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2章 異世界オタクと人形達の街

25話 アレ

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 ―大衆酒場 木枠の鷲亭―

 さて色々あったがなんとか誤魔化し通すことができた。これで顔面に火球を撃たれることもないだろう。邪魔な奴らが来る心配がないからな。
 何しろここの主人はなかなかの腕前だ。味の話ではない。戦闘力の話である。
 かつては牢獄内で有数の探索パーティーに属していたらしい。同時に優れた人格者で周りから結構慕われているのだ。まあここにいる以上犯罪者だけどな。

 社会の目は厳しい。牢獄内の英雄でも外ならただの元犯罪者だ。この人にとっては牢獄を出ないほうが良いのだろう。

 そんな彼がここを守ってくれるときた。邪魔が入る心配は考えなくてよい。

「さて、松明様。へベノのことを聞かせてくれませんか?」

 松明様はその荘厳な装飾を頭の炎で煌めかせながらジェスチャーで語った。

 ブンブン。

 ふむふむ。

 ブーン、ブンッ、ブンッ、ボフッ。

 なるほどな。

 ヒュッ、ブン、ボフッ!

 な、まさかっ。

 ボフッ。

 俺は席を勢い良く立って声を張り上げた。

「それは本当ですか!」

 忠兵衛が横で目を丸くする。

「え、今ので分かったんすか?」

 俺は呆れながら忠兵衛の背中を叩いた。

「そういえばお前に松明様の言葉を教えるのを忘れてたな。まあ、気にするな。翻訳してやるよ」

 忠兵衛は、はあと呟いた。

「じゃあ説明すると、まず最初のブンブンって奴で『へベノがあのとき俺を売ったのは牢獄内に人がいた方が良かったからで、裏切ってはいないから恨まないで欲しい。だが最低のことをしたつもりはあるので再会したら殴ってくれと言っていた』っていう意味だな」

「長っ」

「圧縮言語だ。俺はまだ聞き取ることしか出来ないが、使えたら相当便利だぞ」

 その調子で翻訳結果を忠兵衛におしえてやった。要約はこんな感じだ。

 へベノはアイシャの行方について情報を集めていたらしい。
 この街、森林都市サンリンサンは元魔王領である。つまり親魔王派、勇者の存在を快く考えていない輩がいる。このサンリンサンは半ば植民地状態になっており、トップには連合国軍派(人間派)が占めているが、少なくない数の魔王派が日夜テロ行為を繰り返しているのだとか。

 今回の誘拐事件はそいつらの犯行ではないかと松明様は考えたらしい。
 しかし探知が専門ではないとはいえ松明様の目を盗んでの犯行。やはりただのものではない。ここは一つ情報を手に入れてから救出を開始した方がいい。
 ということで俺には大人しく捕まってもらい、俺とヘベノで多方面から調査を行った。

 だがここでひとつ予想外の事実が浮かび上がった。
 なんと親魔王派の連中がつい先日、街の中枢を襲い、革命を成し遂げていたのだ。この事実は俺が眠くて適当に返事していた時に言われたことである。今思い出した。

 まあ話を戻すと、ということで今牢獄内にはもともと街の高官だった奴らが多くいるはずらしい。ちなみにこの街では死刑がないのだとか。それで全員懲役を食らっているはずなのである。というか公にはそういう処分になっている。

 だが、俺はそんな奴にあったことがない。確かに俺はここに入って数週間といったところだが、商売柄多くの人と会う。それにうわさなどの情報も部下を通じていろいろ入ってくる身分だ。

 まあ、自分の悪評については部下に命じて意図的に防いでいたから気づくのが遅れたがな。

 まとめると、いるべきはずの奴がいないということなのだ。

「社長、勇者ってどういうことですか?」

 忠兵衛が不思議そうに首を傾げた。
 あ、ミスった。アイシャが勇者だって言っちゃった。

 俺は取り繕おうと思ったが、むしろ囲い込んだ方がいいと考えた。こいつは普段はただの馬鹿で、利己主義の塊みたいなやつだが、適切な給料と安全な職場を与えてやれば誰よりも優秀に働く。

「それはお前が正社員になったら教えてやるよ。俺は意外とお前を買っている。あそこまで冷静にリスク管理ができる奴はそういない。だから俺はお前を信用はしないが、仲間に入れてやってもいい。もちろん制限はつくけどな」

