった!)
言い合いのようになってしまい、ユミルはつい引き際を間違えた。
ユミルは慌ててレインから一歩下がって深く頭を下げる。
「大変申し訳ございませんでした。」
ユミルは頭上からレインがため息を吐くのを聞いて少しカチンときたが、そのままレインの部屋を後にした。
(確かに、契約を逸脱した話しだったかもしれないけど!心配しただけじゃない!ちょっとは話を聞いてくれる人だと思ったけれど、やっぱり偏屈な人!)
レインにも少しずつ緊張をせずに接することができるようになってきている。
最初の頃は、前職をクビになったレインへの恨みが残っていたが、この1週間、魔法局から帰ってきてからも執務室でずっと忙しそうにしているレインを見て、ユミルはその気持ちがすっかり霧散していた。
(本当に、民衆のためを思って日々努めているのね。)
それに、レインは言葉が少ないが、無駄なことを言わないだけで、決して怒っていたり、相手を見下していたりするわけではない。現に、ユミルは未だに怒られたことがない。ユミルが偶に多少砕けたような話し方をしてしまっても、それを気にする素振りは全く無かったし、作業中に少し物音を立ててしまっても、それを咎めることもなかった。
レインはバロンの言うとおり、契約を履行すれば、本当に何も言わなかった。
「オズモンド様、失礼します。」
今日もユミルはレインが帰宅したことを聞きつけて、すぐに部屋へと向かった。
レインはユミルを一瞥すると杖を取り出して渡してくれた。
(…あれ?)
ここ最近のいつもの流れだが、ユミルは少しの違和感を覚えて首をひねる。
ユミルは違和感の原因がわからずもやもやとしながら作業をしたので、いつもよりも少しだけ作業に時間がかかってしまう。それに、杖も日頃の使用にしてはやや損傷が進んでいた。
「オズモンド様、終わりました。」
ユミルが杖をレインに戻すと、レインはやはり、ユミルの作業が多少遅れても何も言わずに手を差し出した。
しかし、ここでもユミルは違和感を覚える。
(…そうか!)
ユミルは漸く違和感の原因に思い当たり、それをレインに伝えるか迷ってしまう。
(どうしよう…気になるけど、怒るかな?)
「何か言いたいことがあるのか。」
杖を渡してすぐにユミルが部屋を出なかったので、レインは確信があるかのような物言いでユミルに尋ねた。
「…あの、怪我をされていますよね?」
ユミルがそう言うと、レインは驚いたように少しだけ表情を動かしたが、すぐに無表情に戻る。
「君には関係ない。」
「でも…、右手が上がらないのでしょう?それならすぐに治癒魔法士に見せるべきです。」
ユミルが違和感を覚えたのは、レインがいつもの利き手ではなく、逆の左手で杖を渡したからだ。
きっと少し動かすのも億劫なのだろう。
治癒魔法士は治癒魔法を得意とする魔法使いの職で、アデレートがこれに当たる。
治癒魔法は自分自身にかけづらいので、怪我をした場合は大体治癒魔法士のお世話になる。もちろん、魔法局には専門の治癒魔法士が何人も所属している。部隊長ともなれば優先的に治療をしてもらえるだろう。
「…君には関係ない。」
レインは再び同じ言葉でユミルを拒絶する。
なぜ、治癒魔法士の治療を嫌がるのか、ユミルには理解ができない。
ただ、ユミルは、日頃忙しくて大変そうな上に、腕まで不便では、とレインのことを心配していた。しかし、レインが素直に聞く正確ではないことをユミルは理解していたので、ユミルは無理やり自分の契約にこじつけようと思った。
「いいえ、あります。」
ユミルがレインを真っ直ぐ見て言うと、レインはユミルを見つめ返した。反論をしない様子を見ると、話しは聞いてくれるらしい。
最初にユミルに会いに来たときもそうだが、レインはユミルが聞いたことには答えるし、言いたいことがあるときは聞いてくれる。
ユミルは、レインのことをずっと効率しか考えていない理屈っぽい男だと思っていたが、考えを改めた。
「オズモンド様が万全ではない状態で魔獣などの敵と戦うこととなった場合、杖の損傷のリスクが高まります。…もちろん、オズモンド様のことも心配ですが。」
ユミルはあくまで自身の仕事だけを心配しているように、最後に取ってつけたようにレインの身を案じた。
「なるほど。ただ、今日は治療を受けない。」
しかし、レインは頑なだった。
「…でも、書きづらそうにしていますし…。」
ユミルは、違和感の原因が気になっていたが、作業の合間にレインを盗み見ていたのだが、今思えば、いつもよりも書類を捲ったり、何かを書き込んだりする速度が遅かったように思う。
「問題ない。」
「私で良ければ、少しだけ傷口を塞ぐことができるかもしれません。」
レインが頑なになれば頑なになるほど、ユミルも何故か頑なになってしまう。最初は何も言わずに退室しようと思っていたのにもかかわらず、だ。
魔法学園に通っていたので、ユミルも弱小とはいえ、ひととおりの魔法は使える。
「契約外だ。」
「先程も言ったとおり、私の仕事にも関連します。」
「良いから、出ていけ。」
レインはついに鬱陶しそうに、眉を寄せた。
(しまった!)
言い合いのようになってしまい、ユミルはつい引き際を間違えた。
ユミルは慌ててレインから一歩下がって深く頭を下げる。
「大変申し訳ございませんでした。」
ユミルは頭上からレインがため息を吐くのを聞いて少しカチンときたが、そのままレインの部屋を後にした。
(確かに、契約を逸脱した話しだったかもしれないけど!心配しただけじゃない!ちょっとは話を聞いてくれる人だと思ったけれど、やっぱり偏屈な人!)
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