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2章 異世界オタクと人形達の街

11話 始まりの兆し

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宿場町アデノシン。
 主な産業は名前の通り宿泊業の小さな町である。
 昔は多くの旅人達がここを訪れ大変賑わっていた。だが、今ではその見る影も無く、若者は首都に出稼ぎに行ってしまい、数人の老人だけが名残惜しく赤錆のように住み着いていた。

 そんな古びた町の古びた酒場。1人の男が静かに酒を飲んでいる。
 地球で言うアフリカ系で、筋肉質な体格はがっちりとしており、黒い背広で覆ったその姿はまさに偉丈夫といった姿だった。

「ミケ隊長。見つかりました」

 男は、声の方へ静かに目を向けた。
 話しかけてきたのは10歳程の小さな女の子だ。だが年齢の割に澄ました顔立ちで、男と同じようにスーツを纏っている。

「どこだ?」

「封魔の草原の付近でそれらしき目撃情報がありました」

 男はふむと頷く。

「森林都市の近くか……、戻ることになるな」

「ええですが、お嬢とはぐれてから数か月、初めての有力な情報です」

「分かっている」

 男は立ち上がるとバーテーブルに金貨を一枚置いた。

「いま、お釣りを」

「いや、取っといてくれ。今は気分がいい」

 そういうと大きな男は、その部下とともに酒場を出た。


ー竜の巣ー


「いやー、おつかれ。良い戦いだったじゃないか」

「ケント殿、僕はこの事を忘れませんからね!」

 おっと、このままだと不味いな。つい楽しくて遊んじまったぜ。反省反省。

「お前なら出来ると思ってたよ。期待してたんだぜ。それを、なんか擦り付けたかのように言われるのは、勇者としてどうなんだ?」

「え、そうだったんですか? てっきり僕の姿を見ながら松明殿と楽しく宴会を開いているのかと思ってました。すみません……」

 その通りだけどな。

「うんうん、まあ分かればいいのよ」

 俺は勇者の頭をローブ越しに撫でた。うん、こいつは凄い奴だが、やっぱりチョロいな。末永くお付き合いしたいところだ。主に俺の護衛かつ金づるとしてな。

「さてと、松明様。これからどうするんですか? アイシャは合格でしょ。修行とかするんすか?」

 松明様は動かない。いや、違うぞ。微妙だが震えていらっしゃる。考えて無かったようだな。

「アイシャ、お前はなんかこれから行くところとかあるのか?」

「いえ、無いですね。暫くは修行に打ち込みたいです。はぐれた仲間を探してもいいんですが、そっちは大丈夫でしょうし」

 仲間がいるのか。まあいるか勇者なんだし。
さて、アイシャも無しか……なんでせっかくの異世界なのに、こう何時もやる事が無いのか。
 そこら辺の作品でもこんなにやる事が無いやつは無いぜ。

「じゃあ、これからやる事を考える為の会議を始めよう」

 そういうことになった。


ーーーーー


「まずは松明様」

 松明様の方を見る。松明様はあれから考えたのか、頷くように炎を大きくすると、急に回転し始めた。しかも単方向でなく、ランダムに向きを変えており、その姿はまるで大きな火球に見える。

「な、何を?」

 松明様から何かが飛び出した。それは俺と勇者の方に移動し、空中で停止する。
 何かの紙のようだ。どれどれ?

[個体名]
 ワダ ケント
[性別]
 male
[種族]
 地球人類(Lv.5) 《2up!》
[能力値]
 体力   3.00 《0.40UP!》
 力    0.35 《0.10UP!》
 俊敏性  3.00 《1.00UP!》
 器用さ  0.60 《0.16UP!》
 知能   0 《stay》
 魔力量  10.00 《4.00UP!》
[技能]
【レベルアップ】【大気自動調整】【自動翻訳】【ドリンクバー1】
[称号]
・異世界転移者 ・奴隷 ・竜種の天敵 

「ステータス?」

 どうやら松明様は人のステータスカードを印刷する事が出来るらしい。しかもオタク共のより高性能で称号まで表示出来る奴が。
 これは俺のステータス無双が出来ないことを示している。まあそれはいい。スキル振りも出来ないステータス無双なんてほぼ無いからな。可能性はあんまし無いと思ってたよ。
 だが、これでハッキリしたことがある。

「あのオタク共、まるで使えないな」

 現地人に黒幕が初手から負けている。もう、これ何なの? いやまあ松明様は人じゃないけどさ。

「ケント殿! 僕、久し振りにレベルが上がりました」

 勇者はキャッキャしてる。楽しそうだな。こちとら、死にそうになってやっとレベル2upだぜ。しかも、上がり幅が1以上の数値が二つしかないしよ。この先どうすれば良いんだ? あ、あとこの世界って敵を倒さなくてもレベル上がるんだな。システムはよく分からんけど。
 俺は、アイシャの方を向いた。

「アイシャ、お前のステータス見せろよ」
「分かりました! どうぞ」

 さてと、勇者様のステータス。気になってたんだよね。っていうか、一番気になるのは松明様のステなんだが……あ、駄目っぽい。なんか無言の威圧をかけられた。

 勇者は、自分の前に浮かぶ紙切れを人差し指と中指で挟むと、俺の方にそれを突き出す。俺は、それを受け取った。

[個体名]
アイシャ=ファルシナム・オーキ
[性別]
female
[種族]
 トキシシート人類(Lv.20)
[能力値]
 体力   ∞
 力    890
 俊敏性  790
 器用さ  255
 知能   65
 魔力量  472
[技能]
【無限再生27】【自動技能取得】【自動ステータス上昇】【大気自動調整7】【魔剣術】【土術3】【交渉12】【高鳴る鼓動】【剣術34】
[称号]
・ファルシナム家次期当主 ・勇者 ・偉大なる松明の弟子 ・人類の希望

「この歳にしては低い方なのでお恥ずかしい限りですね」

 ……。
 俺はこの世界の人に喧嘩を売らない事を決めた。


ーーーーー


 トキシシートっていうのはこの世界、もしくはこの星の名前だろう。俺は地球人類だしな。にしても、トキシシートか。なんか変な名前だな。まあ良いか。そして、肝心のステータスだが……勇者の話だと異常に高いって訳じゃなくて、これは普通、もしくはちょっと低い方らしい。いや勿論、戦闘しない人はここまでじゃないと思うけど。
 戦闘しない人間ねぇ。ここの文明レベルにもよるな。もし、テンプレ通りの中世ヨーロッパ風なら農家だって戦うだろうしさ。
 つまりあれだな。俺はこの世界じゃ、そこらの羽虫よりも耐久力が無い人なのか。
 っていうか今まで生きていたのが逆に不思議だな。この位のステータス差だ。軽くぶつかられただけでも俺は死んでいただろう。危ねえ。

「ちなみに、ケント殿はどんな感じなんですか?」
「いや、参考にならんから。それよりもさ」

 俺の目標が決まったな。このままだと俺は簡単に死ぬ。だから。

「防具を買おう」

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