 忠兵衛はテンガロンハットを深くかぶりなおして、少し黙った。まじめな顔である。
 この忠兵衛は黙っていれば西部劇のイケメン俳優にしか見えない。もういっそ心がない機械にでもなればいいのに。

 忠兵衛はふたたび俺の方を向きなおすと、にこやかに言った。

「これによりますね」

 忠兵衛は親指と人差し指で輪を作った。

「ち、守銭奴め」

 俺は手早くメモに数字を書き込んで、忠兵衛に渡した。

 忠兵衛は俺のメモを見ると少し驚いてから頷いた。

「あなたは俺の社長です。俺の命の次に守ると誓いましょう」

 そこは嘘でも何にかけても守ると言ってほしかったが。

 さて仲間が増えたことで話し合いの始まりである。だが、俺が話始めようと思うと懐に入れておいた魔話が音を鳴らした。松明様と忠兵衛に断ってから席を立って、少し離れたところで魔話に出る。
 どうやらアンドレー君からのようだった。

「もしもし、どうした?」

 アンドレー君が緊迫した声音で報告してくる。

『ケント! どうやら【ガラ金】のやつらに嗅ぎつかれたみたいだ。金庫に入っていた書類が全部盗まれてる。もちろん不正の証拠も。たぶんあいつらはあれで僕たちを脅して金を巻き上げる魂胆なんだと思う』

 な、なんだと。ありえない。あり得ないことだ。
 俺の不正の証拠を隠した金庫は普通ではわからないような場所に置いている。万が一にもバレるはずがないのだ。

「あれを守っていたやつはどうしたんだっ。というかどうしてバレた?」

『みんなやられてる。たぶん僕が急いで向かったから追われたんだと思う。前々からやつらを僕たちの弱みを狙ってた。ずっとこの日を待っていたんだ』

 【ガラ金】は俺たちと競合する大手金融会社だ。やり口は俺たちと似ている。要は闇金だ。
 狩場が一緒なのでライバルといえば聞こえはいいが、たまに体力に自信がある自由業の方たちを雇って刺客を向け合うくらいには敵対している。

 ヤバイ。ヤバイぞ。
 奴らに脅されればもちろん金はむしり取られるだろうが、それだけで済まない気がする。
 不正の証拠が世に出回れば俺の懲役は長くなり、かつただでさえ少ない信用が地の底まで落ちる。
 もはや首根っこをつかまれたも同じだ。

 なにか、何か無いのかっ。
 奴らの裏をかける、この状況を打破可能な名案はっ。

 俺はううと唸りながら考え込んだ。

『ケント……』

「いや、まてよ」

 こう考えるんだ。
 幸いこちらの一番重要な宝は取られてはいないのだ、と。
 どんな劣悪な状況であっても力づくで道を切り開く、俺の最終兵器。

 そう、アンドレー君だ。
 彼は俺の言うことを聞いてくれる圧倒的な武力である。彼ならどんなことでも解決できるはず。

「アンドレー、カチコミだ。それしかない」

 端末越しにアンドレー君の動揺が感じ取れた。

『確かに僕はそこらの人間よりは強い自負がある。それでも無謀だよ。奴らは徒党を組んでいる。きっと牢獄内の猛者が集まっていることだろう。僕じゃ太刀打ちできない』

 確かにそうだ。アンドレー君は強いが、言っても体はただのスケルトンである。スケルトンは俺にとっては何時までもボス戦だが、人間にとってみれば朝飯前にできることだ。

 この前、牢獄内で生まれた5歳の子供がスケルトンの高速移動を躱してチョップで頭蓋骨を割っているのを迷宮内で見た。つまりはそういうことなのだ。

 いくらCPUである槍が優秀でもハードが雑魚ならば、ハードの性能に合わせざるを得ない。

 だが、俺には秘策があった。

「アンドレー、【アレ】を許可する」

『【アレ】って、まさか……』

「そうだ。だから急いで木枠の鷲亭に来い。今、貸し切りにしている。ここなら奴らの営業所にも近いからな」

『分かった。くれぐれも無事で』

 魔話が切れる。こっちの護衛には忠兵衛と、いざとなったら松明様がいる。まず大丈夫だろう。
 だがアンドレー君は一人だ。心配である。

「松明様、俺は戦いに向かいます。止めないでください」

 俺はふっと後ろを向いて、店の扉をそこに怨敵がいるかのように睨んだ。
 そして拳を固く握りしめ、覚悟を込めて言った。

 ――だって、それが俺の生きがいだから。

 俺は顔面に火球(ダメージある奴)を撃たれた。



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