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2章 異世界オタクと人形達の街

16話 動乱の予感

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―森林都市サンリンサン 某所―


 木造建築の集会所の中は、自然の光が差し込み、まるで童話の森の中にでもいるような光景だった。
 その空間に集まっているのは大勢の人だ。それらの人々は髪の色も違ければ、性格も背丈もまるきり違う。
 だがその全員に一致していることは白樺のように白い肌であることと、その全員が方向性の違いこそあれ、とんでもない美形であることだ。
 その美しさはあまりにも常軌を逸していて、もはや神聖ささえ感じるほどである。
 人形のような美しさとは彼らを示すためにある言葉だ。

 だが一部の人は気づくだろうーー彼らが本当に人形なのだということに。

 壇上には幾人かの人がいた。
高級そうなローブに身を包んだ深い緑色の髪の男は静かに瞼を閉じて、瞑想している。そして、その横にいる桃色の髪の女はおどおどと落ち着かないのか、目を絶え間なく揺らしていた。

「どうした、そんなに動揺して」

 緑髪は片目を開くと桃色の女に話しかけた。

「うぇ!? えと……その、本当に私みたいなのがここに立っていて良いんですか? みんなと違って現場で戦ってもいないのに」

 桃髪の女は、髪よりも少し薄い透明な瞳でそう言った。彼女の手には彼女の背丈程の大きな杖が握られており、それを豊かな胸に押し付けている。
 緑髪は仕方なさそうに後頭部を掻いた。

「そう、不安げになるな。お前は此度の戦いにおいてそれだけの貢献をしたのだぞ。皆もその活躍を認めているからこそ、おぬしはそこに立てて居るのだぞ。なにも恥じることなどない」

「それはそうなんですけど……」

 少女は恥ずかしそうに頬を紅潮させながら困った顔になった。

 男はこれ以上は仕方なしと割り切り、群衆の方を向いた。こほんと咳をついてから

「皆の者! 今日集まってきてくれたこと、感謝する。先ずは礼を言わせて欲しい」

 緑髪は朗らかに演説を始めた。その声には隠し切れぬカリスマ性がみえていた。

「今日、この日をもって我らは勝利した。圧倒的な差をつけ、憎き僭主を打倒した」

 彼らは革命家だった。不当を排除し、正当な何かを追い求める正義の徒だった。
 面々の顔には何かを達成したという大きな誇りが見えており、その成功が純粋に気高い行為によってなされたことを物語っていた。

「これは偉大なことである。誇れ!! 喜べ!! 我々は自分たちを長い戦いの中でついに取り戻したのだ」

「おおおおおおおおおおお!!」

 男が勝鬨を上げると、群衆からも大きな声があがった。
 桃髪の少女はにこりと笑う。男はそれを見て少し嗜虐的な笑みを浮かべた。

「この場にいる全員が必要であった。だがその中でもやはり彼女の貢献は大きかろう。皆の者、メリに拍手を!」

 少女は予想だにしなかった群衆の注目にビクビクッと反応した。

「ふぇえ?!? わ、私ですか?」

 大きな拍手が会場中に鳴り響く。

「メルエンテー! ありがとー!!」

「お前がいなけりゃ、俺たちは勝てなかっただろうさ!」

 桃髪の少女、メルエンテはその光景をぼーと見つめた。
 その賛辞は彼女にとって、とてもじゃないが現実味がなかったのである。だが、認識が追いつくとその顔を真っ赤にして、手をぶんぶんと振り恥ずかしがった。

「みなさん、やめてくださいよー!! は、恥ずかしいですからぁ。ちょっとぉ、聞いてますかぁ」

 そのしぐさは少しかしこばっていた雰囲気を柔らかくした。

「ははは、メリ。そんなに恥ずかしがる必要もないではないか」

「リーズエルテさんもひどいですよぉ」

 リーズエルテと呼ばれた緑髪の男は爽やかに笑った。

「さて、諸君。これからは忙しいぞ。我らはをメリのお陰で手に入れたが、それを維持するのは難しいことだ。奴らの仲間も黙ってはいないだろう」

 リーズエルテは勢いよく拳を掲げて言った。

「だが、我々ならばできる。魔王を再興させ、我らが始祖様のもとに帰る日がいつか必ず来ることを信じているぞ」

「うおおおおおおおおお!!」

 革命の火は最初は小さく、だが確実に燃え広がる。
 それが焼灼の炎なのか、それとも災厄の業火なのかは今はわからない。
 だが確かな熱量を持って燃えるその火は何か大切なものを焼ていることは確かだった。


