25 / 69
第4章 遠征
25
しおりを挟む
レインは昼食の時間帯以外、毎朝・毎晩ユミルをわざわざ部屋まで呼びに来た。
魔法局職員の中にひとり放り込むことになったので、レインなりに気を遣っているようだった。
夜は、相手の根城の近くで野営する日も、わざわざ戻ってきてくれている、とエリックから教えてもらっていた。
しかし、そこに毎回シルビアがめげずに現れるので、ユミルはそろそろひとりでご飯が食べたいとも思っている。
(オズモンド様が怒りっぽくないことは、私もいつも感謝しているけど…、シルビア様のこと、何とか言ってくれないかな~…。)
ユミルは自分勝手な思いだとはわかりつつも、こう思わずにはいられない。
シルビアに対してレインが全く返事をしないと、ユミルが最後に睨まれることになるのだ。
ユミルにとっては、食事の時間を除いて、穏やかな引きこもりホテルライフが続いているが、魔法騎士らは日に日に魔獣との戦闘の過激さが増しているようで、レインの杖の状態からもそのことが伺えた。
その日の晩、食事にユミルを迎えに来たレインの頬には、赤い1本線の切り傷がついていた。
「オズモンド様、また怪我をそのままにして。」
今回はいつもレインが治療をお願いしているという、男性の治癒魔法士が同行している。
なぜ治してもらわないのかと、ユミルは顔を顰めた。
「この程度、何の支障もない。それに、他にも治療を必要としている人がいる。」
レインはユミルに責められて少しバツの悪そうな顔をした。
恐らく、レインが治療に向かえば、軽傷にもかかわらず優先されてしまうため、他の人を優先的に治療してもらうためにも、行かなかったのだろう。
ユミルは少し背伸びをして傷口をよく見ると、これなら自分でも治療できそうだ、と杖を手に取る。
ユミルがレインの傷口に向けて杖を構えても、レインは特に何も言わず、されるがまま。
少しは自分を信用してくれているようだと、ユミルの唇は弧を描いた。
簡単な傷口だったので、すぐに終わるだろうと、ユミルの部屋の扉の前で立って治癒魔法を施していると、甲高い声が聞こえた。
「貴女!何をしているのですか!」
言わずもがな、シルビアである。レインの前にもかかわらず、カンカンに怒って、ユミルを睨みつけている。
「頬を怪我されていたので、治癒魔法を…。」
「それは治癒魔法士の仕事よ!平民の分際で、レイン様に触れるなんて!汚らわしい!」
何もそこまで言わなくても…とユミルは思ったが、治療の手を止める。きっとレインは食事のときと一緒で沈黙を貫くだろうし、レインにお願いされて治療しているわけでもない、ここでシルビアに逆らってまで治療を続けても面倒な結果になると思ったのだ。
しかし、その予想に反して、レインはユミルの手が止まったのを見ると、シルビアの方を首だけで振り向いた。
「君には関係ない。」
温度のない冷たい声だった。
シルビアは自分の方が拒絶されるとは思ってもみなかったので、傷ついたような顔をする。
「でも!」
「私のことは、私が判断する。そもそも、貴族だの平民だのと。重要なのは魔法が使えるか否かだ。」
レインはなお言葉を続けようとするシルビアの発言に言葉をかぶせるように言い放った。
レインのオズモンド家は、魔法至上主義の家系だ。平民のユミルを庇ってくれた、というよりは本心なのだろう。
シルビアはさすがにレインが苛立っていることに気が付いたのか、ユミルを睨みつけながらレストランの方へと歩いて行った。
「続きを。」
ユミルが驚いてシルビアの後姿を見送っていると、レインはユミルに向き直り、端的にそう言った。
「あ!はい。」
ユミルは言われるがままに治癒魔法を再開したが、心はむず痒い思いをしていた。
(ただ、治療された方が、都合が良かっただけ!シルビア様よりも優先されたなんて、思っちゃダメ!)
