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1章 異世界オタクと物語の始まり

8話 初めてのステータス

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ドラゴンさんは丸くなって寝ている。今回のミッションは、彼女の口の中に俺の健康的でデリシャスな鮮血をお届けする事である。

「認めさせてやる」

 子ドラゴン達を見た。こいつらは俺の血を味見してからというもの、興味を失ったのか全く追いかけて来ない。それどころか小学生が嫌いなピーマンを見るかのような目をこちらに向けている。

 全く、食事はバランスだぜ。例え嫌いな味でもバランス良く食べないとな。確かにジャンクフードは旨いよ。マクド●ルドとか素晴らしい発明だと思うし。だけどさ、子供時代に親が作ってくれた健康的な料理っていうのは、それだけで価値があるからな。
 その点、俺は栄養満点だぜ。まあ、味はそう良くないかもしれないが。だけどな、そういう料理も必要なんだよ!

「俺の味はお袋の愛の味だ」

 認めさせてやる。これが、俺の、本気。

「おりゃーーーー!!」

 俺は巨大な竜の元に走る。
 隠れてろだって? はっ、それは負け犬の台詞よぉ。俺は自分に自身がある。コソコソする必要はない。大事なのは、勢いだ。

「母ちゃん愛、受け取れぇーーー!!」

 俺は頭から丸呑みされた。


ーーーーー


 ドラゴンの体内は暑かった。元の世界で気温が100℃位あるサウナに入った事があるが、あれの感じに一番近い。
 俺は喉の奥に滑り落ちて行く。目標の舌はどんどん遠ざかっていった。
 ていうか、これどうしよ。
 俺はなんとか足を掛けられるところが見つかったので取り敢えず落ちて行く自分の体を止めた。この絶対絶命の事態。だが打つ手が無いわけではない。こういう敵の体内に入った時の対処法は古来より考案され尽くしているからな。
 さて、こういうのは中で暴れてやるのが一番良い。普通、喉の奥を刺激されたら生物はそれを吐くからだ。
 さあ、やるかと言いたい所だが、差し当たって一つ問題がある。俺はドラゴンの喉に触れた。

「内部まで鱗が生えてるのかよ」

 流石に表面程ではないが、内部にもビッシリと薄緑色と思わしき(暗くてよく分からない)鱗が敷き詰められている。俺の貧弱な攻撃を受け止めるには十分過ぎる強度だ。試しに殴ってみるが、やはり駄目だ。俺の手がダメージを受けるのみである。
 さて、打つ手が無くなった。今は締め付けも余り強くないので余裕があるが、近いうちに俺をゴックンする為に強く胃へ押し込められるだろう。この逞しい肉厚の筋肉でそれをやられたら……うん、普通に死ねるね。
 さて、解決法を考えるか。俺は自分の行動が悪かったとは全く考えないが、異世界のこんな序盤で死ぬ事だけは防がなければならない。

「持っているものを整理しよう」

 俺が持っているのは、グレーのスウェット上下、オタク共のメモ、そして【ドリンクバー】。既に無理な感じがあるが、俺は暁美ほ●らを目指してるからな。諦めない。
 ん、なんか喉乾いたな。
 俺はドリンクバーを発動してみた。

《稀代の引きニートの名において命ず》
《我が魔力よ》
《ドリンクバー出せ》

「【ドリンクバー】」

 巨大な装置が現れた。因みに、そんな物が狭いこの空間に急に出てきて苦しく無いのかと言われれば、それはノーだ。実はこのドリンクバー、すり抜けるのだ。まあ、質量無いと分かっていたときから予想はしていたよ。

「さてと」

 俺は飲料の選択ボタンパネルを見た。パネルには『オレンジジュース』と『水』があり、その下には∞Lと書かれている。おそらく、この2つの飲料は無限に出せるという事を意味しているのだろう。他に使い道は無いのか。
 俺はポケットを弄った。あのメモだけが手掛かりだからだ。あの時は急いでいたからもしかしたら重要な情報を見逃している可能性もある。
 ドリンクバーの選択パネルは淡く光っていて、俺はそれでメモを照らすことで内容を読み取ることができた。

