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1章 異世界オタクと物語の始まり
9話 決別と不審
しおりを挟むー竜の巣 ふもとー
大樹には蔦が絡まっているが、ある程度身体を鍛えた者にとって、それは障害物になり得ない。
僕は蔦を飛び移りながら天まで突きそうなほど巨大なその木を登っていった。
だが、空を覆う白いドラゴンの巣もまた巨大。白骨化した骨で構成されたその悪趣味な城は、これが最強種の棲家だと語らずとも告げている。
「あれはベヒモスの物でしょうか?」
この巣の土台になっている骨はドラゴンの巨体の数十倍はあろうかという骨盤で出来ていた。その上には何かの大きな革が貼られている。おそらくあの骨盤と革はベヒモスの物だ。ドラゴンは人と比べるべくもない叡智をその頭に宿している。革を鞣すことだって当然可能だ。
ベヒモスは地上最大の魔物だ。それを巣に使っているというのは、あのドラゴンがベヒモスを倒したという証に他ならない。
ゴクリと唾を飲む。
だが、剣の柄に触れれば緊張は自然と止んだ。
ーー相手はドラゴン。目的はケント殿の救出。殺す必要は無い。
僕は頂上の一歩手前で立ち止まった。ドラゴンには索敵能力が無い。奇襲を受けても何一つ問題無いからだ。だが、流石にこの距離では音を立てれば気付かれるだろう。
《わが身よ静まれ。幼い小鳥を起こさぬように》
僕は魔導具の起句を小さな声で呟くと、右耳につけた瑠璃色のピアスが仄かに光り僕から生じる音の一切が、消え去る。迷宮産の物だ。家を出る前に貰った魔導具の一つで、効果は大きい。
ーーさて、行きますか
僕はとうとう巣の白い壁に手を掛けた。
ードラゴン 体内ー
「なんだぁ、これ?」
俺が見つけたのは、暗いドラゴンの体内でも確かに紫だと感じさせる宝珠だ。光っている訳ではない。ただ、分かるのだ。
何故だか尊い感じがする。触れてはいけないようなそういう神秘性がその珠にはあった。
だが、俺は遠慮なく触れた。
「お、外れた」
手に取って見ると想像以上に重い。手の中にすっぽり入るサイズなのだが、1,2kgはある。何か金属のベルトが巻かれていて、そこには見知らぬ文字が刻まれているが、暗くて判読は出来ない。
俺は即座に悟った。これは、フラグであると。
「おそらく、この宝珠は俺のパワーアップアイテムだな。なんかおかしいとは思っていたんだよなぁ。応用するにしてもチートは弱すぎるし、ステータスはスライム以下だし。成り上がり系だったのか」
オタク共もそうならそうと言ってくれれば良かったのにな。知ってたら、もっとクラスメンバーに迷宮で嵌められる位の事を自作自演して最強目指せたのにね。
「取り敢えず、キープだな」
俺は宝珠をズボンのポケットに入れた。
「ん?」
暑い。いや、さっきから暑いのだが、より暑い。
「うおっ」
ドラゴンが急に動く。びっくりさせないでよ。何があったんだ?
ー竜の巣ー
物陰に潜む僕の方をドラゴンが睨む。
ーー気付かれた!
ケント殿はどうしても見つからなかった。巣全体を隈なく探したが見つからず、ドラゴンの幼生体の口には新しい血がついていた。
だがそれは逆にケント殿の生存を僕に確信させた。
ケント殿は水魔法の最高権威である。そんな魔術を使えるケント殿が子ドラゴンとはいえ容易く血を差し出す訳がない。つまり撒き餌だ。
恐らく自分の血を含んだ水人形を襲わせて撤退したのだろう。この撤退は不名誉な事ではない。むしろ、一人でドラゴンに立ち向かう方が愚かというものだ。
ということで僕もこの巣を去ろうとしたのだが、どうやら親ドラゴンにバレてしまったようだ。
GURURURU
奴は頭を地面につけて威嚇される。
「く、戦うしかないのですか」
僕は勇者だ。ドラゴンという生物は他の生物の才能を大好物にしていて、見るだけでそれを感じ取れるらしい。つまり、僕は彼らにとってご馳走なのだ。逃がして貰える理由は無い。
「うらぁあああ!!」
俊足の速さで物陰から出る。遠距離魔法が打てない僕が勝つためにはまず前に出なければならないのだ。
まずは一太刀。
僕は抜刀する勢いのままドラゴンの首筋に聖剣を滑らせた。
ドラゴンは動かない。
躱す価値も無いということだろうか。だが事実これで決着をつけるのは無理だろう。
刃がドラゴンに届く。が、予想通り固い鱗は簡単に僕の攻撃を通らせてくれない。
2発目、と行きたい所だが、ここは僕の間合いであると同時にドラゴンの間合い、僕はドラゴンが前まで伸ばした筋肉質な尻尾で叩き潰されて晩肉にされた。
ぐちゃり。
僕の骨は全て粉々になり、脳はぐちゃぐちゃになって、赤い血が白い巣の床を汚した。
痛さは一瞬で、そのあとに残るのは何も無くて。
普通ならここで終わり。だけど、僕は違う。
飛び散った血や臓物や骨や肉がピクピクと動き出し、中心に集まりだす。そして、千切れた服がそれを覆い、完成した。
「勇者はそう簡単に死にませんよ」
僕は復活した。聖剣を持った勇者は魔王を倒すまで死ぬ事を許されていない。
だから、何回潰されても。何回食い千切られても。僕は死ねない。
「僕は弱い。適正はあるけど、恐ろしい異形達の前では余りにも無力」
僕は剣先をドラゴンの方に向けた。
「だけど、僕はあなたより強い」
例え僅かな勝利の確率でも、何万回と繰り返せば、それは100%となる。
僕はまた剣を振るう。そしてまた潰される。でも、何時か僕は勝てる。だから!
「僕は勝……」
ビュン。赤い閃光がドラゴンの頭を貫いた。
「つ……」
ドサッ。ドラゴンが白目をむいて倒れる。
僕は閃光の出現元を見た。そこにいたのは。
「た、松明殿?」
ードラゴン 体内ー
「あれ? なんか急に動きが止まったな。っていうか段々冷たくなって、もしかしてドラゴンさん死んじゃったの!?」
というか今なら口元へ移動できるな。よし出よう。
「ドラゴンさんがお亡くなりになったのは辛いけど、俺は生きなきゃならない。じゃあな、俺の嫁」
俺は手元の内壁を撫でた。俺は狭くなったドラゴンの喉を進んでいく。落ちてきた方向は分かるので迷いはしない。
「お、これは舌かな?」
鳥のような丸っぽいベロだな。死んでいるとしたら、もう味なんて分からないと思うけど、一応俺の血を塗っておくか。俺は自分の血が着いたスウェットを塗り塗りしておいた。
さて、ドラゴンさんのお口は閉じている。死後硬直が始まると動かなくなるから急がないとな。せーの!
「重っ!」
なかなか開かない。何糞、もう一回だ。
「おりゃーー!!」
お口が開いた。久し振りのお外!
「やったーー!! 出れた、ぞ……」
そこでは勇者と松明様が睨み合っていた。
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