―竜の森 森林都市サンリンサン近郊―


 キュリさんの見送りを受けたあと、俺とヘベノはあのカッコイイ車に乗って異世界初の街に向かっていた。
 ちなみに俺は今、スウェット姿ではない。キュリさんからそれでは街に行くには不相応だということで服を頂戴したのだ。えんじ色の大きめのズボンに、上は黒色のインナーに毛皮のジャケットを羽織っている。キュリさんは最初、街に連れてくだけだとか言ってたけど色々してくれた。

「なー、街まであとどの位だ?」

「まだ出発したばかりですよ」

 ガタコトという音も無くスルスルと移動する車。明らかなオーバーテクだ。普通に車内って感じだし、窓は紫外線カットっぽいし。あと、自動運転ね。
 あー、この世界の技術水準がわからね。

「じゃあ暇だし、しりとりやろうぜ」

「ひ、卑猥なことっすか?」

 へベノが自分の方を抱いて青ざめた顔でこちらを見た。
 尻取りじゃねえよ、いやまあそうなんだけどさ。なんというか、薔薇的ななにかじゃねえよ。

「違う、違う。故郷の暇つぶし法な」

 ヘベノはほっとした様子で息をついた。

「へー、どんなやつっすか?」

「まあ、色々ルールがあるけどな。基本のルールは相手が言った言葉の一番最後の文字から始まる言葉を言い続けるっていうやつだ」

「勝ち負けとかは?」

「最後に『ん』がつく言葉を言うか、言葉が思いつかなかったら負け」

 へベノは腕を組んで少し考えてから言った。

「旦那の故郷ってそんなことしか娯楽がないような世界だったんすね。分かりやした。街に着いたらとっておきのところに連れて行ってやりますよ! きっと度肝を抜きますぜ」

「いや、別にこれ以外にも娯楽はあったけどな」

「いいんです、いいんです。ささ、始めましょうか。しりとりを」

 なんか馬鹿にされてる気がするな。苛つくので後で隙があれば報復しよう。
 あ、松明様が楽しそうだ。もしかしたら、しりとりに興味があるのかもしれない。

――松明様はたぶん“しりとり”できないと思いますよ。

 俺は言葉で言えば怒られそうなので心の中でツッコんでおいた。

「じゃあ、俺から始めるぞ。しりとり」

「リリエノ」

 なにそれ? いきなり知らない単語が出てきたな。

「ん? ああ、知りませんか? 果物ですよ。黄色くて果汁が無いやつっす」

 まあいいか。

「海苔」

「のりって何すか?」

「あー、海藻の一種だ。板状にして乾かして食う」

「へー、そんなのあるんすか。じゃあ、リメルケ」

「りめるけ?」

「この地方の代表的な家庭料理っす。揚げたてのパンを出汁の染みたスープに浸すんです。ジュワっと出汁が口の中に広がってうまいんですよ」

「はーん。なるほどな。街に着いたら食べてみたいな。じゃあ……」

 正直、異世界交流の一環としてしりとりは向いていなかった気がする。お互いがズルしてるのか分からないからな。
でも、この世界のことをいろいろ知ることはできた。
俺達は、しりとりをしながらお互いの世界のことを教え合いつつ、サンリンサンへの道を進む。

 ちなみに、この世界は『る』から始まる言葉が異常に多く、る攻めはただの地雷だった。




「お、あれなんだ?」

 俺達はアジトを去って数時間が経ちそろそろ昼飯かと考えていたときに、何かが道の真ん中で停まっていた。

「あれは……貨物車っすね。どうしたんでしょう?」

 ふむ。、俺は気づいたぞ。
これはもしかして困っている商人を助けてコネを作るフラグだな? ふーん、まあベタベタだけど悪くないと思うぜ。
 お兄さんそういうご都合展開好きだよ。だって、今までベタ展開来てないし。

