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2章 異世界オタクと人形達の街

12話 岐路

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12話

ー竜の森ー

「防具、ですか?」

 勇者っ子がこてんと首を傾ける。

「ああ、そうだ。アイシャ、この辺で町はないか? このドラゴンの素材を売れば一財産築けると思うんだが」

 俺は側にくたばっている鳥のような翼竜を見た。硬い鱗に嘴、この世界の相場は知らないが、これらが有用なのは確実である。売れるはずだ。

「確かにそうですけど……僕、町が見つからなくてさっきまで彷徨っていたんで、僕の方が教えて貰いたいというか」

 そういやそんな事を言ってたな。
 さて、どうしたものか……。

「取り敢えず、時間は経っていますが解体だけでもしますか」

 勇者は自前の剣を抜くとドラゴンを切り始めた。皮を剥ぎ、肉を割いて、骨を丁寧に抜いていく。慣れた手付きだ。

「上手いな」

「まあ、ずっと旅をしていましたから」

 よく分からない理論だったが、まあ別にいいや。そこに興味は無いし。

「ふーん。じゃ、俺は町を探す方法でも考えますかね。松明様ぁ! なんかありませんか」

 正直解体に手出しはできそうにないので俺は空を仰ぐと、松明様に頼った。ひもである。
 松明様はブンと回転した。NOか。残念。

「じゃあ、近くに川とかありませんか?」

 文明というのは大抵水の近くにある。下流に歩いて行けば人の住む場所に行ける蓋然性が高いし上流に町があるならその痕跡が伺えるだろう。
 だから、川に行くべきだとどっかのTVで言ってた気がする。

 松明様は何回転かしてから何処かの方向をビシっと指した(まあ指はないけどな)。
 さっきまでいた草原の方向だ。ふむふむ、2,3キロくらいの位置だと。普通に歩ける距離だ。
 ラッキーだったな。

「おーい、アイシャ。どうやら近くに川があるらしいから、そこに行こ……あれ?」

 振り向くと、そこにはドラゴンの残骸しか残っていなかった。




 アイシャが何処かに消えた。

「おーい、どこだぁ?」

 転がっている乾いた大きめ骨をどかす。
 居ない。

「隠れてないで、出てこいよー」

 ドラゴンの口の中を開く。
 居ない。

「ドラゴンステーキ食おうぜー」

 ポケットの中を探るが、やはりいなかった。

 俺は松明様にドラゴン肉を焼いて貰ってそれを頬張る。そんなに美味しくない。
 臭みが強く筋張っており、元の世界の牛肉や鶏肉と比べるべくも無く不味い。
 まあお腹は空いていたので、焼いた分を残す事はなく全て食べたが明らかに食用じゃないので、もう一生食う事はないだろう。

 さて、一向に見つからない勇者。異世界の戦闘職だ。俺が目を離しているうちに途轍もない速さで何処かに自発的に消える事も可能だろう。だが、そんな事をする雰囲気でもなかったし、それをする理由も奴には無かった。

 松明様が炎を揺らめかせる。

 ……おそらく、誘拐だ。

 どうやってやったのかは知らない。だが松明様の目を盗み、そして勇者と呼ばれる少女を一瞬で攫ったその者の技量は語るべくもないだろう。

 アイシャは勇者だ。魔王だとかって言ってたからな。そういう関連かもしれない。

「松明様、なんかドラ●ンボールみたいに気とか感じませんか? この際、魔力でもいいんですが」

 取り敢えず、何処にいるのか探して貰おう。松明様が深い瞑想に入った。きっと勇者ちゃんの痕跡かなんかを探しているんだな。かなり離れているのか、時間が長い。

 ブンブン。

 ん、なんか見つけたようだな。

「どっちの方向ですか?」

 松明様が指した方向は、先程の川とは真逆の方向、つまり森の奥だ。
 森の中を彷徨い歩くというのは、松明様がいることを加味しても、不味い。
大抵のファンタジー異世界において森が魔物の巣窟である事はもはやテンプレである。それに、ここが地球だとしても森というのは危険だ。
 ゴクリと喉が鳴った。
 別に俺には勇者を助ける義理は無い、というか義理があっても俺は誰かを助けるとかそういう風な事をする人間じゃない。
 しかも十中八九攫った犯人は魔王の手先だ。この人間が強すぎる世界において、魔王と呼ばれるくらいだからな。そりゃぁ、強いのだろう。俺には手に負えない。