[個体名]
 ワダ ケント
[性別]
 male
[種族]
 地球人類(Lv.3)
[能力値]
 体力     2.60
 力      0.25
 俊敏性    2.00
 器用さ    0.44
 知能     0
 バッテリー  6.00
[技能]
【レベルアップ】【大気自動調整】【自動翻訳】【ドリンクバー1】

「ほえ?」

 内容がまるっきり変わっていた。すり替えられた? 何時だろうか。いや、その下にも文章があるぞ。

PS:異世界っぽいだろ! 上層部を説得してステを見れるようにしたぜ。感謝しろよ。この紙は自動更新されるから、定期的に見てみてね。 しがない難民より

「あいつ……」

 やってくれたのか! 実は良い奴だったんだな。確かにステは大切だ。ありがとう、愛しき百合豚!
 さて肝心のステだが、まあ戦いも無い日本人のステなんてこんなもんだろうよ。ステで小数点なんて初めて見たし、知能0ってバカにしてんのかって感じだし、もうちょっと補助してくれても良いんじゃないと思ったりもするが、贅沢言っちゃいけないな。
 ん? これタッチパネルになってるな。俺が上下にスクロールさせると、スマフォの画面みたく、ちょっと動いた。まあもう画面が無いのか全然動かないけどよ。だが。

「もしかして、ドリンクバーの詳細を見れるのか」

 技能欄に書かれているドリンクバーをタッチすると、新たにページが開かれた。ついでに俺は他の技能も情報を開示していった。

【ドリンクバー1】
飲料を魔力を代価に排出する。ゲストなら飲んだ量と同量。レギュラーなら永続的に出せる。
出した時は、元の性能の十分の一。
レギュラー:水 オレンジジュース
ゲスト:
【レベルアップ】
レベルに応じてステータスが足される。
人によって偏りあり。
【大気自動調整】
異世界の一般的な大気でも呼吸が出来る
【自動翻訳】
異世界の一言語を喋れるし聞き取れる

「ドリンクバーは完璧に戦闘用じゃないな」

 少なくとも今の状況を解決出来そうな機能は無い。1だから2になれば変わるかもしれない。いや、変わってほしい。俺は備え付きの紙コップに水を入れてゴクゴクとそれを飲み干した。
 そういやオタク共が言ってたこの世界で安全に過ごすための機能ってのはこれか。大気の組成が違うとか言ってたしな。
 あと、地味に機能が制限されてる。自動大気調整は一般的な大気、つまり火山ガスの中とかでは活動できないということだし、翻訳は一言語だけだ。通訳チートみたいな使い方はできないらしい。ち、使えねえな。俺は本当に助かるんだろうか。ステを見ても希望どころか絶望しか見えて来ないんだが。

「いや、違う」

 俺はドリンクバーの記述をよく見た。水とオレンジジュースなら永遠に出せるだと。

「もしかしたら……」

 だってドリンクバーは水を永遠に出せる。そしてここはドラゴンの体内。ここでずっと水を流せば? いけるかもしれない。

 俺は水のパネルを選択した。俺が出せるこの機械は溢れた水の受け止め場所が無く、垂れ流しにしやすい。俺は喉の奥の方へ水を流した。水圧は大きくない。だが確実に水は出ている。
 大体1秒20ccといった所か。10分やり続ければ12L。一時間やれば72Lだ。
 そう、俺は水中毒を狙っているのだ。無論、これだけの巨体。この水圧でそれを狙うのは厳しいと思う方もいると思う。だが俺はやってやる。勝ってやる。チートを使いこなしてやる。