「へベノ! 中で誰か倒れているのかもしれない。すぐに助けに行こう!」

「なんで急にやる気になってるんすか? それに貨物車は基本的に無人運転ですよ」

 え、そうなの。良いところだったのに。
 ったく、この世界の技術が憎いぜ。

「まあ、気になるんで一回降りて様子を見てみましょうか?」

「あゝ、悲しきかな……」

「どうしたんすか、またそんなに絶望して」

 俺TUEEEできる日は何時なんだろうか……。

 俺達は車を降りて、その貨物車に近づいた。
貨物車はトラックの運転席が無いバージョンという構造だ。なかなかに特徴的なデザインで、カラーリングは全体的に苔のような渋い色だ。

「うーん、ぱっと見じゃ故障してなさそうっすね。貨物がオーバーだったのかなぁ」

 よく分からんが、解決法はあるんだろうか?

「仕方ないっすね。車に書かれてる番号に魔話してみます」

 魔話というのは電話のことだ。何でも媒体にバルトなるものを使っているらしい。
 ん、何言ってるのか分からないって?
 安心しろ、俺もだ。

「あー、駄目ですね。通じないです」

 ヘベノは小さい水晶の塊のような端末を耳に当てながら言った。

「こういうときってどうするんだ?」

「拾い主の良心に寄りますね」

「ふーん」

 結構アバウトなのな。
 なんかこの世界って技術的なところはめっちゃ発展してるけど、あやふやな組織だとかそういうところは未発達だよなぁ。
 
 そんなことを考えているとガチっという大きな音が響いた。その後に聞こえるガスの抜けるような音。
 俺達は、音の発生源に顔を向けた。

「おいおい、扉が開いたぞ?」

「開いたっすね……」

 なんか白い湯気が出てる。というか寒!
 生ものなのか?

「中、見るっすか?」

「あ、ああ、そうだな」

 顔を見合わして、二人同時につばをごくりと飲むと、俺達はゆっくりと扉の前に立った。
 扉は外開きで、金属製の丈夫そうなものだ。まだ半開きなので中の様子は伺えない。

「開くっすよ」

 ガコンと音をたてながらスムーズに動く扉。
 そして、俺達が目にしたのは……。


ー竜の森 別所ー

「隊長、なんか私達いつも振り回されてません? 今回だって姫様ぜんぜん見つからないですし」

「確かに、それはある」

 ケントがアジトで寝ている頃、ミケとリアンはテントを立てて、その前で火に当たっていた。

 ミケは揺れる火を見ながら蒸留酒を少し口に含んだ。赤橙色のそれは彼のお気に入りの銘柄でいつも持ち歩いているのだ。

「ていうかお酒、避けた方がいいんじゃないですか? あんまり飲むと明日に響きますよ」

 ミケは目を丸くして口に再度口に注ごうとしていた酒の入った水筒を止めた。

「ふむ、それもそうだ。……そういえば、お前は何を飲んでおるのだ?」

 リアンは少しため息をつきながら応えた。
 リアンは茶色がかった瓶のステッカーを見せてくる。

「バッテリー増強剤です」

 ミケは嫌そうな顔をした。

「ああ、あの苦いやつか」

「ええ、味は最悪ですけど品質は本物ですからね。まあ製造元は嫌いですけど」

 ミケは、ほうと顎をさすりながら感心した。

「お前の実家は本当に色々やってるな……まあまあ、そんなむくれた顔をするな。どーれ、愚痴でも聞いてやろう」

 その言葉を聞いた瞬間、リアンの目が確かに光ったのをミケは見た。

「本当ですか!」

「あー、一時間くらいならな……」

「じゃあまず最初に! この前の宿なんですけど……」

 リアンは口早に日ごろの不満をぶっちゃけていった。

「(私、眠れるかな)」

 ミケはそれだけが不安だった。 
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