ユミルは、レインがシルビアを追い払ってくれたことを嬉しく思ってしまった。
それに対して自分の心の狭さを恥ずかしく思ったし、ユミルを庇ったわけではなくレインなりの理屈に基づいた結果であることを必死に自分に言い聞かせた。
その日の夕食は、さすがにシルビアが近づいてこなかった。エリックも別の職員と食べているのか、珍しくレインとユミルは二人きりだ。
ユミルは久しぶりに落ち着いて食べられることが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。
「そんなに嫌だったのか。」
「何がです?」
「グリッチ伯爵令嬢のことだ。」
「グリッチ伯爵令嬢?」
「シルビア・グリッチ、彼女の名前だ。」
「ああ!」
遠征が始まってから数日して漸くユミルはシルビアの本名を知った。
「別にそういうわけでは…。」
「食事のとき、いつも浮かない顔をしていたが、今日は普通だ。」
(やっぱり、意外と見てくれているんだよな。)
ユミルにとってはただの偏屈野郎だったこの男だが、ここ最近、意外とユミルの変化を察してくれる。
ただ、ユミルが貴族であるシルビアに向かって、悪口を言うこともできない。ユミルは曖昧に笑って誤魔化した。
「まぁ、良い。静かに食事できた方が良いからな。」
レインはそう言うと、食事を再開したが、今日は食事のペースをユミルに合わせ、先に部屋に帰ってしまうこともなかった。
魔法局職員の中にひとり放り込むことになったので、レインなりに気を遣っているようだった。
夜は、相手の根城の近くで野営する日も、わざわざ戻ってきてくれている、とエリックから教えてもらっていた。
しかし、そこに毎回シルビアがめげずに現れるので、ユミルはそろそろひとりでご飯が食べたいとも思っている。
(オズモンド様が怒りっぽくないことは、私もいつも感謝しているけど…、シルビア様のこと、何とか言ってくれないかな~…。)
ユミルは自分勝手な思いだとはわかりつつも、こう思わずにはいられない。
シルビアに対してレインが全く返事をしないと、ユミルが最後に睨まれることになるのだ。
ユミルにとっては、食事の時間を除いて、穏やかな引きこもりホテルライフが続いているが、魔法騎士らは日に日に魔獣との戦闘の過激さが増しているようで、レインの杖の状態からもそのことが伺えた。
その日の晩、食事にユミルを迎えに来たレインの頬には、赤い1本線の切り傷がついていた。
「オズモンド様、また怪我をそのままにして。」
今回はいつもレインが治療をお願いしているという、男性の治癒魔法士が同行している。
なぜ治してもらわないのかと、ユミルは顔を顰めた。
「この程度、何の支障もない。それに、他にも治療を必要としている人がいる。」
レインはユミルに責められて少しバツの悪そうな顔をした。
恐らく、レインが治療に向かえば、軽傷にもかかわらず優先されてしまうため、他の人を優先的に治療してもらうためにも、行かなかったのだろう。
ユミルは少し背伸びをして傷口をよく見ると、これなら自分でも治療できそうだ、と杖を手に取る。
ユミルがレインの傷口に向けて杖を構えても、レインは特に何も言わず、されるがまま。
少しは自分を信用してくれているようだと、ユミルの唇は弧を描いた。
簡単な傷口だったので、すぐに終わるだろうと、ユミルの部屋の扉の前で立って治癒魔法を施していると、甲高い声が聞こえた。
「貴女!何をしているのですか!」
言わずもがな、シルビアである。レインの前にもかかわらず、カンカンに怒って、ユミルを睨みつけている。
「頬を怪我されていたので、治癒魔法を…。」
「それは治癒魔法士の仕事よ!平民の分際で、レイン様に触れるなんて!汚らわしい!」
何もそこまで言わなくても…とユミルは思ったが、治療の手を止める。きっとレインは食事のときと一緒で沈黙を貫くだろうし、レインにお願いされて治療しているわけでもない、ここでシルビアに逆らってまで治療を続けても面倒な結果になると思ったのだ。
しかし、その予想に反して、レインはユミルの手が止まったのを見ると、シルビアの方を首だけで振り向いた。
「君には関係ない。」
温度のない冷たい声だった。
シルビアは自分の方が拒絶されるとは思ってもみなかったので、傷ついたような顔をする。
「でも!」
「私のことは、私が判断する。そもそも、貴族だの平民だのと。重要なのは魔法が使えるか否かだ。」
レインはなお言葉を続けようとするシルビアの発言に言葉をかぶせるように言い放った。
レインのオズモンド家は、魔法至上主義の家系だ。平民のユミルを庇ってくれた、というよりは本心なのだろう。
シルビアはさすがにレインが苛立っていることに気が付いたのか、ユミルを睨みつけながらレストランの方へと歩いて行った。
「続きを。」
ユミルが驚いてシルビアの後姿を見送っていると、レインはユミルに向き直り、端的にそう言った。
「あ!はい。」
ユミルは言われるがままに治癒魔法を再開したが、心はむず痒い思いをしていた。
(ただ、治療された方が、都合が良かっただけ!シルビア様よりも優先されたなんて、思っちゃダメ!)
ユミルは、レインがシルビアを追い払ってくれたことを嬉しく思ってしまった。
それに対して自分の心の狭さを恥ずかしく思ったし、ユミルを庇ったわけではなくレインなりの理屈に基づいた結果であることを必死に自分に言い聞かせた。
その日の夕食は、さすがにシルビアが近づいてこなかった。エリックも別の職員と食べているのか、珍しくレインとユミルは二人きりだ。
ユミルは久しぶりに落ち着いて食べられることが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。
「そんなに嫌だったのか。」
「何がです?」
「グリッチ伯爵令嬢のことだ。」
「グリッチ伯爵令嬢?」
「シルビア・グリッチ、彼女の名前だ。」
「ああ!」
遠征が始まってから数日して漸くユミルはシルビアの本名を知った。
「別にそういうわけでは…。」
「食事のとき、いつも浮かない顔をしていたが、今日は普通だ。」
(やっぱり、意外と見てくれているんだよな。)
ユミルにとってはただの偏屈野郎だったこの男だが、ここ最近、意外とユミルの変化を察してくれる。
ただ、ユミルが貴族であるシルビアに向かって、悪口を言うこともできない。ユミルは曖昧に笑って誤魔化した。
「まぁ、良い。静かに食事できた方が良いからな。」
レインはそう言うと、食事を再開したが、今日は食事のペースをユミルに合わせ、先に部屋に帰ってしまうこともなかった。
31
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」
「……あぁ、君がアグリア、か」
「それで……、離縁はいつになさいます?」
領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。
両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。
帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。
形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。
★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます!
※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる