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2章 異世界オタクと人形達の街

27話 融合

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 ―カンダラ市営鉱山 某所―

「まったく、この街の迷宮はどこまで複雑なのだ」

 ミケは憤りながら目の前にいるスケルトンを殴った。瞬間、粉砕される頭蓋骨。
 スケルトンには攻撃する暇すらなかった。

「道なき道なので、地図が無いのがつらいですね。――まあ、今のところ私は歩くだけですけど」

 つまらなそうに巻き毛をいじりながら、リアンは地図に道を書き込んでいく。地図といっても、仮想上のものだ。宙に浮かぶ光が迷宮の形を線で描いていく。

「そう、ふてくされるな。直に頼らざるを得なくなる。ここら辺は迷宮の浅層だが、街に侵入するためには対策されていない深層に潜る必要があるからな」

 ミケとリアンが試みているのは、はっきり言えば街への不法侵入だ。
 森林都市サンリンサンは、魔道具技術によって完璧なセキュリティが敷かれていり。塀にはセンサが張り巡らされており、引っかかった場合、数秒以内に警備兵が飛んでくる。

 だが、迷宮深層は違う。
 このカンダラ市営鉱山の入り口は街の内外部関わらず存在する。それも、政府が知りえないほど大量に。
 もちろんそんなことはよく知られているので、街も対策を施しており、迷宮内にまで柵が敷かれているが、それはすべてではない。
 特に危険な深層には抜け道が多い。

「さて、リアン。次の道を教えてくれるか?」
「はい。りょーかいです」

 リアンが集中した様子で、タクトを構える。

≪わが身に流れる誇り高き貴血において命ず≫
≪わが魔力よ≫
≪導け、我らが道を≫
ディテイク運命の道

 瞬間、リアンから放たれるのは自立型の魔導生命体精霊。光の点という最小限の形をした彼らは乱雑ランダムに道を進んでいく。
 そして、各精霊から伝えられる情報を仮想的に構成した演算装置で分析。
 この世界に住んでいれば誰しもアクセス権限を持つアカシックレコードの演算領域を一部借用し、信じられない速度で大量の情報を整理していく。

「ふう、できました」

 さすがに少し疲れたのか息をあげながら、報告するリアン。
 ミケはそれをねぎらうと、光の地図を覗き込んだ。

「ふむ、道のりはまだまだ長いようだな」

「ええ、ああーめんどくさい」

 二人は順調にサンリンサンへと進んでいった。

 ―【ガラムラ金融】本部前―

「ケント、本当にやるんだね」

 アンドレー君の心配した声に俺は無言の頷きで答えた。
 忠兵衛がはきはきと決意がこもった声で俺に話す。

「社長、俺帰りたいんすけど」
「お前はいろ。さっき誓ったばかりだろ」

 うぃーす、とやる気なさげに応える忠兵衛。だが俺はそこまでこいつに期待はしていない。どうにかするのはアンドレー君と俺である。

 【ガラ金】の本部は何個かの休憩所を改築して繋げたものだ。様相はビルといっても差し支えない。
 まあ、といってもおしゃれなビルディングじゃない。ガラの悪いヤクザの事務所ヤサが一番近い例えだろう。あながち間違ってないしな。

 今のところ、普段と変わったところはないが、おそらく中には大勢の敵が身構えているはずだ。

 ブンブン?

 松明様が「お前がいて何か意味があるのか」と俺の存在意義を疑問視しておられる。確かに、いつもなら俺はいない方がいい。
 だが、今はアンドレー君がいる。

「松明様、俺はこの牢獄に誤認逮捕されたとき、世界を恨みたくなるような激情に駆られました。具体的にいうと、ヘベノ、覚えてろって感じですね」

 ボフッ。松明様が「それ世界を恨むっていうかヘベノを恨んでいるよね」とおっしゃられた。誤解だったので、解こうと思ったがまあいい。

「でも、俺はこの牢獄でたくさんの物を得ました。レベル、戦闘技術、部下、経営術、詐術、金、金、金――そして金です」

 ブンッ。松明様が「ほとんど金じゃないか」と突っ込む。褒められてる感じがしたので照れたら、火球(熱いだけの奴)を撃たれた。解せぬ。

「熱っ……、それでですね。俺が得たもののなかでも一番のものがあります。ええ、正直金なんか目じゃありません。俺はずっとこの時を待ちわびていた。おかしいとは思っていたんですよ。異世界系といえばこれなのに、いつまでたっても来ない。でも俺は信じていた。ずっとね? これは必然だったんです。さあ、見せてあげましょう。俺がここで得た真の宝を!」

 アンドレー君! 俺は叫んだ。
 アンドレー君が自分の本体である槍を俺に突き刺す。腹に空いた大きな穴から、鮮血があふれ出していった。痛みは感じない。アンドレー君が制御してくれている。

 ドクンと心臓の音が聞こえる。体中にどす黒い紋様が浮かびだし、爪が尖り、牙が伸び、筋力が全体的に向上していく。
 身体能力の飛躍的強化。

「うぉおおおおおオオオオオオオっ!!」

 俺が心地よさげに咆哮をあげると、変身が完了した。
 ちらりとステータスを見てみる。

 [個体名]
 ワダ・ケント=アンドレー
 [性別]
 male
 [種族]
 地球人類(Lv.1023)
 [能力値]
 体力   236
 力    933
 俊敏性  1024
 器用さ  547    
 知能   463
 魔力量  7835    
 [技能]
【レベルアップ】【大気自動調整】【自動翻訳】【ドリンクバー1】【槍術347】
 [称号]
 ・異世界転移者 ・奴隷 ・竜種の天敵 ・性犯罪者 ・カンダラ鉱山浅層ボス 

