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2章 異世界オタクと人形達の街

18話 ロリラッシュ

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―竜の森 サンリンサン近郊―
 
 
「いやー、手持ちの回復用の魔導具で治って良かったすよ」
 
「ああ、危うく死ぬところだった」
 
 俺はヒメルの何気ない“ぐーぱん”で一発KOされて、生死の境を彷徨ったがなんとか息を吹き返した。衝撃があばらだけに留まり内臓までダメージが響かなかったことが幸いしたらしい。
 
「それにしても、なんであんなことになったんすか?」
 
「ヘベノ、この世には聞かないほうが良いことだってある」
 
 俺はちょっと寂しそうに言った。
 
「なんか、カッコイイっすね」
 
「ふっ」
 
 ちなみに今、車は停止してある。それは俺の治療をするためでもあったが、そろそろ昼食をとっても良い時間だったからだ。
 メニューは軽いスープとパンらしい。
 
「なあ、ヘベノ。量はあるのか? さすがに俺達だけ食べて、あの子たちは無しっていうのは可哀想だと思うんだが」
 
 昼飯がないって言われて怒ったヒメルに蹴飛ばされる俺がな。
 ヘベノは笑顔で答えた。
 
「あるっすよ。非常用に用意してた食料があってホント良かったっす」
 
「ああ、お前は俺の救世主だ」
 
 ヘベノは理解できないのか小首を傾げた。説明するのも恐ろしかったので俺はヘベノに背を向けた。
 
「ヘベノ、俺は子供たちを呼んでくる。調理はどうするよ?」
 
「あっしができるっす。先に始めてるんで、子供たちの相手でもしておいてください」
 
 えー、嫌なんだけど。ロリと関わるのは好きだけど、ショタもいたし、第一ヒメルっていう爆弾と長く関わりたくない。
 
「俺も料理できるぜ」
 
「いや、大丈夫っす」
 
 ヘベノは手のひらを振った。コイツ、俺の料理スキルを信じてないな。
 
「まあいい、行ってくる」
 
 俺は貨物車の方に足を運んだ。
 
 
 

 貨物車の壁は相変わらず凹んだままだ。その大きな凹みは同心円状に力が伝わったことを示している。よく生き残れたものだと本気で思った。
 
 さて、この場にいる子供の数は5人。
構成としては、ケモミミ、エルフ、日焼けショタ、眼鏡っ娘、そしてヒメルだ。
幸運なことに心を読めるのはヒメルだけで他は普通の子供らしい。
 
「よお、ガキ共。昼飯のお時間だ。できるまで時間あるからちょっと付き合えよ」
 
 ショタが元気よく話しかけてきた。
 
「お兄さん、ここはどこなの?」
 
 ちっ、ショタかよ、と思いながら仕方なく答えた。
 
「ここはお前らにとって異世界らしいから土地名言っても仕方ないだろうけど、まあいいか。ここは竜の森、サンリンサンの近くだ」
 
 昨日、牙山団に聞いた情報だ。ここは竜の森という竜種が多く住む場所らしい。ちなみにあの草原は封魔の草原という名前なのだとか。
 封魔とは、なんかフラグを感じなくもないが……。
ショタは不思議そうに眉をひそめた。
 
「ねえ、サンリンサンって、うちの修道院の近くだよ?」
 
「んあ? そうなのか。じゃあ、お前らはこの世界の人間?」
 
「うん、そこの女の子は知らないけど、オレたちは同じ修道院の仲間」
 
 ショタが指差したのはヒメルだった。同調の意を表したのかヒメルはこくんと肯く。
 先程ヒメルは、ここに友達はいないと言っていた。どうやら知り合いでも無かったようだな。
 
「そうなのか? まあいい」
 
 ということはこいつらはネイバーじゃないってことだろうか。
俺がふむふむと頷いていると、ケモミミが叫び出した。ちなみに最年少(見た目)である。
 
「あなた、だれー?」
 
 ああ、そういえばヒメル以外のメンバーに自己紹介してなかったな。
 
「俺は和田健人。選ばれし種族、【引きこもり】の生き残りだ。松明様の弟子でもある」
 
「たいまつ?」
 
「引きこもりって何―!?」
 
 ん、そういえば松明様どこに行ったんだろ。なんかいっつもいつの間にかいないからなぁ、あのお方。
 あ、いたいた。ヘベノの辺りにいるみたいだ。
 
「松明様は外にいらっしゃる。あと引きこもりっていうのはな……」
 
「ショクナシって聞いたことがあるよ!」
 
 ケモミミが変なことを言い出した。職無しだと? 
 