「俺は死なねぇぞ!!」

 俺は自分自身の力を信じている。負けない。
 例え今ここで誰かが助けに来ようとも、俺は断る。だって自分で出来るから。これは俺の戦いだ。

「何時間だって耐えてやる」


ーーーーー


 15分経った。暇だ。

「スマフォが欲すぃ」

 ドラゴンの喉は辛い。熱すぎる空気は呼吸を上手くさせてくれないし、手に付いたヌメヌメする粘膜はかなり気持ち悪い。だが手は洗えば済むことだし、熱さも水分補給が出来るので、まだ大丈夫そうだ。しかも、実は空気の温度が下がりつつあるのだ。おそらくだが、先程の温度はドラゴンが飛んだ直後だったからではないかと踏んでいる。今は寝転んでいるので、大体気温が40℃位だ。
 っていうかこいつ苦しく無いのかな。幾らドラゴンといっても喉に異物が居たら普通気になるでしょ。それとも、実はこれは喉じゃなくて別の器官だとか? それはやめて欲しい。

 まあ、とにかく暇だ。
 暇なのでドリンクバーをいじってみた。

 このドリンクバーは飲料のパネルがついていて、そこを押し続ければ液体が出てくる。サイドのポケットには紙コップが備えられており、それに液体が溜められるのだ。因みに維持には少し集中力が必要である。こいつドラゴンに熱烈な誘拐プロポーズをされたときなどは、つい集中力が乱れてしまって消えてしまった。
 あとさっき言った通り質量というか実体が無い。だから、機械を見れても触れようとすると、手が通り抜けてしまう。だが、出された液体には質量があるようで、きちんと触れる事が出来た。あ、紙コップも質量があるな。
 そして魔力、バッテリーの消費は意外と少なく持続力がある。他の魔法のことは知らないけど、効率いい方なんじゃね。

「お腹空いた」

 俺はオレンジジュースを飲んだ。普通のオレンジジュースだ。栄養はかなり高いと思うが食った感じがしない。満腹中枢は血糖値と胃の圧迫感で判断する。糖質は取ってる筈だから、胃を抑えれば少しましになるだろう。
 暇だなぁ。

 俺はドラゴンの内壁に身体を預けた。
 あ~、やってらんね。
 ん?
 俺は腹部に違和感を感じた。何か固い物が俺の身体を押している。鱗ではない。

「なんだこれ?」

 俺は身体を退けて、そこを見た。
 そこには紫水晶のような宝珠が埋まっていた。


ーーーーー


 僕は、松明殿の方を向いた。松明殿は私の全速力に軽く付いてきている。はっきり言おう。異常だ。
 初めて会った時のあの異様な火術。知性を感じるその立ち姿。おそらく魔術師か呪術師である事は確実だが、そんな彼女が私のスピードについていくこと等、ほぼ不可能なのである。
 魔術を少しでも噛っているならば彼女の特異性がはっきり分かるはずだ。力術において空中浮遊(ホバー)は超高等技術。それを常時展開し、他の高等魔術さえも無詠唱でこなす彼女はオカシイ。人じゃない。
 まあ、当たり前か。松明と人を比べちゃ駄目だね。

「松明殿、僕は間に合うでしょうか?」
「……」
「いえ、何でもありません」

 こういう時、ミケでもいれば心強いのだが、無いもの強請りをしても意味がない。

 そうこうしているうちに、前方に森が見えてきた。翼竜の住処としては一般的だ。

「飛ばします」

 僕は強く地を蹴った。前方に白い何かの巣が見える。
 戦いは近い。
 腰に帯びた聖剣を見た。普段はローブで隠しているが今は収納しているので、その姿が顕になっている。
 聖性を表す黒の鞘はカミエドという神木によって作られている。内に仕舞われているのは古代の時代、神から与えられたという【繋げる剣】。
 準備は万端だ。勝てる。

「さあ、行きますか」

 僕は松明殿に笑みを向け、巣のある大樹を登っていった。

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