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2章 異世界オタクと人形達の街

14話 牙山団の鉄砲玉

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14話

ー竜の森ー

「えっさ、ほいさ」

 身体が揺れる感覚。縛られたような手足の痛み。

「ほらさっ、へいさ」

 脳に染み渡る消毒の痛みのような強い眠気。

「えっさ、ほいさ」

 吐き気。

「うぇ、ごぼっ、うごえぇえ」

「お頭っ、コイツ吐きましたぜ。どうしやすか?」

 頭の上から聞こえる雑な敬語。重い瞼をゆっくりと開く。

「は、ええ、これはどういう……」

 俺は豚の丸焼きのように手足を棒に括り付けられて、運ばれていた。


ーーーーー


「お頭、コイツ目が覚めたようですぜ」

 頭の方を持っている奴が『お頭』と言う奴に報告した。なんだよ、指示待ち人間か? 全く、そんなんじゃ社会は生きていけないぞ。そういう甘ったれた若手が上司になったとき、使えないな奴になるんだよな。勘弁してくれよ。

「うわ、スゲェ。このカモ、自分が圧倒的不利なのに、まるで地面でのたうち回るミミズを見るかのような目でこっちを見てきますぜ、お頭。根性すわってんなぁ」

 ほら、またお頭だ。

「お頭、お頭って煩いんだよ。なんだよ、下っ端Bか? 全く、そうやって自分の評価を下げるなよ。イライラする」

「お頭、やっぱコイツスゲェです。この状況であっしに説教垂れてきましたよ!」

 駄目だな、コイツ。人の話を聞かない。

「へベノ……お前は今日も、元気だな」

「はいっす!」

 へベノよりも一オクターブは低く、生気の無い声。察するにコイツがお頭さんだろう。下っ端B、へベノって言うのか? お前、お頭からも引かれてるじゃねえか。

「ああ、あと、そいつは……カモじゃないから、丁重に……な」

「承知っす!」

 この頭も頭だな。どんだけ『……』を使うんだよ。しかもボソボソした声でさ。山賊かなんかだったら、もっと粗っぽく喋れよ。

 というか、カモじゃない? カモっていうのは多分獲物のことだよな。どういうことだ。確かに俺の今の運ばれ方は山賊に襲われた人というより、今晩のご馳走だが。

「あのー、お頭さん?」

 俺は先程の頭の声の方へ頭を向ける。何分吊るされているもんで少し体勢辛い。

「俺は何で吊るされて運ばれているんですかね。あれ、その肩にいる御方は松明様じゃないですか。お二人、人? まあいいや。どんな関係なんでしょうか?」

 頭の顔立ちは声同様生気に欠けていて、死にそうな位疲れていた。ゴツゴツと出た頬骨と大きな目の隈が、頭を幽霊のように見せ、その眼光は鋭くこちらを射抜く。暗紅の髪はボサボサだった。
 普通に怖い。
 そして何より注目すべきなのは彼の肩にいる松明様だ。第一の下僕としては色々と気になる。

「安心して……ください。貴方の主とは……男女の関係では、ない」

 いやなんでナチュラルに俺が松明様狙ってるみたいになっているんですかね。いや、普通の意味で好きだけどね。でも流石に松明に欲情できないよ? 

「恩義がある。だから……手伝っているだけ、ですよ」

 恩義ね。わざわざ言わないというのは、言いたく無いのか。まあ、賊だしな。

「それで、俺を吊しているのは?」

「それは、私にも分かり……ません。貴方の主がそうしろと……」

「なるほど、理解した」

 どうやらお仕置きらしい。


ー賊のアジトー


「自己紹介から……始めましょうか」

 コイツ等の拠点は、意外としっかりとした木造建築で、所謂ログハウスって奴だった。ココらへんは冬になると雪が多いらしくこのくらいの家でないと凍え死ぬらしい。

 賊の人数は下っ端と頭を合わせて十数名。皆和気あいあいと酒を交わしあっている。みんなキュリのような暗紅の髪の毛に瞳に少し焼けた肌。どうやら同郷のものらしい。ここら辺の人の特徴なのかはわからんけどな。

 さてこの人数が小規模なのか大規模なのかは知らないが、全員強そうというか、賊というよりも兵士のようだと思った。

 そういえば、俺が食べた樹皮はヒロペノという木のものらしい。樹皮が食用なので、さっきいた森のように植林しているのだとか。畑っていうのは正解だったな。
 だが、あの樹皮には強い睡眠成分や酒精が含まれているらしく俺が食べて泥酔状態に陥ったのはそういう訳なのだ。