「クフフフ、ふははははははははははははっ!! 想定以上ダッ!! いいゾ、力が、力がみナギってくル」

 そう、俺が手に入れたもの。
 それは……。

「松明様、これがフュージョンです。これコそ俺ノ秘策。アンドレー君との友情の結晶デス」

 俺はどす黒い顔で牙をむき出しにして言った。

「うわ、えげつな。ていうかこれ、完璧に禁忌とかそういうのに触れて……」

 俺は忠兵衛を睨んだ。黒目と白目が逆になった俺の目には結構な威圧感がある。すぐに黙らせることができた。

「さて、では向かいましょうか?」

 ――俺の晴れ舞台へ。

 俺は足で地を大きく踏みしめると、膝のばねを使って滑空し、勢いよく【ガラ金】の扉に蹴りを放った。扉は用をなさずあっけなく破られる。

「おい、何の音だっ!」
「カチコミだ。カチコミだ!」

 中の様子があわただしくなっていく。構成人の一人が現れる。

「おお、おお、双六じゃねえか? どうやらおめかししてくれたようだ。たまんねえなぁ。俺と付き合えよ?」

 いや、通りすがりのホモだったようだ。まあ、そういうこともある。牢獄だからな。

 俺に差別意識はないが、自衛のために俺は言った。

「悪いナ。今は忙しい」

 俺はホモの頭を掴むと、そのまま床に叩きつけた。石の床が陥没するほどの衝撃。
 早速敵を無力化した俺は、ぺろりと頬に付いた返り血を舐めた。

「クフフ、いつまで持つカナ? この俺ヲ前ニ」

 さア、宴の始まりダ。

 ―5分後―

 答えは30秒保たないでした。

「私はね。無駄が嫌いなのですよ」

 眼鏡に刈り揃えられた黒髪といういかにもインテリヤクザっぽい【ガラ金】の社長は俺の前を歩き回る。
 ちなみに俺は椅子に縛り付けられて身動きが取れない。腹にささったアンドレー君も抜けてしまっている。

 俺とアンドレー君の合体技、【フュージョン】は一定期間アンドレー君に俺の体を強化してもらう技だ。アンドレー君曰く、普通はこういうことはできないらしい。
 アンドレー君の話では、この世界の人々は呪いに対して予防接種、もっとはっきり言うとセキュリティソフトをダウンロードしているらしい。それらはアンドレー君をはじめとした、不法侵入プログラムを取り締まり、情報の漏洩を防いでくれる。

 だが、アンドレー君はそれを利用する。彼はそのセキュリティソフトの穴をつき、内部に侵入すると、自分がさも元からいたかのように振る舞い、セキュリティソフトに守られる側であると誤解させる。そして、一回とりついたが最後。アンドレー君の呪いからは逃げられなくなるらしい。

 だが、俺はそんなものを入れた記憶はない。ということで、セキュリティがガバガバになっており、呪いが服のようにいつでも離脱着可能になっているのだ。

 例えて言うならば、移植の時の免疫だ。ほかの人は免疫があるから移植が難しいが、俺は無いので簡単というわけである。

 しかし、この技には制限時間がある。いくら俺が呪いを着こなせるといっても、やはり呪いは呪いだ。そしてアンドレー君の呪いには意識ハイジャックというものがある。
 つまり、ずっとやってると意識がアンドレー君になってしまうのだ。

 その前にアンドレー君が俺との接続を切ってくれる。信頼関係がないと無理な技だ。
 友情の結晶といったのは間違いではない。

 まあ、なんなるに。
 制限時間が切れて、二人とも捕まりました。はい。

 さて、ここからどうするか。俺の脳裏で忠兵衛の姿が一瞬掠めたが、たぶん期待しない方がいいだろう。命の保証はある。なんたって松明様がいらっしゃるからな。
 だがそれ以外はすべてを覚悟した方がいい。そんな甘っちょろい世界ではないのだ。

「これ、なんだか分かりますか?」

 社長は紙束を俺に見せつけてきた。

「知らねえな」

 俺は嘘をついた。
 社長の眉間にしわが寄る。

「そうですか。では、これを当局に渡しても問題はないのですね?」

 俺は自信満々に言い放った。

「やれるもんならやってみな。お前には無理だと思うがね。なにせお前はそういう外見をしているが臆病な男だ。俺にはわかるぜ。見た目だけで担ぎ上げられたんだろ? そういう気持ちはよく分かる。なんたって俺がその第一人者だからな。知らぬ間に借金取りなんてろくでもない仕事についていた。お前も同じなんだろ? そうだ。ふたりで被害者の会でも作ろうぜ。名前はそうだな――【カンダラ鉱山金融同盟】なんてどうだ? 我ながらセンスが冴えてるぜ」

「お前は……」

 俺はうろたえながら、必死にアピールした。

「ま、待て。こうしよう。俺はお前に店をやる。金も全部やるよ。だから、それを火にくべろ。わかるな? これは取引なんだ。頭がいいお前なら理解できるはずだ。絶対にそっちの方がいい」

「金は十分儲けてます」

「おい、お前ほとんどヤクザだろ! なんで金の亡者じゃないんだよっ。もっと意地汚く利潤を追求しろや。やっぱりお前は見た目だけだな。もう何も怖くねえ。ああ、そうですか? 不正を公表しますか? 上等じゃねえか。やってみろよ。お前に一人の人間をぶっ壊す覚悟があるならやってみるがいい。どうせできないと俺は踏んでいるがなっ!」

 不正の証拠は当局に提出され、俺の財産は没収された。
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