「いや、そういうやつもいるが俺はちゃんと仕事はしてたぞ」
 
「いまはー?」
 
 ケモミミは右手を元気よく挙げて質問した。
 あれ、今はどうなんだ。こっちに来たばかりだから定職にはついていないし……、俺無職じゃねぇか?
 
「やっぱりショクナシなの?」
 
 クソッ、クソクソ。俺はかつて無い屈辱に身を染めていた。
 ガキ共は俺の答えを静かに待つ。
 や、やめろ! 純粋そうな目でこっちを見んな!!
 俺はなんとか言葉を作った。
 
「い、いやぁ。実は今はお仕事してないけどね、ひ、人のことを職無しって連呼するのは駄目だと思うんだ」
 
「なんで? ショクナシはショクナシじゃないの?」
 
「ぐっ、それはそうなんだけど」
 
 く、コイツ。場合によってはヒメルよりも酷いぞ。精神的に辛すぎる。
 もしかして全員そういう類か?
 
「コラッ、失礼でしょ」
 
 そう思っていたら天使がいた。
 エルフ娘がプンスカしながらケモミミを叱る。お姉ちゃんって感じだ。
 俺は感動した。世の中にこのような子がいることに。
 若草色の鮮やかな髪に白樺の肌。長いまつ毛に優しそうな目つき。
 きっとこの子が俺のヒロイ……。
 
「職無しだなんて生温いわ。不審者とか幼児性愛者ロリコンとかって言わなきゃこういう人は喜ばないのよ!」
 
 見間違えだった。
 
「俺はマゾじゃねぇ!」
 
 俺は誤解を解くために精一杯の声で反論する。
すると、エルフ娘は目を細くして、腕を組み、背筋も凍る声で言った。
 
「ふふ、初めは皆、そう言うわ」
 
「なんで急に声音が変わるんだよ!」
 
 俺はマゾじゃない。苛烈な松明様に従っているのは別に自分の趣味じゃないし、それは強者には逆らわないという自己防衛のためであるから、むしろマゾとは一番遠い存在ともいえる。
 俺はマゾじゃない。
 
 エルフ娘はふっとほくそ笑むとケモミミの頭を撫でながら、『良い玩具に出会えたわー』とか言っている。
何この子、怖いんだけど。本当に奴隷? 歌舞伎町の女王とかじゃないよね?
 
 さて、話を変えよう。じゃないと俺の精神が保ちそうにない。
 あと俺はマゾじゃないからな。
 
「俺がマゾかどうかは置いといて、自己紹介しようか。俺の名前はもう良いよな?」
 
「ショクナシー!」
「変態」
「奴隷、よね?」
 
 ケモミミ、ヒメル、エルフ娘の順番で俺の名前を呼んでくれたみたいだ。
 とっても嬉しいな。
 あと、エルフ娘。お前が、奴隷だろ。

「じゃ、じゃあ、坊主、お前から始めろ」
 
 俺はさっきからそわそわしているショタを指差した。
 
「兄ちゃん、ゴメンな。こいつ等、加減を知らなくてさ。……えーと、自己紹介だよな。オレの名前はリービ。よく間違えられるけど女だよ」
 
 え?
 ちょっと待って。
 俺は口をあんぐり開けて、ショタをガン見した。いや、これからはボーイッシュと呼ぶべきなのか。
 
 短く切り揃えられた黒髪によく焼けた肌。細いが子供ながらにして少し筋肉質な身体。
とてもじゃないが男にしか見えない。
 中性的というか、男子だ。
 
 俺は男の娘でもイケるが、これは男の子だ。範囲外である。
 いや、それでいいのか? 健人。きっと性格がまともな女に出会うのはこれで最後だぞ。
 いくら見た目が男だとしても、これを逃すのは惜しいんじゃないか?
 