「その前にこの紐を解いて貰えませんか」

 俺は拠点に着き、やっとこの辛い体勢から解放されるのだと歓喜したのだが、松明様が駄目だと言ったので、今度は家の柱に括り付けられていた。

「松明殿、いかかがしますか……ふむ、駄目らしいです。暫らく反省しろと」

 松明様が怒っていらっしゃるのは、勇者の誘拐を自分の強化パターンだと言い切ったことらしい。それを楽しげに話すと、何故か賊にこちらを犯罪者でも見るような目で睨まれたので、もう言わないようにしようと心に決めた。お前らが犯罪者だろ。

「分かりました……俺の名前は和田健人、現代日本人です」

「話は聞いています……松明殿、から。出会って数時間で、意思疎通が出来るようになった……逸材だと」

 逸材か。まあ当然の評価だな。俺様は最高だしね。今は弱くてもいずれ最強になることは確実だろう。

「照れますね」

「クズだとも言ってました」

 さて、話を変えよう。
 どうやらコイツらは味方のようだな。俺は少し息を吐いた。

「それで、アンタの名前は?」

 その瞬間、空気がピリっと張り付いた。
 ガチャガチャと一斉に賊共が訓練された動きでマスケット銃をこちらに向けた。その眼差しは先程までの温かい雰囲気を微塵も感じさせない。
 全員が俺を殺そうとしている。
 いや違うな。へベノだけは食事にがっついて気づいてない。あ、今気付いたな。慌てて銃を構えている。

「皆さん、大丈夫ですよ。この人に悪気は……無い」

 そして頭がこう言うとまた雰囲気が解けて、宴が再開された。へベノは、さっき遅れたことが気付かれなかったので、少しほっとした面持ちで、また美味そうな骨付き肉に齧り付いた。

「すみませんね……私は構わないのですが。出来れば、仲間を刺激しないような言葉で、お願いできますか」

「あ、ああ。分かった」

 こ、こわー。

 なんだよコイツら、チンピラかよ。いや、賊ではあるのだけど。タメ言っただけで、銃口向けるとか訓練され過ぎじゃないですかね。へベノは除いて。

「私の名前は、キュリと言います。一応、この団、牙山団の長を努めています」

 なんか賊の頭っぽくない響きだな。
 すると、酒を仲間と呑んでいた下っ端B(ヘベノ)が声を上げた。

「旦那、あっしの名前はへベノっす! 牙山団随一の鉄砲玉でございやす」

 うん、知ってる。

「ありゃ、何故か呆れ顔。あっし何か悪いことしましたっけ」

「いや、何でもない。よろしくな、へベノ」


ーーーーー


 さて、一通り自己紹介が終わったが正直ほとんどの名前と顔を覚えられていない。特に副団長の名前なんか微塵も思い出せない。上の立場だし覚えようと思ったのだが、全く頭に入って来なかった。

「松明殿、これで借りは返したと……考えても?」

 松明様はキュリの言葉に肯いた。借り、そういや恩義があるって言ってたな。

「今回、貴方を保護したということで……恩義を松明殿に返させていただきました。借りは消えた訳です。流石に近くの街まで送りますし、その中へ入れるようにしますが、それ以降は……無関係です。頼りにしないで欲しい」

 おっと、一つ看過できないことがあったぞ。

「ちょっと待って下さい。その街に俺のパワーアッ……アイシャは居るんですか?」

「松明殿曰く、そこに居る可能性が……高いらしいです。これで良いです、か?」

「ああ」

 さて、ということは遂に異世界最初の街だ。アイシャ捜索の為だが、期待していないと言えば嘘になる。

「その、街というのはどんな街なんですか? ついでに、ケモミミいますか!? いや、寧ろそこが重要です」

「ケモミミ? ああ、獣耳――獣人の事ですか」

 おお、この世界にはいるのか! よっしゃぁああ! ケモミミハーレム早よ! ケモハーレム早よ!

「あの街では余り見かけないと思いますよ。少しはいると思いますが、彼らは基本、地元から離れないので」

「それは残念」

 そうか。まあ、少しはいるらしいので、そこに賭けよう。

「街の名前は……森林都市サンリンサン。ウッドゴレム達の都市国家です」

「うっどごれむ?」

 なんか謎単語が出てきた。

「はい、樹木系魔動演算人形ウッドゴレムです。かの都市では子供は産むものではなく、削り出し、刻むものなのです」

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