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1章 異世界オタクと物語の始まり

7話 子育て

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さて、竜の巣は目前だ。流石にここまで来るとドラゴンは速度を落とし、バサバサと大きく羽ばたきながら降下していく。
 うわぁ。
 巣の中はドラゴンの雛が3匹いて、どの赤ちゃんも口をパクパクさせながら俺を待っていた。な、なんだよ。子連れなら最初から言ってくれれば良かったのに。え? バツイチだからって嫌いにならないさ。

 ドラゴンさんがお口を開く。因みに鳥っぽい嘴だ。大きい牙が無くて結構である。
 俺は足が着く場所まで大体2mの高さで落とされた。

「ちょ、ま、この高さで落とされたらぁああああああ」

 俺は顔面を強打した。
 ったく痛いな、もう。最近はDVとか煩いんだから気を付けてよね。俺は気にしないけどさ。

 GYAU?

 それで俺はどうなるんでしょうね?
 熊位のサイズの子供ドラゴン達は落ちてきた新しい父親を歓迎しているようで、皆ジュルリとよだれを口元から垂らした。

「や、やあ。俺が新しいお父さんだよ。短い間だけどお手柔らかに頼むね」

 竜の子達が一斉に俺の方へ駆けてくる。
 俺は人生最大の危機に瀕していた。


ーーーーー


「ん、ここは……?」

 僕が目を覚ますと目の間には松明殿がこちらを心配そうに見ていた。

「は、ケント殿は!? あの翼竜はどうなったのですか」

 ブンブン、ビシッ。

 松明殿は、何処かの方角を指す。そっちにいるということだろうか。
 そういえば、この松明殿は何なのだろう。こうのような奇抜な生き物は基本的に魔物の場合が多いが、そんな雰囲気でもない。
 魔物は当たり前だが魔の物。しかし松明殿からは神聖ささえ感じる。

「助けに行きましょう」

 勿論無限水源とまで呼ばれた魔力量ならば、まだ大丈夫だと思うが、相手がドラゴンならば話は別。
 最悪の場合もある。急がねば……。

 僕は方角に向かって走る。
 僕は物理専門の勇者だ。その走行速度は人の域を超え、突風を纏いながら草原を突き進んでいける。障害物も無い平たい草原なら猶更。
 しかし、それだけの速度を持ってしてもドラゴンに追いつくには遅すぎる。あれは全ての獣の頂点、竜種なのだから。

 その鉄よりも硬く羽よりも軽い鱗は、体を強く守り、強靭な筋力はあらゆる無茶を可能とする。それだけではない。その明晰な頭脳は多くの知識を宿しており、特大魔術の行使さえ可能だそうだ。

 とても人では太刀打ちできない。いや、それ以外の生物でも無理。勇者や賢者レベルでなければ討伐は無理でしょう。

 それにしても、ケント殿はそのドラゴンをまるで怖がっていなかった。普通、ドラゴンを怖がらない者などいない。

ドラゴンを恐れず、あまつさえ利用しようとするケント殿は、僕みたいな人よりもよっぽど勇者。彼は言ってくれました。どうにかしてやると。だから、今私が全速力で彼を救おう駆けつけているのも、本当に良いことなのか分からない。

 だけど、やはり僕は勇者だから。
 だから。

「待っていて下さい。この勇者アイシャ=ファルシナム・ネム、必ずや貴方を救って差し上げましょう」

 失礼に当たるかもしれない。
 だけど僕は勇者なのだから、ドラゴンを討伐して、人を助け行きたい。
 僕はがむしゃらに走った。


ーーーーー


「うぎゃあーーーー!! お助けぇえ!!」

 GYA!
 GYAGYA!
 UDONGE!

「ぎゃー!! っていうか今うどんげって言った奴いただろ! 東方厨なら、話せば分かるから! 原作ゲームはやったことないけど、キャラだけなら結構知ってるから!!」

 俺はドラゴンの巣を泣きながら逃げ回っていた。無理無理!! これ逃げられんわ。早く誰か助けに来いよ!