 いやいや、待て。見た目、完璧男子だぞ。
 
 リービは困ったように頭を掻きながら、笑った。
 
「あはは、まあそうなるよな」
 
「というかお前、大人びてるな」
 
 俺は衝撃から立ち返ったあと、質問をした。
 
「一番年上だからね。じゃあ、次はお前な」
 
 リービはエルフ娘を指差した。
 エルフ娘はにやりと頬を少し上げて言った。
 ……色々ヒドイな。
 
「ハレノよ。呼ぶときは女王陛下とでも呼びなさい」
 
「いや、他に君主がいるんで……」
 
 俺は松明様をチラリと見た。
 浮気はいけない。でなければ、この少女にされる何かよりも恐ろしい目に遭う。
 
「そう、じゃ、しょうがないわね」
 
 良かった。諦めてくれたみたいだ。
 
「様付けだけで許してあげる。感謝することね」
 
 どうせそんなオチだとは思っていましたとも。
 リービがまた、あわあわしながらフォローに入る。
 
「ハレノはオレよりも実質の年齢は上なんだ。ただ、エルフって年齢と精神年齢が比例しないから……いや、ハレノが子供っぽいって訳じゃないだけど!」
 
 怖がってんじゃねえか。
 明らかに俺のフォローからハレノへの弁解に変わっていた。
 
 ハレノ先輩、チョー怖いっすね。
 
「いいのよ、リービ」
 
 ここで予想外の現象が起こった。
 ハレノが頬を赤らめ、顎に手を添えて、ぽぉっとしながらリービに話しかけているのだ。
 誰が見てもハレノが恋しているようにしか見えない。
 
 リービは慌てるように言った。
 
「ひぃっ、ハレノ、ゴメン、ごめんなさい、謝るから……その、食べたりしないで」
 
 リービが心底怯えながら言葉を紡ぎだす。
ハレノは微笑んで、応えた。
 
「食べちゃうかもよ?」
 
 リービはきゅーっと白目を剥いて倒れた。
 リービはどうやらかなりの勘違いをしているようだが、ハレノはそれを楽しんでいる感じがある。いや、どんな性格だよ。怖えわ。

「え、えーと、じゃあ次に君ね」
 
 俺はリービを放っといて、ケモミミを指差した。
リア充に構う暇はない。
 ま、ハレノがよいしょ、よいしょと貨物車に運んでいるので大丈夫だろう。
 
――目覚めたときに気絶の原因が近くにいるってかなりの絶望だよな。
 
 まあいいや。
 
 ケモミミは差された瞬間、ぼけーっとしていたが、ハッと気づくと手を挙げて元気よく喋りだした。
 
「えっとね! イェンは、イェンリア!」
 
 なるほど、ヘンテコな名前だな。
 そういえば、ボーイッシュがいないから解説が聞けないな。
 
「じゃあ、イェン。君は何歳なんだ?」
 
 イェンリアは勢い良く右手を前に出した。
 
「ごしゃい!!」
 
「そっかぁ、いい感じだな」
 
「うん! ショクナシはなんしゃい?」
 
 イェンはその場で飛び跳ねて、赤髪をふわっと宙に舞わせながら言った。
 どうやらサ行が怪しいようだ。
 
「俺か? 俺はじゅう……、というかショクナシって言うのやめろ」
 
 なんかこのまま固定してしまいそうな恐ろしさがあるな。
 
「まあいい、次だ。そこの眠そうな奴」
 
 眠そうなロリはふわぁっとあくびを漏らすと、ボサボサのピンク髪を掻きながら応えた。
 
「キレネはぁ、キレネだよぉ。……寝てていい?」
 
 そして俺の返事を聞く間もなく、伸びをして寝入ってしまった。
 なんだ、こいつ。
 
 お、ボーイッシュが復活したみたいだな。
 聞いてみるか。
 
「おい、大丈夫か? 大丈夫なら、キレネについて教えてもらいたいんだが」
 
「ああ、兄ちゃん」
 
 リービは青白い顔でプルプルと震えている。元気はなさそうだ。
 ちなみにエルフのハレノは楽しそうだ。
 
「だ、大丈夫だよ。いつものことさ。で、キレネだろ? アイツはこの中で一番頭がいいんだ」
 
「へぇ」
 
 あのぼーっとしとる奴がなぁ。
 キレネは俺らの会話などどうでもいいと言った感じで寝返りをうった。直で地面に寝てるけど寒くねぇのかな?
 
「じゃあ、最後はヒメルだ」
 
 ヒメルは素直に口を開いた。

「ん、分かった。うちはヒメル。気づいたら貨物車にいた。その前のことは憶えてない」
 
 ヒメルはハキハキと口を開いた。俺と喋るときとは別人だな。
俺と喋りだしたのが恥ずかしかったのかな?
 
「そんなわけ無いでしょ」
 
 うん、知ってた。それにしても名前は俺に教えなかったのではなく、自分でも知らなかったんだな。
ヒメルは付け加えて言った。
 
「うちは人の心が読める。でも安心して。滅多なことでは幻滅しないから」
 
(じゃあなんで俺のことは瞬間で幻滅したんすか? ヒメル先輩!)
 