 ブンブン。

 松明様もそう言っているような気がした。この御方は絶対に無理なことをさせるような人(?)じゃない。だが、松明様の心中ではすぐにでも助けに行きたいのだろう。ウズウズと炎が焦れったく揺れている。
 それでも飛んでいけないのは、か弱い俺が見捨てられないからだろうな。たぶん。

「松明様、やっぱり危なそうですか」

 ブン。静かに一回転した。

 やっぱりそうか。じゃあ、

「急がないといけませんね、松明様」

 松明様が驚いたように空中で後退った。
 何を驚いていらっしゃるのか、全く。

「敵は強敵、しかもヒロイン枠っぽい勇者を攫っている」

 俺は人差し指を立てた。

「突然ですが松明様、俺には一つ、どうしても許せない事があるんですよ」

 松明様が『え、一つだけなの? 大抵の事に文句言うのに』って感じで炎を軽く弾かせたが、無視して続けた。

「一つです。これがどうしても見逃せなくてですね。昔から損ばかりしてましたよ。それでも、無理なんです。もはやこれこそ自分の道であると言い切れる程です」

 松明様が静まる。

「それで、その見逃せないものという奴は……」

 俺は少し巣の外側に歩きだして、首をくるっと後ろにまわし、松明様の方を見た。

「自分の強化イベントです。松明様、これは序盤に強い敵と戦って強くなる系のテンプレだと思います」

人差し指を立てている俺の顔面に火球(ダメージある奴)が直撃した。

ー封魔の草原某所ー

「いませんね」

 ローブの少女がぽつりと呟いた。

「居ないな」

 それに続けてスーツ姿の巨漢も低いバリトンで呟く。

 二人が立っているのは朗らかな草原だった。近くには小川がさらさらと流れ、背の低い平行脈の草は清々しい風に靡いていた。
 ここは、ケントたちがこれから行く予定であった小川である。

「おかしいですね。目撃情報があったんですけど。黒ローブをまとった金髪の女旅人が草原の方へ行ったっていう情報が」

「それは確かな情報なのか? この草原にいても全くバッジが反応しないんだが」

 スーツ男……ミケは胸元の付けた、その巨漢に似合わぬ小さなバッジを見た。そこには藍色の宝石が嵌められており、その内部には複雑な回路のような幾何学模様が透けて見える。

「大体、半径5万フィル(注:フィルは長さの単位、1000フィルで約1km)くらいなら反応するはずなんですけどねぇ。やっぱり……」

 ミケが少女の頭をその大きな手で撫でた。

「やっぱり紛い物の魔術師である魔刻技師は信用出来ない、か? まあ、そう言ってやるな、リアンよ。役立つ事は確かなんだしな」

「うう……」

 リアンと呼ばれたその左右で髪色が違う少女は腰に付けたステッキに触れながら、渋々頷いた。

「さて、どうしたものか。もう少しここで捜索してもいいが」

「収穫は無さそうですよ。私のセンサーにも反応しないって事はかなり遠くです。方角くらいなら分かりそうですけどね」

「それは本当か!」

「ええ、では……」

 リアンは目を瞑り、集中した様子で舌を走らせた。

《我が身に流れる誇り高き貴血において命ず》
《己が魂よ》
《契約に基づき、主の命と共鳴せよ》

リゾナンス我らは1つに

 リアンが詠唱を終えた瞬間、鈴を落としたような涼やかな音が響く。それはリアンの身体から、否、魂から響いているのである。小さな天才魔術師は耳を澄まして音を聞き取る。

「うむ、流石だな。素晴らしい霊魂術だ」

「本来なら専門外なんですけどね。まあ、このくらいならできますよ。あ、方角分かりました。ちょうど、森林都市の方角ですね」

 ミケの顔が渋る。

「それは、もしかして……」

「ええ、ミケ隊長。また、行きましょうか。あの煙臭い森の街へ」

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