 ドラゴンの巣は鳥の巣みたいな構造で、表面は人やそれ位の大きさの骨で出来ている。骨って硬いと思うんだけど、痛く無いんだろうか? いや、痛く無いな。だってあいつらの鱗めっちゃ硬いんだもん。さっき気が狂って、子供ドラゴンに、落ちていた頭蓋骨を投げつけたとき、明らかに生物からしちゃいけない音が聞こえたもん。カーンって甲高い音が俺の耳に届いたもん。最低でも鉄ぐらいは覚悟しておいた方が良いだろう。
 なあ、今ぐらい言っても良いよな。

「これ、なんて無理ゲー?」

 GIGYA?
 FF?
 Tuu!!

 おい、なんでこの世界の強い奴等は全員地球ネタを知ってるんだよ! 松明様も焼き土下座所望してたしさ。しかも偏った知識ばっかじゃねえか!!

「もっとラノベを読めよ!」

 漫画とゲームばっかりだといい大人に成れないぞ。俺みたいにラノベもきちんとバランスよく摂取しないとな。
 やっべ、それどころじゃねえや。子ドラゴン達の足は俺の全力疾走と同じぐらいだ。つまり、俺が全力疾走を出来なくなれば、その距離は簡単に縮む。
 何が言いたいかというと、俺は天下一の引きこもりであって、長距離の陸上選手ではないので、ヘロヘロになって追いつかれそうなのだ。

 GABU!

 うおっ! 急に噛むなよ。危うくケツが美味しく頂かれる所だった。

GABU!

 やばいやばいやばい。っていうかさチートも無いのになんでこんな風にならなきゃいけないんだよ! 俺は悪いことをしたか? いーやしてない。確かに今までの人生で自分の為に他人に嘘をついたり、相手が気付かない位の量を勝手にパクって自分の物にしたりしたことはあるが、腹を空かせたドラゴン共にケツを毟られる程の罪ではない筈だ。俺は誰の役にも立たなかったかもしれないが、迷惑もかけなかった。嘘も仮パクもしたが困る量じゃない。
 俺は清廉潔白だ!!

「はあ、はあ」

 本気でスタミナが切れてきた。マラソン大会の後半と言えば分かりやすいだろう。そろそろやばい。

「あっ」

 と思ったら転んだ。俺は受け身も取れず、顔面を強打する。肺が苦しい。

「う、く……」

 俺は急いで、立ち上がる。急がないと。

 だが、既に時遅く……。

 GYAU?

 俺はドラゴンに囲まれた。

「はあ、はあ、はあ」

 まだだ。まだ生存の可能性はある筈だ。
 彼奴らは、こちらを興味津々といった様子で首を傾けている。こいつらは全体的に姿が始祖鳥っぽいが薄緑の鱗が表面を覆っている。その為フォルムは鳥だが、確かにドラゴンなのである。

「そ、そうだ。お父さん、ジュース持ってるんだった。今あげるからちょっと待っててね」

 なんとかジュースで釣れないだろうか。俺は詠唱をしてドリンクバーを出現させた。

 GAO!
 GAOGAO!!

 おっと急に物体を出したので、刺激してしまったようだ。
 落ち着いてね、どーどー。俺は子ドラゴンの鼻の先を撫でようとする。
 すると、子ドラゴンは大きく口を開けて……閉じた。

 KAPU!

 j玖珂はksぬくぃhbでぇsこあ!!!

「い、痛いなぁ、もう」

 俺は笑顔を作ってなんとか痛みに耐えながら、自分の手を確認した。右手だ。千切れてないかな?
 どうやら加減してくれたらしい。だが右手の姿こそあったが、綺麗に赤い歯型が作られている。どうやら鳥とは違って、小さな歯が嘴についていたようだ。出血が全然止まらないんだけど。
 子ドラゴン達は出てきた俺の血を競うように舐めている。下に垂れた奴だ。

 だが、彼奴らはすぐに舐めるのを辞めた。しかも、余り機嫌がよろしくないようだ。おそらく俺の血が思ったよりも不味かったのだろう。

 GUOU!!

 あ、これ「ふざけんな」ってるな。全く、仕方ない奴等だな。俺は

「おい、てめえ等! 人の血を勝手に飲んで不味いとはなんだよ。俺の血はな 
大人の味なんだよ。なんなら試してみるか、あん? お前等の母ちゃんなら味が分かるはずだぜ」

 GAGA?
 GUOU!
 KYAKYA!!

「よし、決まったな! IKUZO!」

 Oo!
 Oo!
 Oo!

 俺達は先程から大人しく寝ているドラゴンの元に向かった。

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