ヒメルは何も答えなかった。全く、美少女を見たらスク水着せたくなるだろ、普通。

「ねえよ、普通」

 ヒメルは蔑みながら言った。
 
「ねぇねぇ! じゃあイェンの心をよんでみて!!」
 
 イェンリア(ケモミミ)はうーんと唸りながら頭を抱えた。何かを一生懸命思い描いているようだ。
 ヒメルの眉がピクンと動く。何かを感じ取ったらしい。
 
「す、すごい。ここまで思考が純粋な人初めて見た」
 
 なにやら驚いている。まあ想像はできるな。
 おそらく普通の人は頭の中で同時にいろんなことを考えているんだろう。腹減ったと思いながら飯作るのめんどくせーと考えたりな。
 でも、このイェンリアとかいうケモミミは純粋に物事を考えられるのだろう。
 
 つまりバカってことだ。
 
「ねーねー、よめたー?」
 
「う、うん。『おなかすいた』で大丈夫?」
 
 ケモミミはわぁっと口を開くと満面の笑みで大きく飛び跳ねた。
 
「あたり!! すごいね、おねーちゃん!」
 
 ヒメルはなんだかぎこちなくその称賛を受けていた。褒められることに慣れていないんだろうか……。
 
 あ、ミスった。
 最初になんか褒めとけば態度が軟化したんじゃね。しまった、しくったな。
 まあ今考えても後の祭りだな。
 
「おいガキ共、じゃあ飯の手伝いでもするか。そうすりゃ、昼飯も早く食える」
 
 俺がそう言うと、みなこれに頷いた。
 ちなみにキレネは寝ながら頷いていた。俺は素直にすげぇと思った。
 
 
 
 
「旦那、まだ飯はできてませんぜ」
 
 ヘベノのほうにみんなで向かうと、ヘベノはまだ炭に火をつけたばかりだった。
 おそらくあの火を使ってスープを作るのだろう。
 
「いや、みんなで手伝うってことになった。なんかやることはあるか?」
 
 ヘベノは「それはありがたいっすね」と言って、野菜や燻製肉を切り分けるように指示した。年少組は危ないので、ヘベノと一緒に薪を拾ってくる係だ。炭はまだあるが、少し心もとないらしい。
 
「まき、ひろう!!」
 
 イェンリアはやる気満々だ。鼻息が荒い。
 ちなみに薪拾い組になったのはイェンリアとキレネとハレノの3人だ。
 ハレノに関しては年少ではないが、
 
「イェンに付いていかないと不安だわ。ごめんね、近くでいじめられなくて」
 
 と意味不明な言葉を残して、ヘベノ達についていった。
彼女は天然なのかもしれない。
 
 さて、俺は比較的楽なほうだ。勿論比較的である。
 俺はその辺の切り株に腰かけると、サツマイモみたいな野菜をとって、包丁で皮を剥いていった。
 結構固い野菜なのでするするとまではいかないが、結構手際よく皮が剥けていく。
 
「ケント、料理うまいんだ」
 
 ヒメルがとても意外そうな顔で言った。ちなみにヒメルはなんか包丁の持ち方が変だが、それなりに危なげなく皮を剥いている。
 
「うまいわけじゃねえよ。まあ俺は迷惑をかけない引きこもりだったからな。……そういえばこの野菜なんて言うの?」
 
 一見サツマイモだが、明らかに皮の色が黒すぎるし、少し小さい。
 形状としては昔食べた安納芋とかが近いかもしれない。俺が不思議がっていると、リービが答えてくれた。
 
「ガル芋。ホクホクして美味しいよ。スープによく入れるんだ」
 
「ふーん」
 
 見た目はサツマイモだが、ジャガイモみたいな味ということでいいんだろうか? 
 気になるところだ。
 
 ここは異世界というだけあって、ヘベノが持ってきた野菜はすべて見たことがないものばかりだ。
 なぜ非常食しかもっていないのに野菜があるかというと、これが非常食だかららしい。なんでも、促術という魔術の属性を使えばものの劣化を抑えることができるのだとか。
 エネルギー消費も低いので、よく使われている技術らしい。
 
 つくづく魔術とは不思議なものだ。
 
 その後俺たちはヘベノ達が来るまで黙々と野菜を切っていった。
 そこに会話は少なかったが、まあこういうのもいいなと感じた。
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